ナメてる戦隊フザケンジャー!
第8話 淫夢怪談の始まり!
あっという間に夜になった。
というより、転送されてきたのが「夜になった時間」だったわけで。
さっきは数分前の時間に転送されたが、杉戸村から本部に転送される時には、「数時間後の世界」に到着したのである。
ということは、夕方から夜にかけての時間を、僕はロスしたことになる。
…そのうち本当に異世界に飛ばされるんじゃないかな。ものすごく不安である。
ポッティ:「ま、その代わりに数時間寿命が延びるんだから良いではないか。はっはっは。」
僕:「そういう問題じゃあないですよ。危ないっつッてんすよ。本当に異次元世界に飛ばされたらどうするんですか。」
ポッティ:「心配にはおよばん。比較的すぐに見つけられるから。私の力を持ってすれば、数秒もあれば位置情報はつかめる。」
僕:「でも昼間は数百年って…。」
ポッティ:「うむ。こちらの世界では数秒でも、君が飛ばされた先の世界では数百年は経過するのじゃ。」
僕:「それじゃ意味ないだろ!」
ポッティ:「まぁまぁ。その異世界では年を取らないし、エロ小説の流れ的にエッチな世界になるだけだし。数百年楽しんでくるが良いぞ。」
僕:「いやですよそんなの! だいたいそんな異世界で射精しまくったら世界は破滅でしょう!?」
ポッティ:「そんなことはない。異世界でいくら出してもこちらにはなんの影響もないからな。心配にはおよばん。」
僕:「それに、数百年も快楽づけになっていたら、僕の精神が崩壊して堕落して、こっちに戻ってきても性の奴隷ですよきっと。ダメじゃないですかそれじゃあ。」
ポッティ:「そんな時はこのたいむふろしきでだな…」
僕:「…。」
佐伯:「そろそろ本当のことを言おうぜ。」
ポッティ:「うーむ…。実を言うとな、異次元世界にどう迷い込むかは分からんのだよ。」
僕:「やっぱり。迷ったら簡単には見つけられないんですね?」
ポッティ:「いや。見つけられることは見つけられる。数秒もかからないのは本当だよ。…だけどねえ。」
佐伯:「異空間とこの世界とでは時間の軸が違う。だから、元の世界に戻る時には、わずかなズレはあるものの、元の時間、元の場所に戻ることができる。たとえ数億年、君がその異世界で年を取らずに過ごしたとしても、こちらの時間は経過していないのだ。別の時間が流れるとはそういうこと。」
ポッティ:「仮にブラックホールに入ったら、外側は一瞬で宇宙の終わりまで早回しされる。ブラックホールの内部では時間が経過せず、外側だけ時間が流れるからそういうことになる。でも内部での時間は、外側の宇宙がどう経過しても別立てで流れ続ける。外側の時間の始まりも終わりも関係なく、まったく別系統の時間が流れるのだ。異次元空間というのはそれに近い。」
佐伯:「もちろん、その世界が君が生きて行かれないようなところになる、ということはないだろう。宇宙空間に生身で放り出されたり中性子星の上に降り立ったりということもないし、壁や危険物質の中などに転送されて瞬時に息絶えることもない。転送されるとしたらちゃんと生きて行かれる普通の異世界だよ。」
ポッティ:「転送装置はある程度正確で、時間がずれたら空間は正確に、空間がずれたら時間は正確にたどり着くようになっておる。つまり、ある時刻にきちんと転送されるよう設定した場合、場所がちょっとずれて、マントルの中に転送されたりオールトの雲の中に転送されたりする。でも時間はぴったり正確じゃ。」
僕:「ダメじゃないですか。」
ポッティ:「当然。だから、多少時間がずれても、正確な場所に転送する必要があるのじゃ。」
僕:「あー、だから、時々時間がずれて、数時間後だったり数分前だったりするんですね。」
佐伯:「まぁ、基本はそうなんだけどねえ。位置がキッチリ正確なら、時間がわずかにずれて、10年後とか250年前とかになる。」
僕:「ちょっ! それってちょっとじゃないじゃないですか! 時間も空間も!」
ポッティ:「宇宙規模からすれば微々たる誤差の範囲だし、それ以外の世界も合わせたらほんのわずかなズレじゃ。」
僕:「僕にとっては大きすぎるズレですよ。なんで江戸時代に転送されなきゃならんのだ!」
佐伯:「分かってるさ。だからこそ、時間も空間も何とか正確に合わせようとしているんじゃあないか。」
ポッティ:「ただ、残念なことに、今の装置は、何かが正確だと何かがずれる構造でな。位置情報は厳密に正確にするが、その上で時間まで正確にしようとすると、転送される世界そのものがずれてしまうのじゃ。」
僕:「えっ…?」
佐伯:「時間と空間を完全に正確にしようとすると、どうやら“6大世界”のいずれかに転送されちまう。時間をわずかにずらして限りなく正確にするという程度なら、6大世界以外の異次元空間に入る。」
僕:「?」
べっ、別に頭がかわいそうなわけじゃないんだからね! 理解の範疇を超えていてよく分からないだけなんだから!
ポッティ:「ふむ。この世界、人間界(宇宙)の他に、神界、天界、霊界、地獄、魔界の、合計6つの大きな世界がある。それを合わせて6大世界というのじゃ。6大世界は、同じ時間軸を持っている。」
佐伯:「同じ時間軸を持つということは、こちらで1秒が経過すれば魔界でも1秒が経過し、同じように時間が流れることを意味する。もちろん、相対性理論のいうとおり時空の歪みによるズレはあるが、普通に生活する限りでは「同じ時間を共有する」という前提で考えて良い。」
ポッティ:「6大世界では時間を共有するから、我々の戦いを魔界のヘルサたん総統らがリアルタイムに見ることができるのだ。だが…6大世界以外はすべて、別の時間軸になっていて、時間の流れ方がまったく違う。言い方を変えれば、時間の共有がないために世界どうしでの干渉がなく、一方で時間が流れても他方で時間が流れない。お互いに無関係の時間軸を持っているため、お互いの世界で起こった出来事はこちらでは無時間なのだ。」
佐伯:「つまり、6大世界以外の異次元空間に迷い込んで、元の世界に戻っても、元の世界では時間がまったく経っていないんだ。これは、異世界の住人がこちらの世界に迷い込んで向こうに戻ったとしても同じことが起こる。干渉しないのだ。」
僕:「…もしかして?」
ポッティ:「うむ。実をいうと、君が転送装置を使うたびに、すでに君は異次元世界をさまよっていたのだよ。」
僕:「ええ〜! …でも、何も覚えてないし経験してないですよ?」
佐伯:「言っただろ? 6大世界以外では出来事が何であれ干渉をしないのだ。つまり、君がその異世界でどんな経験をしようと、何億年も年を取らずに過ごしていようと、こちらに戻ってきた時は1秒も経過しておらず、また、君の異世界での経験が“なかったこと”になる。記憶が消えるというより完全にリセットだな。だから何も覚えてはいないし、傷を負っても病気になっても体も心も元通りになってこの世界に戻るのだ。」
ポッティ:「だから、異世界では年も取らず死ぬこともない。結局、異世界に飛ばされても、元に戻れば、飛ばされなかったのとまったく同じ状態になるのだ。」
僕:「異世界に飛ばされた僕をポッティが戻してくれているの?」
ポッティ:「うむ。一応手は出しておるが、もともと時間軸の違う、干渉し合わない世界なので、機が熟せば自然と元の世界に戻って来られるようじゃ。はじめの頃は気づかなかったが、何回か転送した時にこの法則、時空を正確にすると世界の方がずれるということを発見して、今は事なきを得ておる。」
僕:「ことなき、なのかなあ…」
佐伯:「ああ。干渉しない世界ならどうなったとしても何もない状態で元に戻れる。それは心配ない。」
ポッティ:「問題は、“時間も空間も完全にぴったりにした場合”飛ばされる異世界の方じゃ。ナノ秒の狂いもなく1ミリメートルの狂いもなく正確に転送しようとすると、6大世界のいずれかに転送されてしまうことが分かった。」
僕:「?」
ポッティ:「完全に正確にしようとすると、6大世界のどこかに飛ばされてしまうのだよ。そして、時間に多少の余裕を持たせた場合、転送される先は6大世界以外となる。つまり、5分前に転送されたり、5時間後に転送されたりと、あえて不正確に時間をずらすことで、6大世界へと転送されることを避ける狙いがある。」
僕:「なるほど、だから僕はいきなり夜に飛ばされたり、15分前に飛ばされたりしたのか。」
ポッティ:「それとて宇宙の規模からしても相当正確になっておる。それ以上に厳密に正確にしようとすると、時間軸を共有している異世界のどこかに飛ばされてしまうのじゃ。」
佐伯:「6大世界以外は規模も小さく、比較的簡単に見つけられるが、6大世界ともなると広大すぎて、簡単には探せない。しかも時間を共有しているということは、君はその世界で年を取るし、記憶も経験も残る。ケガをすればケガをしたまま人間界に戻るし、死んだらそれまでだ。干渉しあう世界に飛ばされることだけは絶対にあってはならんのだよ。」
僕:「そりゃあそうだよなあ…」
ポッティ:「これからも転送される時には、ほんの少しだけ時間がずれることは覚悟しておいた方がいい。まれにぴったりに着くこともあるが、あまり期待しない方がいいだろう。」
僕:「そうですね。一応、6大世界とやらに飛ばされなければ安全なんでしょう?」
佐伯:「ああ。6大世界以外なら、どんな目にあっても、地獄の苦しみで気が狂い果てても、100万回殺されても、元に戻った時には何もなかったことになるからな。絶対安全だ。」
僕:「うう・・・それはそれでなんかヤダ・・・」
ポッティ:「敵地へ飛ぶ時は、遅すぎたら間に合わないから、数分前の世界にたどり着くことになるな。逆にこちらに帰ってくる時には、タイムパラドクスを避けるために、時間は少し遅れるぞ。君にとっては瞬間移動だが、周囲の人間にとっては転送に数分、場合によっては数時間かかるというわけじゃ。」
僕:「うむむ。転送の仕組みはよく分かりました。くれぐれも6大世界に行かないよう、調整頼みましたよ?」
ポッティ:「まっかせなさい!」
佐伯:「ところでポッティ。6大世界ってそもそもなんだ? どうやってできて、どんな経緯で世界が別れたのだ? 俺もその話はあまり詳しくないんだ。」
ポッティ:「人間が知って良いこととそうでないことがある。詳しくは話せぬ。世界の構造だけ知っておけばよい。まず神界、私を含め、神々の住まうところ。そのトップとして、神々の意見をまとめ、秩序づけているのが私なのだ。天界は、天使と善良な高等霊魂が住まう場所。聖人君子の鏡とされるほどの尊い魂だけが天使とともに在ることができる。霊界は、それぞれ振り分けられて最適化された霊魂の世界。死後の世界とはここのことを指す。もちろん、善なる魂なら天国霊界、悪なる魂なら餓鬼・畜生・性霊・修羅など、苦しい世界となるのが霊界じゃ。」
僕:「話の流れ的に霊界イコール性霊界ですかそうですか。」
ポッティ:「甘いな。天国といってもそれほど高次でなければ、フーリーたちと淫欲三昧の日々が待っておるぞい。…で、この宇宙が人間界。さらに、悪すぎて救いようがなく、霊界の苦しみでは生ぬるいような霊魂は、地獄へ堕ちる。そこでは想像を絶する苦痛と放蕩が待ち受けておる。性霊界でさえ手に負えないほどの悪辣な魂は、色情地獄でさらなる快楽づけとなり、性的快楽も過ぎれば地獄ということを思い知らされることになる。さらに、地獄よりも下に魔界がある。地獄すら生ぬるい輩はもはや魔族であり、魔界で暮らすことになる。色欲が強すぎて地獄でさえもとどまるところを知らない性豪は、淫魔として淫魔界に行くことになるのだ。」
佐伯:「へええ。それで、霊界以外は別の肉体を得ることになるのだな。」
ポッティ:「うむ。これ以上詳しくは言えないが、魂がいくつかの世界を行ったり来たりしているのだ。そこで霊魂として存在するか、肉体を得て生活するかは違うが、神界以外はお互いに行き来できる。ただし、一定のルールがあって、そのルールの定めで移動するだけであるから、自由な行き来ができるわけではない。現に我々も、今すぐ魔界に乗り込むことはできんのだ。…神界が統括の世界、他が移動のきく“繋がった世界”である。だから時間軸の共有が起こる。…私から話せるのはここまでじゃ。」
僕:「うーむ…スケールがでかいなあ。」
ポッティ:「ともかく、夜も更けてきた。そろそろ帰って寝るといい。」
僕:「そうですね。そうします。」
僕は佐伯さんたちと別れ、帰り道に着いた。
あのポッティの話は考えさせられるところがあるな。強すぎる欲望、たとえば食欲が強すぎれば餓鬼の世界に行き、さらに食にまつわる地獄、魔界へと深くなっていく。性欲が強すぎる悪しき魂は性霊界に行き、さらに快楽地獄、淫魔界へと深くなっていく。性欲が強いが善良な魂は、天国でヘヴンガールたちとセックス三昧だとか(これによってセックス飽和状態にして性欲がなくなる・魂がより高次化するのを待つのだとか)。人間の基本欲求に近いところこそ世界が深く別れていると言えるだろう。
だとすると、淫魔どものしていることは、世界の秩序を完全に狂わせることになる。淫魔界の価値観が人間界に持ち込まれることはたいへんなことである。ポッティが動いてこれを阻止しようとしているのも分かるな。僕もフザケンジャーとして、奴らの干渉を何としても防がないと。
そんな決意を新たにしたところで、家にたどり着いた。
少しのんびりしてから、僕は床につくのだった。
………。
……。
…。
気がつくと僕は、真夜中のひっそりとした山の中に立ち尽くしていた。この風景は見覚えがある。が、どこかが違う、うろ覚えの風景だ。
山の中に囲まれ、明かりもなく、電気もなく、車も通らない、山奥の小道だった。
「…ああ、もしかして。」
そうだ、この風景は、昼間僕が杉戸村に行った時、小高い道路から、ボウイ将軍と一緒に見た風景にそっくりなのだ。
ただ、近くにバスがあるわけでもなく、将軍の姿もない。それどころか、アスファルト舗装がボロボロで、ヒビだらけになっているし、遠くに見える村の家も人気がなく、明かりがいっさいついていない。物音が全然しないのだ。
昼間見たのと違う家が建ち並んでいる。現代風のしっかりした家屋ではなく、どこか昔の、木造で朽ちかけているような、ボロボロの家ばかりが見える。何より、杉戸村の象徴でもあった、あの高いビル、村役場が建っていないのである。
そういえばここの道路って、杉戸村伝説に興味がある観光客のために、つい最近舗装し直されたんだっけ。
ってことは、このボロボロのアスファルトは、その舗装がされる前のものなのだろうか。
ッてことは、この風景は夢なのかな。
「ナメてる戦隊! フザケンジャー!」
…。何も起こらない。間違いない、さっきまで家で寝ていたのだ。これはカリギューラが見せる淫夢である。
少し歩いたところに小道がある。そこから村に行くことができそうだ。僕は小道を伝い、月の明かりだけを頼りに、村の方に突き進んでいった。
小道を降りていった先に、たしかに村の入り口があった。だが、人の気配がなく、誰もいなくて静かだ。
「!」すぐそばに小屋があった。周囲の家は半分朽ちているのに、その小屋だけ最近建てられたみたいにキレイである。さっそくそこに入ってみよう。
小屋にだけは電気が通っているみたいだ。僕が入ると電灯が勝手について、中の様子がよく分かった。
小屋には何もなく、今僕がいる小さな部屋があるばかり。その部屋の中央に小さなテーブルがあり、イスはない。部屋の片隅には古びたロッカーと、魔除けのお札のようなものがある。
テーブルの上に数枚の紙が置かれていて、何かが書かれてあった。
「杉戸村伝説の真実」タイトルにそう書いてある。よく知られた杉戸村伝説のことだ。
「今より200年以上前、この村で奇怪な事件が起こった。一人の少女が暴走を始め、次々と村の青年の家に夜這いをかけて、ついには村中の娘たち総出ですべての男を犯しては子種を吸い取ったのである…」僕は書き出しから読んでいった…
かつてこの村は、ひっそりとした農村であった。お見合いの伝統、農耕による生計、村としての共同生活、すべてが何の変哲もない、ごく普通の村であった。
当時、他の村と同様、男性から女性の家への夜中の訪問、いわゆる夜這いの慣習が杉戸村にもあり、村の者が勝手に決めた結婚とは別に、好きな者同士が合意の上、男性が女性の家を訪ね、性行為におよぶことが多かった。合意なしの強姦に似た夜這いは厳しく規制され、違反者には村から死に匹敵する制裁を受けていた。そのため、現代でいう恋愛がきちんと成立している限りにおいて、夜這いは合法的に行われ、それ以上の悪辣な行為はこの村にはなかったと言われている。
ただし、当時、既婚者の元であっても、女性側の合意さえあれば、他の男が夜這いを仕掛けても夫は文句が言えなかったようである。そうした夫もまた、結婚しているにもかかわらず他の女の元へ夜這いし、妻はこれを認めていたからである。
こうして、村中の多くで毎晩夜這いが行われ、村人たちはお互いに強い結束で結ばれていた。村娘たちが出産をすると、本当は誰の子供かが特定できなかったため、村全体の子供として大切に育てられたという。
ごくまれに非合法の夜這いが行われた記録が残っている。違反者は、村中の娘の同意が得られず、性行為ができない不細工な男が多かった。彼らはしびれをきらし、合意していないにもかかわらず無理に行為に及ぼうとしたために人を呼ばれ、村人たちにリンチを受けた。その暴行たるやすさまじく、これによって命を落とした“モテない男“も珍しくなかったそうだ。
一命を取り留めた醜男も、村八分以上の制裁を死ぬまで受け続け、陰湿な無視と嫌がらせにより、みずから命を絶っていった。食料はいっさい提供されず、自作の作物は年貢と称して100%奪われた。家は焼かれるか取り壊されたので、寒空のなか野原で眠らなければならなかった。睡眠中も村人の放尿や暴行などの嫌がらせを受け、ほとんど睡眠が許されなかった(昼間の睡眠はなおさら妨害された)。石や糞尿を絶えず投げられ、罵倒され続け、病に伏しても容赦なく、ついには飢えや病気で死ぬか、自殺するというわけである。
これに対して、村の娘たちはみな器量よしで、しかも誰とでも姦通してよい慣習だったため、誰からも相手にされず夜這いされなかった女はない。彼女たちはみな幸福であった。
醜男がこのようにして排除され、男が多すぎて争いになることが抑制された結果、村は数百年の間、夜這いの慣習とともに問題もなく幸福に維持することができたのである。生まれる男女は器量が良く、しかも男が余れば上記のごとく排除されるため、美男美女の村となった。醜男が排除されれば子宝を授かるのは器量よしのみである。これにより、夜這いはますます村の重要な要として維持されていったのである。
だが、こんな幸せな杉戸村に、とつぜん不幸な出来事が起こった。
器量はよいが、知恵の遅れた娘が生まれたのである。言語能力と理性的思考に欠陥があり、当時村ではこうした不具者を秘密裏に抹殺してきたのだが、親が娘かわいいあまりに、娘の障害を隠して育ててしまったのである。
娘が年頃になると、障害のことがすぐに表沙汰になった。男たちが夜這いに押し寄せ、娘もすべての男を受け入れ、性交時のやりとりから、この娘がおかしいとみんな気づいたのである。
当時、不具者の子はみな不具者だという間違った認識がはびこっており、村では、ひときわ美しかったこの娘を年頃で殺すのはかわいそうだということで、産まれてくる子をすべて間引きするという条件で、生かしておいてやることにした。
男たちは、そんな娘を敬遠するどころか、誰でも受け入れるというので、日夜夜這いをかけた。そして妊娠しては、産まれた子を間引いていった。
娘の方も、母としての自覚に乏しく、自分の子が目の前で“処分”されても、とくに感情を害することはなかったとある。
だが、そんなある日、狂気の事件が起こったのである。
当時、女の側から夜這いすることは、禁止ではなかったが、想定してもいなかった。家で待っていれば、男たちが勝手に来るからである。好きな相手でも誘えば、フリーセックスの村であり、男の方から簡単にやってきた時代である。
その狂気の娘は、何を思ったか、その晩、手当たり次第に男の家に夜這いをかけ始めたのである。
事件は夜が更けた頃から“決行”され、男たちはこの娘の逆夜這いに驚いたが、結局やわ肌の誘惑に勝てず、次々とその娘を抱いていった。
奇妙なのはここからである。
狂気の娘の逆夜這いは瞬時に広がり、何と、村の他の娘たちも逆夜這いをかけ始めたのである。一人、また一人と、家を出て行く女たち。ついには、村中すべての娘が、男たちの家に夜這いをかけたのである。なぜ逆夜這いが伝播したのか、理由は分かっていない。
それは夜中じゅう続いた。行為が終わった男の元に次の娘が訊ねてきて、同意など関係なく子種を奪っていく。一度に3人の女が押しかけてきた家もある。男が嫌がろうと攻撃しようと、女たちは色香と策略を駆使して男を襲い、相手が疲れていようと枯渇していようとお構いなしに、逆レイプの宴を繰り広げていったのである。
不同意の逆夜這いということで制裁が加えられることはなかった。なぜなら、リンチしようとする男たち全員が、村中の娘たちに襲われ、抵抗できなかったからである。
さらに、村のよく知っている娘以外の、若く美しい女たちが、どこからともなく現れ、夜這いのグループに参加していたらしい。彼女たちが何者なのか、素性は分かっていない。
女たちはどんどん数を増やし、ついには男の家に絶えず30人以上の娘が押しかける格好となっていた。男たちは枯渇し、泣いて懇願するも、決して許されなかった。どういうわけか、女たちがあの手この手で誘うと、精を出しつくした男が活力を取り戻し、行為に及び続けたのだという。
太陽が昇っても騒ぎは収まらなかった。昼夜問わず、女たちは男を襲う。男たちは行為の最中は無理矢理活力を取り戻させられていたが、行為が終わると、生命力を奪われたように疲れ果てた。だが、すかさず次の娘たちが押し寄せると、なぜか男たちは性欲を取り戻したという。
宴は10日以上続いた。女たちは精液を吸い取りすぎ、腹をふくらました餓鬼のようになっていた。男たちは吸いつくされ、身動きが取れなくなっていた。こうして、人間としての肉体の限界を超えた村人たちは、男女ともにその場に倒れ込み、半数以上が絶命、生き残った村人たちもすっかり生気をなくし、以降急速に村は寂れていくことになる。
これまで自治は男性主導であったが、この一件以来、女性が主導となっている。
廃れきった村は、明治13年3月末に廃村となった。
終戦後、復興の勢いに乗って、杉戸村が再興され、ぽつりぽつりと人が住み始めたが、なぜかみなすぐに村を捨てて出て行ってしまった。
こうして、人口はあまり増えないまま、戦後建てられた家も放置され、昭和54年2月、完全に廃村となった。
杉戸村には女たちの霊のたたりがある。あの奇妙な事件が伝説になってからというもの、そんなまことしやかな噂も広がった。土地も痩せ、農業には適さなくなった。交通の便も悪く、住むに適さない土地となった。無理に住めば、恐ろしい祟りに見舞われる。これでは廃村となるのも当然である。
杉戸村は伝説となり、祟りの土地として忌み嫌われるに至った。
なぜ、そのような事件が起こったのか。そもそも、そのような事件が本当に起こったのか。なぜ娘たちが増え、逆夜這いの宴に発展したのか。一体何があったというのか。真相は何も分からない。
私もこの土地に住んで一年。杉戸村伝説の真相を探ってみたが、調べ上げたのは上記ですべてである。結局、この土地でも、細かいことは分からなかった。
だが、ひとつだけ、私の目で、いや、私の体で確かめた、はっきりとした真実がある。
それは、たしかにこの地には女たちの祟りがあるということである。今日非科学的と言われるかも知れないが、祟りはたしかに実在する。この私が実際に、女たちの霊にたたられ続けているからである。
この村が廃村になったのは、みんなが出て行ったからではない。ここに一ヶ月以上住んだ者は、決してこの村からは抜け出せなくなるのだ。そして祟りを受け続け、女は好色となり、老人は心臓マヒを起こし、そして男は毎晩精をむさぼり吸われるのである。
無理にこの土地を離れても、新天地にまで女霊たちはついてきて、毎晩セックスを迫り、男を犯し、女を狂わせ、一定年齢以上の者の命を奪うのだ。
この村が廃村になったのは、ここに住んだ者がみな、命を落としたからである。女たちは色情狂となって死んだあと、色情霊となって男を襲う。男は吸いつくされて天国のうちに衰弱死する。どこに逃げようと、一ヶ月以上住んだ者は、祟りを受け、命を奪われる。
私の両親は、ここに移住してちょうど一ヶ月後、同時に心臓発作を起こした。妻は1ヶ月後に狂気に走り、2ヶ月後に色情霊となった。
そして、私と、小学生の一人息子が、色情霊たちの毒牙にかかっている。やつらは男でありさえすれば、子供でも容赦はしないのだ。
私自身と、何より大切な息子のために、この村の祟りから脱出する方法を必死で探った。そして、その方法を見つけ出すに至った。
それは、この杉戸村伝説の真相を暴き、世間に知らしめることによって、霊魂たちの怨念を鎮めることをおいて他にない。
私は必死で、この村のことを調べ続けた。だが、謎が謎を呼び、結局最後の真実にはたどり着けなかった。その結果、私は大切な息子を失った。
いよいよ私の番である。謎を解くことができなかった、杉戸村最後の生き残りである私に、村中の数百人の美しい女たちが群がってくる。
ここまでレポートをまとめることができたが、どうやら私はここまでのようだ。
これ以上謎に挑む体力がない。肉体は快楽を求め、死に向かって一直線、今晩か明日の晩か、最後の一滴を吸い取られてしまうことだろう。
もし、このレポートを手に取る者がいたならば、警告する。ここに住んではいけない。早々に立ち去るのだ。
もし、もし、万が一、ここに住んでしまっているのであれば、私のレポートを参考に、さらに謎を解き明かさなければならない。杉戸村の色情霊たちの誘惑と快楽に負けることなく、肉欲に溺れることなく、杉戸村伝説の真相を暴いて欲しい。さもなくばあなたも、杉戸村の怨念にとりつかれ、衰弱死することになるだろう。
夜はとくに、村中至る所に色情霊が潜んでいる。だが、謎は昼間に解くことができない。だから、色情霊があらわれる夜にしか、村の内部を探ることができない。
色情霊たちはあなたを見つければ、すぐさまあの手この手で快楽を与え、あなたを射精させてくるだろう。だが、射精を重ねれば衰弱していく。ついには活動ができなくなり、毎晩絞られるに任せ、死ぬまで快感に浸って人生を終えることになる。それだけは避けて欲しい。
性霊に遭う機会を減らし、襲われても誘惑と快楽をはねのけ、なぜ杉戸村の事件が起こったのか、その真相を明らかにするのだ。
追記:なお、この小屋の先の鳥居をくぐれば杉戸村であるが、今や祟りが強く、服を着た男は中に入ることができない。必ず全裸となって入ること。
昭和54年3月16日、日向次郎 記す
…レポートはここで終わっている。
えっと。
…夢、ですよね。僕の。
淫夢だからですか。ああそうですか。
僕がオバケとか怖いのを知っての仕打ちですか。
昼間見た杉戸村の伝説のネタがこうして淫夢に使われるのがむかつきます。
ってことは、僕はこの村をさまよって村中の幽霊とエッチなことをさせられるんですね。期待というより恐怖バリバリなんですけど。もっと明るい淫夢にしていただけませんかねえカリギューラさん。まだ以前の犬娘と泥棒猫に穗積先生乱入の大げんかの方がマシですよ。
と、ぼやいてみたところで、薄気味悪い廃村のステージが変わるわけでもなく。
結局、杉戸村伝説という、僕にとってはどうでもいいことに巻き込まれたわけで。最悪なんである。
それなら、とっとと謎を解いて脱出するしかないでしょう。
アスファルトの状態からして、この場面は、絶命したと思われる日向氏の手記からそれほど時間が経っていない頃、僕の時代から見てずいぶん前の時代からスタートしていると見ていいだろう。
ちなみに杉戸村は、昭和時代には復興せず、その後たまたま原油が出たということで、人々が集まり始め、今や道路も舗装され直し、立派な家が並び、超立派な村役場ビルができ上がっている。
人口が18000人と、中規模の町くらいになっているが、未だに呼称は村のままである。伝説があるためなのか、今でも杉戸村の呼称が親しまれ、名前が変わっていないのだ。
それはそれで不思議なことである。…そういえば、今でも杉戸村は謎が多いな。イロイロ調べてみたい気もするが、祟りとか幽霊っていわれちゃあ、あんまり関わらない方がいいに決まっている。
でもとにかく、ここは淫夢。さっさと謎を解いて脱出してしまった方がいい。もちろん、相手が怖い幽霊でもセックスは御法度だ。夢精から逃れるのは難しいだろうけれども、せめてなんとか回数を減らし…って、そんな弱気ではいけない。一度も射精することなく脱出して見せよう!
さて。
杉戸村伝説がなぜ起こったか、か。このレポートを見る限り、原因は明らかだな。日向氏では解けなかったはずの謎だが、僕なら解けそうな気がする。このレポートが本当なら、間違いなくこの一件には淫魔が絡んでいる。
まず、この事件の発端である狂気の娘だが、その素性はまだわからないものの、今でいう“悪魔憑き”の状態だったのだろう。あるいは淫魔界とのパイプ役でも務めさせられていたのかも知れない。
土地柄、慣習からして、淫魔に目をつけられる素地はたくさんあった。
夜這いの伝統。フリーセックスによって欲望が解放されている。その一方で、報われない男は実質的に惨殺されている。その怨念は悪魔の付け入る隙となるはずだ。
狂気の娘は子供を失っても悲しまなかったらしいが、それは精神障害のせいではないな。すでにその頃には悪魔に取り憑かれ、あるいは彼女自身が淫魔となって、子孫を受け継ぐことなどどうでも良かったのだろう。
そして狂気の娘は、決行した。その時おそらく、淫魔どもの淫気が村に流れ、村娘たちを巻き込んで大乱交大会となったのではないか。
そこに、一人また一人と、魔界の者が現れ、村娘たちに混ざって男を絞ったんだ。それなら、彼女たちが押し寄せた時に、疲れ果てた男でも勃起した謎も理解できる。
悪しき魂は悪しき世界へ。ポッティのいうとおりだったら、淫魔の片棒を担がされた女たちの霊魂は色情霊となり、未だに縛られ続けていることになる。もちろん、その後巻き込まれた女たちもいて、数百人の色情霊がこの村にたむろしているというわけだ。
だいたいそんなところだろう。淫魔の存在を前提にしなければ、この謎は解けない。
…あとは、証拠集めだ。
狂気の娘が何者だったのか。彼女を操っていた淫魔は何者だったのか。どのような手口で逆夜這いが行われ、そのパワーの源はどのようなものであったのか。そして、その怨念が未だに祟りとして残っている謎と、彼女たちを解放する手段。
おそらくここまで具体的に解明すれば、日向氏のいう謎は解決するはず。
ま、あとは、今の僕の時代に、その伝説がどんな風に残っていて、原油との関係とか、住民の状況とか、ボウイ将軍が何をしているのかとか、そういう謎も解決していけばいいだろう。
淫夢、夢ではあるが、おそらくは現実の杉戸村伝説とリンクしているはずだ。ここで解決したことは現実にも影響するだろう。あるいはここで解いた謎を現実に適用すれば、現実でも杉戸村伝説の謎を解き明かし、霊障があるのならこれを解消することに繋がるはずである。
ボウイ将軍のこともあるから、幽霊は怖いけど、淫夢からも抜け出せないし、ここはチャレンジするしかなさそうだ。
この小屋はお札のおかげで色情霊が入ってこられないらしい。それなら、ここを思考する場所、情報整理やアイテム保管場所、休憩所として利用できそうだ。
僕はロッカーの扉を開けた。
「おっ!」ロッカーのなかには、ハンドル式の充電懐中電灯と、何かの御札と、透明の小さな水晶玉がある。あと、小瓶に入った黒い丸薬が3粒。それから、アイテムを入れられる小さな巾着袋が入っていた。
*懐中電灯を手に入れた。
*魅了除けの御札を手に入れた。
*水晶玉(4センチ)を手に入れた。
*回復薬(3粒)を手に入れた。
出発時のキットというわけか。これで周囲を照らしながら進んで、アイテムゲットや謎解きをし、色情霊トラップをなんとかすれば先に進めるんだな。
あと、たしか村には服を着て入れないんだったよな。淫魔の魔力で、夜は裸でなければ村に入れず、村人は夜になると服が消えて全裸になる。そんなところだろう。…今の現実の杉戸村でそうなのかは分からないが。
いいだろう、準備は万端だ。
全裸になった僕は、小屋を出て、懐中電灯をつけながら、おそるおそる杉戸村の鳥居をくぐっていった。
人気のない廃村。本当にいつどこで幽霊が出るか分からないおどろおどろしい雰囲気。怖い。
ここで淫魔の痕跡を見つけ、色情霊たちを解放すべく謎を解くのが目的だ。何としても、杉戸村伝説の秘密を暴いてやる。
懐中電灯であたりを照らしながら、周囲の様子を確認する。
思ったよりも村は整備されている。ぼろくなってはいるが一応アスファルトが敷かれ、区画も整理されて、田んぼ跡が点在し、その合間を縫うようにして廃屋が建ち並んでいる。裸足で歩いても、硬い石ひとつ転がってなく、しっかりとした足取りで歩くことができた。
山のなかにも家があるが、ちゃんとそこへ行く道もでき上がっている。木が整理して植えられており、人が住んでいるころには丁寧に手入れされていたことを思わせた。草もところどころ茂っているが、歩くのに困るほどではない。
戦後に一時的に復興したらしいが、自動車やバイクが放置されているところもあった。
とにかくまずは、村全体の構造を明らかにしよう。どこに何があるか。どの建物にどんなものがあるのか。
次に伝説とつきあわせる必要がある。当然、江戸時代の“事件”の時の村の構造と、現代の村の構造は全然違うはず。たとえば狂気の娘の家は当時どの辺にあって、今はどうなっているのか。そういう位置情報を確かめておきたい。
あとは、この回復薬や御札のように、色情霊対策のアイテムもまだあるはずだ。生身のままいつまでもさまようわけにはいかない。情報をつかみ、道具を使い、謎を解いていこう。
ざっと歩き回った感じだと、村はこの道路を中心に左右に分かれているらしい。入り口付近に村人たちの家屋。奥は山の中まで家が連なっている。といっても、現代のような団地型密集ではなく、今の人の感覚からすれば「まばら」な部類に入る。
復興後の人口は、この様子からして数百人から千人といったところか。流入してきてはどんどん出て行く。ただし、一ヶ月以上住んでしまったら、出て行ったとしても色情霊の呪いからは逃れられない。
奥の方に行くと、家々に混じって、いくつかの施設が見えてくる。この小さな鉄筋コンクリートの建物は、村役場と学校が併設されたものだ。看板が掛かっている。その片隅に郵便局もあった。
村の集会場もあり、木造の平屋だ。公園もある。その近くには居酒屋らしき建物と、公衆浴場がある。今やなつかしい電話ボックスもあった。
トラクターなどは共用で、それらの農業機器が収納してある倉庫があった。マイクロバスまである。そこに公衆便所が設置されている。
民家は、戦前に建てられたのではないかと思えるほど古ぼけた木造から、戦後しばらくして新築されたようなしっかりした家まである。
村唯一のスーパーマーケットはシャッターが降りているが、半開き状態で、手でこじ開けることができそうだった。
だいたいの施設と場所はチェックした。…いよいよ建物内部の探索だ。
いきなり村役場や学校というのは危険だな。色情霊のトラップがいっぱいありますよと雰囲気が物語っている。
そもそもこれらの建物には鍵がかかっていて、入れそうになかった。どこかで鍵を手に入れないといけないのか。
いったん戻ることにしよう。
僕は鳥居のところまで歩いて戻り始めた。
ひたひたひた…
てくてくてく。
ひたひたひた…
てくてく…。
ひたひた。
…オバケは本当に怖いんですけど。
絶対、後ろから誰かがついてきている。僕以外の足音がひたひたと聞こえる。僕が足を止めると、ひたひたも止んだ。
巾着が光っている。中をのぞいてみると、小屋で手に入れた水晶玉がオレンジ色に光っていたのだ。
そうか、この水晶玉は、色情霊を察知するレーダーだったんだ。
さて、どうするか。一目散に逃げるか、振り返るか、このまま歩き続けるか。
おそらく逃げてもムダだろう。このまま歩き続けて問題を先送りにするのも避けた方がいい。となれば…
僕は御札を手にとって、くるりと後ろを振り返った。
「!?」
しかし、そこには誰もいなかった。
仕方ない、先に進むか。
鳥居のすぐそばの廃屋まで百メートルくらいだ。まずはあそこから探索することにしよう。
廃屋の玄関は鍵がかかっていない。僕はゆっくりとドアを開け、中に入ってみた。
思ったよりも整然としている。どれもこれも古いが、誰かが掃除しているみたいに埃ひとつ落ちていない。ただ、窓や勝手口の扉が外れていたり、廊下の奥の床に穴があいていたりと、誰も住んでいないことを思わせる部分がたくさんあった。間違いなくここは廃屋。
建てられたのはいつくらいだろう。玄関口に無造作においてある古新聞に目をやる。いや、古新聞というより、新たに届けられた状態で誰も手に取っていない新聞という感じだった。
「…昭和46年12月8日」
うむむ。相当年季が入っているな。
ぽぅ。水晶がオレンジ色に光った。
近くに色情霊がいる!
僕は御札を手に取りながら、ゆっくりと歩いていった。
水晶の光は、色を変え、明るさを変え、幽霊の位置情報を知らせてくれる。
どうやら光の色は、敵との距離をあらわしている。そしておそらく、明るさは敵の人数を示しているのだろう。淡い光ということは、近くの色情霊は一体だ。
水晶の色が青くなる。おかしな胸の高鳴りは静まっていった。色情霊から遠くなったのだ。
半径十メートル以内に近づくと青、五メートル以内ならオレンジ、一メートル以内なら…ピンク色に変わる!
僕はばっと後ろを振り返った。青い光が突然ピンク色に変わったからである。
「クスクス…」白い浴衣を着た女性が、僕の目の前に立って妖しく微笑んでいた。
「!!」僕はドキリとし、とっさに御札を手に取った。
年の頃は二十歳くらいだろうか。小柄でかわいらしい女の子だった。体全体がほのかに透き通り、廊下の向こう側を見渡すことができる。しかし半透明というほどでなく、くっきりと彼女の肢体を確認することができた。
幽霊に遭遇したというのに、突然現れて少しびっくりする以外は、これといって恐怖を感じなかった。それよりも顔立ちの整った美しい色情霊の妖艶な微笑みに、つい魅了されてしまいそうになる。
だが、御札を持っている限り、僕は簡単には心奪われなかった。
おそらく性霊というものは、相手の男の前に姿をあらわしたとたん、心の奥底から惚れさせる魅力を持っているのだろう。色情霊に遭遇したとたん、敵の魅力に心奪われ、魅了されたまま飛びかかり、性的快楽をむさぼってしまうに違いない。そのくらいに彼女は妖艶なのだ。
だが、御札を持っているおかげで、瞬時にして魅了されることはなかった。なるほど、この御札は絶対に手放せないな。
童顔の女性はいたずらっぽく笑って僕を見上げ、じっと見つめている。くっそ、性霊となれば相当美しい外見になるというが…かわいいなあ。
御札の効果によって、色情霊ならではの魔力で心を奪われることはないけれども、それでも僕自身の心が相手の魅力にほだされ、相手の体に欲情するかどうかは別なのだ。
ここはしっかりしなくちゃ。
女の子はするりと、白い浴衣を脱ぎ始めた。スベスベの肩が見え、寄り目上目遣いのまま、ゆっくりと肌をさらしていく。上から覗き込むくらいは背の高さが違うので、彼女の胸の谷間がしっかり浮かび上がっているのが丸見えである。
ある程度まで脱ぐと、女の子は手を離した。すると、するーんと浴衣は床に落ち、幽霊は乳房もあらわにパンティ一枚だけの姿になった。
下着を身につけているということは、昭和後半の幽霊だ。戦後移り住んできた家族のうちの一人だったのだろう。
がしい!
「うわ!」
女の子はいたずらっぽい笑顔のまま、がっしりと僕の肩を両手でつかんできた。そしてぐいぐいとやわらかく押してくる。
このままではこのお姉ちゃんに押し倒されてしまうだろう。
「だっ、だめっ!」僕は必死で抵抗し、彼女の手を振り払うと、バランスを取って、なんとかあお向けに転ぶのを避けることができた。
僕は一目散にその場を離れ、廊下の奥の部屋に逃げ込んだ。すると水晶の光が消えた。
幽霊への対処方法が分からないぞ。セックスバトルでもないので、イかせて倒すわけでもない。そもそもフザケンジャーにもなれない状態で、生身の未熟な神谷達郎のままで、色情霊にセックスで勝てるはずもない。
逃げるしかないのか。
相手の誘惑に負けず、振り払ってその場を離れれば、なんとか射精させられずに済むというわけか。いや、きっと別の突破口があるはずなんだ。逃げてばかりで乗り切れる村ではない。
謎解きの前に、色情霊対策をしっかりしておかないとな。