Another Ending - 3

「救世主」

 夕日の中で、魔王が嗤う。

 優しくも、魔王らしい威厳を持った姿で。

 真っ白なファーと、赤い重厚なクロークが目を引く。魔王の正装なのかもしれない。金色の髪に良く映えて、美しいと思った。

 対する救世主は、いつか魔王から与えられた神父服を身に着けていた。

 最後の情けだろう。牢から出たところでキーズに湯殿へと案内され、服を渡された。

 抵抗が無かったわけではないが、以前着ていた服は、すっかり汚されてしまっていて、再び袖を通す気にはなれなかった。

「…………魔王…………」

「かかって来い。望みどおり、相手をしてやる」

 呆然と立ち尽くす救世主に、差し出されたのは、優しい両手ではなく、冷たく光る黒い剣。

 湯冷めし、冷え切った手を、救世主は腰に携えた白い剣に掛ける。

 引き抜くと同時に、ずっしりと圧し掛かる重さ。持ちなれているはずのそれは余りに重く、それでも彼は引き抜き鞘を捨てるとまっすぐに構える。


 夢と同じだ。

 嗤う魔王の胸に、この白銀の刃を突き立てれば、全てが終わる。

 そして、目が覚める。枕を、隣りに眠る男の胸を濡らして。


「……っ……!」

 愚かな妄想を振り払うように、救世主は、歯を食いしばり魔王へと駆ける。

 華奢な体から繰り出される剣は、確かに早いが、軽い。何より、剣で戦い慣れていないので、かわそうと思えば、簡単に出来たはずだ。
 だが、魔王は敢えてそれを魔剣で受け止めた。

 至近距離に広がる魔王の顔を、瞳を避けるように、救世主は素早く距離を開ける。

 そうして、近づいては離れるを繰り返し、2、3回、切り結んだ。

 高い剣のぶつかる音を、世界はただ静かに聴いている。

 決して邪魔をすることなく、二人を止めることも無く。

 救世主の髪から、湯浴みの後でふき取りきれなかった、冷え切った雫が散る。まるで、心が流す涙のように。

「……意外とやるな」

 息も乱さず、魔王は笑う。優しく、いつものように。

 瞬間、救世主の中で何かが弾けた。

 勢いをつけて踏み込み、感情のままに黒い剣に己の剣をぶつける。


 この期に及んで、人間を捨てきれない男に対する苛立ち。

 たった一人の笑顔に、喜びという名の悲鳴を上げる己の心への怒り。


 もはや、運命は決まっているのに。もう、逃げ道など、どこにも無いのに。


  
 戻る