スクヴス女学園11
(コンドル編)
俺の名は近藤縷縷【こんどうるる】。マンガ家ではない。フリーのジャーナリストだ。独立して、全国無数にある宗教団体を専門に追及してきた。カネと秘密にまみれた最後の砦である”宗教”の世界に、宗教以外の規範でメスを入れるのが、俺の仕事だ。
この国には、実に多くの宗教法人がある。その中で本当にマトモなのは、ごく一握りだ。残り大半は、宗教の名の下に、あるいは宗教であることまで隠して、金儲けに勤しんでいる奴等だ。
人の心を操り、うまく金を貢がせたり、ただの商品に崇拝させるように組織したりして、体よく荒稼ぎしている連中が後を絶たない。心の弱みにつけ込むことが許せないのだ。
俺はそういう教団や企業の内部機密を徹底的に調べ上げ、その情報を公開してきた。要するに、数々の教団の”実態”を暴くのである。
俺が手がけてきた教団は百を超える。スッパ抜かれた大半は、無事では済まない。たいていは解散の憂き目に会い、少なくともそれまでのように、荒利を稼ぐことができなくなっている。教祖の収益、教団組織の手口、裏事情、たくらみ、こういったモノをことごとく暴露するのだから、ただで済むわけがないのだ。
俺の存在は宗教界の知られるところとなり、恐れられるようになった。いつしか連中から”コンドル”なんてアダ名をつけられ、「コンドルに食いつかれたら骨まで剥ぎ取られる」と囁かれるようになっている。
多くの教団がいがみ合っているから、内部事情を探るのは不可能じゃない。ちょっとうまくやれば、情報を盗める。そうやって調べ上げたものを記事にすれば、ゴシップ・スキャンダル大好き人間が買ってくれる。
もっとも、それだけで調査ができる場合は少なく、こうやって体を張って、教団に潜伏する日々もあるし、宗教という危険な分野に乗り込んでいる以上、絶えず身の危険にさらされ、命を狙われることだってある。この肉体を鍛え上げ、体を資本にする仕事なのである。おかげで今じゃ筋骨隆々だ。
そんな俺が今、追及している教団が、ここだ。キリスト教系を装ってはいるが…。『スクヴス救済教』、か。厳格な規律と清らかな精神で魂の救済を行う教義のようだが…秘密だらけで一般にその存在もあまり知られていない状態だ。こういうところこそが怪しいんだ。
そう思って調べれば、出るわ出るわホコリの数々。キリスト教のような体裁を整えてはいるが、全然無関係、聖書もイエスもありはしない。他教とのつながりも分派の形跡もなし。30年前にいきなり出現した宗教法人のようだ。教祖は佐久葉素乃子。年齢・経歴等一切不明。まるで異世界から突然やってきて、人間に溶け込んだみたいに突如現れ、教団を一人で作り上げている。
教祖になるくらいだ、相当の年齢で登録しているだろうから、50〜60はくだらないはずなのに…彼女はまるで20代後半の姿のままだ。教祖からして謎の宗教、ウサンクサイ臭いがぷんぷんするぜ。
世の中が厳しくなった頃に、佐久葉は一人で布教を始めた。お金が儲かるようになる、運がよくなる、病気が治る…ごくありきたりの決まり文句で人々に近づいた。だが、本当かどうか、他のインチキ宗教と違って、佐久葉のヒーリングによって本当に運気が向上し、病気もたちどころに治ったらしい。インチキなら何も起こらず「時間が掛かる」「お布施が足りない」「来年にはよくなる」ナドナドていのよい言いわけで逃れるもんだが、スクヴスに限ってはそういうことは一切ない。本当に治るのだ。
霊験あらたかということで、教団は瞬く間に信者を増やしていった。今では、保育施設から高校まで系列校があり、教団関連の会社もいくつもある。老人施設も葬儀屋も総合病院まで所有している。まさに信者は生まれてから死ぬまで、教団の関連の施設の中で過ごせるようになってるんだ。
教団の産婦人科で生まれた子は男女に分けられ、組織全体で養育する。保育所・幼稚園は義務。小学校も、信者なら自動的に入学できる。中学を卒業すると「養成所」と呼ばれるところに、3年間入ることが義務づけられる。養成所を出た女性信者は、教団内の最高学府、この『聖スクヴス女学園』に入学。卒業後は自動的に、関連会社に就職、終身雇用で、老後はホームで手厚い待遇を受けることになっている。男性信者は女学園には行かずに、養成所からすぐ就職だ。その間も衣食住、すべて教団関連会社の商品ばかりだ。結婚の斡旋まで行ってやがる。妻・家族以外は終身、男女別々に暮らしているんだからな。そうなるのも分かるが…まさに「ゆりかごから墓場まで」の巨大な教団に、急ピッチで成長してるんだ。
それほどの組織なのに、教団のことがほとんど外部に漏れず、一般の人はその存在さえ知らないことが多い。そんな不思議なことがあるんだろうか。知らされれば、誰もが名前くらいはどこかで聞いたことがあるのだが、言われるまで、その存在に気づかない(思い出さない)し、気づいたとしても、どんな宗教なのか、誰にも分からない。多少、宗教に詳しい学者や、俺みたいなジャーナリストが少しだけ知っている程度だ。どうすればそんなマネができるんだろう。
俺の興味はますます高まった。これだけ陰に潜むことができる巨大教団だ、秘密も多く、信者の緘口令も厳しく、ウラできっと、もの凄いことをやっているに違いない。名前も存在も知っているのに、記事になるくらいの情報が流出しない教団。この教団の謎を、絶対に暴いてやる。そう決意して俺は、教団のことを調べてきた。
調査は困難を極めた。多分、教団側に俺が調べてることが伝わっているだろう、随分アブナイ橋を渡ってきた。そこである程度のことが分かってきたってわけだ。
まず教義。表面上は今いったとおりなんだが、ウラの教義が別にあるみたいだ。それは普通の信者でも知らないような、教団幹部のたくらみである。それを確実に調べるために、今ここに潜伏しているわけだが、他にもイロイロ調べて、ゾッとしたぜ。
厳しい戒律と強制的な日常生活。まるで修道院…いや刑務所以上だ。個人の自由はほとんどなく、命令どおり動くだけの軍隊アリになっちまっている。洗脳は完璧だ。教団で生まれた子供も、あとから入信した信者も、狂ったように教団に忠誠を誓っている…心の底から。マインドコントロールのレベルじゃあない。
保育施設も小中学校も、ごく普通の教育機関だった。宗教関連の教育が混ざっている程度だ。養成所以降の大人だけが、洗脳状態にある。つまり信者たちは、養成所で何かをされているに違いないんだ。
不思議なことはまだまだある。教団の信者のうち、男性がかなり少ないんだ。たしかに宗教に嵌るのは女性の方が多いのが傾向なのかも知れないが、ここはそういう状況ではない。むしろ”人間が消える”と形容した方が良さそうだ。
教団で生まれてくるのは、大体男女半々。中学校まで比率は変わらない。しかし、養成所を出るころには、男性は女性の十分の一以下に減ってしまっている。男はそこで関連会社に就職。一生を教団内部で過ごす。女はスクヴス女学園で、数が四分の一以下に減る。入学が100人いれば卒業は25人弱の計算になる。
これは関連企業にだけ就職する教団の性質から割り出した数字だ。養成所に入る男の数、出る男の数(=就職する男の数)、女学園に入る女の数(=養成所を出る女の数)、女学園を出る女の数(=就職する女の数)。無職という選択肢がない以上、人数に差が出るのはどう考えてもおかしい。彼ら彼女たちはどこへ消えたというのか…
その謎を解くにつれて、俺の身震いははっきりと恐怖感に変わった。確実に男の数は減っている。教団内部で、誰にも知られることなく”処分”されていたんだ! この事実を掴むのに大変な時間と労力を費やしたし、身の危険度も上がった。ほとんど表には出られない身になっちまった。だが、そんな危険を犯しても潜入した甲斐があった。秘密だらけの巨大教団の影の部分を知ることができたんだからな。
養成所で何が行われているのか。口に出すのもゾッとする。まず入ってきた男女全員に、毎日24時間ずっと、特殊なヘッドフォンつきヘルメットが装着される。これは教団側がカギを開けないと外れないようになっている。入浴時の30分だけ取り外す以外は、寝ても覚めてもこれをつけたままだ。そこからは教団の教義と信者の使命がひっきりなしに放送される。繰り返し繰り返し…
頭がおかしくなりそうな話だぜ。だが、どんな内容であれ、そんなことをされれば、いつかは染まっちまう。心を一方向に向けるには一番手っ取り早い方法だ。半年も受ければすっかり気持ちが変わってしまう。”人を殺すのはよいことだ、手当たり次第に殺しまくれ”なんて24時間ずっと耳元で囁かれ続ければ、誰だって半年のうちに殺人鬼に変身しちまう。これがこの教団信者の硬い忠誠心の秘密の一つだ。
そして最後に、佐久葉自身が信者一人一人に手をかざすと、その信者はたちどころに教団の奴隷になってしまう。何を命令されても考えずに実行する兵隊のでき上がりだ。これが養成所での、半年間の生活だ。佐久葉ってヤツは途轍もない催眠術師かなにかのようだ。
その後、信者たちは毎日、特殊な溶液に浸かる。男女で液体が違うようだ。男はピンク色、女は紫色の変な液体に浸かる。外から入信してきた男女で、すでに年が行っている高卒以上の人間も養成所に入るのだが(65歳以上の人は養成所には行かずに、そのままホームに行く)、その液体に浸かり続けるだけで、男女とも若々しい肉体に戻ってしまう。一体どんなプールなのか、皆目見当もつかない。
この教団がただのカルトじゃあないという予感が、俺の中で強まり、戦慄した。養成所で行われているのは、人間業じゃあない。ウソで塗り固めた若返りなら話は分かるが、実際に男女とも若返っているんだ。そして女はそのあと、女学園に入る。この学園、高校ではあるが、全員18歳以上で、教団側は”学生”と呼んでいるらしい。学生の中には、40歳50歳の女性さえ混じっている…どう見てもうら若き乙女にしか見えないが…。いや、ほんとうに若返ってしまっているのだろう。
きっと何か、特殊な薬品を開発して、細胞を若いものに代謝させるようにしたか、そういう効果がある鉱物でも見つけたのか…とにかく尋常じゃなかった。この事実をスッパ抜いただけでも大スキャンダルだが…まだ分からない点が残っている。せっかく身の危険を顧みずに潜入したんだ、最後までやり遂げてから記事にしたい。
残り二年間で、養成所の魔の暮らしが待っている。洗脳だとか不思議なプールだとかはほんの前座のようなものだった。本当におぞましいのはその後だ。純粋に16歳の娘も、40を過ぎて若返って16歳に「なった」娘も、養成所の男たちとセックス三昧だったんだ。おぞましい性の狂乱が、残り二年間のすべてだ。
養成所では、洗脳と若返りを終えた男女が教育を受ける。宗教教育ではない。セックスの手解きだ。どうすれば男を感じさせるか、締めつけ方だのテクニックだの感じるツボだの、そういうことばかり女たちに教える。そして養成所の男を実験台に”練習”する。あの紫の液体は、女体をみずみずしい若い肌に変えるだけでなく、シミ一つないキレイな体、吸いつくようなキメの細かい肌、極上のアソコ、強烈なフェロモンを出せる体質に変えてしまう。その副作用か何なのか、首から下の毛がみんな抜け落ちてしまう。つまり女は全員パイパンになる。
男はというと、若返った上にペニスが細く小さくなり、また剥けていた者も包茎になる。また女に敏感になり、感じやすく射精しやすい体に改造されるらしい。性欲が極端に増大し、一日に何度でも射精できるようになる。ピンクの水に浸かり始めてから、毎日夢精しない男はいなくなる。
男の方は性欲の塊でどんどん放出する、かたや女の方は毎日、性的なテクニックの講義を受け練習を積み重ねる。授業時間以外は”実践”に当てられ、寝ても覚めても大勢の男女が絡み合っている惨状だった。
男の方の授業は、まるでエロビデオのようだ。女の体の魅力、射精の気持ちよさ、セックスの快感、女の頭のてっぺんから足の先まで詳しくエロティックに女性教官が説明し、男たちの情欲を掻き立てる。ただでさえ性欲ビンビンで毎日夢精しているのに、こんな授業ばかりでは、女を見れば我先にと抱きついてしまうだろう。洗脳もされているし。そして喜んで女たちの練習台になり、授業時間以外は至高のテクニックと肉体を備えた女たちと絡み続けるんだ。
これがただの”セックス教団”だったら、それだけのことであってくれたなら、俺も「その程度か」と思い、さっさと記事にして教団潰しにかかっただろう。淫乱破廉恥なセックス教団が実態だとすれば、その実態をスキャンダラスに書くだけで済んだ。しかし、それだけでは説明のつかない状況がいくつもある。それを暴くまでは、潜伏を続けなければならなかった。
養成所で男が消える謎。それは、女たちに精気を吸われ、どんどん衰弱してしまうからだ。もともと弱い者、年が行っていて若返っただけの男は、ピチピチの10代の娘たちと四六時中交わり、ひっきりなしに射精し続け、ほどなく衰弱死してしまう。干からびたミイラのようになって死んじまうんだ。十人に一人しか生き残れない。その生き残りが、関連企業に就職していたというわけだ。
生き残るのは大変だ。なにせ半々だった男女比率が、あっという間に男たちが衰弱死し、どんどん数が減っていく。すると一度に交わる女の数が増えることになるから、衰弱のスピードがどんどん速くなっていくんだ。しまいには数人がかりの極上の娘たちが、一度に一人の男に群がる格好になる。時間が経てば経つほど、セックスの快感は強烈になり、精気を吸い取るスピードが速くなる。最後の方では、射精の脈打ちがない時間がなくなるほどだ。寝ている時はもちろん、授業中も、トイレも、フロも、廊下も、どこでも女たちが待ち構え、とっかえひっかえ若い肢体が誰かしら密着している。感じやすくイキやすいペニスに改造されているから、体力に自信があった者でもひとたまりもない。
そんな中、やっとの思いで(といっても本人は天国の中で洗脳されているのだから自覚がない)生き残り、就職する。外部への布教は男女ともほとんどしないらしい。どの関連企業も不況だろうとなんだろうと安定している。あとはそこで働きづめ、老後はホームで一生を終わる。もちろん、養成所で起こったことは絶対の秘密で、信者どうしでも、その話題は決して出ないほど徹底されている…洗脳の効果というわけか。
そして、養成所でたっぷり男たちの精気を吸ってきた18歳の娘たちが、極上の肉体とテクニックを携えて、このスクヴス女学園に入ってくる。そこで高等教育を受け、卒業と同時に就職。さっきいったとおり、入学時に比べて、卒業時は数が減るんだ。養成所での男たちと同じように、4分の3以上は”消えて”しまう。
これは一体どういうことだろう。養成所なら、男は精気を吸われて死んでいった。しかしここは女子校、女しかいない。佐久葉は教祖であると同時に、この女学園の理事長でもある。前任者がいたということだが、彼女が教祖である点、父も母も不明というところから、おそらくダミー情報だろう。佐久葉が初めから理事長だったんだ。それだけに、この女学園は教団のトップシークレット、女たちが消える謎も、教団の目的や秘密も、全部ここに詰まってるんだ。
佐久葉とは何者なのか。養成所がセックス三昧だったのはなぜか。あの不思議な液体の秘密は。なぜ女学生たちがこの学園を卒業できずに、こつ然と消えてしまうのか。そして、そもそもこの教団の目的はなんだろうか。何のために、こんなことをするのだろうか。
その答えが、きっとこのスクヴス女学園にある。今まで調べ、潜入してきて掴んだ事実と謎のすべての点が、この女学園ですべて線で繋がる。今までの中で、一番危険な潜入だ。俺は校舎の屋上に密かに陣を構え、日夜学校の様子を観察して、シッポを掴む作戦に出た。百戦錬磨のジャーナリスト、監視カメラや赤外線の対策もバッチリだ。転職してドロボーになったら失敗しないんだろうな…おっと、邪な考えはやめだ。
少し潜入して分かったこと。学園生活はごく普通の私立高校のようだ。お嬢様学校のような上品さがある。とても養成所で淫欲に浸っていたとは思えない豹変振りだ。教育内容にもおかしなところはなさそうだ。毎朝礼拝と称して全学生と職員が大聖堂に集まっているようだが…あそこは警備が厳しすぎてなかなか入れない。調べるのは最後だな。あと、佐久葉の元に頻繁に通う女学生が一人いるな。何か隠れた幹部かも知れない、マークしておく。
それから。ここは文字どおり女の園だが、少し前から用務員が一人雇われているらしい。ひ弱そうな男だ。そいつ以外には男はいないようだ。この男、朝校舎に入り、夕方女子寮に出向いている。多分…養成所のように、この男も精気を吸われているんじゃないか。いまさら学園内で見えないところで破廉恥な行為が行われていたからといって、別に驚きもしない。養成所でイヤというほど見てきたからな。それよりも、女学生たちが消える謎、そして佐久葉の正体と教団の目的だ。あと少し、一つ明らかになれば、全部が繋がりそうな気がする。
…っと、理事長室にあの女が入ってきたぞ、盗聴器でも仕掛けておきたかったが…まだムリだ。監視カメラや警備員に見つからずにここまできて、双眼鏡と小型チューブカメラで様子を伺うしかできてないからな。とにかく話している内容は分からないだろうが、双眼鏡でしっかり観察しておこう。何か重要なアイテムなんかが出てくるかも知れないからな。それを見つければ、理事長室に忍び込むリスクも犯せるってもんだ。
###一方、その頃…###
理事長「彼の様子はいかがですか。」
マミー「はい。用務員さんは、今日も校舎で学生たちに精を提供して、女の良さをその体で味わいつつ、夕方からはずっと寮で全校の学生たちと次々に交わっています。最近ではエネルギー摂取量と消費量のバランスが崩れ、消費過多で弱り始めています。」
理事長「そうね。生かさず殺さず、『吐く週』の間は、そのまま吸い取り続けなさい。死ぬことのないように、いつもより食事のエネルギーは多めにね。…それと消費過多の件ですけど、こよいしばらくの間、夢幻淫呪の効果を落としたのはご存知でしょう。午前二時に元に戻します。その間はきっと、彼も眠りこけているでしょう。その間にエネルギーを注入して、バランスを取り戻しなさい。」
マミー「御意。…あの、ところで理事長さま…」
理事長「”虫”のことですか?」
マミー「よいのですか? 養成所のことも知られてしまったうえ、今では学園内に侵入しているのですよ?」
理事長「えぇ。もちろん知っているわ。彼が入ってきた時からね。」
マミー「では…」
理事長「虫が私たちに目をつけたのは初めから分かっていました。養成所でも見て見ぬふりをしましたし、ここに入ってきても、警備の者には何も手出ししないよう言ってあります。」
マミー「しかし…あの男は宗教キラー、大聖堂のことが分かってしまえば、我らの目的も知られてしまいます。」
理事長「それがどうかしたの?」
マミー「う…」
理事長「いいじゃない。好きなようにさせておきなさい。知りたいだけ調べさせるのです。どうせ知ったところで、…虫はもう、ここからは出られないのです。」
マミー「!!…くっくっく…」
理事長「教団にまとわりついて情報を盗む”虫”。誰だかコンドルなんて呼んでいるみたいだけど、しょせん人間、何もできやしないわ。それでも人間には、知識欲と名誉欲がある。知識欲を満たし、満足させたところで、我等が主のエサにしてしまいなさい。」
マミー「御意。」
###闇の一ページ###
夜も更けてきた。用務員がフラフラしながら帰ってきた。昨日よりもやつれたみたいだな。このままじゃあ、あと一ヶ月もしないうちに衰弱死かな。コイツも教団の人間だろうか。それなら自業自得だが…助ける義理もねぇ。しかしなぁ…もし何も知らずに巻き込まれているだけだとしたら、さすがにチトかわいそうな気もするな。
とりあえず確認してみるか。俺は物音を立てずロープで校舎を降り、光が体に当たらないようにして、素早く用務員室に向かって行った。
「!」人影を見つけ、俺はとっさに茂みに隠れた。暗くてよく見えないが、女のようだった。そいつは無言で用務員室の鍵を開け、中に入って行った。窓から様子を伺う。
女は…マークしていたアイツだ。昼間理事長と何か話していた。きっと夜にここにくる算段でも整えていたのだろう。見つからないように覗いていたら、女は袋からチューブを取り出し、寝ている用務員の口に捻じ込んだようだった。中から液体がにじみ出て、無理矢理、用務員に飲ませている。暗くて色は分からなかったが、まるで点滴を口から入れているみたいな状態だ。
「…くっくっく…さあ用務員さん、明日もわれらのために精を提供するのです。食事だけでは補えない生体エネルギーを…もっと摂取するのだ…前の男よりも、よき精を提供する装置、そうやすやすと死なせるものか。私の理事長さまのためにも…この天国の中で何も知らないまま吸われ続けるがいい。」
…。どうやら女は用務員に何か薬剤を経口摂取させているようだ。精を吸い取られ、ヤリ過ぎて死ぬのを食い止めているように見える。養成所の男性信者より待遇がいいな。それに…『前の男』だと? 用務員はどこからか補充されているのか。一人衰弱死すれば次の用務員がくる構造なのか。『よき精を提供する装置』か。何より、『何も知らないまま』というのが引っかかる。やはりこの男は外部の人間か。
だんだん掴めてきたような気がする。養成所といい、ここでの用務員といい、女たちは男と淫らに交わり、精液を奪い続けている。それに重要な意味があるに違いない。こうやって養成所時代からずっと精液を吸い続け、しかも妊娠一つせず、卒業する頃には、大量の精を受け取っていることになる。『エネルギー』がどうとか言っていたが、精子がエネルギーになるのか?
「くくく、虫がいるようだな。そのうち駆除しなければな…いつもは環境が整っていてゴキブリ一匹いない敷地に虫がいるとあっては、やはり理事長さまに申しわけが立つまい。くっくっく…」
女が用務員室を後にしようとしている。俺は急いでその場を離れ、物音を立てないように屋上に戻った。さっそくノートにさっきの女のセリフを書き写し、分析をしてみた。
養成所で男たちを射精させる訓練を受けて、スクヴス女学園に女たちが入学する。この教団にとって、精子はエネルギーとみなされているみたいだ。その精液をたっぷり受け、妊娠しない女たちが忽然と消え、僅かに卒業する。ただの細胞と水分でしかない精液を、なにか重要なものとして崇拝しているのだろう。これがウラ教義の一つであるに違いない。
精子にはタンパク質があるというウワサもあるが、あってもごく僅か、卵の方がずっと栄養価は高い。ほとんどはただの水だ。そんなものエネルギーにはならない。考えられるとしたら、神秘的な狂信で、精子に特別な力があると信じているのかも知れない。生命の根源である生殖細胞だからな。意味を付与するならありえなくもない。
しかし、それだったらただのセックス教団と変わらない。ヤリ過ぎて男たちの体が悲鳴を上げているということなら、成功したセックス教団というだけの話になる。それだけのことなら、簡単にスッパ抜いて終わりなのだが…なにか引っかかる。これまでのジャーナリストとしての勘が、それだけでは済まない”何か”を感じ取っている。
第一それだけの話なら、学園内で女学生たちが消える謎が解けない。これは仮説だが…狂信的に精子にエネルギーの存在を認める教団が、精子をたっぷり身に受けた女たちをつぎつぎ殺し、あるいは生き埋めにでもして、もしくは人肉を”滋養”にして、秘密めいた儀式を行っているのではないか。
ただのセックス教団で、腹上死が相次いでいるというだけでも、かなりのスキャンダルだ。それに加えてロコツに殺人をしているというなら、明らかに狂信的な犯罪組織。一刻も早く証拠を掴んで公表しなければ。今はまだ仮説の域を出ないからな。
それにしても、あの用務員は恐らく外部の人間、教団には無関係に連れてこられたんだろう。彼は助けたいが…直接会って事情を話すのは危険がある。万が一、教団関係者だったら取り返しがつかない。何らかの形でコンタクトを取り、あの男を”バックアップ”にするのが一番だろうな。万が一教団の人間だったとしても、俺自身は逃げることもできる。
この山は電磁場が乱れているのか、無線通信系の機械が使えない。携帯電話もダメだ。これでは外の人間にバックアップを取ることはできない。用務員に託すしかないだろう。バックアップに気付けば、彼も何とかしてこの山を抜け出そうとするだろうからな。後は自助努力だ。
とにかく、だ。あとちょっとで、この教団の尻尾を捕まえることができそうだ。明日、警備が油断する早朝、暗い内に大聖堂に忍び込んでおこう。今日は徹夜だ。
俺はしばらく待った。そして刻限がきた。ロープで校舎を降り、忍者のように大聖堂に向かった。やはりカギが掛かっているが…ピン一本で開けられそうだ。まわりに気をつけながら鍵を開け、ゆっくりと大聖堂に入った。ゴーグルをつける。赤外線は掛かっていないようだ。こいつは暗いところでも明るく見えるスグレモノだ。潜入時には欠かせないアイテムだな。
ふむ…監視カメラもついていないとは。思ったよりも無防備なのか。それとも大聖堂だけに神聖な場所だから機械は入れず、人の力(警備員)だけで賄っているのかな。どっちにしろ調べやすい。絶対にこの教団の秘密を暴いてやる。
「!!」正面には十字架でも仏像でもない、とんでもないモノが奉られていた。これは…バフォメット…いや、似ているが違う。ヤギのような頭に鋭い角…おぞましい姿だったが、どこか威厳がある。ただのキマイラ風の置物ではない。
バフォメットとは、よく悪魔崇拝に使う黒ヤギの悪魔だ。その精神はサタンを表し、魔の者に祈りて自分の欲望を叶えるのである。神は厳格に筋をとおすが、筋をとおされては困る人たちはたくさんいる。理の必然のとおりでは金持ちになれないし不幸なままという人間が、神秘主義が昂じた悪魔崇拝に走る。米国では意外に、悪魔教の密かな信者が大勢いるらしい。
バフォメットはその偶像。しかしバフォメットとは、由来を正せばマホメットだという。イスラムの教祖だ。唯一神信仰からすればこういうものは邪教、悪魔ということで、いつの間にかバフォメットになっちまったのだろう。米国が敵視するイスラムがこんな歪んだ形で崇拝されているとは皮肉なものだ。
それを知ってか、この偶像はいわゆるバフォメットの姿とは違っていて、たしかに偶像の特徴はそのまま、豊かな乳房を備えた女性の体に、黒いヤギの頭なのだが、腕が何本も生え、羽は白く数枚あり、どこかしか醸し出される妖しい色気と神々しさに包まれていた。暗闇の中でも輝いて見えるほどだった。これはスクヴス教団のオリジナルなのだろうか。
そっと触れてみると、声を出しそうになった。戦慄が全身に走る。ただの像ではなく、まるで生きているかのような弾力のある肌触り、ホンモノの女の胸を揉んでいるみたいな柔らかさ…何より生きている体温のぬくもりがあった。驚いて手を離し、数歩後ずさる。すぐに落ち着きを取り戻した。何があっても冷静さを取り戻すことが、潜入時には一番大事なことだから。こんなものが置いてあるスクヴス教団とは一体…
スクヴス…そう言えばサキュバスに語呂が似ていなくもないな。しかし”succubus”だから、そのままならスクブスでないといけない。vじゃあないのだから。この名称には何か意味があるのだろうか。
どっちにしても、ここは思ったとおり、ただのカルト教団じゃあない。人の命さえ弄ぶ強烈なカルト、悪魔崇拝…大変なところに来ちまったようだ。急いでバックアップを取らないと。ただの狂信集団よりも恐ろしい…洗脳された連中はどんなことでもする。ただ組織を守るために行動するヤクザ者とは違う、人間の枠を超えた恐怖が待っているんだ。
俺はさっさと大聖堂をあとにし、用務員室に向かった。誰にも見られていないことを確認の上、用務員室に入る。用務員室の鍵も簡単に開いた。男はまだ寝ている。今の内に…
俺は男の枕元にデジタルカメラとコピーした書類を置き、一度だけわざと物音を立ててから立ち去った。あの妖しげな偶像も、ちゃんとカメラに収まっている。間違いない、この教団は悪魔崇拝で、人間をセックスの快楽に溺れさせ、次々と行方不明にする恐怖の組織だった。
俺の最後の仕事は、この恐怖の組織から一刻も早く脱出することだ。しかし…女たちがどうして行方不明になるのか、その謎が解けていない。それが分かれば佐久葉のことも分かる。悪魔崇拝者で、何らかのトリックで信者を騙しては獲得し、洗脳技術を駆使して巨大な帝国を作り上げた女。この女がおそらくは、信者の女たちを犠牲にして、悪魔に祈りを捧げているのだろう。犠牲にする現場さえ掴めれば完璧なのだが…
とにかく危険だ、いったん退避するしかなさそうだ。カルトは数多く見てきたが、その経験から、絶対に関わってはいけない集団があるのも知っている。そういうところは中途半端な記事であっても、あとは警察が調べてくれる。仕方ない、暗い山道は危険なので、もう少し空が青くなってから脱出だ。
###一方、その頃…###
理事長「…穢れてしまったわ。」
マミー「少しやりすぎてしまいましたか。」
理事長「人間の分際で、サタン様のご分身に手を添え、あまつさえ乳房を揉むとは。」
マミー「それに虫は、魔方陣に気付かずに踏み荒らしておりました。」
理事長「…。もういいわ。私も人間の力というものを少し試してみたくなっただけ。1000年前に比べて、道具が異常に発達し、人口も増え、今や地球をも破壊できる力を持ってしまった種族が、どれだけ狡猾に、手際よく、計算してことを運ぶのかを…洗脳され悪魔の手法を知っている者以外の実力を知ろうと思っていた。」
マミー「…。」
理事長「程度が知れたわ。知識が増えたって、多くの問題を解決できずに、憎しみだけで処理し、計算高くても本質を見抜けず、己が手の届かぬものに対する畏敬もなければ、深く認識もできない。その人知を超えたものの片鱗を味わっただけでただ恐怖し、逃げようとする。あとは権力にでもすがって力づくで何とかしてもらおうという魂胆かしら。がっかりだわ。」
マミー「…おっしゃるとおりでございます。やはり人間は、我等のための犠牲、食糧として扱うべきです。こんな人間でも、エネルギーは膨大、復活の役に立つことはできます。それが一番よい人間の活用法だと思います。」
理事長「すぐにご分身を禊ぎ、魔方陣を直しなさい。」
マミー「はっ! 直ちに! それで…大聖堂を汚した大罪は…」
理事長「…。自由に調べさせたのは私の責任です。そうね、禊ぎの現場を彼に見せてあげましょう。そしてすべてを教えましょう。それが私の責任の取り方です。あとは…マミーの好きなようになさい。」
マミー「…かしこまりました。」
###闇の一ページ###
明るくなってきた。そろそろ支度を…ん?大聖堂の方に黒装束の女たちが歩いて行くぞ。双眼鏡を取り出して覗いてみる。ゴゴゴゴ…音を立てて大聖堂の屋根が開いた。上から中の様子が見える。どうやらガラス張りのドームのようなものが内蔵されていて、屋根が開閉するのだろう。よく見ると、黒装束の女が人力で屋根を押し、開けているみたいだ。
もしかして…見たかった場面が見られるかも知れないぞ。女たちが消えていく謎が解けるのか…。それともただの儀式の一つか。どうせなら、これを見てから山を下りることにしよう。まだ見つかっていないんだ、あと小一時間、ここから覗いていても大丈夫だろう。
黒いフードの女たちが絹のタオルであの像を丁寧に拭いている。あたりに湯気が立ち込めているから、お湯か何かで拭いているのか。むむ…よく見ると大聖堂の床に何か複雑な模様が書かれているな…。数人の女たちが丁寧に何かを床に書き続けている。アレは…魔方陣か!? 昨日は暗くてよく分からなかったが、そんなものがあったとは。
上からなぞるように、黒い魔方陣が重ね書きされている。その作業が終わると、一つの魔方陣の中心に少女が一人立ち、その周りを取り囲むように黒装束がひれ伏した。一体何が始まるんだ…!?
中心の女が装束を取ると全裸になった。一人のフードが歩み寄り、短剣を差し出す。まさか…
少女は短剣を天に掲げ、地に掲げると、立ち上がって自分の手首に突き刺し、引き裂いた。次いでもう片方の手首も切り裂いた。鮮血が下にどんどん滴り落ちる。巧みに手首を下に向け、噴き出す血潮が回りに飛び散らないように配慮しながら、全身の血液を魔方陣に落としている!
何てことだ…やはり女たちが”消えて”いたのは、そこで死んでいたからなんだな。しかし、何とも異様な状態だ。殺人というより、みずから進んで、惜しげもなく自殺するなんて。それも、よほど覚悟ができていても「ためらい傷」がいくつもできるのが普通なのに、あの娘は何のためらいもなく、正確に動脈を切り裂いた。
強要されるでもなく、ためらいもせず、殺されもせず。自ら命を絶つ少女。これが洗脳の効果なのか…。
「むうっ!?」奇妙だ。人間の血液は並の量じゃあない。あんな小さな魔方陣などすぐに覆い尽くし、外に流れ出るはず。しかし彼女の血は魔方陣を円形に広がるが、そこから外には全然零れず、真円を保っている。堰き止めているわけでもない。まるで…魔方陣そのものが少女の血を吸い取っているみたいだ。
「!!!」少女の体がどんどん白ずんで行く。一度に出血多量に陥ったのか。その体がズブズブと下にめり込んで行った。彼女の膝が血潮の中に浸かる。血の水かさが上に増えているのではない。彼女の体が血の池の中にどんどん沈んでいるんだ。みるみるうちに、下半身、上半身と沈んで行く。倒れるでもなくフラつくこともなく、少女の体は、血の池の中に完全に埋没してしまった。そして蒸発するみたいに血の池自体も中心に向かって狭まり、ついには真ん中まで来て完全に消えてしまった。
そんなバカな! たしかに血が床に大量に滴り落ちた。それが彼女の体ごと完全に消え去ってしまうなんて。まるで魔方陣の中心に穴が空き、そこから下にすべてが吸い込まれるみたいに、あるいは魔方陣自体が彼女の血と肉を吸収したみたいに、跡形もなくなっちまってる! 血痕の跡も、髪の毛一本も見当たらなくなってしまった。
黒装束たちは立ち上がり、並んで偶像に一礼すると、その場を去って行った。今のは…一体…なんだったんだ…。震えが止まらねぇ。養成所で見た不可思議な水といい、いま目の当たりにした魔方陣といい、人知では計り知れない現象が、たしかに起こっている。狂信的カルト集団というだけでは、こんなことはできない…よほどの熟練したマジックか何かなのだろうか…だとしてもなぜ、それをここでやる必要があるんだ。まずい、一刻も早く逃げよう。心の奥底で、ジャーナリストの勘ではない、わけの分からない警鐘が鳴っている。ただのごまかしのマジックではない気がする。
「…今のが”禊ぎ”よ。」「!!?」驚いて振り返る。明るくなった空、薄ら寒い校舎の屋上に、女たちが来ていた。しまった、見つかった!
全員黒装束、真ん中にいて口を開いた女がフードを取ると、マークしていたあの女だった。えっ…黒装束って、つい今しがた大聖堂でおかしな儀式をしていた連中か…いや、そんなはずはない、あの場所からここまで、どんなに全力疾走しても5分以上かかる。20秒やそこらで、ここまで来られるはずがない。多分別のグループなのだろう。
「…お前が大聖堂を汚したから、学生が一人犠牲になった。」「!」「全部知っているのよ。お前がこの学園に足を踏み入れた時からね。こともあろうに、ご分身様のお体に触れるだけでなく、汚らわしい手で愛撫を加えるとは。その穢れを禊ぐために、学生一人分の犠牲を捧げ、許しを請う必要があった。」「…てめぇら…」
俺は深呼吸を軽く一回し、気持ちを落ち着かせた。ピンチの時こそ、冷静になって次の手を素早く打てるようでなければ、この仕事は務まらない。見つかった時の対処も分かっている。「…そうかい、最初から潜入がバレていたとはな。監視カメラは避けたはずだが…。」
「ふん。カメラなど使わずとも、理事長さまは学園内部のことはすべて把握してらっしゃるのよ。」「佐久葉素乃子か。まさか神通力でもあって、その力でお見通しとか言うんじゃあねえだろうな。」「神通力ではない…魔力だ。」「けっ。おんなじこった。」いよいよ狂気だ。幹部はみんな頭がおかしくなっちまってる。関わると危険と言ったのは、こういう狂気系の集団だった場合だ。魔力だと? そんなもの…
「魔力だと?そんなもの…。」「!」「いよいよ狂気だ。幹部はみんな頭がおかしくなっちまってる。関わると危険と言ったのは、こういう狂気系の集団だった場合だ…」「なっ…」「…お前の次のセリフは『なぜ一言一句俺の心を繰り返せる!?』だ…」「なぜ一言一句俺の心を繰り返せる!?」…はっ!!
「…お前は殺すぞ。我らの組織に潜入し、学園にまで土足で踏み込み、あまつさえ大聖堂を汚した罪は重い。理事長さまのお許しで、今まで生きてこられたことに気付くがよい。そして…禊ぎのあとは、私の好きにせよとおおせられた。私はお前を許さない。だから殺す。」「くっ…」
「冥土の土産にいいことを教えてやるよ。お前の疑問、全部答えてやる。この教団は、サキュバス王、メアリィさまの、あるご計画により設立された。メアリィさまこそ、理事長さまよ。理事長さまは、サキュバスたちを統括する”リリム”という上級淫魔の一人。メアリィさまが、あらゆる魔の者を統べるサタンさまを復活させれば、淫魔界でのメアリィさまの地位・発言力がぐんと上がるから、30年をかけた大構想で、この計画を実行にお移しになった。」
な…何を言っているんだ?
「サタンさまははるか昔、憎むべき神々の罰により地中深く、この土地に封印されてしまわれた。力を持った悪魔たちが、サタンさまの復活・救出に幾度となくチャレンジしたが、皆失敗。決定的なエネルギーが足りないことによるものだった。何かが足りないのだ。そして…」
女は目を光らせた。
「メアリィさまは、サタンさま復活に必要なエネルギーの正体を突き止められた。それが『男の精を吸った若い女たちの血』なのだ。我らは教団として信者を集め、若い娘を大量生産し、洗脳し、男たちの精をあらゆる手段で吸い尽くさせた。その最高峰が、この学園なのだ。あと少しで、必要なエネルギーが揃う。そうすればサタンさまも肉体を得、復活することができる。10億年という積年の恨みを、今こそ晴らせるのだ!」
「なんという…」狂信もそこまで行けば立派だよ。こんな相手に最後の手段が通じるかどうか…やってみるしかない。
「ウソだと思っているのだろう。養成所では、女たちに精を提供したために、男が消えた。そしてこの学園では、サタンさまに犠牲を捧げるために女が消える。それがすべてだ。肉体改造も、さっきお前が見た魔方陣のことも、それで説明がつく。『一本の線』で繋がっただろう? 魔の者が計画を実行しているのだから、人知を超えた現象など当たり前のように横行するのだ。それを認めたがらないのは浅はかだな。」
「…。」「それですべての謎は解けただろう?」…たしかに、その説明で、つじつまが合っている。魔力などという超常現象を認めればの話だがな…
「さあ、知りたいことをすべて教えてやった。その情報はお前の死によって全部冥土に持って行くんだな。外部には流出させない。さて、一発で楽に死ねるのと、丸一日かけてジワジワ快楽の中で衰弱死果てるのと、お前に選ばせてやろう。どうやって死にたいかしら?」
「おっと、俺に何かするのはやめといた方がいいぜ。これでも百戦錬磨の宗教ジャーナリスト、危険な目には何度も遭っている。そんな俺が丸腰で行動すると思ってるのかい?」
俺は懐から拳銃を取り出した。ロシアから密輸したアブナイ一物だ。使ったことはないが、ちゃんと実弾も入っている。本物だ。まずはこれで脅しをかけて逃げる作戦。
「…撃ってみろよ。」女がほくそえむ。やっぱりダメか、完全に頭がイカレテしまっていては、殺人兵器を前にしても恐れない。やむをえない、記事云々の前に命を確保しないとな。
ぱん! 軽い音が響く。女の肩に弾が命中した。「…次は心臓を狙うぞ。」多少強引だが、グループのリーダー格が傷を負えば、下っ端は、たとえ狂っていてもどうにもできないことが多い。この隙に乗じて逃げよう。しばらく外国にでも逃げてほとぼりを冷ますか。やれやれ、これが俺の業なんだよね。
「魔族に拳銃は通用せぬぞ。」「…!?」く、黒装束が…どんどん塞がって行く!?それどころか、たしかに女を撃ったのに、血の一滴も出やしない。ついに穴が完全に塞がり、何事もなかったかのように、くすくす笑いながら女たちが立っている。「…これで納得しただろう。人知を超えた存在があるということを。」「むぐぅ…」心臓が高鳴っている。冷や汗が手のひらから全身から噴き出しているのが分かる。
「さあ選べ。一瞬で死ぬほどの快楽を味わって果てるか、たっぷり時間をかけて吸い尽くされるのか。」女たちがジリジリ寄ってくる。言っていることは完全には理解できなかったが、身の危険が迫っていることは分かる。
「これ以上近づくな。言っただろう? 俺に何かをするのはやめとけってな。一人で無防備で乗り込んだりはしない。ちゃあんとバックアップを取ってある。」「ふん。用務員に渡したデータのことか?」やっぱり心を読まれているな。「彼に情報が渡ったからなんだというの。…その身に何かあれば外にある”バックアップ”が情報を世界に公表する仕組みになっている。ある時は仲間に無線連絡、ある時は情報書類を仲間や第三者に託すのがバックアップね。」
「…その通りだ。だから俺に何かをすれば即座にお前たちの悪事が全世界に知れ渡る。殺さないで逃がせば、情報は破棄しよう。」「くっくっく…人間相手ならそういう交渉もできたでしょうね。そうやっていくつもの教団を騙して、結局公表しちゃうんだから。でも残念でした。用務員に情報が渡っても、彼もここからは逃げられない。彼もその情報を抱えたまま、冥土に行くことになる。理事長さまの壮大なご計画を、そう簡単に流出させたりはしない。それだけのシステムはできている。」
「…ならやってみるかい?」これは賭けだ。ブラフだ。これで相手がやってみたら俺の負け、怖気づいたらまだ交渉の余地はある。どう出るか…
ぱぁん!「ぐわっ!」俺の服がすべて弾け飛び、全身にピリッと痛みが走る。一瞬で俺は全裸になってしまった。拳銃もバラバラになって下に落ちている。それを合図に女たちはフードを脱ぎ全裸になった。「…女の裸を数人分見ても、全然反応しないのね。」「…。」「…百戦錬磨だから、セックスもお手の物ってところかしら。随分危ない橋を渡ってきたみたいね。淫呪で立たせてもいいけど、それじゃあつまらないわ。お前が選んだ死に方にふさわしい勃起のさせ方をしてあげる。」
「でやぁっ!」俺は力任せに女たちに突進し、相手の膝の後ろを蹴るようにしてバランスを崩させ、裸の娘たちをバラバラに押しのけた。裸になったのならただの女、筋骨隆々の俺の力で数人くらいは蹴散らせる。この隙に逃げるしかない。狂信者だがセックス教団だったおかげで、こいつらはあっさり無防備になった。俺はそこを突いただけだ。
「うぐっ!?」突然体が動かなくなった。「暴力男め。やはりお前に選択の余地はない。時間をかけてじっくりといたぶり殺してやる。」首筋にやわらかい手の感触。俺の首根っこを押さえただけで、この女は全身の抵抗を押さえつけてしまっていた。身動きが取れない。
人間は脳のタガを外せば途轍もない力が出せるという。火事場のクソ力ってヤツだ。狂気に陥っていれば、女でもそのくらいのことはできそうだ…まずい、首が捻り潰されてしまうかも知れない。かなりピンチだ。交渉カードも全部切っちまった。こうなったら勝負は一瞬!「でいっ!」俺は女の手を掴み素早く一本背負いに持ち込むと力いっぱい投げつけた。
「う…うわああ…ああああああっ!!」う、浮いている! 女の体が宙に! 投げ飛ばして地面につくことなく空中浮遊していた。
「ふん…絶体絶命の中でも冷静であり続ける精神力、機転を利かせた反応、屈強な肉体…ただ殺してしまうのは惜しいな。そうだ、我らに忠誠を誓い、理事長さまとサタンさまを崇拝するなら、しばらく生かしておいてもいいぞ。この学園で学生たちに精を提供し、サタンさま復活のエサになるなら、毎日セックス三昧、快楽の中で苦しまずに死ねるわ。それ以外は、一瞬で果てるにしても精神崩壊したまま冥土に行くことになるし、一日で絞り尽くすならみるみるエネルギーを吸い取られて恐怖がつきまとう。が、数ヶ月をかけるならそんな苦しみもなく済む。どうだ? 毎日極上の料理とエネルギー注入で、四六時中女を抱ける。悪い話ではあるまい。さあ、情報を捨てて理事長さまに身を預けるがよい。」
「…けっ! ふざけんな! 誰が悪魔なんかに忠誠を誓うか。絶対この場を抜け出して、お前たちの悪事を暴き立ててやる! それが俺の正義! 俺はそれを貫く! 淫乱理事長の悪魔妄想、全世界の白日の元に絶対さらしてやるからな! なにがメアリィだ! ただ年齢ごまかしてるだけのキチガイ女だろうが! 忠誠だと!?冗談じゃねえや!」もう頭の中が真っ白になっていた。
「貴様…忠誠を誓わないところか、私の大切な理事長さまを侮辱したな? 許せない…。気が変わった! お前には最高の地獄をプレゼントしよう。お前は殺さぬ。生きたまま我らの故郷に送り込んでやる。」女の目が赤く光る。とたんに周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
「淫魔ばかりが住む世界、淫魔界。お前がこれから行く先には大勢の様々な低級淫魔(インプ・レッサーサキュバス等)、通常淫魔(サキュバス等)、上級淫魔(リリム)、貴族淫魔(ナイトメア)がひしめいている。気の遠くなるような広大な世界だ。毎日のように淫魔の怒りを買った人間や精霊や魔族が送られ、淫魔たちの食料となっている。お前もその一人となるのだ。くっくくく…低級淫魔でも、この学校の女学生たちより強力な快感を生み出す。サキュバスなら私と同じくらい、そして兆を超える数ひしめいている、リリムさまたちは、全員理事長さまと同じ力の持ち主。そのリリム一人一人が数多くのサキュバスたちを従えている、快楽の世界よ。」
「な、なんだって…」
「いくら百戦錬磨でも、人外の魔性快楽は味わったことがないでしょう? 生きたまま淫魔界に送られた者は、精神崩壊することもできず、死ぬこともできず、魂が消滅することも叶わず、永遠にありとあらゆる淫魔に集団で群がられ犯され続ける運命にある。どんなに解放を希っても、決して逃れられない…。強力な魔族でも、射精の脈打ちが止まる時間は決してない世界よ。イク直前から出し始める瞬間の強烈な快感が、何億年も何兆年も永遠に続くと考えれば分かりやすいかしら? まぁ実際にその身でたしかめてみるのね。」
「や…やめ…」空間の歪みがどんどん大きくなる。女の声も、エコーがかかったようにどんどん不鮮明になり、やがて何も見えず、何も聞こえなくなった。
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理事長「…これで教団の秘密は守られたわね。マミーったら、私のためとなると、見境がつかなくなるんだから。いくらなんでもやりすぎよ。でも…これであの虫も、自分のしたことを後悔しつつ、永遠に快楽に溺れていられるんですもの…男の悦びだけの世界で、永遠に射精し続ける幸せを味わえたんだからよしとしましょう。淫魔界の食料に貢献したのも嬉しいわ。用務員さんに秘密がばれてしまったけど…あの状態になってしまってはもう、逃げるのは不可能、そのまま彼には精を提供し続けていただきましょう。もうすぐ『吐く週』も終わる。あと少し…精を吸った女の血が必要ね。これまでの30年、多くの学生がサタンさまのために身を挺してくれた。それももうすぐ終わるわ。そして…サタンさまの時代が!」
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気がつくと俺は、薄暗い、荒れ果てた大地に、全裸で投げ出されていた。太陽も月も星も見えない。地面は大小様々な岩が転がっているだけで、草一本生えていない。ここは…一体どこなんだ。うう…全身にじわじわとくすぐったさが疼いてやがる。お尻の奥がジンジンして、それだけでペニスが膨らんでしまった。
これが…あの女の言っていた淫魔界というヤツか。ここにきた男は、勃起したままになっちまうのか。たしかスケベな女の魔物が大勢ひしめいているとか…冗談じゃない。一体どうなってやがるんだ。俺は夢でも見ているんだろうか。とにかく、何とかして状況を把握し、脱出する方法を考えなくては。
うふふ…くすくす…。あちこちから女の笑い声が聞こえてくる。とにかく見つからないように逃げないと…。俺は身を潜め、周囲をうかがった。
がさ…すすす…「!!」しまった、すでに取り囲まれている! 岩陰や上空から、たくさんの美女たちが、次々に姿を現した。全員ぞっとするほどの美女で、背中に黒い羽根が生えている…本当に悪い夢を見ているみたいだ。「逃げられないわよぉ〜?」「生きている男の人だぁ〜…くすくす…」ジリジリと女たちが迫ってくる。完全に囲まれてしまっていた。
くそ…今度はこっちが無防備の状態だ。捕まったら本当に何をされるか分からない。逃げようにも…完全に陸と空を固められてしまっている。…手薄な右後方に逃げるしかなさそうだ。
「ぬおおおお!」俺は一目散に走り出した。奇妙な女たちの間をすり抜け、どこか見つからない場所を探すまで走り抜けるしかない!正面に虎縞ビキニ姿の青い髪の美人が立ち塞がる。ちょと手荒だが突き飛ばすか。
バリリッ!「あぎゃっ!!」女を突き飛ばそうと手が肌に触れた瞬間、全身に電流が痺れるように走る感覚を覚えた。次の瞬間、俺は全身すべての性感帯が刺激され、一瞬にして我を忘れて一擦りもなく射精していた。「あひっ…」強烈な快感によろめき、その場に崩れ落ちてしまった。「うちを突き飛ばそうとしても無駄だっちゃ。触れた瞬間プレジャーボルトで一瞬にして昇天だっちゃ。」「あが…」精液はとめどなくペニスから零れ落ちる。
倒れている俺に淫魔どもが群がり、あお向けに固定した。岩場で体が痛い。そう思った次の瞬間鬼娘が俺の下に潜り込み、背中に吸いつくような乳房を押しつけてきた。「それに、逃げようとしてもみんな空を飛んだりしてどこまでも追いかけるし、オスのニオイを出しながら隠れてもすぐ見つかるっちゃ。」「淫魔界にようこそ。どこに行っても極上の快楽で男を射精させる、魔性の美女で満ち溢れているわよ。そう、こんなふうにね…」
ペニスに跨ったレオタード姿のキンパツ娘がいきなり腰を落とした。「あぎゃっ!」挿入した瞬間、精液が前にも増して勢いよく吹き出る。さっきの奇妙な電撃の余韻で射精が止まっていないうちに、蠕動するオンナの感触がさらに脈打ちを早め、持続させるのだった。背中から微弱電流がひっきりなしに流れ、全身の性感帯が絶えず刺激されながら、蠢く壷と締めつけと無数の突起がペニスを悦ばせているために、とめどなく射精し続ける。
あの女が言っていた。『イク直前から出し始める瞬間の強烈な快感が何億年も何兆年も永遠に続く』と。まさに初めからそんな状態だった。俺はわけも分からずに、快楽に身を預け、蠢く肢体の肉が求めるままに、精を提供し続ける。まさか、この俺が…こんなところで朽ち果てるというのか…奇妙な教団に潜んでいたのは本物の悪魔だったんだ。
朽ち果てる…それさえも許されない世界であることに気づくまで、長い時間はかからなかった。「さあ、こんなところで遊んでいてもいいけど、もっと気持ちいいところでやりましょうよ。」上の方から声がすると、俺を上下サンドイッチしている淫魔たちが俺を持ち上げながら宙に浮いた。「このままうちらの館まで案内してあげるっちゃ。」
ピロロロロロ…俺は淫魔と結合し、絶えず精液を吹き上げたまま、空を飛んでどこかの館に連れ込まれ、やわらかいベッドに下ろされた。「さあ続けましょう。私たち全員を満足させ、首領のリリムさまにも食べていただきます。」「クスクス…淫魔の中でも低級なビューティフルオーガーやエンプーサ相手に、そんな簡単に射精しちゃってえ。この先どうすんのよ、その程度で。」「しょうがないですぅ。この子はただの人間なんですからぁ。」「それもそうね。」
ここまであっという間の展開だった。いきなり住む世界が変わり、状況が変わり、わけが分からないまま、全身に群がる淫魔たちの至高の快感に、我を忘れて精液をひっきりなしに吹き上げ続けた。文字どおり射精の脈打ちが止まる瞬間がなかった。それでいて、この世界の瘴気を吸うごとに性欲が増幅し、イキ続けても疲れ果てることなく、何度でもずっとでも出し続けることができるのだった。
このまま、自分の職業も名前も使命も、何もかも忘れて、快楽だけを永遠に味わい続け、淫魔どものエネルギー源として、ひっきりなしにおもちゃにされ続けるエサになるんだ。飽きることのない狂おしい快楽、死ぬことも、成仏することも、気を失うことも発狂することもない、永遠のセックス…それが天国なのか地獄なのか、考えることをやめた自分には分からなかった。
######
その後、コンドルを見た者はいない。
(スクヴス女学園 コンドル編 完)