■red-tint 03
「俺はサカキ」
──それは俺の名前だ。
美形顔の名乗り──男がこういうトキに考える事は大体同じ、きっと偽名だ──に、思わずどきりとするマユト。
特に珍しくないし軽く思いつく名であってもおかしくはないが、何だか落ちつかない。
「じゃ、早速部屋行く?」
「いいですよ」
マユトが同意すると、みるくもうなずいた。
「ホントに2人でヤっちゃっていいの?」
「いいですよ〜。なんかあったら怖い人呼びますから」
みるくは屈託なく微笑んだ。
「お2人ともカッコイイし、ちょっとどきどきしちゃうな」
「え、ホント? 俺マジカッコイイ?」
「カッコイイですよー。背、高いですよね、何cmくらいあるんですか」
「182」
「あ、わたし162なんですよ。ちょうど20cm違うんですね。何か顔の高さ違うし」
「アンタさあ、ヤる気あんの」
シャワーを浴びる2人を待つ間、マユトはまた眠ってしまった。
知らない人間と話すのは疲れる。
思いながらベッドの縁にもたれていた。
「すいません」
「いいけど……シラけるからタメで口きいてくんね?」
「わかった」
バスルームへ向かうマユトの腕を掴んで、サカキは言った。ラフに羽織ったバスローブ、堂に入った態度。
「あのさ、アンタ全然汗かいてねえじゃん」
出掛けに風呂入って来た? と聞かれる。
確かに入ってきた。何せ家から一歩も出ていないとはいえ、丸々4日も風呂に入ってなかった。着替えだってせずに部屋の隅にいた。そのまま外には出られなかった。
「すげー、おもしれー、ウサギみてー」
サカキはマユトの襟元や背中を覗き込んで感心した。
「だったらこのままでもよくね?」
「自分が良くてもあの娘に悪いだろ」
思わずぴしりとはねつけて背を向ける。
自分のやりたいことを先に言ってしまうような人間は嫌いだった。
そう悪い奴ではなさそうだと思ったが、見当違いか。まあでも今日しか会わないんだからいいやと諦める。
「何だよ信じられね〜!」
サカキは元どおりに服を着て出てきたマユトを指差した。
「変じゃないですよ」
みるくはそう言ってスカートの裾を持ち上げた。
「脱いだり脱がしたりのが盛り上がりません?」
「何だフェチだなー」
「お先にどうぞ」
と言われてマユトはみるくをそっと抱き締めた。
先に指名したのはコッチだから筋を通したつもりかも、と思う。やっぱり、そんな悪い奴じゃなさそうだ。
「いいですよ」
「え?」
「キスありですから」
囁いて、みるくはマユトのうなじを舐めた。
「っ……」
そういうコトされると熱くなる。
少し遠慮がちに、唇を重ねる。
「んっ……んふ」
みるくの声は甘かった。
ただ、そこまで感じる程、上手いつもりは無いので申し訳なくなった。
紺の制服に手を乗せる。思ったとおり、柔らかで、片手に少し余るくらい。
「服、脱がしていい?」
「……いいですよ……」
みるくはうっとり呟いた。
「サカタさんって……エロいですね……」
「そりゃそうだよ」
「……」
「エロくなかったらこんなコトしないよ」
「そうじゃなくてー」
ぷう、と頬を膨らませてみるくは言った。
「手つきとか、この辺がエロいんですー」
「ちょっと」
Tシャツの襟に手を入れて、みるくはマユトの肩を掴んだ。
「目、つぶってる顔も色っぽいです」
「……」
「もっとえっちなコトして欲しいです」
「ソロソロ混ざっていいか」
声が聞こえたのに、みるくの傍に影がない。
「?!」
Tシャツを捲り上げられて、冷たい手が当たる。
言葉が出ないうちに、大きな手が背中を辿り、腹に廻された。
正面にあるみるくの顔は、それまでの雰囲気に火照ったまま、素に戻りかけている。
目の前の出来事を認識しかねている。そんな感じだ。
多分、自分も同じ顔をしているだろう。
我に返ると、引き倒されて、シーツに突っ伏している。
みるくの顔が遠かった。
「なに考え」
気の利いた軽口も思い浮かばず、兎に角相手を咎めようとした。だけど途中までしか許されなかった。
「痛っ……」
冷たい指につままれた、胸が痛かった。
「痛い」
気持ち良くなんかなかった。
「こういうの、ダメ?」
「いた……どんなのも」
マユトは裏返りそうな声で訴えた。
「嫌だどんなのでも駄目……」
「そうかな」
彼の声が突然優しくなった。
「……っ」
乱暴にまさぐるだけだった指先が、丁寧に撫でる動きに変わる。マユトは思わず放り出してあった枕の端を握り締めた。
「……ぅ……」
サイテーだ。こんなのってアリか。
「気持ちいいか、マユ」
「……ん……う」
空いた方の手で、懸命に口を塞ぐ。
こんなこと望んでない。
熱い息が首筋に触れる。
「だだ、だめてすよ」
突然立ち上がって、みるくが声を出した。まだ少し、顔が火照っていて、赤かった。かすれた声を戻しながら、サカキのやろうとしていることを止める。
「こんなの、レイプとかってダメです!」
女の子に庇われる自分の情けなさにも泣きたくなる。だけど、今は彼女が頼りだった。
みるくたん、みるくたんなんとかして。
自分を奮い立たせる為に、無様に狼狽する脳内でケシカラン応援をする。
「ほうか?」
「んっ……!」
噛み付いたうなじの肌を、狼のように舐める。暖かくて、少しざらっとして、おかしくなりそうだった。
「気持ち良さそうだし、おけおけ」
「やめてください!!」
「なーんでよ。みるくたん、こういうの興味あんだろ?」
でなきゃこんなマニアックな店で仕事しないよな、と笑う。
「ちょ、シツレーですよそういうの。ワタシは現実と夢は混同しません!」
店長呼びます、とインターホンに伸ばす手を掴む。
「いやっはなして」
いつの間に移動したのか、サカキはみるくの背後に廻り込んでいた。
「ガチホモには興味ありません!」
「まあそう言うなって。俺ホモじゃないし」
「じゃ……」
──さっきのは何だ!
と、みるくとマユトは同じ事を言おう、思う、それぞれだったが遮られる。
「……ん……んふ」
深いキスに、みるくの身体が溶けた。
傍らのソファに、彼女を放り出す。何をする気か、上着のポケットを探るサカキ。向き直った所を、羽交い締めにする。夢をみているみたいだ。足元はふらつくし、大体、らしくない行動。何とか捕まえてはみたものの、触った感じで無理だと思った。身長からして足りないし、自分がこのケダモノを行動不能に出来るなんてあり得ない。
みるからに可能性のない行動を取る自分、あり得なさすぎる。
全くらしくない。さっさと逃げればいいのに、ナニ足掻いてる自分。マユトは何度も自分をなじりながら声を張り上げた。
「起きれ、走れ、走って逃げ」
「なんだ、結構勇気あるじゃん」
さすが俺の、という言葉を聞きながら、マユトはその場に崩れ落ちた。
霞む目の端に、長い針のようなものが映る。うなじの違和感はソレか。
もう一つの違和感は、頭の中だった。
――マユ、起きろよ。
優しい呼ばれ方だ。もう長いこと、そんな風に呼んでもらってない。
ソレはまあ、呼ばれるような努力は、ここしばらくしてなかったし、仕方ない。
寂しがってもしかたない。
「マユ」
飛び起きる。このケダモノ、イケメンの皮を被った変態から、逃げなければならない。なんとか、助けたい人もいる。
体は動かなかった。
縛られたりはしていない。ただ動かなかった。
「やっぱりアンタ人間が出来てんな。こんな細こくて弱いのに、女の子助ける気だったんだ」
ジーンズの隙間から入れた手に、腰骨を掴まれる。
「……!」
「あーマジ興奮してきた。マユかわいいよ最高」
「っ……」
いけね、と呟くとサカキはマユトを抱き起こした。澄んだ硬質な音がして、彼の手の中にあの針が現れた。指でくるりと回して、その手をマユトのうなじへ。冷たい感触があって、体に力が戻った。用が済んだ針を仕舞った手はまた腰を掴んでいる。背中を支える腕は優しかったが簡単に抜けられない。離れようともがいても、動かなかった。
「わ、わかっ……たから」
マユトは何度もつかえながら言った。
「おれ、俺はいいから、あの娘に変な事は……しないで、欲しい……」
サカキはただ黙って、一言一言、噛み締めるように聞いていた。
「マユ、震えてるな」
「……」
「マジ可愛い……! こんなビビってんのに、ジブンはどうなってもいいって? 何か、思ってたより純粋で、思ってたより、柔らけぇー」
幸せなため息をついて、抱き締める。
「話……聞け」
「あ? みるくちゃんなら、何もしねえよ」
見ると、ソファの上で、彼女は眠っていた。顔の上にはお札のようなものが乗っている。
「全部済んだら、アレ剥がして起こすだけ。記憶も、イイ夢紡いであるから」
心配すんな、と襟元に顔を埋める。指で鎖骨を辿って、軽く歯を立てる。
「……っ」
思わずびくっと震えて、サカキのバスローブを掴んでしまう。いい加減に羽織っていたせいで、前が大きくはだけて、身頃が肩にずれた。
細身だが、腹筋が割れている。その腹の脇や胸には、幾つも傷があった。右の腹、アレは銃創かもしれない。
「イイ匂いすんな……香水、何使ってる?」
「何も」
「マジで? でも、石鹸とかシャンプーと違うくね?」
言って、サカキはマユトに両手を上げさせてTシャツを抜き取った。その間にも、二の腕の裏に顔を近付けて匂いを嗅いだりする。
このフェチ野郎、と思うが堪える。
気を悪くして、必要以上に痛くされるのが怖かった。
「ただの……制汗スプレーだよ。普通にドラッグストアとかで売ってる」
「ナニ? そんなん持ち歩いてんの? アンタにはいらなくね?」
「そんなことない」
「そかー? ま、いいけどね」
それじゃ、いただきマス、と押し倒される。
ちゅ、と音がして、あの何とも言えない感触がする。もっと、生々しくて、目の前が霞んだ。
「……ぁ」
口を塞いでしまいたい。必死でもがいて腕を抜こうとするが、びくともしない。不本意に動いてしまうのは、自分の身体だった。
這い回る舌に、壊されそうになる。
「っ……!」
吸い付かれると、背中が甘く痺れた。
「もっと、声出せよ」
マユトは目を閉じて首を振った。
これ以上恥ずかしい事はもう無理。
顔を背けて、じっと耐える。どんな痛い目に遭わされるのか、考えると泣きそうになる。
痛いくらい強く握られていた手が自由になった。
「じゃ、今から泣かしてやるよ」
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