誘惑の白い城 ~父娘外典~ 3





 もう勝負は始まっている。父親たちの戸惑いや気後れなども、まったく意にも介さない。というより、気付いてはいるけれども知ったことではない、これが彼女たちの本音だった。

 あとは気持ちよくしてあげたらいいだけ。遠慮は要らないが、彼らの気持ちもある程度はくみ取りつつ、勝負があからさまに衆目にさらされ、どちらかが先に体液を出している結果に、言い逃れができないようにしようと思っていた。

 相手の娘から騎乗位スマタ攻撃が始まった! その気持ちよさに負けてイッてしまった父娘は、永久にこの異世界から出られない。元の世界に帰りたいなら、娘は必死で相手のペニスをオンナ表面でこすり立て、精液を出させる必要がある。

 躊躇していたら、自分の父親が先に射精してしまう。だから、有無を言わさず積極的に跨がり、大急ぎで相手の父親をイかせなければいけない。そのときの腰使いのいやらしさが、反り返った男の股間を脈打たせられる。若さとテクニックで、見事に体液を仕留めよ。

 ただし、騎乗位スマタの体勢で気持ちよく腰を前後できるのは、下の男が勃起している間だけとする。見せるか、上から裸で覆い被さるか、記憶を辿らせるか、それらを組み合わせて、貞操観念の強い父の友人を欲情させる。

 騎乗位スマタが続けば間違いなく気持ちいい。先に射精した家族が負け、現実世界から抹消されることとなるので、生き延びて元の世界に戻りたければ、早く絶頂に持ち込む。片方しか帰れないから、娘の刺激と父の耐久力の勝負になる。

 父は父で、友人の娘の股間が、じかにペニスをこすり続けてくるので、それに耐えて少しでも射精を遅らせなければ、娘もろとも、この魔界から出られなくなる。これがこの狭い部屋での、厳格なルールだった。

 2家族のうち片方だけが出られる部屋に閉じ込められている。2人の父親とも、そのルールと勝負に、強制的に参加させられている。タブーのない魔の世界に永遠の天国を味わうのは、この上ない快楽となって、男女を虜にする。

 父と娘の関係だろうが、姉と弟の関係だろうが、子供と大人の結合だろうが、すべて気持ちよければそれで良く、タブーはない。

 娘の友達だ、という感覚で、どうしても積極的になれない父親たちをよそに、彼女たちは肘と膝で身体を支えながら、むぎゅうううっと、女子大生のやわらかい肌と肉質を、20歳くらい年代の異なる男の人に刻みつけていく。

 おっぱいが彼らの胸板を滑り、動くたびに空気のブゴブゴした音が出て、肌同士がベリベリと引っ張られるくらいに、吸い付き加減が抜群の、若い肌質だった。胸も腹部も素足も、どこもかしこもがあまりに魅力的な、女体として完熟した若さと凄艶さを兼ね備えている。

 お父さんたちはもう、だんだんと「娘の友人だ」という感情が弱火になり、娘と同世代の、若くてかわいい女子大学生の裸だ、とだけ認識し始める。

 動くことはできず、せめて5,6センチほど、腰を上下させ、首から上は動くので、そこで部屋の様子や、女の子の方を見つめるなどができる程度だ。

 娘たちはズリッズリッと全身を前後に揺すり、わざときめ細かい肌とやわらかい胸の弾力で、しつこく上から、滑らかな感触をこすりつけ続ける。

 女子大生たちの下腹部回りやオンナ表面、そしてこの上ない魅力を誇る素足の感触が、ひっきりなしに萎えたペニスの上を滑っていき、心地よい感触を、股間にダイレクトに伝えてくる。

 娘が前後に激しく動き続けると、父としての貞操観念から、徐々に男と女、とだけ思い起こし、それ以上の関係や人間性は薄れていってしまう。現実では娘の方が強い抵抗感と操でガードするし、近親者は体臭の上でも、お互いに避けようとする力が働く。

 まして父親のような中年男に抱かれるなど、身の毛もよだつ事態でしかない。山村で人目につかない暮らしをしていたスワは、いつの間にやら小娘から、一人前のおんなになった、と父親に自覚させてしまった。

 寝ている隙に襲われ、中にべっとり父の体液が送り込まれているのを感じ取り、処女でなくなった痛み以上に、精神が及ぼした下腹部への激痛と、心のよりどころの喪失が、生きていられない苦痛となった。

 彼女にとっては、まともな人間関係になる相手は、この父親だけだった。その相手に裏切られたら、ほんとうにスワはひとりぼっちになる。閉鎖空間で行われる蛮行は、文字どおり命のやりとりになって決着した。

 現実では事ほどさように、娘の方が父を忌避する。その回避の精神が、子供だった精神を大人に変えていく、重要な通過儀礼となる。親側もそれが分かっていて、やみくもに手を出すような愚かなマネはしない。自分も娘も、人生を棒に振る。

 が、こっちの魔界では、人間関係の構築自体が必要ない。相手が誰であれ、魔の意思どおりに精液を奪うことができさえすればいい。

 女たちの体液が一瞬で魔界の蜜と入れ替わり、その意識もまた、快楽と絶頂の立役者になる以外、いかなる目的もなくなってしまう。

 親友のお父さんだと知っていながら、この人を私のカラダでイかせちゃう。くすくす……。どちらかが選ばれるセックス部屋で、いち早く適応してしまっている。気の迷いにモタついているのは父たちの方だった。

 それも、女子大生の滑らかな肌と肉のひしゃげる感触がズリズリこすれると、妻とは違う女性の、若くハリのある感触に、強い新鮮な心地よさが上乗せされる。

 こっちではまったく禁断ではない性関係だから、ごく自然に勃起して構わないし、この娘世代や、それよりも幼い少女たちまで、敗北後は永遠に抱き放題、射精し放題になる。

 人としての魂は終わりを告げるが、性欲の律動が途切れず続く快楽が、絶対的に約束される。勝って現実に戻るのも幸せなら、負けて非現実に転落するのも幸せだ。唯一、負けて現実の中であえぐだけが不幸なのだ。

 敗者なのにむち打たれるくらいなら、怒りの拳を振り上げた方がよい。勝者なら新たなライバルをいつも蹴落とし、排除し続けなければ、自分が寝首をかかれるだけだ。いずれであっても、非現実への移行で受ける快感と比べれば、まったく足下にも及びはしない。

 仰向けの男性たちは、しだいに真上で全身ズリを続ける、かわいらしい女子の感触にほだされ、貞操感から抑制していた性欲を、もうコントロールできない。

 彼女たちを育てる20年、避妊した上でだが飽きるほど妻に抱き合い、彼女の生足をこすり遭わせ続け、人生の幸福を享受し続けた。今はその栄光も享受も失われ、その代わりに誰彼構わず、射精だけをする存在になって、その快楽を味わい続ける道へと、一気に転落していくことになる。

 セックスに慣れきって黒光りしているはずの彼らのペニスは、童貞時代の肌色不慣れな仮性包茎になってしまっている。

 刺激に弱い状態で、若娘の全身ズリをいつまでも受け続け、抱きつかれた肌が離れるときに、内包されていた空気が、がばっと心地よい音を立てている。娘たちのきめ細かい表皮が、父たちの肌細胞をひとつひとつ吸い上げ、持ち上げているのが分かる。

 この気持ちいい肢体と淫らな行為に及びたい。その本能的な部分が勝っていき、仮性包茎は十分な長さと硬さを維持できるほど、大きく硬くなってしまった。

 2人ともほとんど同じタイミングで、勃起させられている。彼女たちは、素足や下腹部に当たる硬い突起から、自分の倍は生きている男性が、情けなくもこんな年下の子に欲情した事実を、嬉しそうに受け止めている。

 みずみずしい感触は、きめ細かい心地よさを自然と与える。子種を受け止めやすくするため、適齢期にもっとも、その体躯すべてに性的魅力を与え、どこもかしこもですぐにでも精液が奪えるようになっている。

 全身がそうなのだから、当然オンナ内部のやわらかさと、締まる元気さ溌剌とした腰使い、いつまでも刺激し続けられる体力が全盛期の時に、一番多くモテ期を迎える。どの年代の男をも虜にできる。

 彼女たちは妊娠しやすく、最高度に適した女体で、子宝に恵まれやすくなっている。その繁殖面での最適な年代は、14歳から17歳くらいだ。

 娘たちはやや、そこから歳月が経過した肉体ではあるが、子作りは最適でも、出産とその後の子育ての側面では、同じ最適ではない。肉体の適したバランスと、社会的な要求は一致しない。

 それでも、20代30代の女性は、夫婦になるのにもっともバランスが取れている。気持ちよければいいという、魔の精神とは異なっている。成人式を迎えたばかりの2人の娘は、中年男性を欲情させるのも簡単だった。

 ただ、彼ら自身が実の娘の友人相手だという思いから、操を守ろうと強欲を抑えていたため、本来より時間を要したに過ぎない。肌触りの心地よさと興奮には、ついに打ち勝てなかった。

 本当の勝負はここからでもあるが、こういうサバイバルの要素を入れて、快楽に抗した方が戻れて、敗北射精した側が魔界でエサになる決まりにしてあれば、人間たちの奮闘にかかわらず、意外とあっさり決着がつくものでもあった。

 十分こなれていたはずの男たちは、異性の感触のすべてを忘れ去っている。年を取っただけの童貞状態だ。

 それにもかかわらず娘を持ち、育てても来た。行為の記憶はなまなましく残っており、結婚前の段階でも、それなりに人数をこなすことができていた。彼を受け入れてくれる女性は、若いうちにはちゃんといた。

 それから先、子育てまで全部含めて、若い頃から数年前程度まで、女の肉体というものに、特段強い感傷を残していない。やれることはやりきって、繁殖の目的の上で、もうこれ以上は不必要となってしまっている。

 だが、その記憶だけは残っていても、どんな感触だったか、内部の圧迫とピストン時の快楽はいかほどかなど、重要部分だけ、記憶を呼び起こせないままだ。

 ハメ取りビデオを見ているだけのようにさえ思えてくる。そして実際に、彼らは10代20代の、敏感なペニスへとすっかり若返り、快感刺激にまるで耐性がないところまで、引き戻されてしまっていた。

 そこへ女子大生の若いカラダが覆い被さって、全身ズリをすれば、娘の親友に欲情するわけにはいかないと踏んばってみせても、もはや男としての性衝動に抗う余力がない。

 慣れや衰えの影響を受けない股間に逆戻りしている以上、心地よい異性の若い肌がズリズリしてきて、勃起をしないようにするのはほとんど不可能だ。

 欲情を抑えれば、騎乗位スマタに移行されるタイミングを遅らせることができ、その分だけ隣の男性よりも射精が後になる。

 父娘2組のうち、片方が現実世界に戻り、もう片方が現実の上では完全消滅になる。生まれてこなかったのと同じ扱いであり、すべての事物から、その記憶や記録が抹消される。

 というより、初めから存在していない家庭や人物が、戸籍に登録されるはずはなく、記録自体が行われていない世界線に切り替わってしまう。仮に戻れたとしても、敗北した側の家族のことなど、忘れたことさえ気付かないままとなる。

 現実世界に取り残された2人の女性、およびその息子は、まったく違う人生を歩んだことにされる。

 仰向けの男たちの妻、すなわち女子大生たちの母親は、初めから別の男と結婚していて、片方の大学生の弟も、父の遺伝子が別で、生活環境が異なる場所に、何も知らずに育つだけとなる。行方不明にさえもならない、完全な抹消であった。

 父娘のスワップ勝負は、相手の娘に欲情し、その股間のこすれる感触に感極まって、先に射精した方が負けとなる。

 4人ともそれが分かりきっているから、娘たちは現実の縛りから解放されつつ、死よりも恐ろしい完全抹消を避けるために、親友のお父さんを射精に持ち込む必要があった。

 ルール上できることは限られていて、全身ズリで上手に、溌剌とした大学乳房とお腹、素足の感触で、いち早く勃起に持ち込もうと、必死に全身を押し当てこすり立てて、自分の肉体の魅力を、存分におじさんへ送り込み続ける。

 それでいて、何とかして帰らなければという強い焦りはなく、どこかでこの心地よい営みと、エロティックな展開を楽しんでいる節が見受けられる。

 相手を選ぶ必要も、社会的な規範もなくなっている場所で、本来の開放的な自分の性衝動を、思う存分発揮できることに、彼女たちは強い安心感と、フラストレーションのたぎりを、直ちに解消するような動きに没頭していく。

 男でありさえすれば構わない。妊娠もしないし、この世界にいるかぎり、強いもんもんとした性衝動が、男の何倍も強烈に爆発できる。そうできるなら、本当はそうしたかった。

 奔放で、身近にいる男性たちを、誰彼構わず誘い込み、みだらな行為をとっかえひっかえ毎日続けられるなら、どんなにかいい気持ちになれるか、充足感が上がるか、オナニーのネタが増えることか。

 そういう煩悶とした状況下で、慾が強いにもかかわらず、自らその門戸を閉ざさなければいけなかった現実に、どこかで訣別・踏ん切りをつけたいと、密かに思っていた。それはメンスが始まって以降、いつもひっきりなしに訪れる理想状態だった。

 ただ、可能性が多い反面、好みでもない男たちが自分を見てくること、心のどこかで、自分の肉体に性的な関心を、強く持たれているのも理解して、その望みを叶えてあげる義理をまったく持たないがゆえに、容易には誘いに応じなくなっていた。

 彼氏を差し置いて別の男とセックスに励む。夫に秘密で日々誘われるままに、奔放な肉体関係を持ち続ける。その領域に踏み込む価値が、誘ってくる男たちの容貌や年代から、まるで見いだせなくなっている。

 性病の危険性、バレたときの信用失墜、そして何より、望んでもいなかった着床が訪れてしまうことに、後戻りできない危機感を募らせ、一線を踏み越えることには、どうしても抵抗感が生まれてしまう。

 淫乱な強欲は隠し通すしかない。その状態のままだと、恋人が男よりも女の方ができやすい、結婚もその延長線上にできる、それだけ恵まれているのに、性欲には強い不満を抱く。

 その不愉快な心的状況は、定期的に訪れる生理の激痛によって、さらに拍車がかかる。願望があるのに、それを手に入れてしまうと、非常に高い代償を払わされることになる。

 どんな代償を払っても、決して手に入れられない願望を持つ男性と違って、その気になれば手が届くのに、手を出せないもどかしさが、長い期間続けられてしまう。

 不慮の事故などで、色情霊になりやすいのは、男たちよりも圧倒的に女子女性たちの方が多くなる理由だ。もちろん、魔の存在が、これに手を貸さないはずはない。

 生理も受胎もなく、相手の見た目などに惑わされることもなく、自分の容姿もすべて、コンプレックスとなる部分が外されている。血液も愛液も唾液も、全身の細胞に浸透している体液すべてが、魔性の蜜に置き換わる。

 至れり尽くせりの環境が用意されたことで、彼女たち自身の意識が本心から、気持ちよくなりたい、男をイかせたい……誰でもいい! と、強く思わせることになる。

 こっちの世界では、快感を断る理由がない。抑制の意味もなくなった。何倍にも増幅された欲求は、ただちに目の前の男を律動させることで、願望以上に強くアクメを与えられる。そのことも織り込み済で、彼女たちは皆それを受け入れてしまう。

 実際に、娘たちは親友と入浴していたとき、学年から見ても、すでに異性と一緒に入ることを、強く拒んでもいいはずだった。

 3年生くらいですでに、自分たちが性的な存在として見られているのを自覚している。気心の知れた親友の父親だから、というのが手伝って、彼らがやみくもに暴走してはこないだろうと安堵していた。

 中学に上がるまで、頻度は減っていったが高学年時代でも、おじさんの世話を受け、一緒に湯船に浸かることに、抵抗感を持たなかった。

 彼女たちは、陰毛がそのうち生えてくることをどことなく理解していて、それを合図に、もう生き物としては、メスの属性を十分獲得していると考えていた。まだツルツルの状態なら、男たちを性欲に暴走させることは、簡単でないことも。

 しかもよく知っている相手なら、おかしな暴走をし始めて取り返しがつかなくなる、などという可能性もあまりないだろう。

 それが現実の接近回避葛藤を引き起こすことなく、ナチュラルに混浴を受け入れる根拠にもなっていた。自分の父の時もあれば、友達の父の時もあり、どっちであってもひとまずは安心できる。思っている以上に、彼らは理性的な存在と分かっている。

 同時に、そういう自制が十分に機能しにくい相手、若い男やクラス男子、見ず知らずの男性なら、勝手がかなり異なってしまう。

 タガが外れて、一線を踏み越えてくる危険性があった。そのとき自分たちは無防備で、もし混浴の状態ならなおさら、逃げ場もなく、彼らの性欲道具にされてしまうリスクがある。

 その上、ヘタをすると、知らない男の精液で妊娠してしまうかもしれないと思えば、そんなことで人生を詰みたくないから、ギリギリのラインで済ませ、それ以上には踏み込ませないようにしている。

 好きになれる相手、つまりある程度の見た目を持つような男の人であれば、カラダを許しはするが、それとて充実感とともに、危機感も併存してしまっている。そんなあやふやで危なっかしい状況に、自ら踏み込むのは自滅行為でもある。

 一般の浴室で、混浴が許されているのは、現状7歳以下に限定されている。以前は10歳までとされていたが、腰から下がいきなり女に急変してしまう時期と符合するため、そのままでは危険すぎた。

 そういうガードがあってこそ、後先を考えない獣のような男に襲われる危険性を、あらかじめ排除する。現実世界では間違いが起こらないように、規範も法律も厳格にしなければいけない。絵や文字などは別としても、実写や実物については、世間の秩序安寧を脅かす。

 それでいて、オナニーまで覚えてしまっている年代だからこそ、彼女たちは「性欲がない」フリを演じなければいけなかった。気恥ずかしさと敵意が入り交じった瞬間を織り交ぜることで、余計なトラブルや行為を退ける必要があった。

 性的なものへの忌避は、現実世界で安全を獲得するために、個人的な情欲を自ら抑圧することだった。下着が見えていることに気付いたら隠すし、じっくり見る男子が万一いれば、女友達集団で報復することで、彼らが「チラ見」以上の逸脱をしてこないように仕向けている。

 見ず知らずの男には、非常に強い恐怖を抱き、徹底的に警戒する。近づかないし近づかせない。人目につかないところに行かないし、最低でも単独行動をしない。

 それでも通り過ぎるときに、たとえば「おはようございます」「こんにちは」などと、いきなり挨拶をしてすっと通り抜けるのが、邪悪な男を遠ざけるのに有効とされている。

 これは相手を目立たせることによって、規範を逸脱するような言動を、すべて封じ込める効果を持つ。人目についていることが改めて認識されるので、相手が単独の男だったら、十分抑止になる。

 悪意を持っていたら、疚しさが非常に強くなり、その場からできる限り早く立ち去ろうとする。こういう意識を持っておらずに挨拶をされたら、挨拶を返して通り過ぎることで、無害であることを周囲に知らしめる。それで野蛮状態は回避される。

 しかしながら、その一方で、少女たちのフラストレーションは、人によっては一生涯、溜まったままになってしまう。欲動は強いのに、男と違って「副産物」があまりにも多く、かつそのひとつひとつが、取り返しのつかない深刻なものばかりだ。

 なぜこんな目に遭うのか、それでもどこかで抑え続けるのも自分の恐怖を和らげるためだ。そんな引き裂かれた思いを、マスターベーションで堪えきる。

 現実世界ならそれでいいだろう。多くの娘たちは、過度に性的なスケベ話には蔑視しかしないが、それでいて同時に、ドキドキと興奮もしている。

 自分の身体を見られているとき、その女らしいパーツや露出された肌、かわいらしい童顔に向けられ、どのくらい性的か、女性性がどのくらいあるか、極端に言えば抱いたらどのくらい気持ちいい相手かを、毎日のように大勢の男たちから見られ続けている。

 誰にどのくらい、どの場所を見られたかを、彼女たちは全部気付いて覚えている。ミニスカートや半ズボン、果てはホットパンツに至るまで、素足を丸出しにする娘も多い。お尻の弾力や肉付きが分かるような格好を選ぶ。

 下着がはみ出している、覗き込めば白いショーツが見えるような状態になっていても、きっとこの男子は今晩、自分をオカズにオナニーするんだろうな、などと想像する。

 リスクが伴う実行でさえなければ、自分を性欲対象にしているという想像は、夜のマスターベーションで、自分を興奮させてくれる好材料だ。ただ、その相手の男の子たちはまだまだ幼い精神状態であり、お眼鏡に適う水準に達することはほとんどない。

 それでも不特定多数に、自分の細くキレイな素足が見られている状況、内股のスベスベ弾力が、もうおとなの女の生足と同じ実感か、それ以上だと自信を深めている。

 歳が上がるにつれて、それは絶対的な確信となるため、制服スカートを短めにし、私服ではホットパンツの、さらに生地面積の小さいものが多用される。

 かつてはブルマ姿が一般的だった。手っ取り早く生足を合法的に露出して、異性を魅了しやすい格好になっている。また、4年生くらいまでなら、パンツごとブルマの股間部分は強く食い込み、毛の生えていないオンナ表面の形状を、まるごと浮き上がらせている。

 そのことをつらく感じる娘もいれば、見られていることへの夜な夜な興奮に包まれる子もいる。男子たちも、無知ながら異性の股間部分のマンスジには興味津々だ。

 だが、5年生以上になると、どんなに凝視しても、もはやスジが浮き出てくることはなくなってしまう。その理由さえ彼らは理解できない。

 間に経血を受け止める紙ナプキンがあるので、股間の浮き上がりがなくなっている。その分だけ、彼女たちの脚はさらになまめかしく、触り心地のスベスベ感もやわらかさも、もうおとなにまったく引けを取らない感触と形の良さを獲得している。

 わざわざオンナ表面のスジを見せつけるまでもなく、男たちを注目させることができるようになっている。

 実のところ父親とその友人という、あまりに身近な大人男性と一緒に入浴していた2人は、膨らみ始めたばかりの胸板も、ぷるるんとひしゃげるお尻も、毛の生えていない股間表面のくぼみも、そして撫でさすればしっかり、異性の肌の滑らかさを獲得し終わった生足も、裸で洗ってもらっているときも、一緒に浴槽に浸かっている間も、手を替え品を替え、いつも性欲をかき立てる部位が、相手の目に飛び込むようにしていた。

 特に風呂場では密着の度合いを強め、お尻や太ももの感触をしっかり密着させて、自分たちのおませな魅力を、少しでも多く気付かせたいと思い、ごく自然にそういう誘惑的な振る舞いをしていた。

 彼女たちはすでに、高学年時代には、性欲とその副産物を熟知している。

 その気になれば、この大人たちの大きなちんちんだって、ちゃんと全部自分の中に収めることもできるし、そのままやわらかく締め上げて、お母さんとは違う若すぎる感触で、たっぷりいい気持ちに脈打たせられる自信があった。

 が、一線を越えれば悲劇しかないことも分かっていたし、肝心の大人たちがすでに、性衝動をギンギンにたぎらせる世代ではなくなって、性欲は彼らの妻が、一匹残らず吐き出させ終わっているので、たんに事故防止の安全だけを意識する。

 そのお尻も腰回りも股間も素足も、あまりに異性的なのを見て触って確かめているけれども、そこから先の一線を越えようと、強い劣情を前面に出すことはなかった。そうするためには、彼らはあまりに疲れ切って、慣れすぎてしまっていた。

 少女たちの甘い誘惑は、異性が自分の裸をネタに射精してくれる期待感に満ちていたが、相手が悪すぎた。彼女たちはほぼ間髪入れずに、保護者の股間をチラ見し、自分のお尻を触らせている間や、ツルツルの股間のワレメを見せつけたときの反応を観察している。

 だが、近所のお兄ちゃんが同じシチュエーションになったら、確実にフル勃起まで持ち込める自信を持っていたけれども、既婚者の熟練相手では、そのペニスを半勃ちにすることさえできなかった。

 やわらかくしおれたままなのを見て、ちょいと小生意気な娘たちは、内心あまり愉快ではなかった。

 勃たせさえすれば、確実になま結合ができるのに……体液が打ち止めになっている父やその中年友達では、そこまで自分たちの魅力を叩き込むのは難しかった。時間切れだ。

 中学制服を着始めれば、その裸体も生足も、さらに急成長を遂げていき、乳房もどんどん膨らんで、背も急に伸びて、いきなり女体として完熟した肉体になってしまう。

 さすがにその段階に来ると、男児より早く性的に熟してしまうがゆえに、陰毛もごまかせないほど揃ってしまっている。父親たちの方が尻込みしてしまうし、少女たちの方も、エディプスコンプレックスを乗り越えて、裸の付き合いを、身近な相手としようとはまったく思わなくなっていく。

 袂を分かつことで、外の世界に向かい、ランダムな遺伝情報の交配ができやすい環境の中へと飛び込んでいく。開かれた世界で、彼女たちに多くのチャンスが次々訪れる。それだけ多様性のある子孫を導く可能性も広がっていく。

 男たちにはそれはない。いまここでチャンスがないなら、外に目を向けても、結果は変わらない。ライバルがあまりにも多すぎるから。

 その後の2家族の状況は分からない。娘たちがまだ中学に上がっていない時期に、お互い様で混浴になった記憶がなまなましく想起されるのは、悪魔の誘惑のたまものでしかない。

 幼い頃の娘たちの裸や素足、お尻の感触をはっきりと思い出させ、形よく魅惑の肉付きになっている下半身を、強く身近に思い起こさせる目的があった。

 あのときは全然意識しなかったか、意識しないようにしていたか、どっちにしても、13歳以下の女児に、劣情を抱く余裕がなかった。

 それでなんとなく記憶が蘇り、彼女たちの子供ながらも、あまりに下腹部と素足がおんなになり終わっている姿や肌触りを、詳細までしっかり思い起こすことができた。

 それとは見違えるほど全身が確実に大人の女になり終わっているのと、対照的にあどけないかわいらしさを持ちながら、脚とお尻と股間部分は、男を魅了するに十分な感触になっているのも、はっきりさせる意図がある。

 そして、それ以外の記憶のほとんどがどんどん薄れていき、4人とも異界の存在になりかけてしまっている。

 仰向けの男たちは、どうにか堪えきろうと奮闘していたが、もっちもちに吸い付く女体が、大きなおっぱいを胸板に潰してズリズリと激しく前後し続け、滑らかに過ぎる下腹部や内股が、じかにペニスをこすれている中で、そのきめ細かすぎる若い肢体の魅力には、もう抗えなかった。

 わざと自分の妻を現実世界に残し、娘たちと自分たちだけを引きずり込んでくる。最愛の相手から遠ざかり、大切な家族だった娘が、自分の親友の精液を抜きにかかっている。自分にもまた、相手の娘が全身ズリして、ペニスを気持ちよく昂ぶらせてくる。

 同じような体つき、子供時代の面影を多く残しながらも、首から下はすっかり大人になった肉体が、毛一本残らないまま、すりゅりゅんと滑らかにこすれてくる。強い快感につい首を起こし、ため息をつきながら、真上の女子大生を見つめてしまう。

 それに気付いた彼女は、ほんのわずか上体を反らし、べりりっと音を立てて乳房の半分くらいのところを引き剥がし、男性の目の前まで顔を近づける。舌を絡め合う濃厚なキスを続けながら、次々頬ずりや首筋舐めに移行され、その肉体に例外なく、精液を出させる快感攻撃力を持っていると思い知らせてくる。

 隣の男性にしがみつく、自分の実の娘も同じように動き、大きく成熟した乳房を滑らせ、上から抱きついては、キスマークを首のあちこちにつけ続けている。

 中学に上がってからは、反抗期も強まり、一緒に暮らしていながら疎遠になっていく。家の中では、希にキャミソールとパンティだけという姿をするか、夏の暑い日に、パジャマよりブルマのような、中学脚を惜しげもなく現す格好を、風呂上がりにするだけで、それ以外はほとんど会話もなく、見つめ合う間柄からも遠ざかっている。

 そうだ……中高生時代は、疎遠なのが当たり前で、外の男たちには肌を見られても問題なく、自転車通学の時に、あえてスカートから生足が見えるような漕ぎ方をして、交差する脚の上下で、いつでも彼女の太もも内股が見えるように工夫していた。

 風が強めだったらもっけの幸いで、やはり脚を出すことが、自分の性的魅力を知らせる大きな武器だと理解し、男たちにラッキースケベを与えようとする。

 それは偶然に半分頼りながら、たまたま機会が訪れたら最大限発揮するという、計算された肌の見せ方、下着の出し方でもある。

 さらに自由度が高まる高校時代は、もはや完全に親離れをしていて、外の世界を満喫しようとし、そのほとんどを実現している。幼なじみでもあったもう一人の女学生も、同じ進路を歩んでいく。

 おぼろげに思い出されるのは、娘たちの肌の露出、多くの異性を惹きつける立ち居振る舞いと、周囲の人間関係を上手に転がしながら、家族たちが知ることのない秘密の営みだ。

 その記憶は娘たちが一部持っているだけで、父親たちは小学時代の彼女たちと、現在の女体がすべてになってしまっている。

 べりりっと、部屋の中で2カ所、気持ちいい音がする。娘たちが身を起こし、吸い付いていた肌が、父友たちの上半身から剥がれる。

 そのとき、強めに密着していた肌が、引っ張られるように剥がれていき、空気を含みながら、それも合わせて快い音を立て、ごぼぼっと名残惜しそうに乳房と腹部が、父親の身体から離れていく音だった。

 しかしそれは、勝負が決まった合図ではない。全身ズリをくり返し、幼少時の記憶を反芻させながら、下腹部と女子大生の太ももでペニスをこすり、不慣れな若者時代の股間に戻っているがゆえに、生まれて初めて味わう若娘の肌がこすれる実感に、操を立てきれなくなった証拠だった。

 ここで自分が踏んばらなければ、一歩でもリードして、勃起を数秒だけでも遅らせることができれば、騎乗位スマタ勝負に入る時間も後になるので、射精敗北も少しだけ伸ばせる。

 本当に1秒か2秒程度でいい。自分の精液が、親友の娘によるマンスジコスリで絞り出される前に、自分の娘が、親友のペニスから体液を絞り出しさえすれば、元の世界に戻ることもできる。

 成長し、性徴し終わった娘たちだけでも、せめて元に戻して、このいやらしい記憶ごと消してしまいたい。

 とっくに親離れをし、若い男の子たちと遊びたい盛りのところで、自身の進路を閉ざし、魔の世界でただ肉欲だけで、性行為だけをくり返す……そんな抜け出せない末路は、何としても阻止したい。

 それは隣で仰向けになっている男も同じ考えだった。できることなら、4人全員が返還されるのが望ましいが、相手は2人だけを元に戻すと言っている。

 自分が負ければ、魔界のエサとして、すべてを忘れて吸い取られ続ける快感命運が確定する。が、それ以上に、娘がセックスのためだけに存在する道具になり果て、記憶も意志も希望も失った状態で、悪魔が示す目的に沿う「ただの肉体」に成り下がってしまうことを、どうあっても避けたいと思っていた。

 彼女たちは、どちらかしか出られない部屋と分かってからは、気持ちを切り替え、相手の童貞化したおじさんを射精させれば、自分と父親を助けられるから、しっかりがんばってまずは勃起させ、硬くなったらホットドッグのように、ワレメに包み込んで、妖しい腰の前後でくねくねこすり立てれば、本当にわずかな時間で脈打たせ、おじさんのお腹めがけて、濃い白濁液がどばどばっと出てくるはずだと考えていた。

 お互いに、自分側が負ける前提には立っていない。それでいて……勝負に必死で乗っかっているように見せておくことには余念がなかった。

 だが父親たちは、思うほど時間がかからないで、2人とも女子大生の全身ズリに勝てず、同時に勃起し終わっている。そこでベリリっと上体を起こして、次の体勢に入ったのだが、そこから記憶をさらに刻ませて、小学時代のお尻や股間を、事細かに彼らに思い出させ、いっそう興奮させる。

 こういう記憶操作の演出もまた、魔の存在によって、家族関係や近親の度合いなど、現実に通用していた大きな規範を、心から捨て去ってしまうためだった。

 男たちは床に吸い付くような体勢で仰向けのまま、低い天井では無理に起き上がることも叶わない。それなのに、女子大生側はしっかり彼らの腰の上に跨がって、まっすぐ上体を起こしている。

 不可思議な矛盾のはずなのに、女子たちはすんなりこれを受け入れ、お互いの父親たちは、そんなことを気にかけている場合ではないと、強い焦りばかりを覚え、しかもそれがペニスへの快感でかき消されていくのを、じっくり追い込まれてしまうだけになっていた。

 徐々にだが、反り返ったペニスの上に、騎乗位の体勢でのしかかっている若い裸体が、娘の友人だという意識が薄まっていく。よく知っている相手で、一緒に入浴までした子なのに、彼女の名前ももう分からなくなっている。

 もしかしたら、こっちが自分の娘かもしれない、などという勘違いまで頻繁に発生している。

 そのことは、自分と淫らに過ぎる行動を裸で行っている相手、自分の半分も生きていない若い裸体が、禁断の近親性行為でありながら、そのことにいかなるタブーもなくなってきていることを示していた。

 魔の世界では誰を相手にしようと、気持ちよく射精させられるかどうかだけが取り沙汰される。他の余計なことはどんどん消えてしまう。

 次第に、自分が既婚者だったかどうかも分からなくなっていき、自分を見下ろしている相手が、実の娘かかなり近しい相手とだけ覚えていて、それ以外のすべてが、一時的に記憶から消されてしまったみたいに思える。

 それはつまり、目の前にいる若い裸は、自分の精液を出させようと腰を前後させる女子大生。それ以外の存在ではなくなり始めているのだった。もちろん、最後まで娘を魔界から戻してやりたい感情は、どこかに残っている。

 最後の最後、親心を保つことが、ギリギリ人間らしさを残していた。自分はどうなってもいいから、将来のあるこの2人の女子大生だけでも、なんとか戻れる方法がないだろうか。

 自分と隣の男が魔界で永遠に射精させられるだけの、精神エネルギー発生装置に貶められたとしても、それで構わないから、2人だけは助けてほしいと懇願している。そしてそれは、隣の親友もまったく同じ考え方のようだった。

 だが……。

 成人式を終えたばかり、20歳の大学女子たちは、多くの人からおねえさんと考えられるように振る舞い、服装や化粧などを工夫して大人へと背伸びをするが、素のままの彼女たちは、やはりどこか童顔のまま、幼い感じを全身にたたえている。

 若娘たちは、まだ見た目だけは熟し切れていないような、子供っぽい印象を、どうしても拭いきれないままだった。特に父親程度の歳の差になってしまうと、その退行した心身の雰囲気を、どうしても強く感じ取ってしまう。

 それでいて、精神面では十分男性慣れしている娘がほとんどで、肉体面でも乳房も腰回りも生足もお尻も、どこもかしこもが完全に女体になり終わり、おとなの体つきと若すぎる体つきを両立させている。

 心も肉体も完全に大人の女性なのに、どことなくあどけない。異性との経験値や精神的成熟では、決して引けを取りはしないものの、世渡りをするに当たってのスレたずる賢さには、あまり耐性がない。

 成人済みなのに、どこまでも童顔なまま、化粧だけはしている……そんな女子の引き裂かれた妖艶さとかわいさは、男たちをどんどん虜にして止まないのだった。

 しかし、当の本人たちは、じつにあっけらかんとしている。それは若く世間知らずだからと思わせているが、本当はそうではない。世の中のそういう汚染された人間性を熟知してはいないだろう。

 だが、親たちが考えるほど、その側面を思い知らなければならないと、世渡りできないのではないかといった疑念など、彼女たちには初めからどうでもいいことなのだ。

 世界への視野は、現実世界では確かに狭いままかもしれない。が、男性遍歴の側面では、親以上に広く多岐にわたる関係性がある。若いうちなら誰を裏切っても、次の男を捕まえれば済む。

 ケガレの心と行動は、親たちの知らないうちから、それこそ一緒に入浴していた頃から、すでにずっと彼女たちも、心身に抱いていた。それはとっくに完熟し、完成し終わった女体だ。

 精神面でも、ドライに身を割り振る能力もあれば、異性にモテようとする努力と同時に、同性から嫌われないための努力も怠ってはいない。両者は相反する努力だが、とっくにその両立を、女の子たちは果たし終わっているのだった。

 その上での世渡りになるのだから、よほど特殊な環境に追いやられでもしない限り、汚れきった生産関係に身をやつす可能性はない。いつの時代も、知らぬは親の世代ばかり。

 もっとも深刻なことに、彼女たちは、父親たちをすでに性欲対象として、完全に受け入れ終わっている。

 魔の世界に来る前に、熟した肉体になって以降は疎遠になったが、それ以前の段階では、おとなの男性として、自身の性衝動をコントロールすべき相手と認識されている。

 そのため誘惑して魅了しようとするが、肉体関係には行き着かない。多くの男の子たちに対して、彼女たちは同じような振る舞いをする。本当に好きな異性でないなら、自分の身体に女性性を見いだしてもらいたいが、それ以上に近づいてきたら容赦なく振る。

 失恋させる攻撃は、世渡りの時にも存分に行使できる、卑劣な手段にできる。親に心配される筋合いもなかった。

 そして、いち早く状況に適応できるだけでなく、それが自分の得になるかぎり、むしろ積極的にこれを受け入れ、周囲をも同調させようとする。過度に肯定的になる。いかなる否定性も異論も認めないし、何があろうとも、一歩たりとも引くことは絶対にない。

 得にならなくなった、もしくは途中で裏切りなどの損が出始め、こんなはずでは……と思い始めたなら、誰よりも早く離脱し、一気に絶対的な否定のみを行う。何があろうとも一歩たりとも引くことは絶対にない。

 女たちの、このあまりに極端な狂信性は、人間社会に溶け込むに際して、非常に大きな役割を果たし、自分たちの生存をいっそうたやすく、もっともダメージが少ない方法で、しぶとく生き残る最適解を、一瞬にして計算し、ためらうことなしに実行してしまう。

 この両極端な性質によって、悪魔たちはまずもって、女たちを虜にし、いかなる強制をせずにも、完全に自分たちの思いどおりに動くように仕向ける。

 どんなマイナスの要因もなく、付随してくるはずの性病も妊娠もないし、不潔感や性交への嫌悪感も消失できる。

 消してしまえば、もともとあまりに強引に抑圧してきた、欲深い性愛を、誰彼構わずに奔放にやってよいことになって、男の数を極端に減らされた世界では、その誰にでも心底惚れ込めるような理想状態が、彼女たちの精神内部に、自動的に形成されてしまう。

 よりどりみどりになってしまうと、受け入れる男と、吐き気を伴うほど拒絶する男に厳格に区分けしてしまうが、異性の数が自分たちの10分の1以下になっているので、目の前の男性が誰であっても、一瞬で性欲発散のために目の色を変える。

 独占欲を持つこともなく、むしろ精液をみんなで協力しながら吐き出させ、これを悪魔に捧げることだけが、自分たちの唯一の存在理由だと理解し、これを徹底的に受け入れてしまう。

 もともとが身近な異性であっても、自分の肉体的な魅力がどのくらい通じるのかを、いつも気にかけている。あまり通じない相手、家族や父親には、肉欲対象になりにくい、生き物としてのルールがあることを、自然と学んでいく。

 意識しないほど薄い体臭が、相性を司る。他の生き物はこれを非常に強く感じ取るが、ヒトという生き物は、嗅覚以上に視覚が情報源であり、さらにはそれらの情報から記憶を組み合わせ、想像力を働かせることで、さらに強い好意と情欲に高めていく。

 身近な存在かどうか、歳が離れているかどうか、社会的に許容されているかどうかなど、障壁が数多くあるけれども、想像力の世界では、タブー感覚が抑制にはならない。逆に、禁断を踏み越えることに高揚感を伴わせることもできる。

 相性が離反を示している、兄と妹ではお互いにいい匂いがしないと密かに思っていて、とりわけトイレで入れ違いに使用するときに、妹側が非常に強い嫌悪感を抱く。遺伝子が近すぎる相手に、自然と機能する斥力でもあった。しかし彼女は、一定の年代以上になれば、その素足のもっちり滑らかさが、1年前とはまるで違う素材にすり替わったかのような、シコシコ滑る実感で、どの男性をも勃起させられる肌触りになったことを、はっきりと自覚する。お尻の膨らみも、女として早い段階から相手の性欲をかき立てると分かっている。

 直感的にそうしている節ももちろんあるが、それ以前にほとんど本能的に、チャンスがありさえすれば身体の一部を見せ、相手が自分の身体パーツに、どのくらい性的興味を抱いてくれるかを、しっかり観察し続けてきた結果でもある。

 一定時点で明らかに目線や、興奮度合いが変わっていると気がつける瞬間が訪れる。それはちょうど、自分の脚の女らしい肌触りと、気持ちよさそうな形状を、すっかり体得した時期と一致する。

 どんなに鈍感でも、自分の太ももとスネに剛毛が生え揃う時期と一致しているせいで、これを剃るなり抜くなり、なんらかの処理を施して、つるつるの滑らかな、撫でさすれば確実に男を興奮させる、気持ちいい感触になるよう、一本も残さないようにしている。

 ちょうど5年生のその時期以降、自身の身体に性的記号が出ているのと、清潔感という名目で、手入れを丹念にし始めている時期が同じになるので、どうしても同い年の男の子よりも確実に早い段階で、彼女たちは女性性を周囲に振りまく。

 それが得になることと、損になることが入り交じってしまうので、人間はとかく生きづらい宿命だと、彼女たちは辟易していく。そうやって身を守る必要があるために、損失の方が勝って、自分の衝動を抑圧し続けるしかなくなる。

 逆にそれが得になると分かって、かついかなる損失も付随してこないことが、絶対確実になったなら、もはや否定性を持つ理由など、何もなくなってしまうので、完全に肯定だけで、全身全霊が染め上げられてしまう。

 女子たちは幼いうちから大人レディに至るまで、すっかり悪魔の手先として、自分の肉体を射精のためだけに駆使する存在にする。それも、騙されたり無理強いされたりした結果、彼女たちが豹変するのでは決してないのが、特筆すべき魔界の構造なのだ。

 無理な歪みを伴うことなく、ごくナチュラルに、彼女たちが自分から積極的に、その気持ちいい肢体で、相手の精液を我先に吐き出させ、いつまでも律動させまくってあげたい……。

 相手が自分を強く好いてくれていることにも興奮するし、禁断の間柄なのに、気持ちよさに勝てず、お父さんが娘の私で射精した、それも極力、最後まで抵抗しようとして、それでも若い20歳の股間感触にはまったく歯が立たず、悔しがりながら、快感に敗北していく姿を目の当たりにすると、その勝利の美酒と充足感が、何倍にも心地よく感じられる。

 性的に相手を籠絡できたことが、替えがたい快さとなって、彼女たちをさらに悪魔の意志に沿うように、自ら進んで付き従う言動を取り続ける。

 男たちを全員、不慣れな肉体にしつつ、女たちのすべての部分が、吸い付く心地よすぎる肌、名器、幼少時でも身についているセックステクニックや、腰振りの数々にいたるまで、徹底改造することで、さらに彼らの体液を、どばどば放出させられるようにするだけだった。

 意識の方は、多少の洗脳要素を残している場合があっても、ほぼ全面的に、彼女たち自身の自発的な意志で行われている。そういえば、楽園追放に自発的に協力したのは、男の側ではなく、智恵の果実を差し出して、自分から洗脳されに行った女性側であった。それらは善悪判断以前の、確実に本能的な部分に基づいた帰結でもあった。

 本気で焦っているのは父親たちだけだった。こちらの世界で正気を保っていられるのもまた、男たちだけに、わずかながら与えられている。

 あえて思考の自由を残し、魂の警鐘を自覚させるようにすることで、抵抗する意志を保たせる。

 その意思を持たせておきながら、さらなる快楽で射精まで持ち込まれてしまう、その思いどおりにならない結果を、有無を言わさず受け止めなければならない状況に、叩き込まれていく。

 そのときの射精律動は、快感に抗おうとし、イクまいと踏んばるだけ踏んばったあげくに訪れたものであり、ガマンして気持ちよさを抑え込もうとした分だけ、さらに強い快感が、異性の若い肢体すべてによって、いつまでも執拗に加えられ続ける。

 それをも堪えようとすれば、より強い性感刺激がこれでもかと、絶えず追加され続ける。ついには耐え抜こうとする力んだ状態でさえも、どうにもならないほど強い多幸感が全身を駆け巡り、ぞくぞくっとこみ上げてきて、抑えが利かなくなる。

 そこまで引き延ばされて、魔性の肉体に射精することとなる。律動スピードは現実にありえないほど早まり、数秒で終わるはずの脈打ちも引き延ばされて、ひどければ数分以上止まらなくなる。

 魔界では、そんな間でも瞬時にして、体液が股間にパンパンに溜め込まれてしまうため、さらに立て続いて次の多幸感、イク寸前の何にも代えがたい肉欲の満足に、考えがストップしてしまう。

 結果、悪魔の快感に死ぬ気で抵抗するのに、結局精液を出してしまう、その絶対的な敗北感を伴いながら、それをはるかに超える性的満足に至りっぱなしになる。

 魔族にとって……これが、何よりもおいしい精になり、一回の脈打ちで得られる魔力としては、非常に質の高いものとなる。

 そうそう簡単に、聖者レベルの男を見つけることもできないし、見つけたとしても、神々しいパワーに満ちあふれた相手を誘惑して、肉欲に耽る人格に切り替えさせるのは至難の業だ。

 かえって神通力で魔力が中和され、欲求に訴えかけるシンプルな誘惑だからこそ、これを乗り越えた聖人の反撃も、通常のダメージとは比較にならない。

 限りなく魔王に近いレベルの淫魔集団でも、悟りを開ききって、天の高みに至った精神の持ち主を籠絡することはできず、非常に簡単に返り討ちに遭う。

 精神が天に至っている以上は、ペニスを天に昇らせる必要を、彼らはまったく感じない。勃起もしなければ、目の前を取り囲む美女集団に見向きもしない。無理に抱きついて犯そうとでもしようものなら、一気に光のオーラが放たれ、魔王どもも、たちどころに消滅させられてしまうだろう。

 世界の構造を正しく理解し、目先の快楽と欲望がとてつもなく虚しいことを見抜いた魂は、与えられるものが希少であることも分かりきった上で、地に満ちている生命の絶対数が、常に必ずこれらを延命できるだけの食い扶持を、少しばかり上回ることを知っている。

 この世は常に必ず不足地獄だ。どう工夫しようと、いかなる科学技術の進歩があろうと、必ずどこかしらで足りない。足りていない物質や食料、インフラなど、すべての側面において、生きとし生けるものは十分な供給を受けることができない。

 そんな中でさえ、不足地獄を克服し、知足の境地に立つことはできるし、のみならずさらに、不足を招くしかない道、他者への喜捨慈悲を自ら選び、実行する。そうすればするほど、他者はどんどん救済されていく。

 パワーが高ければその癒やす力も強く、ありえない奇跡を実行できる。飢える民衆に無限にパンを分け与えることができ、これまでに与えられていた真理真実が、自分たちの文化習俗を破壊するなら、新しい預言者が現れて、たったひとりで崩壊を救いあげる。

 肉体的にも社会的にも、病むことの根源が絶ちきられるであろう。

 また、常に誰もが物足りない世界にあって、人への施しと慈悲を、「ない中で実践する」ことこそが尊いのだと見抜いている。

 大金持ちが有り余る資産の中から、被災者へ多額の援助をすることはたやすいが、自身の日々の暮らしに事欠く人物が、一食二食抜いてでも、わずかな寄付を行うことは難しい。

 聖者たちは、いかに難しいことであっても、非常にわずかな切り替えだけで、すべての人間が、そのような慈愛を発揮することができると見抜いている。

 奇跡を起こせるのは、選ばれた少数の超能力者ではない。市井の万人が、すぐにでも実行できる。すなわちすべての人間が例外なく、自身の内側に仏を持っている。自らの命を奪うことは、自身に宿っている仏を殺してしまうことにほかならぬ。

 そしてその実践は、自分の持ち分をやみくもに減らすことであり、他者のために言動の施しをすればするほど、自分自身は厳しく断罪され、地獄の苦しみに落とされていく。

 人が助かる分、総量が増えないだけ、自分自身が割を食っていく。それを受け入れた者だけが、自身の内側に光っている神意の光明を見いだせるだろう。

 撰びとも気高さとも無縁な者は地獄である。それならせめて凡俗として、この世界に反旗を翻すところに気づければ、ここまで後悔だけをさせられ、ありとあらゆる報復を受けることはなかっただろう。

 できうるかぎりのすべて、反撃を企てて対抗するように、切り替えることができたなら、どのみち救済はないのだから、せめて自分に関わった敵どもを、道連れにすることくらいはできただろう。

 そして。悪魔に魂と精を譲り渡すことで、この世の光の存在すべてに対し、徹底的な復讐を成し遂げることもできたであろう。

 それも、狭量でケチくさい分け前ではなく、永劫の快感だけが約束される世界で、現実と完全に訣別できたであろう! 万国の都井睦雄よ、団結せよ!

 世の幸福も受けられず、聖人君子になる刻印も押されていなかったなら、彼らを救えるのは、闇の存在だけになる。

 その精を糧とし、恨みさえ忘れて快感に没頭するなら、永久に糧を提供する装置として隷従させることができる。抗おうとする精神もまた、それを超える快楽を与えて打ち崩していくことで、凡俗でも多くのパワーを、吸い取り続けることができる。

 生まれつき不幸な男性だけをターゲットにする必要もない。家庭を築き、あと2年くらいで娘を社会人に仕上げたら、やるべきことを果たせる予定の男たちも、容赦なく堕落のターゲットにできる。

 彼らは結婚もでき、立派で美しい娘を育てる栄誉を、現実世界で得られていた。家庭を持つことができる男である以上は、程度の差はあっても、男としての魅力が、一定の体積をクリアした証だった。

 外見、経済力、若さの3軸で体積を測定し、一定以上なら異性に受け入れられる可能性を持つ。基準値以下の体積しか持てないなら、一生独身、愛すれば一生憎まれ続け、天罰だけで埋め尽くされて、後悔しながら、この世界に復讐するために、生き延びようとするしかない。

 父親たちは、その基準値は若い時期にクリアしていたのだった。

 かわいらしく美しい少女が大人になった。そこまで育て上げることもできている。一事が万事順調ではなかったかもしれないが、家庭に恵まれ、妻子に恵まれている充実は、光の世界で十分与えられていた。

 父たちも娘たちも、闇に墜ち込まなければならない理由を持っていなかった。本来の世界ではない住人たちに、新しい世界に順応するか、快感に抵抗して元に戻るか、助けるのは片方だけと約束されてしまう。

 本来なら、未来と進路の希望にあふれた若い女子たちこそが、みだらで気色の悪い性行為だけに耽る永遠など、真っ先に拒絶する側だったはず。

 しかし、娘2人は非常に短い時間で、ほぼ一瞬で、魔界のルールと目的を理解し、それを受け入れ順応してしまっている。父親2人だけが、娘を元の世界に戻さなくてはと、必死に踏んばり続けたのだった。

 しかし、女として熟し終わりつつ、もちもちした若い肌と大きな胸板、滑らかな内股と素足で、全身ズリをし続けて、「親友のお父さん」を勃起させようとするのは、彼女たちにとっては、かなり容易なことだった。

 カラダには自信がある。胸もB~Cまで大きく育ち、腹部も生足も、男たちを欲情させる感触とやわらかさを存分に獲得している。

 内股に押し当てるようにペニスをこすり上げ、彼の上半身も下半身も、自分の全身でこすり立ててあげれば、若い娘の気持ちいい肉体に、男としての情欲をかき立てないはずはない。



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