酸いも、甘いも - 3

 話ている間にも雷は鳴り続け、だんだん光と音の感覚が狭まり、音が大きくなってきている。

「……ッ、」

「森に落ちたな」

 今までに無い、バリバリッという激しい音に、セナの体が大きく縮こまる。

 恐怖をやり過ごすように、ぎゅっと魔王の腕を掴んで、小さく小刻みに震えて。

 普段無表情で澄ました様相の彼からは想像も付かない様子に、益々愛しさが募り、魔王はその体を強く抱き寄せた。

「大丈夫だ。城には落ちやしないさ」

「…………」

 判っている。たとえ雷が城を直撃したとしても、魔法とは威力が違うから、精々壁の一部が黒く焦げるくらいで済むだろう。

 こんな風に、部屋に閉じこもる自分達に被害が及ぶとは考え難い。

 それでも、体が反応してしまうのだ。これはもう、条件反射だ。

「良くそれで旅が出来たな」

「……緊張していたし、雷の付近には極力近寄らないようにしていた」

 苦笑する魔王の言葉に、腕を掴む手の力を緩めながら、セナは呻くように応える。

 今までは、雷が鳴ると直に村や小屋に退避したり、雷雲を避けて旅をしてきた。

 雷の魔法を受けた時は戦闘中の緊張でそれどころではなかったし、長い旅を少しでも遅らせまいと道中は平静を必死に装っていた。

 恐らく、雷が苦手なことを敏い勇者は気付いていただろう。だが、優しさからか、何も言わずにいてくれた。

 そんなわけだから、こんな風に落ち着いた状況の中、間近で雷を聞いたのは、酷く久しぶりなのだ。他に緊張する理由が無い以上、意識はどうしても雷に向いてしまう。

 緊張は解いたものの、未だ顔を上げられない救世主に、魔王は暫く考えた後、ニヤリと良くない笑みを浮かべた。

 まるで、悪戯を思いついた悪ガキのように、瞳を輝かせて。

「……セナ……」

 ひときわ甘い……欲を孕んだ低い声で、名を呼ぶ。

 そして、腕に抱いた細い体を離すと、ベッドに組み敷く。

「……、何をするつもりだ……」

 そんな気分じゃない、と恐怖に潤んだ瞳で見上げてくる救世主の唇を、魔王は己の唇で塞ぐ。

 明らかな意図を持って舌を絡め、吸い上げ、熱を引き出して。

 昨夜も遅くまで弄ばれた体は、持ち主の理性とは逆に、本能に忠実に反応を見せ始めた。

「雷なんて、気にしなければいい」

 拒否ではなく、体を這い上がる快楽に身を捩るセナの耳元で、魔王は囁く。悪魔のように、甘美な誘惑の言葉を。

「俺に、夢中になっていろ」


  
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