酸いも、甘いも - 7

 遠くで雷が鳴っている。

 光はとうに遠くへ過ぎ去っていて部屋を照らすことは無く、かつて轟音だったものも、最早激しい雨の音にかき消されようとしている。

 汗ばんだ体を清めることもせず、二人はベッドの中で身を寄せ合うように横になっていた。

 朝食を摂るには身を清めなければならないが、湯浴みをするには体を覆う疲労感が大きすぎる。

 結局、如何ともせず、こうしてゆったりとした余韻を楽しむように互いの温もりを感じていた。

「……雷も、案外悪いもんじゃないだろ?」

 銀糸を手で梳きながら、セナドールが嗤う。

 激しい運動のせいで動けないセナは、いつも通りの表情が淡い顔で彼と向き合う。しかし、その瞳は欲情の余韻が残り、どこか悔しげに見えた。

「雷の度だと、身が持たない」

 悔し紛れの小さな呟きは、笑い声に飛ばされる。

「苦手じゃなくなったら、やめてやるさ」

 返された言葉に、セナは静かに視線を逸らした。

 『それならば、一生平気にはならない』……とは、言えなかった。

 いつまでも、一緒にいられるわけじゃない。

 いつかは、この温もりを失うときが来る。

 そう考えた瞬間、温もりを感じていた筈の腕が妙に冷たく感じ、セナは縋るように愛する魔王へと擦り寄った。

 顔を広い胸に埋めて、温もりと匂いに包まれて。ほんの少し、肩のこわばりが解ける。

 そんな彼の不安を読み取ったのか……同じ事を考えていたのか。セナドールは突き放すことなく、逆に抱き締める腕の力を強くした。

「……お前は、苦手なものは無いのか?」

 少しでも苦い不安から意識を逸らそうと、セナは問いかける。

 口に出してから、己が珍しいことをしたことに気付いたが、一度出た言葉を飲み込むことは出来ないし、する気も無い。

 今まで、他人に興味を持たなかったせいか、問いかけに答えが返るその間に妙な緊張を覚える。

「苦手、か……流石に300年も生きてると、殆ど克服しちまってるな……」

 勿論、セナドールは腕の中で繰り広げられる戸惑いなど知る由もない。子供のように真剣に悩む様子に、思わずセナの唇に笑みが浮かんだ。

「あぁ……雨が、苦手だな」

「雨?」

 少しの間を置いて、ようよう思いついたように笑いながら言う魔王に、セナは顔を上げた。

 今まさに、外は豪雨と呼べる状況だ。

 だが、自分のように緊張も不安もなさそうな様子に、セナは理由を問いかけるように視線を向ける。

 その意図を正確に読み取り、セナドールは苦笑した。

「雨だと、外に出たくなくなるだろう?
 濡れるし、視界は悪いし、狩りも思うようにできない。
 城に閉じ込められるような気がして、気分が悪い」

 なるほど。一所にじっとしていられず、日々城を空ける彼らしい答えだ。


  
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