性霊の棲家11


 「性霊達は君を操り、人気のない旧舘に誘い込んで君にセックスをさせたんだな。幻惑の霊障。よくある手口だ。」

 「こないだは、旧舘のトイレの窓から霊気を感じたので行ってみたらあなたを見つけたって訳。大沢さんに報告しようと思ったけど、その前に仙草寺という所で巨大ゲートが開いちゃって…。」

 「3日もあればゲートが塞げるかとも思ったが、西洋最大の性霊、サキュバスが潜んでいたんだ。もうあれは幽霊なんていうレベルじゃないな。悪魔と言った方がいいかもしれん。とにかく苦戦した。」

 「それであなたの部屋に来るのが遅れたって訳。」

 「なるほど…」何か壮大なスケールの戦いだったんだなあ。

 「あ、ちょっと失礼、トイレを借りてもいいかな?」

 「あ、どうぞ。」

 大沢さんが席を立った。

 「…。なんだ、ここにはろくろ首や外人までいるのか。シッシッ!」

 水の流れる音。何食わぬ顔で大沢さんはトイレから出て来た。シッシッだけで性霊を追い払えるとは、これはかなり頼りになりそうだ。

 トイレから出て来てスッキリした大沢さんが、まじめな顔をさらに引き締めた。「さて、それじゃあ本題に入ろうか。このアパートの性霊退治の事を。」

 僕は大沢さんに、事の成り行きを説明した。入居した日の事、そこで見た夢、アパートのあちこちで起こる怪奇現象の数々、学校の事、ドリアードの事等々。恥ずかしい体験でもあったけれども、それを含めて全部解決してくれるという信頼感があったから何もかも包み隠さずに大沢さんに打ち明ける事ができたのだった。

 「ふむ。どうもそのキョウコというのが気になるな。それから佐藤とかいう先生の事も気になる。」大沢さんの明晰な分析が始まった。

 「唯一名前が出ているからね。もしかしたら…」石川も口を挟む。

 「性霊の元凶は、そいつらかも知れない。」

 「元凶、ですか?」

 「うむ。とても大きなパワーを秘めた性霊が住み着く所、他の性霊も集まって来るのだ。ここが性霊の棲家となったのも、そういう大きなパワーを持った性霊の所に色々集まってきたからと考えられる。こういったケースではその元凶を性霊界に返せば、残りもそれに付いて行くものだ。」

 「じゃあ、そのキョウコとかいう幽霊が出る所を見て下さい。」

 僕は大沢さん達をベッドの部屋に案内した。たしかにキョウコの霊だけは特殊な感じがしていた。他の性霊が単に快感だけを与えて来るのに対してこの性霊だけは主に夢の中にあらわれるし、得体の知れない恐怖と悲しみを伴っていたからだ。そして何か象徴的なメッセージも込められている気がする。これが事件の鍵を握るのではないか。

 一見何の変哲もない部屋。もちろん夢に出てきたような鏡等はない。

 「ふうむ。…特に変わった所はないなあ。性霊反応もない。おかしいなあ。もしキョウコが元凶なら、この部屋に性霊反応がビンビン伝わって来る筈なんだけど。」

 「そ、そうなんですか?」

 「首吊りの現場と思われる所はここなんだろう?」「そうです。」「あ、今反応があった。でもこれはザコ性霊のものだ。ウエディングドレスの女と、浴衣の女か。…ふん!」

 大沢さんが手をかざす。僕には分からなかったが、一瞬で性霊は退散したみたいだ。さすがは大沢さん。

 「とりあえずザコ性霊が集まりすぎているから、今日の所は一時的にこいつらを退治する事にしよう。」

 「一時的ですか?」「あぁ。元凶を何とかしないと性霊の活動を抑えてもまた出て来てしまうからな。それでもこの一時的な除霊をして置かないと雑念が多過ぎて元凶が見えにくいのも確かなんだ。」

 「ねえ。その佐藤とかいう先生、大学の教師なんじゃないの?」「多分な。」「じゃあ明日学校に行って佐藤先生に会ってみない?キョウコとかいう女性について何か分かるかも知れないし。」「そうだな。何か手がかりが掴めるかも知れない。だが…」「何か問題でも?」「まず君が顔を覚えているかどうかだ。夢に出て来たというだけで、一致する相手がいないかも知れない。それに、多分女子学生の所に男性教師が遊びに来ていたという話を、連中が受け入れるとも思えない。あらぬ疑いがかけられる事を恐れてすっとぼけるかも知れない。」「あらぬ疑いだったかどうかも怪しいわよ?」「それなら尚更だ。」

 僕は教師紹介のパンフレットを持って来て、夢の中の顔を思い出しながら該当する教師がいるかどうか探してみた。思い出すといっても、鼻の頭にほくろがあったかも知れないという程度だ。キョウコなる人物と佐藤が夢のなかで何をしていたかまでは思い出せない。

 佐藤、佐藤…。ありふれた苗字なので、教師の中にも佐藤は多い。とりあえず全部ページをめくってみたが、若い男性教師で佐藤という名前で鼻にほくろがある人物は見当たらなかった。

 「該当者なしか…。」「ええ、若い教師で佐藤で見覚えのある顔の男はいませんでした。」「いや待てよ、性霊の見せる夢は時間を越えているんだ。もしかしたら結構昔の事かも知れんぞ。もう一度探してみてくれ。今度は教授クラスの年寄りもよく見るんだ。」「分かりました。」

 僕はもう一度、念入りに調べてみた。

 「…あっ!」いた!夢に出て来た人物にかすかに似ている教師がいた。鼻の頭にほくろがある。只その人物は白髪で老いていて、夢の中にあるような風貌ではなかった。

 「…『佐藤博之』。教授。この男に間違いないか?」

 「いえ、確証は持てません。只かすかに似ているというだけで。僕もうろ覚えなんですよ。」

 「まあ性霊の見せる夢ではっきり覚えている事もめったにないからな。じゃあ石川達は明日、この教授の所に行って情報収集して来てくれ。俺は別のルートから元凶について調査する。」「ラジャー!」「え、石川さんと僕で行くんですか?」「不満かい?」「…。」

 大沢さんには何か考えがあるのだろう。仕方がない、この女と一緒に明日この先生に会ってみよう。その日はもう遅くなっていたので、大沢さんがアパートのあちこちに結界を張って性霊が一時的に出て来ないようにしてくれ、二人は帰って行った。その日は久々にぐっすり眠れた。

 次の日。午前中から石川がやって来た。相手に怪しまれないように、今日は普通の女子大生の格好だ。変なコスチュームとかつけないで、おかしな行動を取らなければ、この人も結構カワイイのになあ。

 学校の新館は旧舘よりもずっと立派だった。豪華なロビーとオブジェクトの数々。広くて綺麗な教室。明るい雰囲気。こないだまで僕が受けていた偽物の授業とは全然別世界だ。

 僕達は教授の部屋を調べ、研究室に赴いた。どうやって情報収集しよう?まさか「あんた昔女子大生殺したでしょ」とか聞けないしなあ。多分石川の方がそういう聞き込みとか誘導に慣れてるに違いない。ここは彼女に任せてみるかな。

 コンコン。「どうぞー。」「失礼します。」

 佐藤博之は研究室にいた。夢に出てきた雰囲気とやっぱりよく似ている。強圧的な雰囲気の漂う白髪で初老の男性。

 「何か用かね?」「あっ、あの、石川といいます。ちょっと聞きたい事があるんですが。」「質問は授業中にしろと言ってるだろう?わたしは忙しいんだ。インターネット掲示板論の受講者なら明日授業があるから、その時に聞きなさい。」「いえ、そうじゃなくて、ある人物について調べているんです。キョウコという名前の女子学生を昔教えた事ってありませんか?」「…。な、何を言っとるんだ君達は?」「その女子学生の苗字は分からないんですが、キョウコという名前だった筈です。先生はご存知ありませんか?」「知らん!」「本当ですかぁ?昔自殺した人なんですが。よく会っていたんじゃないですかぁ?ってかあんた昔女子大生殺したでしょ」

 …。石川はものの尋ね方があまりにも下手だった。いくら何でも単刀直入過ぎるよ。コイツに任せるんじゃなかった。

 「一体君達は何なんだ!何を言っとるのかさっぱり分からん!出て行きたまえ!わたしは忙しいんだ!」佐藤博之はついに怒り出してしまった。

 「えっでも…」「出て行け!」

 けんもほろろで、僕達は研究室を追い出されてしまった。結局何の手がかりにもならなかったじゃないか。

 「あの動揺、恐らく佐藤博之はキョウコを知ってるわね。後少しでシッポを掴めそうだわ。」「いや全然だめだと思うが。取り付く島もなかったし。誰だってあんな尋ねられ方をされたら怒るだろうし。」「なによ。あたしのやり方が間違ってるって言うの?」「…。」

 たしかにあの教授は怪しい。キョウコという名前を聞いて少し動揺していたと思う。だがいかんせんこちら側の情報量が絶対的に不足している。これでは佐藤教授から情報を聞き出す事は困難だろう。何か決め手となる証拠のようなものがあればいいのだが…。

 その日の午後、大沢さんから連絡を受けて図書館に集合した。大沢さんが言っていた別ルートの調査というのは、図書館に所蔵してある地方新聞の事だった。20年前辺りから記事を調べ、キョウコという名前の女性が自殺したという記事を探しているのだった。だが、この地方で、当時女子大生で、名前がキョウコというだけでは、記事は中々見つからない。やはり情報量が絶対的に不足している。せめて自殺した年か、キョウコの実名が分かれば、調べようがあるのだが。とにかくそれらしい記事を一緒に探してくれという。

 僕達は冊子に纏められた古い新聞記事を探す事にした。が、やはり夕方になってもそれらしい記事は見当たらなかった。

 「今日はこの辺にして、続きは明日やろう。暫くは君のアパートの調査、新聞記事の調査、この二本立てで証拠集めをしよう。」「分かりました。」その日はこれで解散した。

 その日の夜。

 「……ん」

 「……さん」

 …だれ?誰なんだ、僕の名前を呼ぶのは…

 「来て…」

 白い空間。ぼんやりとたたずむ僕。光に満ちあふれている。

 段々視界がはっきりして来た。ここは自分の部屋だ。只光が強くこぼれるようで、まるで見慣れた自分の部屋ではないかのようだ。体もだるい。歩いてみても、ふわふわ浮いているようで、あるいは痛みのない筋肉痛のようで、水の中を歩いているようで、上手に動く事ができない。

 と、僕の手を引くものがあった。姿が見えないけれども、たしかに僕の手首に、冷たくて柔らかい感触がある。それがある方向に引っ張っているのだ。

 僕はその方向に導かれるままに歩いて行った。ベッドの部屋の、さらにその奥。…奥?いや、そこは壁の筈だ…

 白く光っている部屋の片隅に、古い木製のドアがあった。ここは僕のアパートの筈。アパートにはこんなドアはなかった。でも今僕の目の前にはたしかにドアがある。

 無音の世界。さっきの囁くような声を最後に、もう何も聞こえない。

 ドアが開いた。僕が開けたのではなく、ひとりでに開いたのだ、音もなく。

 その中に入ってみる。いつか見た事がある。小さな部屋には似つかわしくないような大き目の鏡。これは一体どういう事なのだろう。

 ゾクウッ!

 目が覚めた。今までのは夢だった。時計を見る。午前二時だ。心臓が奇妙に高鳴っている。

 部屋の奥を見てみる。壁がある。うん、壁だ。何もない。

 電気をつけて、台所で水を飲んだ。落ち着きを取り戻した僕は、すっかり目が覚めてしまった。

 それにしても気になる。壁の奥にドアだと?ドア…。畳の部屋からベッドの部屋に歩いてみた。たしかに奇妙だ。構図からして、畳の部屋とベッドの部屋の間に隙間があるのだ。このアパートの部屋は長方形なのだが、畳の部屋だけが出っ張っている。出っ張った先にベランダがある。


△△
□ ←
□■
□□


 こんな感じだ。□が畳の部屋やキッチン等で、△で示した所がベランダ。■が今僕がいる所、ベッドの部屋だ。大きさはもっと小さいけれども、矢印の部分にたしかに隙間がある。夢で見たのは、この隙間の所にある部屋、という事じゃないのか?

 身震いした。もし僕の悪い予感が当たっているなら、ベッドの部屋の先、この壁のさらに奥には、隠されたもう一つの部屋がある筈だ。かつて古いドアがあり、中に入れたのではないか?何らかの理由で、壁に閉じ込められた部屋。不気味だ。

 どーーーーん!

 隣の部屋から大きな物音がした。あの女の子が帰って来ているのだ。というより、僕も夜中に歩き回って隣近所に迷惑だったかも知れない。アパートなんだから気をつけなくちゃ。もう寝よう。明日、大沢さん達に連絡して、何とか調べられないか相談しよう。

 次の日。いや正確には今日の夜中から一睡もできずに迎えた朝。僕は早速大沢さん達を呼び出した。そして夢の事、壁の事等を話した。

 「ふむ。考えられる事はいくつかある。まず、君が勝手に見た夢でこの先には何もない可能性。もう一つは、性霊が君に夢を見せてこれをメッセージとした可能性。だがメッセージの内容は、予想通り壁の奥に部屋があるとも限らない。鏡が何か別の事を象徴している可能性もある。」

 「…。」

 「言って置くが、幽霊が眠っている人間に作用して夢を見せるというのは、幽霊にとっては大変困難な事なのだ。多くのエネルギーを使うし失敗する事も多い。だから直接メッセージを伝えられずに別の物で『ヒント』を出すだけだったりする事がほとんどだ。幽霊の多くはそのヒントさえも出せない。君が幽霊を気にしすぎるあまりそれが夢としてあらわれた可能性が、実は一番高いんだ。」

 「すいません。確証の無い事で呼び出してしまって。」

 「まあ、一応調べてみる価値はありそうだな。たしかにこの部屋の造りはちょっとおかしい。一番端っこの部屋だからだろうと思っていたのだが、俺達の今住んでいる端っこの部屋よりも、君の部屋の方がちょっと狭いんだ。そう、ここのスペース分ね。」

 「!」

 「工事の時の設計上の構造ミスかも知れない。だがもしかしたら、後から壁を塗ってこの部屋を封印したのかも知れない。元々この部屋にだけ小部屋があって、他の部屋と同じにする為に壁を塗ったとか、色々可能性がある。他の部屋にはそういう小部屋は初めからないからね。」

 「…。」

 石川が大家の所に行っている。部屋の構造について聞く為だ。何か理由があって壁を塗ったのか、それとも只の設計に過ぎないのか。いずれにしても簡単に大家が真実を明らかにするとも思えない。石川の説得次第だな(大丈夫なのか?)。彼女も一応は性霊バスターの一員だし、恐らくは大家の依頼で幽霊調査をしているのだろうから、問い詰めれば吐くかも知れない。

 もし許可が下りれば、ここの壁を壊してみたい。あるいは穴を開けて、中が見えるようにしたい。

 お昼をまわった。僕達は休憩を取って、そのまま石川の帰りを待った。

 午後1時頃になって石川が来た。

 「やっと聞けたよ〜。やっぱりここの壁は後で塞いだ物だったわ。それについては…」

 「…あたしが直接説明するよ。」大家さんも来ていた。

 「色々済まない事をしたねえ。本当の事を言ったら、きっとアンタは他のアパートに行っちまうと思ったから、話せなかったのさ。でももう本当の事を言います。」

 「もう怒っていませんよ大家さん。でもどうか、全部話して下さい。この部屋で昔何があったのかを。」

 「まずこの部屋だけ狭いのは、昔ここに小部屋があったからさ。当初は設計上のミスで、ここに本来作らなくていい小部屋を作ってしまって、後から気づいて急遽他の部屋は予定通りの部屋数にした。ここを直す経費を惜しんでここだけは部屋が一つ多くなっちまったって訳。」

 「…それを後から塞いだのですね。何故塞いだかを教えてくれますか?」

 「今から20年近く前の事さ。その頃から自殺が流行り始めてね。うちのアパートでも死者が出たんだよ。この部屋での自殺もその一件に過ぎないと思っていた。でもね、その子の時だけは違ったんだよ。」

 「…。」

 「その子、何とか京子っていう名前だったと思うけど、ちょっと変わり者でねえ。化粧が濃くて、自分の外見にコンプレックスがあったのかも知れないねえ。ちょっと派手な感じだったよ。でも人当たりは悪くなくて、明るい子だったよ。その子が突然死んでしまったのはショックだった。その場所がこの小部屋だったのさ。」

 「…小部屋、つまり鏡の部屋で自殺したんですね。」

 「大変だったよ。首吊り自殺だった。でも奇妙なんだ。首吊りなのに部屋のあちこちに血がついていた。飛び散った血が撒き散らされたって感じだった。恐らく手や首を切り裂いてから首を吊り、確実に死ねるようにしたんだろうさ。でも窒息が苦しくてロープの下で暴れたんだろう。それが壁一面の血しぶきとして付着したんだろうという事で片付けられたんだ。」

 「それで壁を塞いだんですか?」

 「普通だったらそれでも、壁を塗り直して、きちんと片付ければ、部屋を塞がなくてもよかったんだ。でも奇妙なのはここからさ。壁をいくら張り替えても、どんなに綺麗にリフォームしても、一日経つと血痕が滲み出て来るんだ。気味が悪くてねえ。そこに生徒指導の佐藤先生が入れ知恵をしてくれたんだ。いっそ部屋ごと壁で塞いでしまったらどうかって。ちょっと家賃を下げれば学生は住むようになるし、血のついた部屋に住ませるよりはいいだろうって。」

 「…おかしいと思わなかったんですか?」

 「偉い先生だったから疑わなかった。というより、アパート稼業ってのは浮き沈みが激しくてね。決して楽じゃないよ。人が住んでくれなかったら、経費ばかり掛かるものなのさ。だから…。あたしも欲深くなければ、こんな思いはさせなかっただろうに。」

 「佐藤先生というのは、佐藤博之ですね?」

 「ああ。…さ、壁を壊しておくれ。経費はあたしが持つ。せめてもの罪滅ぼしだ。」

 「了解です。なぁに、業者を頼まなくても、私が丁寧に壁を外して見せますよ。」

 「え、大沢さん、そんな事もできるんですか?」

 「ふふ、昔色々仕事したからな。じゃ、早速始めよう。」

 たった2時間の作業だった。薄い壁とはいえ簡単な器具だけで、大沢さんはテキパキと作業し、あっという間に壁に人一人通れる位の穴を開けてしまった。他の場所の損傷はほとんど無かった。すごい技術だ。

 「ま、こんな所だろ。さ、中に入ってみよう。」

 壁際のスイッチを入れると電気がついた。埃っぽい小さな部屋の状態に、僕達は全員愕然とした。

 ちょっとしたビルのエレベーター位の大きさの部屋。女一人が化粧をする為だけの部屋。その程度しか使い道がなさそうだ。古びた壁、埃だらけの床。窓も塞がれていて、圧迫感を感じる。そして…

 「ああ!なんでこの鏡が!あの時遺留品は全部捨てた筈なのに!」

 「身寄りが無かったんですか、彼女?」

 「ああ。奨学金で通っていたみたいだよ。」

 とにかく、部屋の半分を占領している大きな古い鏡があった。所々剥げ落ちていて、痛々しかった。そして鏡の所々、口紅か何かでぐしゃぐしゃに塗りつぶされていた。赤い鏡。

 僕は、恐ろしさの他にある感情が芽生えているのに気づいた。理由は分からないけれども、何か悲しい。どんどん涙があふれて来た。

 壁には黒いシミが自己主張している。これが血痕なのか。

 「…捨てた筈の鏡がここにある。壁には血痕が残っている。何度もリフォームしたのに浮き出て来る血。そして、部屋全体に漂う凄まじい瘴気。間違いない。ここが幽霊の元凶となっている場所だ!しかも、これ程の強いエネルギーを的確に使いこなせる程の性霊となっては、簡単には対処できんぞ。以前この付近を調べた時には出て来なかった瘴気だ。」大沢さんが石川に目配せをする。

 「じゃあ大家さん達は外に出ていて下さい。後は私達性霊バスターズにお任せを。」

 石川に促されて僕達はこの部屋から出た。
 

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