Tweet



第22話 それぞれの新しい展開へ!


 裏手の民家にはすぐにたどり着いた。びよびよ電波が出ていたのは、青い屋根の方だ。僕はヴァジュラ片手に、そこに乗り込んでいった。

 「!!」

 家の中には、広い広い部屋が一つあるだけ。玄関から入るとその広大な部屋で終わりの殺風景な家だった。

 いや・・・違う!

 もともと仕切りもあり部屋もあったが、何かに強く破壊されているんだ。崩れた壁や柱の一部が端っこに残っている。家は支えを失って、ちょっとした衝撃で崩れてしまう危険もあった。

 それにしても、この破壊の仕方は異常だ。家の中にブルドーザーが入り込んで、家具も壁もみんな壊してがらんとさせてしまっているみたいだ。

 そこへフラッシュバック!

 家にまだ間仕切りや部屋があった頃の光景がありありと映し出される。その奥の部屋で、半狂乱になっている27歳くらいのカタい感じの美女が七転八倒していた。

 「うぐぐははは…みんな死ねっ・・・気持ちよくなって死ねっ! うぐぐ…あはうっ、あたしもしたいよぉ・・・だ、だめ・・・ぜったい・・・せっくすなんてするものかぎゃはははッッ!」

 この声は…もしかしてこの人、谷崎さんか?

 「ぎゃははっ、この怪電波をくらええ! うひうひっ、しねっしねっ! でんぱでしねえ!」そう言ってめちゃめちゃに機械を操作する女性。すると、機械から大音量でびよびよびよと奇妙な音が漏れ出していく。

 ああ・・・谷崎さん。もはや彼女の瞳からは完全に正気が失われてしまっていた。彼女はじわじわと性欲に苛まれ、しかしセックスが嫌いだった彼女にとって、それは苦痛でもあった。電波の力で性欲を抑え、人よりは延命を図ることができたが、それでも呪いの力はすさまじく、ついに科学者を狂気に至らしめたのだった。

 そして、あの電波は少年を病院に誘い込む周波数だ。どういう原理かは分からないが、もともと男を病院に誘う周波数として開発したのだろう。だが彼女の狂った脳で開発されたもので、残念ながら男の子しか呼ぶことができなかったのだろう。

 「うぶっ・・・うぼおおお!」谷崎さんは真っ白い液体を吐き出した。そこにはモゾモゾと動くものがあった。

 「うげ。」イヤなものを見てしまった。

 それはハエの幼虫だった。谷崎さんもまた、性欲を抑える科学療法の犠牲者だ。肉体は死に、腐敗し、内臓から壊れていったのだった。精神だけが残り、患者や村人を助けたいのにそれと反対のことをしている自分の狂気に精神が耐え切れず、しかしそれをどうすることもできずに、怪電波で少年を呼び寄せるたびに嘔吐をくり返しているのだ。

 死ぬこともできず、セックスに理性が飛ぶことも自分で許さず、地獄を見ているなんて。

 「がふっ! がぼ! うぼお!! も、もう・・・殺し・・・・・・・・・・」

 べちゃっ! びちゃっ!

 吐き出した白い液体にまみれながら、谷崎さんが七転八倒する。体から何かが生え始め、奇妙な突起となっている。もはや人間の姿ではない。

 フラッシュバックはそこで途切れた。

 ここは谷崎さんの自宅なんだ。

 気が触れた彼女は、自宅に戻り、怪電波を発するモンスターになってしまったのだ。

 ・・・では…

 それでは、今現在、彼女はどうなっているんだ?

 ガタッ。「!!」

 気がつくと、僕の周りには無数の白い手が浮いていた。しなやかな女手であることはすぐに分かった。

 ろくろっ首というのは聞いたことがある。首がにゅ~っと長く伸びる妖怪だ。

 だが、今、僕が目にしているのは、それに近いが、首ではなく手なのだ。

 広い部屋の奥に白い塊がある。巨大な白いぶよぶよした肉の塊だ。3メートルくらいありそうな塊は、床から天井までみっちり詰まっている。

 そして、その塊から、白い女の手がにゅーっと長く伸び、僕に迫ってきているのだ。

 「ひいっ!」まずはおぞましさに恐れ、僕はつい尻餅をついてしまった。

 数百はある女手の群れが、僕に襲いかかろうとしている。ろくろっ首ならぬろくろ手…いや、妖怪百手とでも形容すべき化け物だ。

 「ちきしょう!!」その化け物が谷崎ともかであることはすぐに分かった。結局、彼女は患者たちを助けられず、抵抗した廉で魔族の報復に遭ったのか、見るも無惨な姿で生きながらえてしまっていたのだ。

 そのことが、僕をぶち切れさせた。いくら何でもひどすぎる! こんな仕打ちをしておきながら、人間を快楽に染め上げるだと? 冗談じゃあない! 絶対にゆるさんぞ、魔族どもめ!

 僕はヴァジュラを手に立ち上がった。

 迫ってくる手にヴァジュラをかざす。

 バシュ! ドゴオオ! 強烈な衝撃とともに手が吹き飛び、妖怪にダメージを与えていく。色情霊なら瞬時に吹き飛ばす強化ヴァジュラのパワーをもってしても、魔力をたっぷり蓄えさせられてしまった妖怪にはあまり効果がなく、近づく手を吹き飛ばすくらいしか効果がない。

 僕はシューティングの要領で、近づく手を片っ端からヴァジュラにかけ、吹き飛ばし続けた。ヴァジュラに触れると、谷崎さんのDNAが含まれた白くしなやかな手が爆発し、蒸発し、消滅していく。気持ちの悪い外観とは裏腹に、その手は透き通るほど白く、きめも細かく、細めでありながら指は長く、手のひらのスベスベ感とは裏腹に手のひらがもっちりしていて、腕部分もふにふにして滑らかだ。魔性の美しさではあるが、あのヴィジョンから、この肌の触り心地の良さやきめの細かさ、白さは、谷崎さん特有のものであることは分かっていた。

 白い塊からはどんどん腕が伸びていく。肉の塊であり、もはや思考もなく、顔もなく、胸も足もない。ただ無数の腕ばかりがどんどん伸びていくばかりである。ヴァジュラで腕ばかり消しても、本体を倒さない限り無限に腕は伸び続ける。

 僕に群がる腕の数が10本から15本になり、やがて20本近くを数えていく。僕は必死に両手を振り回し、僕の体に迫る女手を片っ端から消していく。

 さわっ

 「うっく!」後ろから迫った手の甲が僕の背中をなまめかしくなぞってくる。その瞬間、電撃のような快感が全身に走った。膨大な魔力が瞬時にして僕の体内に流れ込み、それが性感神経を刺激いて、触れられただけで続々としてえもいわれぬ快感をつむぎ出すのだ。

 さわさわっ! 「あうう!」僕は思わず身をよじらせ、連続で送り込まれる快楽の流れに身震いした。まずい…ヴァジュラの防戦が限界に来ている。数も多くなり、僕に群がってくるスピードまで増していて、だんだんヴァジュラが追いつかなくなってきているんだ。

 魔力がどんどん流れ込んできて、さらに体中の性感神経が逆なでされたようにゾワゾワ感じる。手の美しさだけがこの妖怪の魅力ではなかった。白い肉の玉から手が無数に伸びているという、たとえ彼女は谷崎さんの成れの果てだと知っていたとしてもそのおぞましい外観によって不気味さしか感じないわけで、ソレにたいして男が性的に興奮することはチト考えにくい。ところが、やはり男を射精させるモンスターである以上、この不気味さを十分カヴァーして余りある対策も講じられているのである。

 それは、このモンスターの肌に触れた男の体内に大量の魔力が流れ込み、体内の性感神経を刺激することで興奮を誘い、否が応でも射精を促すようにできている構造である。事実僕のペニスははちきれんばかりに膨張してしまい、その女手の滑らかそうな白さに興奮させられてしまっているのである。

 まずい、このまま魔力を直接、性感神経の密集するペニスに注入されてしまえば、格段に射精に近づいてしまう。ましてやその白魚のようなやわらかい指先にしごかれ続ければ、あえなくイキ果ててしまう危険さえある。さらに悪いことに、これだけの生手がうごめいているということは、僕の体そのものが女手の群れに拘束され、身動きが取れない状態で一方的に抜かれ続けてしまう可能性だってあるんだ。それだけは絶対に避けなくては。

 「!」妖怪百手から送り込まれる魔力の効果は、ただの性感刺激に留まらなかった。僕の周囲や天井に、たくさんの女体があらわれたのだ。それらは透き通っており、幻覚であることは間違いなかったが、魔力の効果として、その幻覚にどうしても意識が向いてしまい、釘付けになってしまうのだ。

 その幻覚は、裸の女たちの映像だけではなかった。よく見れば、それらの幻覚は、全裸の男女たちの絡み合う姿であった。あちこちで、廃病院でくり広げられているさまざまな痴態の数々が映し出されていた。

 逃げまどう少年たち。それを追いかけるゾンビ娘や女幽霊たち。しかし逃げ場はなく、追いつめられていっては女体の群れに埋まってしまう。粘液を身に浴び、女たちに触れられ、せっかく我に返った少年たちもセックスの虜になってしまう。そうして、未発達のペニスめがけて大勢の女たちが自分の性欲を満たす行動に出るのである。

 どこを見ても、悩ましい肉体の宴がいやらしくくり広げられている。10代から20代の若い女たちが、自慢のはつらつとした肌を武器に少年たちを悩殺し、その未熟な股間に魔の手を伸ばしていく。手による刺激にも舌による刺激にも耐性のない少年は、それどころかいきなり膣の餌食となり、入れた瞬間からひっきりなしに射精させられ、頻繁に絶頂の脈打ちを味わわされてしまっている。性欲の虜になっていながら生命の危機を覚え、逃げようとしても、脱出できないベッドにはまったり、ゆっくりながら確実に追い詰めるゾンビ娘たちの集団戦法にはまったりして、結局追い詰められ、再び小さなペニスが快楽のるつぼにはまっていく、そんな光景が随所で行われているのだ。

 この幻覚を見せられることで、僕の性欲はピークに達する。どうしても隆起したペニスがくすぐったく疼いたまま、僕は腰を引いて前屈みの状態でヴァジュラを振り回さなければならなくなった。

 「うあああ!」触られていく頻度、愛撫されていく頻度、つかまれてしまう頻度がますます多くなってしまう。

 幻覚に気をとられている隙に、女手の群れは、容赦なく僕の首筋、背中、お腹、わき腹、脇の下、頭、頬、お尻、内股、膝裏、ふくらはぎと、スベスベむっちりの感触を刻みつけてくる。その都度快楽が深まり、幻覚も嫌らしさを増していく。ペニスはガマン汁を垂らしてひくひくうごめいていた。

 そしてついに…

 ヴァジュラの防戦が完全に追いつかなくなった。女の手は容赦なく僕の全身をまさぐり、これでもかと性感魔力を送り込んでくる。膝ががくがく笑うほどに脱力し、腕をふるうだけの力さえ発揮できなくなっていく。

 体のあちこちが愛撫されながら徐々に掴まれていく。このまま拘束されては敵わない。僕は力を振り絞って女手を撃退しながら、股間から全身に広がっていくじわりとした性感の疼きに腰をくねらせてうめくしかなかった。

 ぎゅう! 「あうああ!」

 さんざん体内の性感神経を刺激され、股間が限界に達していたところで、ついにペニスへの防御の砦までが崩されてしまった。ここを握られしごかれくすぐられれば、間違いなく強烈な快感で精子を吐き出してしまうと思っていたので、とくに下腹部に迫る女手は注意深くヴァジュラで消し去ってきた。だが、それ以外の場所をかわいがられながらいやらしい幻覚を見せつけられ続け、ついに緩んでペニスを掴まれることを許してしまったのだ。

 そこは性感神経の密集地帯だ。ダイレクトに魔力を送り込まれながら、やわらかく締め上げられ、優しくしごかれ揉まれてしまえば、ひとたまりもなかった。

 びゅるうう!!

 精液が谷崎さんの手の間から勢いよく噴き出していく。「あふう!」悩ましいため息を漏らしながら、僕は絶頂の快楽を全身の身震いで表現した。

 くっそ!

 僕はすかさずヴァジュラをあてがい、ペニスを掴んでいた手を吹き飛ばす。

 だが、すぐにまたピンチが訪れた。ヴァジュラを持った右手も、複数の手に掴まれ、手首も二の腕もがっしり女手に包まれてしまう。左手も両足も同じように柔らかい手に掴まれ包まれてしまう。

 「ぐああああ! やめろおお!」僕は必至でもがき抵抗したが、振りほどいてもすかさず別の手が群がってきて、どうしようもなく四肢を拘束されてしまうのだ。どの手もヴァジュラには触れないようにしているので、これ以上消し飛ばすことができなかった。その状態のまま、僕の体は無数の手に持ち上げられてしまう。

 体が女手の群れに支えられ、空中に制止してしまう。手足を広げられ、大の字になった状態で、全身がやや上向きになった斜めの体勢になり、天井の幻覚痴態をまざまざと見せつけられる。腰を引いて快楽に抵抗できないよう、お尻がぐいっと押され、腰を突き出し、ペニスを天井に向けてそそり立たせる姿勢になってしまった。いくらもがいてもそれ以上のやわらかい力でぐいっと元の体勢に戻され、地に足をつけることができなくなってしまっていた。僕は完全に妖怪百手に捕まってしまったのだ。

 拘束のために掴んでいないところは愛撫とくすぐりの対象だ。脇の下も足の裏も無防備になり、玉袋もくすぐられ、内股のくすぐったいところも女の手のひらや甲の餌食となる。アナルにも白魚のような細い指がねじ込まれ、内部からかき回されて前立腺をこれでもかと責めてくる。そこへ一斉に大量の魔力が体内に送り込まれた。

 相変わらず幻覚のエロシーンが天井いっぱいに広がっている。年端も行かぬ少年が若い娘たちの肉体にほだされ、いつまでもいくらでも精を吸い上げられているエロティックすぎる光景。僕はその姿をまじまじと見ながら、谷崎さんの手でペニスをしごかれ、まるでエロビデオを見てオナニーしているみたいに、幻覚のシーンを見ながら快楽を深めていく。違うのは、自分の味気ない手ではなく、ふんわりと吸いつくような谷崎さんの生手が優しくじっくりしごいてくれていることだ。

 ただ締め上げて激しくしごくだけではない。時には優しく掴むようにして素早くしごき立て、軽くこすれる感触で精を絞り、時には先端ばかりを指先でかわいがって絶頂に至らしめる。もにもにと肉棒全体を揉みしだきながらスローな手つきで汁を漏らさせることさえあった。ありとあらゆる手のテクニックでペニスは悦ばさせられ、幻覚と魔力によって僕は何度も何度も精を吐き続けた。いくら射精しても、魔力の影響ですぐにこみ上げてくるし、幻覚のせいで出し終わった直後に最高潮に興奮させられてしまう。全身愛撫も我を忘れるほど気持ちよかった。

 触れられて心奪われることがなかったのだけが幸いだった。

 だが、身動きがとれない状態で、一方的に責められ、魔力と幻覚でいつまでも射精し続けているのは危険すぎる。このまま衰弱死してしまうパターンだ。何とかして脱出しなければ、夢から覚めることもなくなってしまう。

 ヴァジュラは掴んでいるものの、右手を固定されているので、女手にぶつけることもできない。

 そもそも、無数の手ばかりを消し続けても全くの無駄である。白い固まりから無限に手は数メートルも伸びてくる。きりがない。何とかして本体のところまでたどり着き、ヴァジュラをぶつけてやる以外にはない。とはいっても、近づく前に同じように拘束されてしまっていただろう。

 何とかして拘束から脱出し、本体にぶつける手立てはないものか。

 この体勢のままヴァジュラを投げつけても絶対に本体には届かない。

 「!?」ヴァジュラが黄金の光を放っている。

 これは一体・・・!?

 ヴァジュラというものは、あらゆる困苦に打ち勝ち、壁を乗り越え、前に進むものである。自己のうちの悪しきを打ち破り、欲望を超克し、迷いのないよう修練するものなり。

 …。

 黄金の光は、なんとなくそんなメッセージを伝えているようだった。身に浴び続け、常に絶頂寸前のあの多幸感に包まれながら、僕はヴァジュラに思いを託すことにした。この道具がたんに魔の者を吹き飛ばす道具と考えている限り、活路はない。そもそもこれが何であるのか僕には知識がないが、何となくヴァジュラの存在感が、大切なことに気づかせてくれたような気がした。

 魔を討ち滅ぼす道具。だが、その本当の真価は、自己のうちに潜む魔を討ち滅ぼすことこそに存する。

 それなら、ヴァジュラの本当の使い道はひとつしかない。

 「我に力を・・・」僕は右手のヴァジュラを軽く後ろに放り投げ、自分の頭に当たるようにした。

 ごつっ! 鈍い音とともに脳天に衝撃が走る。そう言えば淫夢を初めて見た時も、ポッティが脳天に頭突きを食らわしたっけ。そんなことを思い出した。ヴァジュラは見事に僕の頭に直撃した。

 キィィィン!!

 まばゆい光がヴァジュラから発せられ、次の瞬間、ヴァジュラは跡形もなく消え去った。

 「うぬおおお・・・」その代わりに、自分の中にたしかな強い力が宿り始めたのを感じた。ヴァジュラは、武器として振り回すのではなかったんだ。自分自身の中に吸収し、ヴァジュラと一体になることこそ、本当の使い方。自己の中にある魔をしっかり追放し、鍛錬を通して身に納め、完全に自分のものにすることであった。

 「こおおおお!!!」懐かしい呼吸法だ。僕の中に何かがみなぎっていく。

 「ふんぬ!」僕は一気に体を振りほどいた。妖怪の無数の女手は、粘土のようにあっさり引きちぎられ、消滅していく。「かはあああ!」僕の全身からピンク色の液体が噴出する。体内に送り込まれた魔力を毒々しい物質に変え、汗腺から一気に体の外に放出したのだ。ピンクの粘液も蒸発し、跡形もなく消えてしまう。

 幻覚も消えた。

 さらに無数の女手が群がってくる。が、僕に指先でも触れた腕は根こそぎ消え去っていく。そう、ヴァジュラを振りかざすのではなく、僕自身がヴァジュラになることこそ、真の使用法なのである。

 「今助けるよ…谷崎さん。」僕は一気に白い巨大な肉のかたまりに突進していく。「うおおおおおおお!!」ぶよんとした肉のかたまりは女の体のようにやわらかく、どこまでもめり込んでいく。いや、実際に肉の中に全身が包み込まれ、内部に入ってしまっていた。

 僕の体が黄金色に光る。すると強力な神通力が、妖怪百手の本体を内部から一気に破壊していく! 白い肉がブルブル震えているのが分かった。この振動は谷崎さんにとって強烈な快楽となっているはずだ。そしてその快感は、自身のまもなくの消滅を意味していた。彼女を救うには、もはや倒すしかない。

 「こおおお!」佐伯仙術とヴァジュラの神通力を練り合わせる。一度無効となっていた呼吸法が復活したんだ。それは巨大な気のうねりとなり、膨大な魔力を蓄えた妖怪でさえ一気にたたみかけるほどになっている。

 ばしゅううう!

 風船から空気が抜けるように、白い固まりは消えていった。妖怪百手を内側から完全に破壊したのだ。

 ”ありがとう”

 風のようにか細い声が聞こえた、気がした。「谷崎さん…」精神を毒され、妖怪として永遠の生を受けなければならなくなった彼女は、死をもってやっと解放されたのだった。

 「?」畳に何か落ちている。妖怪がいた場所だ。拾ってみると、谷崎さんがかけていたメガネと、その横に古びた紙切れだった。


*赤いメガネを手に入れた。

*地図の一部(4/8)を手に入れた。


 昔の村の様子が記された地図だ。これまでの杉戸村での冒険で、僕はようやく、全体の半分を手に入れることができた。つなげてみるが、まだところどころに穴があっって、構造がまるで掴めない。もっと集め、きっと全部そろわないと意味をなさないのだろう。

 さあ、もう1カ所回っておかなくては。廃病院のところで見いだした古い民家は二軒。そのうちの一件はここ、谷崎さんの家だった。もう一つのところにも重大な手がかりがあるに違いない。

 次の民家に行ってみると、複数の色情霊が待ち構えていたが、もはやヴァジュラのパワーを練り込んだ佐伯仙術の敵ではなかった。一瞬で吹き飛ばすと、家捜しをする。すると神棚のところに、豪華な鍵が収納されていることが分かった。

 神棚の鍵を手に取る。これは…どこか大きな施設の鍵であることは間違いなかった。

 キーンコーンカーンコーン・・・

 「! うぐっ!?」

 学校のチャイムの音。だが、音がとても低くゆがんでいて不気味な音になっている。これは…呪いのたぐいかっ!

 「あぐ!!」頭がふらふらする。視界が大きくゆがんでいる。立っていられない。気持ち悪い!

 僕はその場に倒れ込んだ。激しい頭痛と吐き気が襲いかかる。これは…この鍵に触った者に地獄を見せる呪術が施されていたのか。

 じわりと痛みが快感に変わっていくのを感じた。

 誰かが仕掛けた呪いであろうが、それよりも淫魔どもの仕掛けた呪縛の方が上だった。苦しめて殺す呪術でさえ、淫呪に変えてしまうようだ。まずい、このままでは、誰にも触れられていなくても死ぬまで射精し続けてしまうぞ!

 「こおおお!」佐伯仙術で対抗しようとしたが、質が違うのだろう、呪縛を振り切ることができなかった。

 キイン!

 冷たい音とともに僕の体が金色に光る。光は輝きを増し、徐々に黒さをも増していった。

 ヴァジュラの力が発動するが、それは同時に呪いとの相殺を意味していた。

 そして、やがて光は消え失せ、僕にかけられた呪いはなくなってしまっていた。

 「ヴァジュラが…消えた…」ヴァジュラの力を感じなくなっている。佐伯仙術も無効になってしまっていた。ヴァジュラと、強烈な呪いのパワーが相殺され、僕が呪いから解放される代わりに、神通力がなくなってしまったというわけだ。

 このパワーがあれば先の冒険は相当に楽だったのだが、そう甘くはないというわけか。

 そもそも、先に谷崎さんの家に行かずこっちにきて鍵を手に取っていたり、谷崎さんを助けずに鍵を目指していたら、僕はヴァジュラの恩恵を受けることもできず、この呪いでイキ地獄を味わい絶命していたんだ。そう思うと全身がゾッとした。


*学校の鍵を手に入れた。


 視界が白く濁っていく。僕は杉戸村で今晩するべき事をなし、やっと夢から解放されるんだ。しこたま出しているから、目覚めてからどうなってしまうのか怖い。なんとか回復しなければな。

 そんなことをぼんやり考えながら、僕は夢の世界から抜け出していった。

………。

……。

…。

 「…。」目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井だ。僕は杉戸村の淫夢から帰ってきたのだ。

 ずいぶんと、長い長い夢であった。

 一体、どのくらい眠っていたのだろう。僕はにわかに怖くなった。

 時計を見る。「…えっ!?」何と、7時間弱しか経過していなかったのである。

 あれだけ長い時間彷徨っていたというのに、現実の時間は一晩程度しか経っていない。夢の中で一時間を過ごしても、現実には10分くらいしか経っていないとでも言うのだろうか。まことに不可思議である。あるいは、もはやこの世界と夢の中の世界は、まったく別のものということなのか。

 夢の中で快楽づけになったおかげで、体がとても心地よくなってしまっている。早くマスターのところに行って、淫毒を放出してもらわなくちゃ。

 「…。」

 …いや。

 ゆくゆくは自力で放出できるようにならなければいけないんだ。

 僕は落ち着いて座禅を組み、自分の体内にある「気」の流れをイメージした。すべては精神力だとマスターは言う。僕の精神の力、具体的にイメージする想像の力が足りないから、気を体内に溜め込んでおくことができないのだ。

 だが、気持ちを落ち着けようとすればするほど、体の奥からわき起こり続ける性欲が全身を苛み、集中さえできなくなってしまっている。だめだ、これでは気を十分に練ることさえできはしない。何とも情けないことだ。

 もっと修行が必要だ。

 もっともっとがんばって、性欲や悪魔に負けない、強靱な自己に生まれ変わるんだ。そのためにも、1日でも早くマスターのところで修行を重ね、強くならなくてはいけない。

 世界を救うためにも、僕がしっかり強くならなくちゃ。精神の修行を積み重ねなければ。何事も鍛錬だ。

 僕はふらつきながら、全身、とくに股間に集中するくすぐったい疼きと戦いながら、着替えを済ませて家を出た。精神も肉体も弱体化したところで性行為におよべば、一気に悪魔の軍門に下ってしまいかねない。急ごう。

 やっとの思いでたどり着くと、マスターは僕を見るなり、血相を変えて走ってくる。

 「とう!」どぎゃあ!!

 「ぐふあああ!!!!!」マスターはいきなり僕にボディブローをかました。強烈な激痛に僕は呼吸ができなくなる。「そうだ、そうやって体の中のほんのわずかな空気も全部出し切ってしまうのだ。」

 痛い! 息ができない! 苦しい! しかし、マスターの強烈なパンチで声も出せず、もんどり打つことさえもできない。あまりの衝撃で身動きが取れない状態で、ただ苦痛だけが全身を駆けめぐる。

 バチバチバチ!

 次の瞬間、全身に電流が駆けめぐるような衝撃が走る。そして、呼吸を始めたとたんに、強烈な神通エネルギーが全身をあっという間に満たしていった。

 「こおおおお!」呼吸を佐伯仙術に切り換える。すると、全身を満たしていた悪魔の淫毒が、体内で消滅していくのが手に取るように分かる。

 鍼でもなくピンクの小水に変えるでもなく、まさに自分の体の中で、淫毒と神通力がせめぎ合い、中和され、神通力が勝って、淫毒がつぶされ消え失せてしまう。そのイメージが僕の頭の中に鮮明になっていて、さらにそのイメージを鮮明に描けば描くほど、実際に僕の体の中から淫毒が消え去っていくのが分かるのだ。体外に放出するのではなく、文字どおり消えてしまっている。

 「…気分はどうだ?」マスターが優しく訊ねる。

 壁に穴があきそうなほど強いパンチであったし、突然のことだったので内臓まで損傷を受け、かなりのダメージを負ってしまっていたが、それでさえ、呼吸の神通力であっという間に修復され、痛みも消えてしまっている。

 僕:「これは一体…」

 マスター:「淫夢に相当やられたようだったのでな。緊急手段を使った。」

 僕:「緊急手段、これがですか。」

 マスター:「ああ。無理矢理呼吸を整えさせ、体内の神通力を一気に高める方法だ。一時的には強大な力を得るが、所詮よそから与えられた力、本物ではない。すぐに消えてしまうし、結局、自分でその力を引き出せなければ意味がないのでな。」

 僕:「そうでしたか…」

 気分はとても良い。淫夢にやられた、歪んだ快感ではなく、さっぱりした爽快な気分だ。さっきまではよほど危険な状態にあったのだろう。それがマスターのおかげで、すっかり回復している。

 僕:「ありがとうございました、マスター。」

 マスター:「うむ。君は大切なフザケンジャー、世界を救う主人公だ。簡単には滅びさせない。」

 僕:「お願いがあります、僕をもっと鍛えて、もっと強くしてください。淫夢に負けない強い力を。以前の修行では僕はまだまだでした。がんばります、これからもよろしくお願いいたします。」

 マスター:「断る。」

 僕:「えっ…」

 以前のようにまた修行につきあってくれると思っていた僕は、マスターが断ったことが信じられない。

 マスター:「あの時私が言ったことを覚えているかね?」

 僕:「えっと…」

 マスター:「君はまだ、神通力で淫毒を体外に小便として放出することさえできていないだろう? そういうことはね、笛を吹くようなものなのだ。尺八を吹くようなものなのだ。完全な初心者は、音さえも出せない。まずは、音が出るようにする必要がある。技術を教えるのはそれからなんだよ。」

 僕:「う…そうでした。」

 マスター:「今日は危険だったから奥の手を使ったが、まずは自分の力で、淫毒を小便に変えて出せるよう、イメージ力を鍛えなさい。イメージがしっかりできるようになったら、君の修行の面倒を見てやろう。」

 僕:「あの、おっぱい爆弾がひとつひとつ浮遊しているすべてを想像で動かすってヤツですね。」

 マスター:「ま、あのイメージにこだわらんでもいいよ。もっと根本的なところさ。神通力とイメージの関連を、自力で掴むんだ。それまでは、修行中の身として、さまざまなことに精進し、本質を体で掴み続けて欲しい。はっきり言えば、君はまだ、私の門下として教えを請う資格もないのだよ。」

 僕:「うう…手厳しいですね。」

 マスター:「この厳しさに突いてこられないようであれば、フザケンジャーもやめてしまうのだな。そして、淫夢に苛まれて堕落しきる道を選ぶことになる。それがいやなら、必死で悟りを開いて”音が出せる”状態を作ることだ、一刻も早く。」

 僕:「分かりました! がんばります! ありがとうございました。」

 マスター:「分かればよろしい。さあ、ここは神聖な職場。そろそろ開店、客も来る。用がないなら出ていきたまえ。」

 僕:「はい・・・」

 僕はキノコぐんぐん伝説を後にした。一抹の寂しさを覚える。マスターの冷たい突き放しは、それでも一理あるので、従うほかはないし、あのくらい言われたくらいでへこたれているようでは、その先はないという手厳しい試練と受け取ろう。

 マスター:「…ふう。これでいいかね?」

 佐伯:「・・・ああ。」厨房の奥に隠れていた佐伯が姿をあらわす。

 マスター:「あの子はあれでも、両親から大切にしろと言われて、半ば保護者として面倒を見ている子なのでね。ぞんざいには扱えないのだがね。」

 佐伯:「あいつのためでもある。マスターもそれは分かっているはず。」

 マスター:「まあ、ね。それに、神谷君は、君たちに出会ってから、技術だけでなく、心もずいぶん成長したよ。ほんとうに感謝しておる。」

 佐伯:「…。ヤツは俺との修行の時もそうだったが、自分で何とかする前に人を頼ろうとしすぎる嫌いがある。だが、ヤツがほんとうに強くなった瞬間は、俺たちじゃなくて、自分自身で何かを掴んだときなんだ。あいつにはそのことに、まずは気づいて欲しいと思っている。」

 マスター:「その通りだな。」

 佐伯:「これからも、適度にあしらって、見守ってやって欲しい。無理を言ってすまなかったな。」佐伯長官が外に出ようと身支度を始めた。

 マスター:「さて。それでは、君の修行を始めるとしようか。」

 佐伯:「・・・はぁ?」

 マスター:「言ったはずだがね。君の修行も必要だって。」

 佐伯:「あー、なんか19話あたりでそんなことを言っていたような。いや、マスター、俺に修行はもういらんだろう。第一線でもねえし、いちおうこれでも佐伯仙術は完成形なんだぜ?」

 マスター:「たしかに、私と君が本気で戦えば、私では勝てないだろうね。神通力の量も私の総量をはるかに上回るし、性的な能力もテクニックも格段に上だ。でも、君は今のままでは、フザケンジャーの長官としては、はっきり言って落第点なのだよ。」

 佐伯:「なっ、なんだと!?」

 マスター:「佐伯君、気を細くすることはできるかね?」

 佐伯:「ああ。こうだろう?」

 佐伯長官は気を練り、さらにそれを細く狭めて、一気に放出した。近くのグラスがガシャンと割れる。ホースの水も狭めれば勢いが増すように、神通力の放出も、出口を狭めて勢いを増せば、少ない気で強烈な破壊力を得ることができる。佐伯長官は、マスターが先日はなったこの方法を身に受け、ダメージを負ったものの、そこから自分で工夫し、同じことができるようになっていた。

 マスター:「うむ。やっぱりできるようになっておるな。だからダメなんだよ。」

 佐伯:「なんだとお!」

 マスター:「なんでダメなのか、分かるかね?」

 佐伯:「てめえ! 何ひとつダメなところなんてないじゃないか!」

 マスター:「それを理解することなしには、君は長官としてふさわしくない。」

 佐伯:「おもしれえ。俺も怒った。いくらマスターでも許せねえ。さっき、本気で戦えば俺の方が上だって言ったよな。俺の方が強いのに、なんで今更マスターに修行を受けなければならないんだ。…悪いが、俺の本気をみせてやる。二度と師匠面できねえようにな。」

 佐伯には自信があった。マスターの言う『出口を狭めて勢いを増す』ことは佐伯も習得済み。負ける気がしない。

 マスター:「仕方ない。かかってきなさい。」

 佐伯:「こおおおお…」本場の佐伯仙術。神谷の急成長には目を見張るものがあるが、それでもやはり、佐伯の方が、量・質ともに上回っている。しかもその範囲を狭めることで、威力を数百倍以上に高めることができた。

 マスターの神通力は、老熟した能力はすばらしいかもしれない。が、量や質ともに、若く勢いのある佐伯の方が格段に上だった。

 絶対に勝てる。

 後は、多少ケガをしてもらうことになるかもしれないが、この俺をここまで侮辱したのだ、18年前、魔王カリギューラを撃退し、その後の長年の修行で培った最強の神通力、衰えた神通力に引けを取るはずはない。以前はその熟練のテクニック、小手先にしてやられたが、それだって俺は克服してしまっている。負けるはずがないのだ。

 太股を狙うか。

 佐伯:「とう!」神通力を極度に狭め、ホースの先から勢いよく出すように、一気に放出する。直径にして3ミリ弱! ふとももに穴を開け、血を噴き出させたのち、正確に同じ場所にもう一度神通力を放出し、瞬時にしてその傷を回復させてくれる。それだけで、俺の実力をイヤでも認めなければならないだろう。

 シュバアッ!

 佐伯:「!!?」

 神通力はたしかにマスターにあたっている。が、マスターは痛がらないし、彼の足に神通力が貫通して血が出ている節もない。

 佐伯:「外したか! たりゃあ!」もう一度同じ場所に放出。マスターは微笑んだまま動かない。今度こそ正確に狙った! 当たる!

 シュバアッ!

 佐伯:「なっ!!」今度は注意深く見ていた!

 佐伯:「そ、そんな…くっそ、これならどうだ!」佐伯は数発連続して、マスターの全身あちこちに神通力を放出する! その勢いはすさまじく、人体は軽く、鉄板でさえも穴を開けるほどの強烈な勢いだった。

 だが、ことごとく、神通力はマスターから外れてしまったのだ!

 1発目は、あまりよく見ていなかったので、当たったように見えていたが、しかし、実際には当たっていなかった。佐伯の神通力は、マスターの体をそれて後方に流れてしまった。その後の数発も、よく見ていて、その軌道を見据えていたので、はっきりと分かってしまった。一発もマスターに当たっていない。それどころか…

 佐伯:「ばかな…俺の神通力が…マスターを避けた!?」

 神通力は、マスターの体の前で突然軌道を変え、彼の体を巡るように曲がると、そのまま後ろに反れていってしまうのだ。

 佐伯:「一体…何をしていやがる!?」

 どんな技を使えば、俺の神通力を後ろにそらせるというのだ。まるで磁石で反発するみたいに、神通力が後ろに反れてしまう。そんな技を俺は知らない。どんな技術でそんなことができるのか、皆目見当もつかない。

 神通力は、反発し合う性質を持たない。強力なバリアを張るとか、神通力の性質を変えることによって、こちらの攻撃をはじいたり、中和させたりすることはできる。が、その場合は、バチイっという激しい音とともに弾き合うか、魔力に対するのと同じように中和しあって、激しい轟音とともに対消滅し合うことになる。

 しかし、相手の神通力の軌道をそらすような方法は、神通力にはないはずなんだ。

 考えられることとしては、俺の神通力に少しずつマスターの神通力を当て続け、ゆっくりと軌道を変えて行くしかない。が、それをやるには時間がかかりすぎ、コンマ数秒のスピードで軌道を変えることなど不可能だし、そもそも俺の神通力の勢いを変えることはできない。

 マスター:「私はなにもしておらんよ。」

 佐伯:「う、嘘をつくんじゃあないッ! …これならどうだあ!」佐伯は神通力を狭めた数発をさらに1カ所にまとめ、強力かつ太い神通力のビームをマスターに放出した。まともに食らえばマスターの命はない。つい興奮してくり出してしまった技だが、佐伯は出してしまってから後悔した。が、もう遅かった。

 佐伯:「うわああああ!」太い軌道だったために、はっきりと見て取れた。

 マスターはバリアも張らず、ただ体内に神通力を流しているだけだった。それ以上になにか、神通力の操作をしているそぶりはいっさいなかった。お互い仙術を身につけている者同士、密かに神通力の操作をすることはできない。マスターは間違いなく、なにもしていない。

 佐伯の神通力の方が、”みずから”軌道を変え、マスターの後ろへと回っていったのだ。

 どごおおん!! マスターの後ろにあった、料理を運ぶカートが、佐伯の仙術によって破壊され、粉々に砕け散った。

 佐伯:「そんな…そんな…」

 マスター:「気づいたかね? 君の神通力は、神通力の意志で、つまりは君自身の意志で、みずから軌道を変え、私には当たらないようにしているのだよ。」

 佐伯:「う! ううぅうるさいッ!! こんどはどうだあ!!!」佐伯はめちゃくちゃに神通力をマスターにぶつけ続けた。

 だが、どれもこれもマスターの体を避け、後ろに流れて消えてしまう。

 マスター:「何度やっても同じことだよ。神通力は、私の神通力を恐れ、おののき、その恐怖のゆえに、軌道を変え、私には当たらないようにしているのだ。つまり、君が深層意識の奥底で、私の神通力を恐れているのだ。だから、神通力のビームは、私に当たる前に逃げてしまい、私の後ろへと反れていく。どんなに圧倒的な神通力の攻撃力を持っていても、絶対に私には当たらない。…証拠を見せてやろう。」

 マスターが佐伯の目の前に移動する。それも、音を立てず、一瞬で、佐伯の目の前までの数メートルを移動した。

 佐伯:「何という踏み込みの早さだ!」突然のことにそう言うので精一杯、佐伯は身動きがとれなかった。

 マスターはゆっくりと手のひらを佐伯の腹部にかざした。

 佐伯:「う! うわあ! そんな、そんな…」

 マスターが手のひらをかざしたところだけ、佐伯のバリアが外れてしまった。佐伯は全身に強力な神通力のバリアを何重にも張っていたが、そのすべてが、マスターの手のひらを避け、その部分だけすっぽりと穴が空いてしまったのだ。

 佐伯:「こ、こなくそ!」佐伯は必死で、マスターの手のひらのある腹の部分に神通力のバリアを張ろうと、大量のパワーを流し込んだが、その矢先神通力は逃げてしまい、どうしてもその部分は穴が空いたままになってしまう。

 マスター:「神通力のガードがまったくない人間相手なら、ごく軽い神通力だけでも気絶させることができる。その道理、君なら分かっているはずだ。」

 佐伯:「うわああ! うぐっ!」

 ごくごく軽いパワーだった。が、マスターの神通力は、佐伯の腹から体内に流れ込み、内蔵に軽いショックを与える。それは彼を気絶させるに十分だった。

 佐伯はその場にうずくまり、倒れ込んだ。

 マスター:「どうして君の神通力が私を恐れたのか分かるかね? パワーや勢いではないし、若々しいその元気な性質のゆえでもない。もっと根本的なところだ。それが理解できぬ以上、君の神通力は、たとえその数億倍の力を得ようとも、私に当てることはできないのだ。」

 佐伯:「ううう…」かろうじて気を失わずに済んだ佐伯は、自らの神通力で回復を果たすと、やっとの事で立ち上がった。それでもどうしてもよろけてしまう。

 マスター:「君は神通力を得て、それを強めることには成功した。私を含め、誰の追随をも許さないほど強力に、な。だからこそ、君はダメなのだ。」

 佐伯:「神通力が強いだけじゃあ、ダメだというのか。もっと別の力が必要なのか。」

 マスター:「ほれ。そうやって”上乗せ”しようとするところから、そもそもダメなのだ。足りない、といえば足りないのだが、追加して得られるところではない。その中身を理解するには、やはり私の修行を受ける必要があるのだよ。」

 佐伯:「…分かりました。どうぞよろしくお願いします。」

 佐伯は完全に敗北を認めた。認めた以上、マスターに師事する他はなく、そう決めた以上、彼は潔かった。さっきまでとは態度を完全に変えることになった。

 マスター:「いいだろう。では修行は明日から。朝5時にここに来るように。」

 佐伯:「わかりました。」


######


 一方。

 僕、神谷達郎は、学校に向かっていた。

 マスターに言われたショックもあるが、それならマスターに認められるよう、自分で修行を重ね、しっかり実力をつけてからということが大切となるだろう。座禅でも組み、神通力を高めることも大切だが、学生でもあるのだから、全うに学校に行って、しっかり勉強もしてということをしなければ、きっとマスターには認められないと判断してのことだった。

 学校について、席について、ホームルームの準備に入る。相変わらず友達はいない。が、以前のようなとげとげしさはなくなっていた。

 いや…今から思うと、周囲のとげとげしさを生んでいたのは、間違いなくこの僕自身だったようだ。

 不登校の精神状態のまま、周囲に敵意をまき散らしながら学校に行ったところで、当然表情にも出るだろうし、それが周囲の反感となって帰ってくる。しかも、その反感がたとえ軽いものだったとしても、僕の中で増幅させ、“自分は相当周囲に憎まれている”と思い込みを強めてしまい、ますますとげとげしい視線を周りに投げかけ、ますます敵意をお互いに強めてしまうのだ。

 今度は、僕の方が柔和な表情で学校に来ている。すると、突然周囲ががらりと変わるわけではないものの、少なくともとげとげしい敵意までは感じない。

 それどころか、驚くべきことが起こった。ホームルームが始まる直前、クラスの男子の一人が近づいてきて、ふっと僕にこう語りかけたのだ。

 「神谷。お前、変わったよな。」「…!」

 僕が対人について恐怖していることは周知の事実となっているので、あまり近寄らないようにしているようだったが、それでも、彼のその言葉は、決して悪い意味ではなかった。

 こっちが穏やかに変わると、周囲の見る目が変わる。すると、少しずつ、人間の関係は改善されていく。そのことがはっきりした瞬間だった。

 学校に行かなかった自分、周囲を勝手に恨んでいた自分が、急に恥ずかしくなった。

 きーんこーん…

 チャイムが鳴ると同時に、先生が入ってきた。

 「うおらあ! 席に着けえ!」体育会系のノリで勢いよく教壇の前に立つと、がなり立てながらバンバン教卓を叩く。生徒たちは笑いながら席に着き、号令がかかった。

 「よっしゃあ! 野郎ども! 今日は朗報があるぞ! 喜べい!」「うはっwwwおkwww」「よっしゃあ先生、プレゼント!? パジェロ!?」「ばっきゃろーい! パジェロじゃねえよ!」「えええ~パジェロがいい!」「ぱっじぇっろ! ぱっじぇっろ!」「だまりおろーう!」「きゃははは…」

 男子も女子も笑いが絶えないし先生もノリノリだ。

 …あれえ…このクラスって、こんなノリだったっけ?

 「いいかおめえら! …もとい紳士淑女どもよ! パジェロよりもずっといい情報だぞ!」

 …もといって…紳士淑女どもとか言っている時点でどうかと。

 「なんと! 今日から突然、この時期にもかかわらず! 転校生のお出ましじゃああああ!!!」

 「うおおおおおお!!!」生徒たちが沸き立つ。

 えっと…

 この時期に季節外れの転校生!?

 みんなが色めきだつ中、僕一人だけが、ものっっっっそいイヤあな予感しかしないんですけど?

 「しかも性欲の固まりの男子諸君! 転校生は女の子じゃあ!」「よっしゃああああ!!」「女子女子女子!!!」「やったぜべいべー!!!」

 男子たちのテンションが上がっていく。

 「トビキリの美少女ぞ!」「いええええええい!!」「おにゃのこおにゃのこうっはうは~~~!!!!」先生のこのノリはどうかと思うのだが。自分の生徒を美少女とかってありえねえだろ。男子は喜ぶ一方で誰も突っ込みを入れない。女子さえノリノリだ。

 僕一人だけがイヤな予感を強め、クラスのノリについて行けないでいる。

 「さらに! 外人! 金髪! 白人! 長身の白い肌の若娘さまじゃああああ!!!!!」

 「おおおおお~~~っ!」もはや黄色い猿たちは感嘆のため息さえ漏らしてしまう。

 僕だけがどんどん青ざめていった。まさか悪夢が正夢になるのでは…

 「というわけで紹介いたしましょう! オーストラリアから来た金髪美少女の代表格! この方ですどうぞー!!」

 なんじゃ虫:「ハーーーイ! ナイストゥミーチュ・エブリワーン!!」

 入ってきたのは、誰もがため息を漏らさざるを得ないトビキリの白人金髪美少女だった。

 僕:「うわあああああん! やっぱりなんじゃ虫だったああああああん!!!!!」

 僕のイヤな予感は完全に的中してしまった。

 先生の横に立ったなんじゃ虫は、いきなり僕を見つけると、指を指して怒鳴りつけた。「なんじゃ虫言うなー!」

 もうダメだ。悪夢だ。最悪だ…

 「おっと! これは早くも既定路線通りの展開になってまいりました!」「転校してきた美少女と実は知り合いでしたということでござるな。なんというわかりやすくて定石通りのフラグかな!」「神谷君…フラグはへし折ってはいかんぞなもし。」「ここでいい感じになったら後はエロゲ通りの…むふふ」

 男子たちが色めきだつ。本当に定石通りであるがゆえに、彼女の素性とのギャップがあまりにも悩ましい。先生を初め、クラスの連中に完全に誤解されきってしまったことも、なんじゃ虫がここに来たことも、何もかもが僕に逆行してしまっている!

 なんじゃ虫こと、サラ=マグダガル=ナンジャムシ・コンジャムシ。オーストラリアから来た、僕と同い年の、若くピチピチの白人美少女だ。

 長身色白、金髪、透き通るようななめらかな肌、体は細いのに胸は大きく、足が長く細いのに出るところはしっかり出ていて肉付き良好。十代のあどけなさと、レディの色気とを兼ね備えた、誰もがため息をつくかわいく美しい女の子。

 しかし、である。

 彼女は”常任天国軍団。”天国軍団の中でも選りすぐりのエリート戦士で、セックステクニックを叩き込まれる前からすでに好色、操られていながらみずから快楽を志願した、したがってもはや操られずとも悪魔のいうとおりに性力で男たちの精を奪いとり続ける熟練の上級兵である。

 自分の意志で悪魔の手先となった、とんでもなく凶悪な存在なのである。

 結果、性的なテクニックは徹底的に叩き込まれ、オンナの力を数倍に高めるよう改造され、全身の肌のきめの細かさを細部に至るまで磨き抜いた、極上の肉体も手に入れている。そして何より、神通力対策として、全身に神通力を散らすコスチュームをまとっていて、仙術が通用しないのだ。常任天国軍団を倒すには、実力のセックスバトルで打ち勝たなければならない。

 とはいえ、神通力を相手にぶつけて快楽を与えることはできないが、神通力事態は防御手段として有効だ。先日僕は、このことに気づいて、なんじゃ虫の肢体のあらゆる攻撃を耐え抜き、見事彼女を撃破したのだった。

 彼女が常任天国軍団でさえなければ、たしかにこの展開はとってもおいしい極上のフラグだろう。もうこれだけで、ちょっとした選択肢を二、三回くり返すだけでエッチに持ち込めるくらいにおいしい。季節外れの突然の転校生、相手は極上の美少女、しかも知り合いでそこそこ仲良くなる。あああ、そこまでお膳立てができているのであれば、誰だって恋愛で苦しむことなんぞないわい!

 もっとも、悪魔の手先でなかったとしても、外見だけで相手を選ぶとろくなことがないということはたしかなようだ。何しろ彼女は…性 格 が 

 「はいはいぃ! それでは定石フラグのとおり、なんじゃ虫タンの席は神谷君の隣で。」

 僕:「ちょ! 先生!」なんてコトしてくれるんだティーチャー! 最悪な中でさらに最悪な展開に持ち込むつもりか! ドンだけノリが軽いんだよ!「しかも先生! 僕の隣はたしか青木君が…」隣は青木のはず。今更変えるなんて…

 「あー、青木なら、『どこか遠くへ行きたい…具体的には樹海とか』などと言って旅立ったよ。」

 僕:「ちょっ!! 止めろよ!」

 隣にある青木の机には彫刻刀で詩のようなものが刻まれている。”壁に飾られた 動かぬおまえが いつも微笑んで 僕を見つめる…いつかあなたと 肩を寄せ合い 歩いてゆきたい…だ け ど い ま は も う! 戻らない過去に ふりまわされてく こんなばがげた 俺はそばに似合わない 涙がこぼれ 落ちたらきっと あなたのことを 忘れてしまえるのに”

 ちょ! 青木! 何があったんだ青木! だいじょうぶか青木! 死ぬ気満々じゃないかあ! 本当に誰か止めろよ! てゆーか何歳だよ青木。この歌を知っているのはオッサンの中でもかなりマイナーな部類だぞ。

 そんな心配をよそに、なんじゃ虫が隣の席に座り、堂々と机をくっつけてきた。

 なんじゃ虫:「ハーイ! というわけでよろしくネ タツロー!」

 僕:「てめえ! たつろーって言うな!」その呼び方をしていいのは、みさだけなんだ。

 なんじゃ虫:「HAHAHA! それが呼ばれたくない名前ネ。なら、これでおあいこネ! なんじゃ虫言うなー。」

 僕:「くっそ…。それより、一体どういうつもりなんだ。」

 なんじゃ虫:「なにが?」

 僕:「くっ…」

 まさか教室の中で、しかもフラグバリバリの僕たちの会話にクラスじゅうが全神経を傾けて聞いている中で、常任天国軍団やヘルサたん総統やフザケンジャーの話はできない。なんじゃ虫もそのことがよく分かっているので、ニヤニヤとしたり顔を崩さない。くっそ、完全にしてやられてしまっている。

 常任天国軍団である彼女が、ただの転校でここに、しかも僕の隣に来るなんて、絶対になにかを企んでいるに決まっている。かなりの操作をして、この転校にこぎ着けているに違いない。それも、なにか作戦の一環としてだ。

 学校にまで浸食してくるとは、いよいよ本気で、僕を弱体化させにかかっているのだな。これは気が抜けないぞ。一刻も早く強くなって、修行を重ねて、マスターに認められるくらいにまで、自分を高めなければ。

 ホームルームが終わった後、僕たちの周りに人だかりができる。

 女子:「ねえーねえー! サラちゃんて日本語上手だねー!」

 なんじゃ虫「HAHAHA~そんなことないあるよ」

 男子:「あるのかないのかどっちなんだー」

 なんじゃ虫:「ひょんげー」

 どうしてそんな日本でしか通用しそうにないネタを知ってるんだ。そういうざっくばらんなところと彼女の美貌が、クラスの男女をあっという間に虜にしていく。

 あーもう! こいつの素性正体が分かっていないから、こんなに人気者になれるんだ。くっそ、なんとかしてこいつの性格の悪さを露呈させてやりたい!

 女子:「ねえーねえー! 神谷君とはどんな関係なの? どこで知り合ったのー?」

 男子:「おおっと、いきなり直球ですな。みんな知りたいことをずばっと聞くかっこいい肉食女子でござるよ。」「うひょひょグッジョーブ」「さあさあきりきり白状したまい! 白状しる!」「汁!」

 …このクラスには肉食女子とキモオタしかいないのだろうか。

 なんじゃ虫:「一緒に暮らしてる間柄ネ! HAHAHAー!」

 僕:「ぶーーーーーーっ!!!!」

 こっ、こいつ! 言うに事欠いてなんというでたらめを!

 僕:「ちっ違う違う! 暮らしてなんかいないぞ!」

 が、不登校だった冴えない男子高校生の僕の発言と、白人トビキリ美少女の言うこと、どっちが信頼されるかは、すでに初めから決まっているのだった。

 静まりかえる。

 が、次の瞬間、一斉に歓声が上がる。「うおおおおお!」「かーみーやー!!!」「きゃーん! すご! すごいすごいー」「おぬしもやるのう。悪よのう!」

 もうダメだ、完全に誤解されてしまった。ああ、せっかく学校に行ってまっとうな生活をしたいと思ったのに、一瞬にして常任天国軍団に根こそぎ奪われてしまった。

 興奮と羨望と男子からの敵意が突き刺さってくる。ここにはもう、僕の居場所はないのだ。

 はっ! それがこいつの狙いだったのか。僕を精神的に追い詰めるつもりだな!?

 まっ! 負けるものか!

 必ず誤解を解いて、平穏無事な学園生活を手に入れるんだ!

 そんなこんなで授業が始まるが、クラス中の興奮は冷めやらず、もはや授業として成り立っていなかったように思う。僕ももう抜け殻のように枯れ果ててしまっていた。

 で。放課後。

 なんじゃ虫:「タツロー! 一緒に帰ろうよう!」

 僕:「いや、ほんとうに死んでください。青木の代わりに旅立ってください。」

 一緒に帰ろうとするなんじゃ虫を振り切り、どんどん歩いていく。が、校門を出ても、早足で道を歩いても、なんじゃ虫はぴったり横についてくる。

 ぴたっ。

 僕は不意に足を止めた。人気のない路地裏にさしかかったからだ。

 僕:「…ここなら誰も聞いていないだろう。何でついてくるんだ常任天国軍団。」

 なんじゃ虫:「一緒に暮らしているからに決まってるYO」

 僕:「暮らしてない! いい加減なことを吹き込むんじゃねえよ。」

 なんじゃ虫:「じゃあ、これから一緒に暮らすネ。」

 僕:「ぜったいにお断りだ。だいたいなあ、悪魔に魂を売った敵と一緒に暮らすヒーローがどこにいるってんだ。敵だぞ敵!」

 なんじゃ虫:「敵との遭遇とかけて、牛乳ととく。」

 僕:「そのココロは?」

 なんじゃ虫:「セントウの必需品ネ! HAHAHA~!!」

 僕:「…。」

 埋めてしまいたい。穴を掘ってこいつを生きたまま埋めてしまいたい。今すぐ。

 僕:「一体何のつもりなんだ。何を企んでる?」

 なんじゃ虫:「ふみゅ?」

 僕:「ふみゅじゃねーよ。常任天国軍団が僕の学校に侵入してくるって、どう考えたって侵略作戦の一環だろ。取り返しがつかなくなるほど撃退される前に身を引いておけよ。作戦てのは、ばれた瞬間撃破されるもんだぜ。」

 なんじゃ虫:「…なにもないよ。」

 僕:「嘘をつけ。絶対暴いて返り討ちにしてやるからな。そうなる前に学校からも僕の前からも消えろ。転校しろ。埋まれ。」

 なんじゃ虫:「ほんとうネ。今回のワタシの行動は、上からの命令じゃないYO。私の判断で自分の意志で転校してきたネ。うまくタツローの隣に来られるよう、転校の時にちょっとだけ、校長やら担任やらその周辺に常任天国軍団のチカラを使ったけど、意図も目的も、ヘルサたん総統の意志とは関係ないものネ。」

 僕:「信用できるか。」魔力でつじつまを合わせ人心を操作するまでして僕のそばに来たことには、絶対に企みがあるんだ。

 なんじゃ虫:「…。」

 サラは何も言わず、うつむき加減で黙っている。その表情は、さっきまでのおちゃらけとは打って変わって、かげりさえ帯びていた。

 サラ:「…ワタシね…ダディしかいないの。母はワタシが幼いころに、ダディを捨てて他の男の元に走ったネ。それも、用意周到に弁護士を立てて、ダディのアラを探し、それをネタに裁判に持ち込んで、離婚の時には一方的にダディが悪いってなって。日本は平和ネ。離婚裁判の時に、どんな手を使ってでも慰謝料を根こそぎふんだくろうというところまで争わない。外の国は違うYO…」

 サラはいきなり、ぽつりぽつりと、自分のことを話し始めた。その苦しそうな表情は、もはや常任天国軍団の戦闘員の顔ではなかった。一人の傷ついた少女の表情だった。

 サラ:「貧しい中でダディはワタシを育ててくれた。チャンスがあって日本で仕事することができることになって、去年、日本に移り住んできたの。ダディの夢だったし、ワタシも日本が好きで、その文化と言語を小さいうちから学んでいた。あ、日本での仕事のための移転は正規の手続きをふんでるネ。不法じゃないヨ。」

 サラがここにいる理由は理解できた。

サラ:「でも、両親の離婚と、貧しい生活は、母に対する怨みになっていった。ワタシはダディに気づかれないよう、オーストラリアでは悪い遊びもした。ワタシは引き裂かれていた。ダディの前で健全なフリをして、その影で母への怨みを、この肉体で遊ぶことでムリヤリ解消していた。」

 僕:「…。」

 サラ:「そんなとき、ヘルサたん総統の息がかかったネ。操られて、男を襲う中で、自分ってなにしてるんだろう、でも気持ちいいし、もうダディに自分を隠すのも限界だし、このまま身を任せてしまおうって。そうしたとたん、ヘルサたん総統の意志と、新世界の構想が頭の中に入ってきたネ。」

 僕:「新世界…」

 みさの夢の中で僕が垣間見ている、あの地獄絵図か。

 サラ:「これまでの常識だけで判断すれば、新世界は不道徳で悪いように見えるかもしれない。でも、割り切ってしまえば、永遠の快楽の世界ね。万人が、地球すべての快楽を永遠に独り占めできる。世界が多重化すればそれも可能ね。それができるのは魔族をおいて他にはない。」

 なんてことを考えるんだ。

 サラ:「…タツロー、離婚裁判で追い詰められたダディを目の当たりにし続けたワタシは、正義なんて信用してないネ。正義は、自分の欲望を満たすためだけに悪用される道具でしかない。こっちが正義になれば、相手にどんなひどいことでもするのが人間の世界ね。だから正義なんてろくでもないね。正義は暴力YO。そんな正義に振り回されて、惨めな人生を歩まねばならなくなった親子は、とくに子供の方は、正義なんか無意味と思う。だから、新世界は不正義だけど、みんながすぐに幸せになれる。幸せなら正義は要らないネ。」

 僕:「それで、ヘルサたん総統の思想を受け入れ、魔族に服従する常任天国軍団に志願したのか。」

 サラが汚い手を使って僕に戦いを挑んでくる理由が、何となく分かった気がする。悪には悪の救世主が必要と言った盲目の男がかつていたが、彼女にとって、これまでの生活と決別するため、自分を解放するため、引き裂かれた自分を取り戻すため、常任天国軍団になることは必定だったということか。

 僕:「お父さんは、キミの大切なお父さんは、どうなるんだ。貧しいながらも、キミをしっかり育ててくれたんだろう。正義って、相手からなにかを奪ったり、相手に言うことを聞かせたりする手段だけじゃあないと思うな。キミのお父さんは、苦労しながらもキミを育てている。キミが一人前になるまで、ね。それも正義じゃあないか。お父さんが苦労しながらも、あこがれの日本での仕事を手に入れた。それも大切なことじゃないのか? キミが常任天国軍団になることは、そんなお父さんを踏みにじりはしないか? 悪いけど、常任天国軍団に足を踏み入れることは、キミの中にある正義を振りかざして、男たちと、大切なお父さんを踏みにじってるだけだと思うよ。それって、君の母親がしていたことと、大して違わないと思う。」

 サラ:「…。」

 サラはなにも答えなかった。

 僕:「悪いことは言わん。今からでも遅くはない。常任天国軍団から、すぐに足を洗うんだ。新世界は、君が思っているほどの理想郷じゃあない。夢の中で僕自身、紹介されているからよく分かる。あんなもの、ただの魔族のおためごかしでしかないんだ。」

 サラ:「…。」

 僕:「…。」

 サラ:「…初めて…だったネ。」

 僕:「ん? 何が?」

 サラ:「ワタシは祖国でも日本でもそこそこ遊んだケド、ワタシを満足させてくれた男は皆無だった。天国軍団になってからは一方的に抜くだけの兵卒となり、常任天国軍団になってからは、向かうところ敵なしとなった。」

 僕:「…。」

 サラ:「でも、タツローは違った。フザケンジャーとしての力を奪ってしまえば、サエキセンジュツを奪ってしまえば、タツローは童貞同然のただの弱小少年。同い年だけど、経験の差も、美貌の差も、磨き抜かれた肌もテクニックも、何もかもワタシの方が上だと思ったネ。」

 そう、サラはあの手この手で僕の力を奪い、なまの神谷達郎の状態に近づけて、一気に射精させようと企んできたのだった。

 サラ:「でも、タツローの機転は奪えなかった。サエキセンジュツを封じたと思ったのに、封じきれないところでフル稼働させ、ワタシの肉体を破って、ワタシを絶頂させた。常任天国軍団としては屈辱だったケド、女としては悦びそのものだったYO…」

 セックスの機会を増やすことを受け入れた彼女だったが、その分快楽が増すと思っていたが、実際には、一方的に男を射精させるだけの存在であって、自身の満足はむしろ減っていたのか。それもそのはず。天国軍団なんて、ヘルサたん総統の手駒のひとつに過ぎないのだから。

 僕:「そうだ。だからこそ、もうこんなことはやめて…」

 サラ:「ワタシ、タツローのことが好きっ!」

 僕:「ええっ!?」

 いっ、いいい、いきなり何を言い出すんだこの女は!

 サラ:「好き。タツローが好きです。絶対の自信があったワタシの体を機転を利かせて快楽に屈服させたタツローのクレバーさが好き。絶対的に実力差があったワタシを懸命に乗り越えて倒してくれたタツローの根性が好き。敵であるワタシのこともダディのことも心配してくれるタツローの優しさが好き。ちょっと頼りなさそうな外見もかわいさも、その奥の秘められたたくましさも好き!」

 僕:「ちょっ、サラ、一体何を言って…」

 サラ:「正直な私の気持ちネ。ワタシをあそこまで散らせてくれたタツローを、あれから好きになってしまったのです。…だから、ヘルサたん総統の意向とは関係なく、勝手に動いて、勝手に魔力を使って、タツローのところに転校してきたのYO。」

 サラの表情は真剣だった。茶化している様子もない。ほ、本気で告白しているのか?

 僕:「え! い、いや、あの…ほら、その…僕たち、あの、まだ知り合ったばっかりだし、えっと…」

 女の子に初めて告白された僕は、すっかり舞い上がってしまい、しどろもどろで、自分でも何を言っているのかまったく分からなくなってしまう。いやがおうにも心臓が高鳴る。しかも相手は、常任天国軍団でさえなければ、話すことも許されないほどのトビキリの金髪白人長身ピチピチ美少女なのだ。

 あわわ…どうしよう…

 サラ:「勝手な行動を取ったから、きっとワタシはヘルサたん総統の怒りを買って、常任天国軍団から追放されるかもしれないネ。でも、タツローと一緒にいられるなら、それでもいいかなって思うYO。それとね、一度常任天国軍団になったら、自分の意志でやめることはできない。やめたいと思ったら造反して、ヘルサたん総統に見捨てられるしかない。若く美しい体は奪われるから、追放されたら今みたいにかわいくはなくなって、もう少しそばかすとかも出てきて、少し前のワタシに戻る。ううん、そんなに大きくは変わらないんだけどね。足とか脇とかアソコとかに毛が生えてくるとか、そんな感じ。ね、タツローは、ワタシが普通の女の子と同じようになったら、ワタシを捨てる? ワタシの今の外見だけが魅力?」

 僕:「あわわ…いやその、あのね? 外見だけで選んだりはしなくって、でも、サラがいいとか悪いとかそんなことの前に、えっと…ぼっ、僕には好きな人が…」

 言ってしまってから後悔した。そして僕の中で、あらためて隠されていた気持ちに、はっとした。

 僕には、好きな人が、いる。

 めったに逢うことができず、そして、決して結ばれることのない、空虚な存在。つい最近、わかれてしまった大切なひと…

 みさ…

 サラの前で他の女への気持ちを吐露することは、サラをどれほど傷つけるか、分かりきっていることなのだが、それを口に出してしまう自分がイヤになった。僕がその立場だったら、言われる側だったら。そう、言われる側になって、登校拒否をしてしまうほど苦しんだのに。今、僕はサラに同じことをしてしまったのだ!

 それでも、みさのことが頭から離れなかった。どう考えてもサラの方が美少女度は上なのだが、それでも、僕はみさのことが好きだ。外見の問題じゃあない。

 しどもどしていた僕だったが、みさのことが頭をちらついてから、急に冷静さを取り戻していった。

 サラ:「…おかしいネ」

 僕:「ごめん。」

 サラ:「タツローの身辺調査は完璧。個人情報も普段の行いもすべて赤裸々に魔族の元にさらされ、タツローが思いを寄せる女がいればすぐにでも我々のところにその情報がいき、常任天国軍団に仕立て上げるはずネ。タツロー嘘ついてる。」

 僕:「…。あー…」

 嘘と思われるのは無理もない。実在の女じゃあないからなあ。そもそも敵側の意図とは違って、彼女は僕に何度も戦いを挑んでいるわけだが。

 …つーか身辺調査って・・・どんだけ僕のプライバシーが筒抜けになってるんだよ。

 サラ:「いいね。その女がどんな奴かは分からないが、絶対いつか、タツローを振り向かせてみせるネ。」

 僕:「えっ…」

 そのままサラはあきらめてくれる、と思っていた僕が甘かったみたいだ。

 サラ:「その女の面影を超えるほどワタシの存在を刻みつける。それでタツローのココロを奪ってやるね。それでタツローはワタシのものね。」

 僕:「いや…ちょっと…それは…」僕はたじろいだ。

 サラ:「朝から晩まで追いかけるYO。ワタシはあきらめない。いろんなところでタツローと出会い、体のあちこちを見せ、ドキドキハプニングをお見舞いしてあげる。そのつど誘ってあげる。同時にタツローの好きな女の素性を必ず突き止め、同時にワタシがもっとタツロー好みの女になるために、タツローのことをずっと見ているネ。ずっと観察するね。その行動から捨てるゴミからすべて調べつくすYO!」

 僕:「ふざけんな! ちっとは遠慮しろ! アホか!」

 なんてえ奴だ。堂々とストーカー宣言かよ。

 なんだか話が妙な方向に向かってるんですけど?

 まさかサラがそこまで積極的だとは。積極的すぎてちょっとヒク僕なのであった。

 心配して損した感じだ。やっぱりこいつは敵だ。とにかくつきまとわれるのはゴメンだ。なんとかしてこいつから逃れる方法を探さないと。

 僕:「あっ! あんなところに人気絶頂男性アイドルユニット”すべすべまんじゅうがに48”のサイン会がッ!」

 サラ:「えっ!? どこどこどこどこ!? どこにおるのん!?」僕:「お前やーーーーー!!!!!!」

 今だ! 佐伯仙術をフル全開! それを脚力に振り向けると、僕は音もなく全力疾走でその場を走り去った。人間業とは思えないスピードで家路をひた走る。

 サラが気がついて追いかけてくるころには、僕はもうほとんど見えないところまで距離を置いていた。


前へ      次へ


メニューに戻る(ノーフレーム用