■domine-domine seil:07 あの の記憶 05
──え? 礼?
俺は薄れる意識で大きな手の温度を感じた。嘘だけど。何枚もの布越しに、わかるわけがない。だけどエッケルベルグ大尉の手だから、俺にはそんな気がした。
「どうかしましたか」
俺を支えながら、彼が問うた。
「ありがとうって」
「え?」
「いや、なんでもない」
そのやり取りで、頭がはっきりしてきた。当分まともに動けそうにない。だったら後の指示を出して、さっさと下がるべきだ。いつまでもいても、気だけ遣わせてかさばるオブジェでしかない。
「すまないが、歩けない。医務室に運んでもらえるよう人を呼んでもらいたい」
「ならば私が」
「却下」
手が動けばでこぴんとかふざけてみるところだが、マジで鼻さえかむことが出来ない。幸い鼻水が出そうな訳でないが、寒気がするので時間の問題かも。あんまり、見られたくない。身体を覗かれるのは慣れてるけど、ここでは嫌だ。そう、研究所とかでないと。とか、言い訳をしてる自分をスルーして、何故か叱られた犬のような目をする彼に告げる。
「自分がいなくなったら誰が代わりをやるんだ」
しょぼくれた顔が消え、気合の入った熱い漢が現れる。
事後処理の進め方について、幾つか指示を出し、質問に答えているうちに、エッケルベルグ大尉の声は大きくなり、やる気が溢れ出そうになってきた。なんか見ていると笑いそうになり、まばたきをしてみた。眩しくはないが、そういう感じ、結局すこし、笑ってしまう。
そんな俺をみて、彼は何故か心配そうな顔をした。
さっき軽々と俺を持ち上げて、指揮官席に置いてくれた。少しなら背もたれが倒せるので、適当な所にもたせかけられるよりは楽だ。人の手で触られたままも居心地がわるいし。色々。
そう席をのぞき込まれるのも暑苦しい。大丈夫なのに。意外に心配性というか。
恥ずかしい。
凍えそうなのに赤面しそうだ。
「寒いのですか」
俺のことはいいって言おうとしたが、声が出なかった。目を開けているだけで精一杯になってきた。
エッケルベルグ大尉が端末でどこかに連絡を取っている。その声もうまく聞き取れない。
処理は問題なく進みそうだ。焦った雰囲気がない。少しの安堵と、スタッフの落ち着きがコアから読み取れる。艦載も終わっている頃だシールドももういらないだろう。アクセスを閉じていく。当分急いで開く必要はなさそうだ。
OPの報告を聞くことは出来ないが、動きをみていれば異常ないのがわかる。
誰も欠けなくてよかった。
何事もなく通り過ぎてくれてよかった。
ありがとうなんていわれる程の事はしていない。抵抗しようと思えば出来た。自力で移動はしないが、虚の領域からの接触には反応するし、影響力がある。彼らは精神素子も糧にできるから、ソレをエネルギーに変える事だって可能だ。なのに強引にフォトンで覆った俺の非礼を咎めなかった。そういえば、謝らなければいけなかったのに、余裕なくて出来なかった。そんな内面フラフラ──今は、外側も無様だ──な俺を労ってさえくれた気がする。不思議な感覚だった。ナニカ、思い出せそうで思い出せない。弱った心の中に入ってこられても嫌悪感はなかった。向こうも、同じみたいだった。俺を通して、誰かを探って、偲んでいるみたいな。どうしてそうおもうんだろうか。
目を閉じる。寒いな。宇宙はもっと冷たいのに、あの暗闇で彼らは柔らかくあたたかいのか。すごい生き物だな、と思う。
近付く気配に薄く目を開ける。
医療スタッフが運びに来てくれた。
毛布でくるまれると、少し寒気が和らいだ。エッケルベルグ大尉に、心の中で礼をいう。多分、持ってくるよう頼んだのは彼だ。
あったかい手を思い出し、俺はそっと目を閉じた。
嫌な夢見だったけど、今日は、かなり良い日だった。
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