性霊の棲家13


 

 僕は恐る恐る試してみる事にした。次は1ちゃんねるでやってみよう。

 ブツッ!まだ声に出していない。今度は思っただけでちゃんねるが変わった!戦慄が走る。こんなバカな事が。明らかに押し間違えとかそういうのじゃない。

 なにかが「いる」!恐怖で足がすくんだ。幽霊は完全に退治されたんじゃなかったのか。

 いや、気をたしかに持つんだ。これは何かの間違いだ。僕はリモコンをしっかり手に持ち、辺りを見回しながら、注意深く最後に試してみた。この地方でも入っていないちゃんねるをあえて指定してみる。

 「…2ちゃんねる!」

 ブツッ!!画面が切り替わり、真っ暗になった。もう認めるしかない。何かが、…いる!普通にリモコン操作した場合、2ちゃんねるのボタンを押せば砂嵐になる。だが今、テレビの画面は真っ暗で音も聞こえない。

 恐怖で気が動転していた。これ以上テレビの近くにいる訳には行かない。リモコンを手にしたまま、何故か僕はテレビの主電源に手を伸ばしてしまった!

 ぶわっ!いきなりテレビ画面から数本の手が伸びて来た!僕の手はガッチリ掴まれ、画面の中へと引っ張られそうになる!

 しまった!リモコンを持っていながら不用意にテレビに近づいてしまった。

 数本の手はどれも柔らかくスベスベした女性特有の感触だった。性霊が残っていたのか!?それとも別のタイプの幽霊か。どっちみちロクなもんじゃない。

 僕は必死で抵抗したが、数人分の手の方が力が強い。どんどん画面の方に引き込まれて行く。掌が画面の中にすっぽり納まる。テレビの中は特異な空間になっていて通り抜けできる状態になっている。このまま画面の中に吸い込まれたら戻って来れない気がする。その恐怖から僕は死に物狂いで抵抗した。

 手はどんどん伸びて来る。力がどんどん強くなり、僕の両手や頭まで捕らえられてしまった。もう抵抗できない。

 「うわああああ!」

 結局テレビ画面の中に引き込まれてしまった。

 気が付くと僕は真っ暗闇の中に投げ出されていた。ここは一体…どこなのだろう?

 久し振りの霊障に戦慄した。こんな非日常的な状態は性霊の仕業に間違いない。以前はインターネットに繋ぐとアニメの世界なんかに引き込まれる事はあったが…、待てよ、テレビの中に引き込まれたのは初めてじゃないか?

 暗闇と静寂。何かが起ころうとしているのは分かるがまだ何も始まっていない。それが却って不安を増大させた。

 段々目が慣れて来る。するとこの場所は完全な暗闇じゃなくて僅かに視界が広がっているのが分かる。

 黒と青の空間は、どうやら広い建物の内部のようだ。部屋とか仕切りはなく、まるで体育館のように巨大な建物の中心に投げ出されているようだ。建物の上部には小さな窓がいくつか並んでいる。窓の外を窺うには位置が高すぎるが、紫色の空が広がり、時々薄い雲も見える。夜という訳でもなく不気味な暗い青の僅かな光がこの窓から差し込んでいた。

 床は紫色のカーペットのようなものが敷き詰められている。光があまり届かないから紫に見えるだけで赤い絨毯かも知れない。それが床の固さを和らげている。

 僕は立ち上がった。もっと目が慣れて来るとぼんやりとだけど全体を見渡す事ができた。この建物には出入り口がまったくなかった。青い壁に囲まれていてドアが全然ない。僕の不安はますます高まった。

 その不安は得体の知れないものから段々確実な不安に変わって行く。この場所は…見覚えがある。あのアパートが性霊の棲家だった頃、僕は一度この建物を見ている。

 テレビ…!!そうだ、ここは以前見たテレビの光景だ。あの時僕は幽霊に見せられた番組でオナニーをした。一人の男が光る数十人の女性に囲まれて抜かれまくっている光景を思い出した。ここはまさにそういう淫獄の宴の舞台だ。

 僕はとっさに身構える。そういえば僕は服を着ていない。この世界に引き込まれる時に服を剥ぎ取られてしまったようだ。

 このままだと多分数十人の性霊があらわれて僕一人めがけて襲い掛かって来る展開になる。それを避けるにはどうしたらいいか緊張しながら考えた。

 出入り口はない。遠巻きで薄暗くてはっきりとは言えないけど、窓は開閉できないようになっているみたいだ。それに小さい。あの窓から入って来る事はちょっと考えられない。

 だとすると空間内に突然あらわれるパターンか。僕は注意深く辺りを見回した。心の緊張は解かない。が、いつまで経っても何も変化がなかった。薄暗い魔界のような空間で音もなく時間だけが過ぎ去ってゆく。

 僕は出入り口がないかどうか丹念に探し始めた。壁は大理石のようなつるつるした硬い素材でできている。カーペットの隙間にも同じような素材があるから多分建物全体がこの素材をモチーフに作られているのだろう。

 隙間なく硬い素材で埋め尽くされている部屋だった。上の方に窓がある以外は閉塞感さえ漂う。そう言えばこの建物には通気口がないのだろうか。違和感がそこにあった。出入り口も通気口もない建物は考えられない。完全密閉の空間なんて無意味だ。

 いや、それ以前に出入りできない建物に僕がいるという事は酸欠の恐れもあるんじゃないか?…ここが異空間でリアル世界と違う法則で動いてるなら話は別だが。

 天井を目を凝らしてよく見る。相当高い所に位置する天井は木造のように見えた。そうだとすると空気はあそこから入って来る事になる…もしかしたら性霊も「降って来る」かも知れない。

 天井や窓の方に行く手段はない。はしごも上り階段もない。あそこから脱出する事はできそうもない。

 いや、この体育館の「外」に出るのが脱出だとは限らないぞ。もしここが性霊の異空間なら、外に出られても意味がない、所か危険でさえある。僕はテレビからここに引き込まれたんだ。だから出口になるのは元のテレビ画面、リアル世界と繋がっている「空間」にある筈なんだ。

 僕はもっと注意深く体育館を探索した。が、脱出の糸口になりそうなものは見つからなかった。

 …。あれから何時間経っただろう。誰もいない、何も起こらない、時間だけが過ぎて行く空間。どんどん寂しくなって行く。何も物音がしない、自分が動く音しかしないのは思った以上に精神的負担になる。

 聞いた事あるぞ。何も外部から刺激を与えられない状態に人間が置かれると、その内幻聴や幻覚が見えるようになって仕舞いにはおかしくなってしまうと。この世界にずっと閉じ込められる事になって、出られなくなったらどうしよう。そういう不安が頭をよぎった。

 そもそも僕はどうしてこんな所に引きずり込まれたんだろう?西沢さんの事件が終って、もうアパートは性霊の棲家ではなくなっていた筈だ。事件も解決して、それ以来暫く霊障がまったくなかったんだ。ちゃんと除霊のお札を大沢さんが貼って置いてくれてたし。

 …。い、いや…!そのお札がいつの間にか取れてたんだっけ。そうだ、その直後にこの霊障に見舞われたんだ!という事はあの部屋はまだ性霊が集まる場所だったのか?お札のお陰で一時的に寄り付けなくなっていただけでその効果がなくなったとたん一気に性霊達が押し寄せていたと…?

 だけど納得行かない。性霊達を集めていたのは半ば怨念と化した西沢さんがいたからだ。西沢さんの怨念が性霊達を呼び集めた。集まったのが性霊だったのは恋愛感情の縺れから彼女が殺された経緯による。

 西沢さんは僕に夢という形で「自分が殺された」事をメッセージにしようと懸命だった。でも集まった性霊のせいでそのほとんどが淫夢に作り変えられ、メッセージが届きにくかった。しかも部屋に集まった性霊達の霊障に見舞われたせいで僕の方もメッセージに気づきにくくなっていた。

 それでも大沢さん達性霊バスターズのお陰で、何とか事件は解決し、西沢さんも怨念にならずに浄化された霊魂として解放されたのだった。それがあの一連の事件の顛末だ。

 その後既に大沢さんが貼っていたお札の効果もあって霊障はなくなり、平凡な日常を取り戻していたんだ。それなのに何故、今になって再び霊障に見舞われたのだろう。根本原因も取り除かれて暫くお札の効果でだめ押しの対策もできていた。それなのにお札が剥れただけでこんな事になるのは納得行かない。

 一体どうしてあれだけ頑丈に貼られていたお札がなくなってしまったのだろう。風が強かったから?…でもそういう日は他にいくらでもあった。風雪に耐えかねたと言う所なのか。だけど事件が解決して性霊もいなくなっていたのに再びあいつらがここに集まって来るその理由が分からないんだ。

 確か大沢さんが言っていたな。性霊にしても他の霊にしても同じ性質の霊が集まると。性霊が集まっている場所には性霊が集まりやすく、怨霊や餓鬼も一箇所に固まり易い。固まるきっかけ、つまり強い念があれば同じ性質の霊が集まって来ると。

 という事はいつも恨んでばかり憎んでばかりして暮らしている人の所には憎しみの霊が集まり易い。その負のエネルギーがさらに恨みの情念を増幅させ、その人はますます恨みがましい人間になってしまう。

 物を欲しがったり強欲な人間には餓鬼も集まる。そうするともっともっとと欲しくなる。現世界に干渉する霊はまだまだ数え切れない程いて各種ゴーストバスター達も手に負えない状態だ。

 とにかく性霊が集まる所には性霊がもっと寄って来る。こうして僕が現に霊障に見舞われているのだから、あのアパートに性霊が集まったのはまぎれもない事実だ。

 一度解散した場所に再び性霊が集まるって事は、その場所に何か性霊を呼び寄せる「きっかけ」がないとおかしい。札が剥れた事自体がそのきっかけになったとは考えにくい。一体何が起こったというのだろう?

 暫く考えていたが、解答は得られない。時間ばかりが過ぎて行く。でもあれこれ思いをめぐらせると退屈しのぎ…不安を紛らす効果があった。

 だからもっとあれこれ考える事にした。そこから何か脱出のヒントが閃くかも知れないし。

 とは言っても幽霊の事をよく知らない僕の考えなんて堂々巡りしかしない。その内眠くなって来た。緊張しっぱなし、考え続けて疲れて来たのかな。

 あるいは…この状況は夢なのかも知れない。きっと寝て起きたら元の世界に帰って、何事もなかったように日常生活に戻れるかも。僕は絨毯にあお向けに寝転がり、気を抜く事にした。ずっと何も起こらなかったんだ、一眠りした位で変わるものか。変わるとしてもきっと元の世界に戻ってこの体験も忘れる。そうに違いない。そうあって欲しい。

 考えが錯綜して来た所で僕は意識が遠くなって行った。

 …。

 ふと気がついた。どの位寝てたのかな。時計もないし時間は分からない。でもある程度寝ていたみたいだ。

 僕の淡い期待は裏切られた。相変わらず薄暗い空間。何も変わらない。起きたら元に戻ってるという楽観的観測は見事に外れてしまった。やっぱり何とかしてここから脱出しないとだめだ。

 元々ここはテレビ画面の中だった。そこに引き込まれるという非日常の中に置かれてる。脱出する為には元の空間の出入り口を探すしかない。

 幸いだったのは寝ている間に襲われたりしなかった事と、眠くはなるけど腹は減らない事だ。こんな所で餓死なんてシャレにならない。

 テレビ…テレビ…。この建物を始めに見たのは戦慄のシーンだった。あの光景にヒントがないだろうか。淫らな饗宴ではなく、カメラアングルに。この建物はどちらかというと長方形だ。そして饗宴が真ん中で行われていた。丁度僕が立っている位置だ。

 という事はその光景を映していた場所、つまりカメラがあった場所は…恐らくここから数歩大股に歩いた…(考えながら歩く)…この辺り。あるいはアングルの関係で反対方向かも知れない。

 いや、もっと鮮明に思い出してみよう。ここにカメラがあったとするとあんなに多人数を一度に映すのは難しい。もっと奥からズームとかもできていないと…。

 考え、観察しながら歩き回る。背中に硬い物がぶつかった。壁だ。

 あの時画面に映し出された饗宴はさまざまなアングルを持ち、局部をアップにする事もできた。しかも物理的なカメラワークでは撮れない様なシーンもあったように思う。女体に隠れて見えない筈の結合部やお尻の穴等も丸写しだった。

 という事はあのシーンを写していたのはカメラ等の機械ではなく、もっと神秘的な何かだ。推測だけど、多分あのシーンを移していたのは…この壁じゃないかな。

 あの饗宴を壁全体で映し、それを僕の部屋のテレビモニターに映してたんだ。そうだとすると空間の出口はこの壁自体にある。

 僕は壁に手をついたり体当たりをしたりしてみた。壁はビクともしない。物理的にぶつかってもだめなのか。それなら思念で攻略できるだろうか。

 僕は壁に手を突いて"外に出たい"と強く念じ続けた。霊魂は精神的存在。だから何かが変わるんじゃないか。僕の精神力次第なのかな。とにかくいつまでもここにいる訳には行かないんだ。僕は目をぎらつかせて壁を見つめ、ここから外に出られるように願い続けた。

 「!」心なしか壁に変化があったように見えた。見つめていた壁の薄暗い色が僅かにかすんでいる。別の壁を見ても多少色が変わっていた。僕はさらに壁に思念を送り続けた。すると徐々に壁の色が変わって行く。

 やっぱりこの壁が脱出の糸口だ。さっきよりも透明度を増している。黒色の壁が紫色に変色し、まるで絵の具に水を足して行くみたいに色が薄くなってゆく。

 同時にそこから光が漏れ始める。壁の向こう側が明るい事を示していた。きっとこの壁に念を込めれば込める程壁がガラスのように透き通り、十分な広さにガラスの面積を広げれば、僕はそこから脱出できる。そしてきっとこの向こうは僕の部屋に繋がってるんだ。これで脱出できるぞ!

 僕は一縷の望みをかけてさらに強く壁を睨みつけた。どんどん透明度が高くなり、「向こう側」がますますはっきりと見えるようになった。見える範囲も広がって行き、ついに30インチテレビ画面と同じ位の広さに拡大した。

 だが、それ以上に「穴」が拡大する事はなかった。大丈夫、それでも僕一人通れる位十分な大きさだ。「向こう側」からまぶしい光が漏れる。湯気のようなもやのかかった光景が見える。まるで雲の世界だ。

 きっとこのモヤモヤも僕の思念でクリアにして、僕の部屋が見えるようになったら安全に通れるようになる筈だ。透明になった画面に手を差し伸べてもまだ通り抜けできないけど、それはこの異世界とリアル世界のトンネルが確立していないからだろう。ちゃんと世界をリンクさせればこのモヤモヤした光の世界も僕の部屋を映す様になるだろう。

 そう信じるしかないんだ。あれほど内部を調べて、変化があったのは唯一この壁だけなのだから。

 さらに壁を凝視し続けると、モヤモヤがどんどんクリアになって行った。よし、もう少しだ!

 「!?」モヤが消えて行くにつれて、その先に映っている光景に愕然とした。先に見えるのはたしかに僕の部屋のようだが、そこには僕が映っている。僕はとっさに数歩後ずさった。

 作り出された"テレビ画面"の奥にいる僕は、自分から服を脱ぎ、風呂場に足を運んでいる。体を洗って、"彼"は浴槽に浸かった。少しして彼の顔がこわばり、浴槽の真ん中辺りに身を起こす。そして…。彼の前後に二人の女性が浮き上がり、彼に抱きつき始めた。

 この光景は…覚えている。お風呂に入った時に前後から性霊に襲われた時の状況だ。これは…過去の自分を映したものだ!

 まるでビデオ撮影されていたかのようにあの時のエロチックな光景が画面に再現されている。三人が湯船から出る。二人の性霊が体に石鹸をつけると、僕に抱きつきアワ踊りサンドイッチを展開していた。あの時の光景そのままだ!

 「くっ!」僕はあまりに鮮明に思い出した光景に感じ始めた。ペニスに興奮の指令が伝わりジワジワと性欲が込み上げる。

 だ、だめだ、ここは性霊の空間!ここで性欲を持つ事は命取りだ。ましてや脱出方法も分からないのに…。

 僕は画面から離れ、顔を背けた。すると辺りが暗くなった。浴槽の性霊のシーンが終ったために画面が消えたんだ。

 何もない空間でさっきのシーンが頭の中で繰り返される。二人の美女に挟み込まれてぬるぬるした石鹸女体に包まれ、ぐりぐり全身を愛撫された、あの感触が、肌の記憶に残っている。

 違う違う!僕はここから脱出するんだ。淫らな妄想に現を抜かしてる場合じゃない。僕はかぶりを振って興奮を押さえつけた。暫くして体の疼きも収まる。とりあえず浴槽の性霊の誘惑は撥ね退けた。

 壁は…危険なのか?しかし他に脱出の手がかりはないし…。

 ブウン!突然右側から光が漏れた。振り向くと奥の壁から光が漏れている。いや、壁全体が光り、巨大なテレビ画面になっているんだ!

 画面に映し出されたのはまたしても過去の僕の映像。山の中でドリアード達に襲われていた時の映像だ。彼女達は代わる代わる、身動きの取れない僕に挿入していた。そして最後は僕の体にどんどん入り込み、融合して行った。僕は恍惚の表情で射精し続けていた。

 ああっ、まだ覚えている!細胞の一つ一つが快感で埋め尽くされているような、あのゾクゾクする感覚!自分が自分でなくなってしまいそうな陶酔のひと時!

 画面はお守りの炎が出る前で途切れた。あの時は石川のくれたお守りが効を奏したんだっけ。あの炎のように僕も気をしっかり持たないと。

 分かったぞ。この世界に僕を閉じ込めたのは、壁に過去のエッチなシーンを見せて僕を誘惑しているんだ。僕がその誘惑に負けて性霊達を求めてしまえば…多分僕は餌食にされる。

 ドリアードのシーンをもう一度繰り返したいと熱望してしまえば、きっとドリアード達にもう一度回される事になる。ろくろっ首に舐めて欲しいと思ったら過去のトイレの状況に飛ばされ、何度でも同じように抜かれる事になるんだ。

 過去にあった事を繰り返す誘惑、という訳か。クソ、その手に乗るもんか!

 次から次へと、過去のエロシーンが"放送"されている。目を逸らしても、逸らした先で"番組"が始まる。目をつぶって対抗した場合は最悪で、まぶたの裏にスクリーンが登場する。

 唯一西沢さんのシーンは出て来なかった。あれは西沢さんがほとんど統御していたからだろう。

 エロビデオと違って、すべてのシーンに見覚えがあった。だからその時の愉悦を「思い出す」のも簡単だった。僕の肌に、全身に、ペニスに刻み付けられた数々の感触を生々しく「思い出す」のだった。

 僕は思わずいきり立ったペニスを掴み、ゆっくりしごいたり揉みしだいたりした。あの日々の悦楽を思い出す度に激しく興奮する!そして自分で与える刺激なのにまるであの時受けた快感そのままのような錯覚に陥り、どんどん高められてしまう。

 い、いや、だめ、だめだっ!ここで自分で抜いてしまっては性霊達の軍門に下る事になる。僕は手を離した。

 そうか、やっと分かったぞ。一度は解散した筈の性霊達が再び集まった理由が。お札は風で離れたんじゃない、自分で剥がしたんだ。お札が剥れたから性霊達が集まったんじゃない、僕が自分で呼び寄せてしまったんだ!

 テレビに引き込まれる前に、僕は性霊達との思い出をおかずにオナニーした。その前にも度々目くるめく快楽の日々を思い出しては興奮するようになっていた。事件解決から一ヶ月、気を抜いた僕は、段々性霊達に欲情するようになって、しかも鮮烈に記憶している事だから強く彼女達を「集める」までに強い念を発していたんだ。

 それが結果としてお札を破壊する結果になった。そしてついに彼女達の思い出をおかずに抜いてしまった。性霊を希求する念が最高潮に高まり、再び僕は性霊達の餌食になってしまったんだ!

 迂闊だった。自分で異形のものを呼び寄せていたなんて。性霊達は無意識に自分達を渇望していた僕に対して今度は意識的に求めるように促している。それが今の誘惑なんだ。

 もし僕が意識的に彼女達を求め、その後性霊達と永遠に交わる事をも求めながら過去のシーンで抜いてしまったら…。今度こそ申し開きができないで僕はされるままになってしまうだろう。

 生々しいエロシーンがどんどん映像となって見せ付けられる。エロビデオでさえツボだった場合には見ただけで興奮し、抜かずにガマンする事が難しくなる。ひっきりなしにフィードバックされる悦楽の主人公は僕自身だ。それが強烈な誘惑となって僕に襲い掛かっている。

 僕は腰をくねらせ、身を捩じらせながら体の奥でジンジン疼き続ける性欲と戦っていた。射精したら負けだ。時折耐え切れなくなってペニスを掴むも、理性をフル稼働させて手を引き剥がす。

 逆にこの誘惑に耐え切れれば、僕は性霊を希求しない事になるから、集まった性霊も再びバラバラになるだろう。

 西沢さんがいた時は彼女の念が常に性霊達を引き付けていたから、アパートが性霊の棲家になっていた。今は僕が彼女達を引き寄せている状態だ。でもその僕が改心して、これ以上彼女達を引き寄せる欲望を押さえ込んでしまえば、性霊の求心力がなくなり、解散してしまう。そうすれば僕の勝ちだ。

 ピンチに陥っていたが、それがむしろ「脱出の糸口」にもなっていた。性欲に負ければ脱出不能。誘惑に勝てればこんな世界から永遠にオサラバできる!僕は下腹に力を入れ、込み上げるくすぐったい感覚を鎮めようとした。

 エッチを見せ付けられながら性欲を鎮めるのは簡単じゃない。次々と見せ付けられるなまめかしい肢体の蠢きは、触っていないペニスからガマン汁を滲ませるに十分だった。

 この誘惑に抗うたった一つの方法は…「飽きる」事だ。僕が体験したエッチな霊障は、強烈とはいえ限られてる。もうさっきから同じシーンが何回か繰り返されている。一つ一つが魅惑的ではあったけど、抜かずに飽きる事ができればそれ以上いくら見せ付けられても平気になれる!

 只のエロビデオなら飽きるのも早いだろう。だが体に覚えのあるシーンだと中々そうは行かない。僕は握りこぶしを作って、これ以上ペニスに触れないようにふんばった。
 

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