…………あの性格だ。きっと来ないんじゃねえかと思う。
ふっと笑ってまた屋台の準備に戻った。まあ仕方ねえんじゃないか。誘ったのは無理にだし、来るのはあいつの義務じゃない。さてと。
ダンボール箱からでかいキャベツをひとたま取り出した。今日のバイトはやきそば屋のバイトだ。包丁の扱いはそんなに得意じゃないが、ヘラの扱いは案外上手なものだと思う。
「よし」
腕まくりをすると、気合を入れて準備を始めた。
「嬢ちゃんたちには大盛りだ。なに、おまけってやつだよ。遠慮しないで持っていきな」
「わあ、ありがとうお兄さん!」
浴衣を着た十代程度のふたり連れは嬉しそうに紙皿を受け取るとからころと下駄の音を響かせて走っていった。おいおい、そんなにはしゃいだら転んじまうんじゃねえのか?
なんて思いながらにこにこと後姿を見守る。なんだ、あの浴衣ってのはいいものだ。鮮やかだしなにより夏だけってのがいい。
刹那的な思想を持ってるわけじゃないが、一時的にしか見られないっていうのは得した気分になれる。
……それにしても、あいつが来る気配はない。
やっぱりな、昼に玄関で顔を合わせて一方的に言っただけだ。来るのも来ないのもあいつの勝手、それにもしかしてすっかり忘れて家で飯でも作ってるのかもしれねえ。
ありうる。
くくっと笑ってから、盛大にため息をついた目の前にひとつの五百円硬貨が差し出された。
ああ、客か。
「いらっしゃい……」
慌てて顔を上げて対応しようとして、固まる。
「は?」
「なにが“は?”だ」
客に対して失礼だろう、というのはいつもの無愛想な口調。聞き慣れた低い声の主は、しかし微妙に見覚えのない姿で人混みの中に立っていた。
「え? あ……ああ、うん。あ? え?」
「済まないな、凛たちにここに来ると話したらこれを着せられて。私用のサイズはなかなかないとかで、イリヤスフィールが無理やりどこかから取り寄せるなど時間がかかった」
「は? 嬢ちゃんたちが?」
「うむ」
アーチャーは浴衣を着ていた。黒地に白い模様で、ところどころに金魚(!)が泳いでいる。きっと嬢ちゃんたちの趣味だろう。
彼女たちに逆らえないでこれを無理やりに着せられるアーチャーの姿が脳裏に容易に想像できて、思わず噴きだした。
「―――――なっ。突然なんだというのだね!」
「ああ、いや、なんでもねえよ。似合ってるじゃねえか、それ」
眉間に皺を寄せてアーチャーはくるりと回ってみせて自分の様子を見る。それを見て、また噴きだした。
おいおい、なんてしぐさしやがるんだ?
ふわりと袖が風をはらむ。白い髪がネオンを照り返して、よく映えた。
「ほら」
五百円硬貨をつき返して、紙皿を手渡す。アーチャーは怪訝そうな顔になった。
「なんだ?」
「オレの奢りだよ。せっかく来てくれたんだからな、これくらいさせてくれ」
そう言ってウインク。アーチャーはなにを、だとか、そんなわけには、と言っていたがなにかを思いついたようで、口を開く。
「君の休憩の時間はいつだ?」
「は?」
あ、三回目。
「一緒に食べよう。ちょうど花火がもう少ししたら始まる。だから……」
言いかけて、アーチャーは言葉を止めた。少し困ったような表情に、だから?と聞き返す。
なんとなく答えはわかっていたけれど、あえて。
「一緒に、見に、行かないか?」
アーチャーは照れくさそうにそう言ったのだった。
よし、一緒に行こう。どこにするか?
>人混みの中だが、花火がよく見えるところへ
>あまり花火はよく見えないが、境内の裏へ