魔族新法 3

 

 雑居ビルの3階。小さなオフィスだ。

「……あれ……」

 ドアには鍵が掛かっていた。鍵開け係の社員はまだ出社していないのか……とっくに始業時間は過ぎているというのに。それどころか、他の誰も出社しておらず、この階を借り切っているものの、人の姿はまったく見られないのであった。

 新法が施行され、その多くは外出をためらっているのか。さもなくば……

 ぱたぱた……

「!」

 上の階から物音がした。何かと思い、階段踊り場に出て上を覗いてみる。が、誰の姿も見当たらない。……気のせいだったかな。

 ばたばたばた!

「あっ!!」

 声を上げた時には、もう遅かった。

 上の階から大勢の女の子たちが降りてきて、階段の上り口も下り口も集団で塞ぎ、僕の逃げ道を断ってしまったのだ。

 彼女たちはどう見ても子供であり、小さく可愛らしく、胸もほとんど出ていない娘ばかりだった。靴以外は、全員が裸で、ぺったんこの胸板と、ツルツルの小さな可愛らしいオンナ表面をあらわにして、内股を開くポーズを決めながら、集団でクスクスと僕を見つめている。

 小学生集団。だが、こんな雑居ビルに、この時間帯に、こんな娘たちが大勢で降りてくること自体、不可解なことでもある。

「おにいさん。私たちとエッチなコトしようよ?」「あははっ……幼女の裸、こんな間近で見るの初めてでしょ?」「本番してもいいよ? いっぱい気持ちよくしてあげる。」

 ものの言い方に違和感もある。本物の女子小学生集団ではないことが、その慣れた物腰からすぐに感じ取れた。

 彼女たちは、もともと上の階のオフィスで働くOLたちだ。薬を大量に飲み、子供にまで若返ってしまっている。法律が公布されてから、彼女たちは申し合わせたように薬を飲み、全員が子供になってしまったのである。

 パンフレットにあったとおり、小学生程度にまで若返った女たちは、そのかわいらしさと、子供を抱くという背徳的行為をかえって武器にして、男たちの欲情を絞り出し、勃起させ、さらにはその幼い、しかしスベスベで女性的な弾力をしっかり具えた肉体を駆使して、魔族のために精を奪わんとしているのである。

 無論その先には、彼女たち自身の絶大なる天国が待ち受けているのであり、女たちはそれを目当てに、積極的に男性に迫り始めているのである。しかも、オフィスぐるみで幼女化し、徒党を組んでターゲットに迫る戦法をとっていた。

 たしか上の階のオフィスは、女性ばかりで構成されている会社が入っていたはず。そのOLたちが、いまや僕を見つけ、先遣の娘の偵察後に集団で、作戦どおり逃げ道を塞いで、僕に全裸でご対面、というわけである。

 女の子供の肉体になんか……欲情してたまるものか。

 僕は彼女たちから目を離さず、しかし男の子とたいして変わらない上半身だけを見て、たちまちペニスを隆起させるような、背徳的な愚を犯さずに済ませることができた。ぎゅっと目をつぶって、彼女たちを見ないようにする方法もあるにはあるが、そんなことをすれば、彼女たちは一斉に僕を取り囲み、ぎゅっとちいさな身体を僕に密着させ、その極上の肌触りを押しつけてくるに違いない。

 上半身の見た目は男子と変わらないが、その肌のきめ細かさ、吸い付くような女性的な弾力は、すでに性別を完全に分けるに十分な感触である。男と女、すでにこの頃から肌の造りそのものがまるで違っているのだ。

 その感触に触れ合ったが最後、いくら堪えても勃起は抑えきれないだろう。

 だから僕は、あえて彼女たちの裸を目の当たりにし、かえって凝視するに至っている。少女たちが動いて僕に迫ってくれば、必ずそこに隙が生まれるはずだ。その隙を突けば、僕はこの場から脱出できる。

 少女たちの、見た目だけ男子と同じ胸板を見続けている限り、何とか性的な興奮に至らずに済むのだった。

 だが、彼女たちの中に混じっている、発育のいいお胸の娘は、巧みに視界から外すようにした。膨らみかけの乳房、それでいて乳頭は小粒のままという、禁断のつぼみを見てしまえば、理性を保ち続ける自信がなくなってしまう。

 また、少女たちの可愛らしい笑顔を見るのも御法度だ。首から上は、長い髪、短い髪、リボン、ツインテールなど、女の子らしい髪型と表情が待ち構えている。そんな彼女たちのいたずらっぽい笑顔の群の中にあって、じっと見つめられていたら、だんだん欲情してしまう危険性がある。

 もちろんそれだからといって、視線を下に向けすぎるのは、なおいけない。彼女たちのお腹から下には絶対に視界を移してはいけない。そこは禁断の魔園だ。

 完全に男子と袂を分かつ下腹部。ツルツルのワレメがむき出しになっており、さらに少女たちが脚を開いて内股を見せるポーズを次々に取っているために、ワレメのさらに奥、オンナ表面のきわどい器官が、ちょっと目をこらせば、すぐに目の当たりにできる体勢になっている。あまりに危険だ。

 さらにその生足も、女性的な発達をほとんど済ませている娘ばかりであり、細くて形も良くツルツルスベスベで、内股はしっかりと膨らみ、ふくらはぎは比較的太く大きいが、かえってそれが性的な肉付きの良さを物語っている。その生足に挟み込まれるだけで、大人の男根といえどもかなわず、精を脈打たせてしまう力を存分に具えてしまっている。そんなところをじっと見ていては、オンナ表面と相まって確実に誘惑されてしまうことになるだろう。

 従って、見るのは少女たちの胸板ばかりとなる。しかも、まったく膨らんでいない娘限定だ。そうして、男子と同じだ、男子と同じだと頭の中でくり返し、欲情しないように理性を踏ん張らせるのだった。そうして、何とか隙を見つけてその場を逃げ出せないか、そればかりを考えていた。

 女の子たちはクスクス笑い、脇の下を見せたり、僕が凝視しているぺったんこのお胸を強調して見せたり、脚を振り上げて無理にでも僕の視界に生足の魅力を叩き込んできたりして、しきりに誘惑してくる。彼女たちもまた、僕の勃起を待って一斉に襲うか、あるいはーー僕が逃げだそうとしたり、目をつぶって自分たちの裸体を見ないようにしたりすればーー一斉に飛び掛かるか、そのチャンスをうかがい続けている。

 彼女たちの女体の武器を見ないように、視界をかわし続けながら、お互いにチャンスを待つ膠着状態が続いた。しかし、時間が経てば経つほど、不利になるのは僕の方だった。

 元OLたちは、同じ手を使って、手頃な男性を見つけると誘惑を始め、背徳的な劣情をかき立てながら、集団で男性を襲い、生足やオンナ表面やフェラチオなどで射精に至らしめる軍団なのだ。

 法律が施行されてから、大人の女は掃いて捨てるほどいる。だから逆に少女になって、以前は違法とされていた禁断の快楽を武器に誘惑することで、新しい時代にふさわしいセックスの宴を恣にするという作戦である。しかも、彼女たちはOLとしてそれなりに経験も積んでおり、本番行為も、小学生では知り得ないような絶妙なテクニックの数々も、全員が心得ているのだ。もちろん、誘惑に適した仕草もお手のものというわけである。

 彼女たちは慌てずに、僕から距離を取って、しかし一つしかない階段の上下を完全に塞ぎ、ペニスがじわじわ勃起していくのをひたすら待った。それで十分、男性を隆起させうるということを、彼女たちは熟知しているようだった。

 負けてたまるか。痺れを切らして彼女たちに向かって走り出し、その裸体を押しのけて階段を降りようとすれば、上り階段にいる少女たちが後ろから押し寄せて僕を捕まえ、その生足をスリスリしてきて、一気に勃起に持ち込む算段だろう。その作戦も、すでに何度も実行して、成功を収めてしまっているのではないだろうか。

 もしや……職場に鍵が掛かっていて、誰も来ていないということは、すでに出社した誰かは、彼女たちの毒牙に掛かってしまったのではないだろうか。それで誘惑に負けてさんざん絞られたあげく、這々の体でこの雑居ビルを抜け出した……。

 そう考えると、誰もいないことにもつじつまが合ってしまう。実際、これだけの人数がいれば、射精させた時に、性行為に参加したと魔族に看做された幾人かは、極上の快楽で気を失うほどの天国を味わうが、全員ではないため、まだ天国に行っていない少女たちが次々にのしかかり、大人の男の身体にはりついて、無理にでも勃起させるよう肢体を滑らせ、続けざまに射精させることができるはずだ。

 どっちにしても、痺れを切らして逃げようと突撃するのは、得策ではない。無論、少女たちのあられもない姿を見て劣情を催すなどもってのほかだ。理性をフル動員させ、なおかつ隙を狙う緊張を外さずに、階段の方向を見ながら、誘惑に耐え続けるしかない。

 だんだん、彼女たちのクスクス笑いもなくなってくる。一向に勃起しないペニス、しぼんだままで充血の兆しがないので、むしろ彼女たちの方が痺れを切らし始めているみたいだった。

 僕は興奮しないように気を張りながら、一歩、足を前に出してみた。

 一気に女児軍団の体勢が崩れる! 痺れを切らしていた娘たちの何人かが、僕の動きに反射的に動き出し、僕が待ちきれなくて彼女たちを押しのけようと動いたのだと勘違いして、”計画通り”に僕を取り囲もうと、数歩走り出してしまったのである。

 そこに隙ができた。

 僕は階段を上るように走り出す。それに釣られて少女たちは上階段を守りながら僕の背後に回ってこようとする。そのために、逆に下り階段はまばらになり、たやすく脱出できる状態になった。

 僕はにわかにきびすを返して、下り階段に向けて全力疾走する。少女たちは足下をすくわれたような格好になり、よろけながら、それでも体勢を立て直しつつ僕の方に駆け寄ってくる。しかし、僕の方が一歩リードして、彼女たちに取り囲まれないよう、少女たちの肉体の間を上手にすり抜けることができた。

 すりすりっ!

 ううっ!

 小学生女子たちのスベスベの生足が数本、僕の太ももに当たる。さらにその滑らかな上半身が僕のお腹や胸にぶつかり、やわらかな弾力ではじき返してくる。吸い付くようなみずみずしい肌触りが、僕の体のあちこちにこすれた。

 とたんに、股間がくすぐったくじわりと疼く。そのまま彼女たちの肌に触れ、こすれ合っていれば、間違いなく勃起してしまうレベルの心地よい感触だった。だが、僕はそれに負けじと走り抜け、彼女たちに飛びつかれないように細心の注意を払いながら、肢体の間をすり抜けた。

 下り階段が手薄になったことで、僕はピンチを脱し、大急ぎで階段を駆け下りていく。数人の少女たちがしつこく追いかけてきたが、彼女たちにとって、子供に戻ったことのデメリットが大いに立ちはだかる。たしかに少女化することによって、逆に性的な魅力が増し、希少な射精経験という禁断の誘惑を演出することができるものの、一度逃げられれば、もう脚力では大人にかなわないということだった。僕は雑居ビルを飛び出し、人もまばらな街中へと走り抜けていった。

 あ、危ないところだった……

 さすがに、先ほど二回射精させられているので、そうそう簡単には勃起しない身体になっている。ただし、魔性の淫気によるものか、魔族支配の影響か、射精後も疲れることはなく、性欲が急激に減退することもなくなっている。その気になれば、何回でも勃起し、何回でも律動することが可能だった。それで痛みも疲れも嫌気もない。だから、油断すればさっきのようなピンチに際し、情けなくも3度目の射精をさせられてしまうことはたやすいことであった。気をつけなければ。

 スクール水着や、きわどいコスプレ姿の女の子たちに遭遇した。コスプレも、男性誘惑の武器になるのなら、生足を露出させるという限定条件付きで、許されるようであった。彼女たちも一様に、僕を見つけると積極的に身体をすりつけて誘惑してくるが、さすがに慣れてきたので、僕はすぐに女体を遠ざけ、その場を後にすることができた。

 それでも人数はたいして多くなく、盛り場であるはずの店の中も歩行者通路も、ガラガラの状態だった。店員の姿もなく、商売は魔族の自動化装置によって営業できている有様だ。

 このまま人間が四六時中セックスばかり、射精ばかり絶頂ばかりに耽ってしまうようになれば、働き手もなく、経済が立ちゆかない。が、そこは魔族が上手にサポートしていて、商売自体は成り立つようにできているみたいだった。

 しかしそれは、便利であるようにも見えるが、結局は、社会システムの大部分を悪魔が運営することを意味する。人間は、悪魔の支配下に完全に置かれ、快楽の元で堕落し、誰も働かずに快感に耽り続ける動物に成り下がってしまうことだろう。食物を得る努力をさえしない点では、動物以下でもある。ただただ、ひたすら、生物の生理的欲求の一つ、性欲ばかり(あとは幾ばくかの睡眠)を追求するだけの、単純な生き物に堕落してしまうのだ。

 それではいけないんだ。快楽の過剰は、人間を堕落させる。欲望の過剰は、人間を不幸にする。なんでも、過剰であることは、いけない。現代社会から過剰を根絶することができるならば、我々はもっと穏やかに生を謳歌満喫できるであろう。

 若い娘たちに囲まれて性欲の限りを尽くす男たちの姿を横目に、僕はどんどん歩いていく。ひとりの少女に抱きつかれ、勃起を余儀なくされた若い男が、立位で犯されているのも見た。

 僕のところにも、さらに女の子たちが迫ってくるが、僕にとってはまだまだ控えめな誘惑であり、電車での経験や、小学生たち(元OL)に取り囲まれて脱出した成功体験から、僕はことごとく誘惑をはねのけ続けることができた。

 しかし、歩けば歩くほど、美少女たちのあられもない誘惑姿や、1人の女性に数人の男がまとわりついて口も性器も犯している痴態、数人の女性に取り囲まれて行為におよんでいるまぐわいの嬾惰を目の当たりにし続け、だんだん勃起が始まってしまう。

 女子高生特有の太い脚がしっかり僕の両脚に絡みついてきて、やっとの思いで脱出したと思ったら、化粧をしたミニスカートの別の女子高生2人に取り囲まれ、幼い顔なのに化粧をするギャップに萌えてしまい、さらに彼女たちの脚は大人顔負けの細さだったので、そのギャップにも酔いしれ、ついうっかり充血させてしまいそうになる。ピチピチのハリのある太もも攻撃は、僕にとって最大の脅威であった。

 簡単には勃起しない身体になっているけれども、連続して次から次へとやってくる女体の誘惑に、じわじわ押し切られそうになる。特に高校生集団と小学生は強敵だった。若いだけに、その肢体の滑らかさは極上だ。どうにかこうにか脱出成功という有様だった。

 いつも使っている駅より、一つ遠い駅にたどり着いた。ここから家路につくことができる。電車の中は、さらに人が少なかった。これなら、大勢に取り囲まれる心配はなさそうだ。会社はあいていなかったし、ずる休みにはなるかも知れないが、一応の大義名分は立ちそうだった。

 いや……おそらくは、これから先、魔族の仕掛けによって、仕事をするもしないも自由になってしまうのだろう。それよりもはるかに、射精による魔族へのエネルギー提供が優先されてしまうんだ。

 電車はどの車両もガラガラで、人はほとんど乗っていない。先頭車両に、疲れ切った初老男性が乗っているだけであった。彼はあまり薬を飲まなかったのか、白髪が目立っている。彼はぶつぶつ独り言を言いながら、座席に座り、深く上半身をうつぶき、下を完全に向いて、外界との交流を極力避けようとしている風であった。

「あの……」「!!」

 きっ、と怖い顔で睨みあげられる。こわごわ話しかけてみたのが、かえっていけなかったのか。男性は無言で、僕の顔をちらと見上げたきり、また上半身を倒して、下を向いてしまう。僕と話す気はないようだった。

「妻が……娘が……息子が……」男性はずっと、聞き取れないような声でボソボソ言い続けている。洗脳が完全ではない人、しかし、ショックの方が大きすぎて、軽くパニックになっている様子だった。これでは、落ち着いて話すことはできないだろう。

 彼もまた、新法施行に先立ち、世界ががらりと変わってしまったことに、強烈な違和感を持つ1人だった。しかし、あまりにも急激に変わってしまったため、これまでの自分の常識に縛られていた男は、目の前の世界にまったくついていくことができずに、ショック状態に陥っているようだった。

 しかしそのおかげで、彼は自分の身を守ることもできているようでもあった。こんな状態では、どんなに娘たちが誘惑して肌を押しつけこすりあげてこようとも、年齢もあって、簡単にはペニスの隆起には繋がらないはずだ。

 家で何かがあったのだろうか、しきりに家族のことが独り言で出てくる。家族の女性たちが様変わりしてしまったこと、幼いひとり息子が近所の女性におもちゃにされたことなどが聞き取れた。ショックの方が大きすぎて、法律にまったく従えていない。魔族によって服は消されていたが、全裸である以外には、もはや性欲どころではない精神状態に陥って、魔族に精を提供できない状態になっている。それはそれで、一種の防衛であり、魔の存在に対する精神的な抵抗を示していた。

 精神に異常をきたすほどのショック状態でなければ、魔族に抵抗できないのであろうか。それはつまり、理性は奪われ……奪われるはずの理性では魔族には決して対抗できない、という絶望的悲惨を示しているではないか。

 それ以外の方法が、必ずあるはずだ。僕は彼の姿から何かを学んだ気がした。

 これ以上、彼と一緒にいても仕方がない。僕は彼をそっとしておき、後方車両へと歩き出した。今、彼を正気に戻すのは、かえって逆効果だろう。魔族の餌食になり、家族のことを顧みる理性すらも奪われてしまいかねない。彼は彼なりの仕方で、防衛・抵抗していくほかはない。

 僕は、僕なりの仕方で。

 電車は急行のため、なかなか駅に着かない。それが幸いして、僕はじっくり考えることができた。先頭車両の男性と僕の他には、ほとんど乗客はいない。中央車両付近で、気を失っている若い娘がいた。彼女は駅に着く前に、どこかの男性を餌食にして、天国を味わっているのだろう。もちろん、彼女を起こしたり、その裸体を見つめたりするのは得策ではない。彼女の横を通り過ぎ、後方車両に向けてさらに歩を進める。

 一番後ろまで来てみたが、他に人間には出会っていなかった。とりあえずは、次の駅に着くまでは安全だ。2,3回、電車は停車するが、そこさえ乗り切れれば、誰にも会わなければ、何とか家にたどり着くだろう。

 ただ、一つだけ問題がある。急行なので、自分の部屋のある最寄り駅は通過してしまう。どこかで乗り換える必要があった。つまり、次の電車が来るまで、駅のホームで待っていなければならないわけだ。その間じゅう、僕は衆目のもとにさらされ、いつ女性が誘惑してくるか分からない時間を過ごさなければならないことになる。駅の人はまばらではあろうけれども、まったく無人という状況は想定しない方がよい。

 電車は止まり、扉が開く。緊張する瞬間だ。ここで若娘が乗ってくれば、逃げ場もなく誘惑される。さっきのように挟み込まれてしまうピンチは避けなければ。

 幸い、女性は誰も乗ってこなかった。その駅も人はまばらだった。

 その代わりに、中学生くらいとおぼしき少年が1人、全裸で、前屈みになりながら、きょろきょろ辺りをうかがいつつ、電車に乗り込んできた。彼の顔は恐怖と不安、そして羞恥に満ちている。きっと、僕も同じような表情をしているのだろう。

 僕は彼と目があった。彼もまた、僕の姿を見て、自分と同じニオイを感じ取ってくれたに違いない。間違いない、彼も、洗脳されていない一人だ!

「君っ……」僕は少年を呼び寄せる。彼は恥ずかしそうにペニスを隠しながら、僕の方に歩み寄ってきた。隠していても、すでに勃起し、収まりきらないでいるぴょこんとした隆起は、皮を被りながら肌色にひくついていた。

「あなたも……」そう言いかけ、少年は黙った。「全部いわなくても分かる。君は、洗脳されていないんだ。」「そうです! この世界はどこかおかしい!」詳しく言う必要はないようだった。彼もまた、変わり果てた世界に驚愕し、しかし前方車両の男性のような精神状態にも陥らず、女たちの誘惑に何度も屈し、隆起したペニスを見ては襲ってくる女たちの快楽に抗えずに、何度も絶頂させられてきたに違いない。

 今も、彼は興奮してしまっている。性に敏感で、感じやすい年頃の少年だ。すぐに誘惑に屈してしまうし、女性を想像するだけで簡単に充血してしまう多感なペニスを持っている。そのせいで、彼は女性と遭遇していない時間帯であっても、勃起を抑えきれなくなってしまっている。つまり、女性に見つかれば、すぐさま襲われるということだ。

 彼に隆起を鎮めろというのは酷というものである。そのままでいい。女性に遭遇しないようにすればいい。しかし……いつまでも逃げ回るわけにも行かない。なんとか、打開の道を探らなければならない。それは僕も同じ状況だった。

「ここは……」少年は甲高い声で話し始めた。「やっぱり、ここは安全です。電車と駅は、安全です。」

「どういうこと?」僕はたずねる。

「電車は安全なんです。今、女の人たちの大半は、男のいる家、オフィスなどのビル、そして学校に、集中してたむろしています。だから、街中の人は少ないし、すでに移動が済んでいてそこから動かないので、電車も安全なんです。」
「そういうことか!」

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