■出来損ないの聖餐 02

「なあトモリ、ちょっと頼まれてくれへんか」
「何です?」
 ちょっと来いに油断してはいけない。
 ユイは用心しつつセリザワに近付いた。
「趣味の人体実験になら付き合いません。あと、爆発も炎上もご免です。痛いことと金が減ることは概ねお断りします」
 出来ればくすぐったいのも勘弁だが、そういうのは多分、口に出さない方が良い。
「……お前な、俺を何やと思とるんや」
 マッドサイエンティスト。
 だと思わない奴は珍しい。
「で、用件は」
「おう、せやった。お前、ライル博士覚えてるか?」
 確か、調査委託なんかを行っている研究機関の職員だ。
「はい。ほとんど面識はありませんが」
「あー、まあお前は大方目つぶって寝とるか、パワードスーツ[スーツ]に籠もりっぱなしやったもんな」
「そうです」
 検査や起動実験中は、大体そんなもんである。自分は知らなくても、相手は自分をよく知っている。嬉しくはないが、ソレも仕事の一部だ。
「そのライル博士なんやけどな、この間、お前がFブロック行っとったときや、その位の日に訪ねて来てな」
 火の付いてないタバコをくわえるのが、セリザワの癖。コーヒーには、ミルクだけ、砂糖は入れないのも、毎度。
「けったいなもん、置いて行きよったんや」
 セリザワが不思議がるような珍妙な物体。ソレが何であるのか、ユイは少し興味が湧いてきた。
 とは言え、危険なものなら即トンズラだ。
「何やその疑わしい目は。お前も最近可愛げが無くなってきたな。心配せんでもライルのおっさんは俺と違てネタなんか仕込める性格やないから」
 一応は、自分というものを把握しているらしい。
「そんでな、そのブツをお前に届けてもらいたいんや。ついでにおっさんの様子も見てきてくれ。死んどったりソレに近い状態やったりしたら、回収なり保護なり頼むわ」
「届ける物体にもよりますね。内容は明かせないとして、形状はどういったものでしょうか」
「知らん」
「はあ?」
「何やお前、帰んなや」
 態度悪いぞ、と身を乗り出すセリザワに言ってやる。
「態度改めなイカンのはどっちですか」
 知らんて何だよ。ユイは後悔した。
 相手するんじゃなかった。もうさっさと休暇申請してしまおう。
 顔を合わせる度に遊ばれては面白くない。


「せやからな、機嫌直せやユイちゃんよ」
「そういうことなら先に言って下さい」
 別に重そうなケーキに誤魔化されなければならない程、自分は怒っていないつもりだ。
 まあ、くれるというなら貰っておくが。しっとりと中身の詰まった生地は、駅のお手軽廉価版とは違う。
「うまいか? 何やったら皆食ってもエエぞ。俺はそういうもん、あまり好きやないからな」
 セリザワは散らかった棚からファイルを漁りながら言った。
 ライルが置いていったものは、目に見える物体ではなかった。
 だから、直に読むことも触ることも出来ない。
「おかわりいかがですか〜」
 気を利かせてかヤツらの一人が茶を運んできた。
 素直にいただくが、縁起でもない。茶はかなり薄かった。
 まさか、こんなトコロまで自分に似せているとか。茶は薄めが好きだし、贅沢はテキだけど、正直不愉快だった。
 僅かに苦い顔で茶を飲んでいるユイを見て、セリザワが聞いた。
「何や、ミミズでも入っとったか」
「……普通の茶です。ていうかミミズ? こいつら茶も満足に淹れられないんですか」
「えー! ナニソレ超失礼やわ。そんなん言うんやったらもう隊長になんかお茶淹れたれへん! ソレも返してよ」
「もうない」
「いやっムカつく。ダメ出しして飲んでるし」
「貰ったもんをどうしようと人の勝手だ」
 ミミズとか入ってないなら飲める。
「もーサイアクー。それにな、お父ちゃんも」
 ぴょんぴょん跳ねながらセリザワを指差す。
「わたしらが沸かしたのはカエルのお茶やでー、ちゃんと天日干しした天然ものやったんやから。間違えたらアカンよ」
「おースマンスマン」
「体にエエねんからー。お父ちゃんにはいつまでも元気でいて欲しいさかいな」
 ソコだけは似ていないやたらキラキラした目を輝かせる。抱き付かれたセリザワは、そいつのがらんどうな頭を撫でた。
 黒手袋の手の下で、嬉しそうに目を閉じるが、微笑ましくなんかない。
 ユイの顔が僅かなりとも苦いのは、茶の味や、異物混入騒ぎだけではない。
 むしろ、メインは目の前のソレのせい。
「ライル博士がコイツらの呪装設定しとったんは知っとるな」
「はい」
「せやからあいつもアチコチ手入れれんねな」
 本題に入れば、余計な口出しはしない。実のところ、そう馬鹿でもない。
 セリザワは膝に上ってきたヤツの頭をまた撫でた。
 おりこうさんに座る仕草が猫に似ているが、面白くない。
「そんで、この前顔出したとき、頭のどっかに何かのデータを隠していきよったんや」
 内容は、セリザワにもわからないらしい。
「まあ、魔導やってるヤツのトコ持ってったら、開かんこともないねんけど」
 それは、本人に何かあってからやるべき事だ。
 だから、セリザワはデータが何であるか、そもそも隠されたブツが本当に情報なのか、まだ知らないでいた。
 ライルに託されたのは中身を取り出す事ではなかった。
「もし自分に何かヤバい事が起きてると思たら、届けてくれって言われたんや」
 荒事なら、セリザワには向かない。
「コイツらはお前にしか扱えんからな」
 ゆくゆくは互換性に優れた制式タイプが普及するのであろうが、今はまだ、たった一人の被験者のためにカスタマイズされた装備だった。
「そうですね」
「まあそういうことやから頼むわ」
「了解しました」
 追加兵装満載、電脳や魔導のサポートも出来る支援ロボの存在は、人手の足りない自分達にはありがたい。
「コイツを連れて現場へ向かい、ライル博士と接触する、以上で宜しいでしょうか」
「おう。けど連れてくのはコイツやないで」
 セリザワは膝から猫のようなバディを下ろすと、違う名前を呼んだ。
「リタ、エストリタおるか」
「いますー」
 奥から、茶を運んで来た私服とは違うロボロボしい装備なそいつがいそいそ出てきた。
 同じなのは、好奇心でキラキラした目と、身長、体重、その他の外観。
 この同じ顔が、残りを足すと全部で6体いる。
「準備は出来てるな」
「出来てます出来てます」
 張り切って浮かべる満面の笑み。
 見る度にげんなりしてしまう。
 日々にけなしている程、こいつらはポンコツではない。というのは分かっている。
 しかし、自分と同じ外見のロボ子なんて、あんまりじゃないかとユイは思う。


 正確には、髪や目の色が少しずつ違うし、体格は、ユイがもう少し若かった頃のデータが基らしい。何よりも違うのは、彼女たち──ていうか頭が痛いのはソレ──が自分らは女の子であると主張している点だ。
 体力勝負なむくつけき職場である。サイバーリングに女性型が多いのはまあ仕方無い。彼女らのバディも不要な凹凸を無くす為かかなりの幼児体型だったが、胸には申し訳程度に膨らみがあるし、腰が細くてあちこち丸っこかった。
 しかし、AIそのものに性別があるわけではない。
 だったら、6体いたら6体とも常にハイテンションな女学生みたいにならなくてもいいだろう。
 しかも、些細な癖が自分に似てくるので、相手すると余計疲れる。
 妹みたいな女の子がいれば、癒されるんじゃないかという配慮。
 スタッフはそんな事を言ったが、ありがたくはない。
 12人でなくとも、大量に妹はいらない。6人でもお手上げだ。
 ユイは年下タイプの女の子が苦手だった。


「ライル博士はな、失われしものの研究に凝っとるんや」
 世界が変わりゆく過程で消える技術。そんなものを、彼は掬い上げ、記録し、再現しようとしている。
「今は確か、何か魔法がかった物質の精製なんか調べとるんやなかったかな」
 詳細は、知人であるセリザワにも伝えない。まだ、発表出来るだけの収穫がないからだろう。
 それが、研究者の企業秘密である。
「あいつが今おんのは、昔ソレ関係のタタラ場があった、とか言われた場所なんや。日記には、そう書いてあった」
「日記?」
「ベタな事しよるで。このファイルの中に入れてあった」
 それは、ユイにはよく分からない分析機器の測定結果だった。多分、セリザワが度々参照するものだろう。でなければ、彼の散らかり放題な部屋に物を隠しても、ただ隠しただけで終わってしまう。
 セリザワは年季の入ったそのファイルから、似たように手に馴染んだ手帳を取り出した。
「失われし神の記録。そこに記されたものは……ああ、舞い上がってもーとるな、字が読まれへん……驚くべき業。だが、必要なものの存在が虚ろだ」
 古い日付を辿り、要点を読み上げる。
「私は、ついにアレを見つけた。これまでの成果総てを投げ打っても良い」
 幾つかページをめくって続ける。
「これが、私の人としての生涯最後の探求となるだろう。約束の日は近い」
 まさに死亡フラグ。不謹慎ながら、ユイは思ってしまった。
「どうも、何かきっかけを掴んだみたいや。覚悟めいた事も書いてあるし、俺の顔を見に来たのも、遺書渡す相手が欲しかったんやろな」
 完全に隠蔽していれば、知識は自分の死と共に消えてしまう。
 それは、命の終わりを超えた消失であると、感じるだろう。
 セリザワにとっても、他人事ではないのかもしれない。
「手掛かりを見つけた事を、伝える意図もあったのではないでしょうか」
「そう思うか」
 俺も思う、セリザワはそう言ってファイルを閉じた。
「何か見つかりそうやなんて、わざわざ知らせに来た。何か、あるって言うたら俺がその跡を掘るやろと思たんやろな」
「そうですね」
「死んで何もかも無くなるんは、誰でもいらんもんやからな」


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