■domine-domine seil:07 あの の記憶 04

「景気良く二つに割るか、片側を吹っ飛ばすかだな」
 ──あんたらの兵器なら一瞬で蒸発させられるでしょ!
 簡単に言ってくれる。が、確かに可能だ。
「こちらと虚数空間から同時に攻撃を加えるということですね。シールドは保つのですか」
 恐らく提督はNNを潜航させてビームで穴を空けるかレーザーで切り刻む算段だ。どちらにしてもアレがショックで震えれば双方の空間が揺らぐ。顕現による防御が必須だ。広範囲高密度に虚光[フォトン]を展開しなければならない。
 言うからには成し得るんだろう。
「問題ない」
 その横顔が儚くみえる。服の上からでもわかるスタイルの良さが、今はひどく不安を煽る。軍人にしては華奢に出来ているからだ。いや、出来ている、などと。
「やらずに済むならソレに越したことはない」
 聞いて、少しほっとする。
「NNに負担が掛かり過ぎる」
 顕現による後押しは、NNのコアをも侵食してしまう。一旦提督≠フ回路≠ノ組み込まれてしまえば痕が残ってしまうのだという。しかも、コアを通してパイロットや場合によってはOPの脳──精神にまで何らかの影響を与えてしまう。ソレが顕現による被曝の問題点だ。但し、現場ではしばしば軽視される事が多い。むしろ己に心酔するような一体感に繋がるのならと好む艦隊まで存在する有り様だ。これがW軍の現状。俺たちの命は極めて軽い。統率する立場の彼の命だって軍全体からすれば大して重くは無い筈だ。
「あまり空間を傷付けたくはないが、フォトンでくり抜くのが無難か」
 どちらにしても、提督が矢面に立つのは避けられないのか。俺は少し落胆する。その二秒で他に何通りも考えてはみるものの、要求されている条件を満たせない。提督と同じ案に行き着いてしまう。
「……そうですね」
「大尉?」
 提督の声色が少し心配そうなのは気のせいだろうか。だったら良いなとでも思っているのだろうか。それはおかしいだろ、しっかりしろ俺、などと叱咤する。
「疲れているのなら少し休息を取ると良い。大筋は決めたし、後は私一人で大丈夫だ」
 何故俺よりも細い肩でそんな事をいうのか。
「いえ、お気遣いなく。申し訳ありません」
「だったら続けるけど、いてもらった方が心強いし」
 脈拍が跳ね上がった気がしたのは気のせいだろうか。いや、もう呆けるのはナシだ。
「ただエッケルベルグ大尉は真面目だから」
 心の中で姿勢を正す。
「あまり気を張り過ぎないように」
 俺は、この人には敵わないんだろうな、となんとなく胸の中に拡がったものを噛み締めた。


「まあそうやって再生してる間にすり抜けるのが一番早いし体積は半分になるだろうけど蒸発って事はないし」
 しかし、この案も適わなかった。
 俺と提督は更なる策を巡らせる。残り時間も少ないし。手立てを講じないと。


「あの大きさまで育つのにどれくらいかかると思っているのですか!!」
 40 年くらいかな、と彼が口の中で小さく呟いたのを聞き逃さなかった。虚心担懐とは良く言ったものである。聞こえたらどうするつもりだ。こういうマイペースっぷりには、正直、何を考えているのかわからなくなる。
 しかしまあ、こいつらをまともに相手していては俺などとうに感情に走ってしまっているかもしれない。という程度には言いたい放題言ってくれる。愛護の前には礼や常識を欠いても良いのか。


 それか、と提督は指揮棒を水平に引いた。
「大尉ならどうする?」
「牽引ですか。同意です。時間は掛かりますがほぼ無傷です」
 コントロールロッドを立てて誘導、牽引する。これなら周囲にも安全に移動出来る。
「ソレなら体積は減らないし基本あいつら切り刺しダメージは無効だから死なないし、ロッド打つ程度蚊に刺されたようなものだろう」
 プランはまとまった。決断が速い。この人の美点の一つだ。
 しかし、どの案も採用出来なかった。
「何でよ」
 とかつぶやきつつ、提督は書類に目を通している。
 俺ならもっと愚痴っぽくなるだろうに、その一言で既に切り替わっている。
 保護団体側は、一切の手出しを赦さないとの言、距離も詰めている。こちらが発砲できないと知りつつの無体にいい加減腹が立ってきた。
 企業側は、牽引の時間が惜しい。というかソレでは間に合わない、一刻を争う早く蒸発させろの一点張りだ。


 一部は過激派として囁かれる保護団体と、重機で粉砕──かなりの無茶だ──しようとする企業が一触即発である、との報を受け、現場に急行した。
 勿論、ソレだけなら管轄違いで、メインは他にある。
 スクリーンには、とんでもない大きさの半透明な塊が映っている。
 そしてソレは生物だ。


「杭を刺すのがダメなら袋に入れるしかないか」
 事も無げに言う。
「あの体積をフォローできるネットがありません」
 搭載しているNNを全てつぎ込んでもそんなビームネットは展開出来ない。応援を呼んでいては納期とやらに間に合わない。
「方法はあるよ」
 怜利な横顔が優しくみえた。その一瞬、俺には慈愛を纏う無垢な天使だった。
 何故そんなことを考えるのか、冷静になろうとする。
「ネットならない訳じゃない」
 わからない程俺は提督との付き合いが短いつもりはない。期間こそ僅かかもしれないが、懸命に読み解こうとしてきた。だからわかってしまうのかもしれない。嬉しくもあり、それだけでないナニカに、いまは心が苦しい。何故だ。
「フォトンで代用する」


「大丈夫、チャクラ……じゃなくてなんかそういう、まだ事象に変えていない──まあ事象の素%Iな感じだ、ソレを虚の領域にプールしている」
 だからフィードバックで手足を落としたりしないなんて、落とした事があるとでもいうのか。俺は目を閉じるしかなかった。
 ブリッジクルーの態度をみればわかる。あったんだ。
 そして、宇宙軍の兵士として純粋に、それ程のImG+がどのような顕現をみせるのか、興味を隠せない己がいる事にも気付く。恥じてはないが、どこか苦しかった。


 ミッションは成功した。
 本部からの通信を代理で聞きながら、俺はどこかに引っかかった軍人らしくない自分の一部が顔を出さないよう努力した。
 こういうものだと理性ではわかっている。
 理解できるならこれでベスト。何がいけないというのか、彼を気にしすぎている自分がしっかりしていないのか。そうだろう。というか気にしすぎてるって何だ。コレは確実に理性ではない、だとしたら何であるのか。とりとめもなく考えそうになり堪える。
 クルーが次の指示を待っている。


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