■red-tint 05
どうしてこんなことになったんだろうか。
自分の腹と、サカキと名乗る男の手を濡らす液体をみる。指の間にまとわりついて、どろりどこぼれてシーツを汚す。
力無く眺めながら思う。
やっぱり何かのペナルティか。
限りある時間を無為に過ごしたツケが廻ってきたのだろうか。まあ、自分であって自分でない、例えば来世の自分に相当する誰かへ押し付けるくらいなら、きちんと死ぬまでに払い終えてしまいたかったが。
罪深いか。漠然と傷付いた気になって立ち止まって無気力に過ごすしかないなんて、他人に叱咤されなくてもわかっている。ただの怠惰で、甘えてるだけ。
本当に疲れ果てて、助けが必要な病だってあるが、自分にはそんな権利も資格もない。労りに相応しい貢献を自分は何もしていない。
愛される努力もせずに愛されたいなんてそんな都合のいい願いは破棄される。
カミサマだってヒマじゃない。
本当は、毎日必死だった。
注目されたかったワケじゃない。勝ちたいなんて思ったことなかった。
ただ、せめてそこにいる、それ位は許される程度に腰掛けていたいだけだった。
だんだんわからなくなって、疲れて歩けなくなっただけだ。
努力はした。だけど息切れして途切れたままだから、頑張ったなんて言えない。
何もしていない自分、なんとか歩こうともがいているが、強い風の中辛くても進んでいる目からみればただの怠惰。
苦しくても、ソレは全て偽りだ。
優しくされる資格なんかない。
むしろ蔑まれて、傷付けられるのが相応しい。
そうだ、こんな風に慰みものになるのが丁度良いかもしれない。
サカキはぐったり気を遣るマユトを目で楽しんで、その後また同じ愛撫を繰り返した。
情けなかったけど、もういっそ溺れた方が楽だったからそうした。
惨めで、淫らで、気持ち良かった。
こんなの録音されてて、再生なんかされたら死ねる。
あまりの浅ましさに、呆れてるんじゃないかと思う。軽蔑の眼差しなんて見たくなかったから、固く目を閉じた。
自分の出した精で濡れた感触が堪らなかった。足りなくなると、こぼれそうな先端から透明な雫を掬い取る。甘い指に弄ばれて、息も絶え絶えに喘ぐ。
暖かく、柔らかく、粘稠な快感に溶かされる。
もう多分、自分でなんて導けない。
「どうして……こんな事」
「こんなって何だよ」
分かってて聞いている。そんなに言わせたいのか。まだ恥をかかせ足りないってコトか。それ程自分に思う事があるのか。
「素っ裸にして滅茶苦茶して、俺にどんな怨みがあるんだ」
「あるよ」
思い当たる事はなかったが、人に好かれる性格じゃない自分だ。ソレを表に出さないよう、振る舞いには注意してきたつもりだが、何かのはずみで他人を傷付けてしまったかもしれない。
受け容れられたって安心して気が緩んで、言わなくていいことを言ってしまった後悔は、何度も繰り返している。この成長の無さが、人付き合い出来ないダメな自分の証だ。
まさか野郎に強姦される程、赦されないナニカがあるとは思わなかったが。
顔も覚えていないコイツに、俺は何をしたんだろうか。
わからないってコトがそもそもダメなんだろうな、とマユトは泣きたくなった。だけどいくら考えても考えても、皆が出来ているように、周囲の気持ちなんて読めなかった。
イヤな事は忘れて、眠ってしまいたい。絶望感と疲労で、朦朧としてくる。
投げ出したい身体を両手で支えてうつむくマユトに、サカキは言葉を継いだ。
「恨んでるよマジうらんでる」
ヤケに熱い瞳で、無理やり下から覗き込む。怒っている感じはしなかったが、強い感情が籠もっている。
まあ、ここまでするくらいだから、怒りを通り越して、なんていうのもあり得るだろう。憎み過ぎて壊れかかってるとか。
「好き過ぎてムカついてるよ」
嫌い過ぎて好きって、ソレはあり得ないだろ、と思う。そこで、おかしいと気付く。
「アンタの作ったかき氷食いたかったのに」
マジ楽しみにしてたんだ、とぼやかれる。
「肉まんとかさ、おでんだって良かったけど、あんなのは誰が仕込んだのかわかんないもんな。その点かき氷はイチからその場で作るワケだし」
「何のハナシだ」
「バイトだよ。アンタが入ってたコンビニ。シーズン前に辞めるから食い損なったハナシだよ」
「……」
「ソレにさ、俺2ヶ月迷って決心したんだ。面接受けて同じ店で仕事出来ると思ったのに」
拗ねたように目をそらし、タバコを灰皿へ押し付ける。
コイツは何が言いたいんだ、困惑しているうちに眠気が冷める。そわそわと落ち着きないサカキの様子を見つめた。
「アンタいないんじゃ意味ねーじゃん」
なんでいなくなるんだよ、と責められる。
「アンタの為だから、あんな安い時給でもショボい制服でもガマンできたのに」
「じゃあ辞めろよ」
つい言ってしまう。嫌々何かする、なんて口に出す人間は嫌いだ。
「言われなくてもそうするよ。いつまでも続けてたら本業がお留守になるからな」
「勝手な奴だな」
「いま辞めろって言ったじゃん」
「言ったけど、何かしょうもないノリとかで入って、すぐ辞めるなんて迷惑だろ」
バイトだからって適当な態度は許せない。法に触れてないとか、求められているものの程度とか、そういう問題じゃない。
「店の事情とかも考えろよ」
モラルの問題だ。
「アンタが言うなよ」
大した意識だけどさ、とサカキは吐き捨てた。
「如才ないアンタのこったから、店長何も怒ってねえし疑ってなかったぜ。2ヶ月前には言ったんだって? 在宅契約の仕事決まったからなんてさ、朴訥なフリして大した役者だよな。確かにコンビニなら2ヶ月もあれば代わりなんてすぐ見つかるけど」
アンタだってフラフラしてんじゃん、その言い草、半笑いが勘に触る。気さくなキャラをいいことに、好き放題踏み込んで来るタイプだ。
「アンタは仕事覚えるのは遅いけど真面目だし客あしらいが巧いから、ずっといて欲しかったんだってさ。店長言ってた。まあ滅茶苦茶神経質そうだから、派手にぶっ倒れた事気にしてんだろって、体のこともあるから無理に引き止められなかったって」
「……」
「言えばいいじゃん正直に。辛いからもう続けられないって」
「そんなこと」
泣きかけの顔は見られたくない。
「言えるわけないだろ」
顔を背けて吐き出す。
「皆お前みたいなアウトローじゃないんだよ」
「まあ、そうだよな」
サカキは言った。
「皆しんどい事頑張って耐えてるんだよな」
改めて裸の身体をまじまじ見られて顔が熱くなる。恥ずかしかった。でも今更慌てて隠すのも無様なので辛抱する。
「だからアンタも頑張ってたんだろ。自分が辛いって思えば休めばいいじゃん。何でそんなバカなんだよ。みんなしんどいからって、限度ってもんがあるだろ。倒れないようにサボれよ」
そういう事がわからないから苦しい。どうやって折り合いを付ければ良いのか、わかれば悩まない。
コイツには俺みたいなアカン昆虫のことなんてわからないんだろうな、とマユトは嫌になった。
なれるもんなら、要領良い人間になりたい。
「でもま、その無理してるトコに惚れたんだけどな」
サカキはまた奇妙な事を言った。
固まるマユトの腰を抱く。
耐え切れずに体をずらす。顔が赤いのはもう隠せない。
「アンタがさ、並びまくってるレジでレンジアップしてる姿なんてサイコーだったよ。別にさ、声変わったり手、震えたりしないんだけど、内心オタオタしてるのがわかるんたよ。イヤ、最初は分かんなかった」
言葉を切って、髪を撫でる。
それだけの事が、身震いするほど恥ずかしい。
「アンタさ、基本的にはカンペキじゃん。ガキにも優しいし、たむろってる不良にもビビったり嫌な顔したりしないし、他人がキレそうなタイミング抑えてひょこっとおもろいコト言えるし、後出しで客が嫌な注文しても舌打ちしたりしないしな。別に他の面子にウザがられたりもしてなかったしな。身体細くてジーパンも似合ってるし、顔も綺麗だし、ソレだけでも人生大分得してんじゃん。なのに、アンタ一人になったらさ、コンテナ押してる時とかさ、スゲー辛そうな顔してんの」
覆い被さってくるのを押し返すと、サカキはそれ以上触れてはこなかった。
「それからさ、アンタの事見れば見る程気になって、気になって、見てたら何かイロイロわかるようになってな、もうどうにもならね、どうにかしたいって」
「……どうにかって」
「俺のもんにしたいって思うようになったんだよ」
「ちょっ……も、嫌だって」
「やらせろよ。どんだけおあずけ食らったと思ってんだ」
4ヶ月だよ4ヶ月、と言われてつい怒鳴り返す。
「知るかっ! そんなのお前の勝手だろ!」
「怖っ、怒った顔も可愛いな」
「ふざけんな! ……やめろ触んなって……いやだ」
「外じゃこんな顔見れないもんな。押し倒してマジ正解だった」
コイツには何を言ってもムダなのか。
「アンタが好きなんだ。もうアンタの事しか考えられない。ヤれたら死んでもいい」
「やめろよ」
「何でだよ」
「何でって、そんなの」
涙がこぼれそうだった。
「そんなの俺が聞きたいよ」
「好きだ」
「……」
「コレでいいだろ」
バスローブを脱ぎ捨てて、乱暴に組み敷かれる。間近になると、細かい傷が更に見つかる。ニセモノの筋肉じゃない、本物の戦闘が作った、ホンモノの身体だ。力じゃ絶対に叶わない。
乾いてはいるが精液のこびり付いた肌を、何のためらいもなく舐められる。それだけ本気ってことか。
だけど、どうすればいいかわからない。
「マユ」
名前を呼ばれる。端正な顔が目の前にある。人のこと可愛い綺麗なんて言っているが、自分の方がよっぽど美形だ。
キスも上手いし、付き合う相手なんてよりどりみどりな筈だ。奪われながら、そんな事を考える。
「泣くなよ」
勝手な事を言って、抱き締める。
熱い息が首筋にかかった。暖かさに、身体が疼いた。
「好きだ。辛気くさくて不健康で、暗くて……繊細過ぎるトコが、堪らなく好きだ」
キスはやっぱりタバコの味がした。正直気持ち悪かったけど、流し込まれるままに、唾液を飲んでしまった。
「……ぅ……んふ……」
「ん……」
「ここ……気持ち良いか?」
膝に抱かれた姿勢で、胸を撫でられる。唾液で湿った、指の感触がある。擦られる度に、身体がひくついてしまう。
「……っあ……」
「身体もナイーブなんだな」
そっと頭を抱え、キスされる。触れる程度の優しいものだった。
「だから泣くなって」
「……」
泣かしてるのは誰だよ、と思うが何も言えない。陵辱されている筈なのに、ただ暖かかった。
「こういうの、好きならもっとしてやるから」
囁くと、サカキはマユトの背中を腕で支えて反らせた。
「っ……」
指でつまんだ方とは反対の胸を、ねっとりと舐めて強く吸う。
「ん……ふっ……」
こんなのおかしいって思うけど、甘く痺れて溶けそうだった。
「……ぁあっ……」
一際艶のある声に、サカキの背中はぞくりとした。腰が熱くなる。
マユトの火照ってとろけた顔に、頭がくらくらする。
淫らに、可愛らしく尖った胸を情動に任せて甘噛みする。
「やっ……や……だ」
「悪い、痛かった?」
マユトは涙ぐんだ顔でそっと首を振った。
「ごめんな」
額にキスして、噛んだトコロを撫でる。
「あうっ」
細い身体がびくっと跳ねて、マユトは益々泣きそうになった。意外に強い力でサカキの手を掴んでいる。
「ダメ……も、嫌」
「でも、良いんだろ?」
ちゅく、と口付ける。
「ひぁっ……あ、やだ」
悶えながら、サカキの頭を押さえて、身体を離そうとする。油断していると蹴られそうだ。
そこで気付く。
一度放してから、両腕を掴んで座らせる。慌てて閉じる脚の間に目を遣り、小さく笑う。多分正解。赤い顔は、自分を見ようとしない。
ぴったり正面に引き寄せて、優しく囁く。
「いきそうなんだな」
染まった頬が堪らなく愛おしい。
「俺もだよ」
そう告げるサカキの身体も熱く染まっていた。
「足、開いて」
「……」
身体を硬くして戸惑うマユトに、サカキは熱く残酷に囁いた。
「いきたいんだろ」
ぷくりと尖ったままの胸を乱暴に摘んで耳たぶを舐める。
「ぅ、……く」
華奢な腰が震える。
「出したくないなら、括るって手もある」
熱く震える裏側を指で撫でた。十分過ぎる手応え。
「そんでその上からぐちゃぐちゃに扱く。苦しいらしいよ」
「や……」
マユトは弱々しく首を振り、言われるままに後ろ手でシーツに手を付いた。
「っ……」
恥ずかしさに涙の溜まった目を伏せて、そろりと足を開く。
サカキは口の中が乾くのを感じて、唾液を呑み込んだ。
「マユ……」
自分で命じておいて、刺激的過ぎる光景に朦朧とする。
「……すげ、やらしい……」
サカキの言葉に、マユトは涙をこぼして顔を背けた。開いた両腿が、ひくりと震える。こぼれたのは涙だけじゃなかった。脚の間に勃ち上がった隙間から、透明な雫が伝った。
「見ろよ」
ぎゅっと抱き寄せて手を握る。
「俺もこんなんだから」
「……っ……」
ちょっと見開いた顔が可愛かった。
額同士くっついて、にま、と笑う。
「こうして……」
ほっそりした手を導いて握らせる。
「っ! ……一緒に気持ち良くなろ」
憧れた相手に触れられるのは耐え難かった。弾けそうになるのを堪える。
腰を引き寄せて重ねる。
「……」
あまりの恥ずかしさにぼんやり固まるマユトの唇をそっと奪う。
舌を差し込むと、おずおずとなぞる感触があった。そのままもつれ合って絡み付く。
自分のものと添えられたマユトの指、そこにサカキの手がぴたりとくっつけた器官。自分と同じ脈打つ熱さに、やっぱり男なんだと思う。
絡めた舌は柔らかく、熱い手の中は硬かった。
動いているのはどっちの腰なのか、指なのか、もうわからない。
何もかも飛んでしまいそうになりながら、淫らな作業に没頭する。
滲み出た雫も、どちらのものなのか。
熱くて息苦しくて、最高だった。
一瞬びくりと震えて、サカキは薄く目を開けた。声が聞きたい。
甘く絡んだ唇を解く。
「……ふあ……」
半開きのままのマユトの口元から、唾液が溢れ出す。
くちくちと微かな水音を立てて擦り合わせる。少しだけど、マユトの手も動いている。
「……あぅっ」
マユトは目を見開いて、腰を強ばらせた。
「んっ……」
「っ……マユ、イくのか」
「あ、あ」
「俺も……も、出」
「……っ……や……ぁんっ……」
「マ……ユ……すきだ」
手の中は、火傷しそうに熱かった。
ドロドロの身体で抱き合ってもたれる。放っておくとマユトは眠ってしまいそうだった。
「マユ、お前、エロい声出してイくな……」
マジ最高、と抱き締める。
「どうして……」
「……?」
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