■出来損ないの聖餐 03
ライル博士を訪ねて、かの地へ入る。その場所は既に外>氛汪O区となり、公共の交通機関などはない。件の集落があるとされる場所は、山間にある。麓に栄える旧い城壁を利用した町まででその日の探索を終えるつもりだった。探索といっても、まだ移動しかしていない。最後のステーションから徒歩でほぼ1日使って辿り着いた。妙な生物──ミュータントとか、魔物とか──に遭遇することもなく、道程を越えたことにひとまず安堵した。
宿を探しながら聞けた話だけが元でも、街≠ゥら来た学者の居所はすぐ得られた。
「但し、11日前から音信不通、か」
彼が逗留していた下宿の持ち主によると、先々の賃料を納めてある為、腐敗の恐れがないものだけはそのままにしてあるとのこと、翌日の作業はその部屋の調査から行う事とした。
「えーだって折角お泊まりやねんからひみちゅ〜なオハナシせなー」
「お前ね……合宿に来てるんじゃないんだぞ」
宿で眠ろうとしたときのことだ。
「せやけどー! 何かおもろいハナシ聞きたいんですー」
「アホなコト言ってんと寝るぞ。まあお前は起きててもどっちでもいいけど、明日も動き回るからなるべく体は動かさず止まっとけよ」
「りょーかい」
──フリークスの村がある。
ソレが、町の人々の認識。
異形しかいない、異形以外に珍しいものもない集落へ足繁く通う学者。あの村にお宝などは特にない。
学者が金銭的価値の無い物に目を向けるのは珍しい事でもなく、周囲が変わり者と呼ぶのも定説。お宝がないと言い切るのは、これまでに訪れたトレジャーハンターからの感想らしい。外≠ナしか手に入らない資源──旧世界の廃墟の発掘、人の手で変質した動植物や魔成のものの採取。その手の生業の者達が、まれに訪れたが歓迎されずに戻って来た、そして村の気味の悪さが多少は誇張されて、伝聞されているようだ。そういうことなら、ライル博士は変わり者ではあるかもしれないが、意外に人の懐に入るのが巧みなのかもしれない。外部の者との接触を好まない村に、一人通っていた。そして、今まで誰も手に入れられなかった情報──失われしものの製法? とか、を引き出すことに成功している。良い方に考えればこうだ。しかし、悪い方に考えれば、彼は、知り過ぎてしまった、或いは、得た知識は掻い潜って手に入れたもので、秘密を暴いた罪に問われた可能性もある。
そこまで考えて、ユイは眠りに落ちた。
人は、異形を忌む。
姿形の歪みから、生まれる前の罪まで創造してその想像を恐れる。
その日の夜、ユイはユミナの夢をみた。
街≠ナ暮らせる程度の変異──彼女はチェンジリングだった──でさえ、故郷では異形と蔑まれ、迫害の中で育った娘。多くの危機から人々を護り、称賛されるようになってからも、惨めさと孤独の記憶に、人としての最後の頃まで苦しんでいた。
ただ一人の、ウサギの少女。彼女のことを思い出す。
エストリタにイロイロ聞かれて失礼なコト言われた。
「ユミナさんの夢でもみたんですきゃ?」
イヒヒ、と自分とほぼ同じ顔が笑う。
「お前ね……」
思わず困惑を口に出してしまう。こんなシンクロニシティはいらない。アホそうにみえて、常に的確な空気を読んでくる厄介なロボである。
「うひょぉー。図星なん? ビックリですー」
ナニがビックリだソレはコッチのセリフだこのビックリドッキリメカめ、と恨めしそうに見てやった。
「神さんになりはった人ですよね」
何でもよく知っている。あの時一緒だったのはモノマイヤーだったが、コイツらの事だ、しっかりと並列化している筈。
そうだ。人間と同じ時間を辿りたかった精霊の為に、己の存在を明け渡した。
代わりに、超常を引き受けた。
そうして、人の世から去った。
「ソレは大分先のことらしい。当分は上位の階悌をウロウロしてるだけとか言ってたな」
「神さんの素みたいな?」
「多分」
「隊長は告白せえへんだんですか」
「何で出来てない前提なんだ」
面白くない。
「だってヘタレそうっていうかー、好きな娘にはスベりそうなイメージやしー?」
「お前ね」
しなかった訳ではない。もっとストレートに言いたかったのは事実。
「隊長、ホンマ女の人にはモテませんねえ」
大仰なジェスチャーが最高にムカつく。
「おいしいおいしい言ってくれる人はいっぱいいるのに」
たった2秒、感傷に浸らせてももらえないのか。おいしいとか。貰いたくなかった愛とかそんなの。ことごとく捩じ込まれたソレに蹴りを入れる。
「お父ちゃんのお嫁はんにも、横恋慕しとったんですやろ〜」
「横恋慕いうな」
ユイはため息をついた。幸せがにげていく。
「俺がかわいそうな奴みたいだろ」
「ちがうんですか」
「うるさいな」
確かに、そういう幸せには縁遠い。好きな娘とか好きな娘とか好きな娘とか。
恋などという字面はいつから認識していないのか。これから先も余り芳しくはなさそうだ。
──若い娘を拐って喰っている。
その噂が事実とどこまで合致しているかはまだわからない。
ただ、近隣で少女が度々行方不明になっているのは本当で、その不安を町の人々は山の集落へ押し付けつつ、次は誰かと怯えている。
拐かしがまかり通るコミュニティに、まっとうな社会で生きてきた者が馴染むだろうか。
資料にあったように誠実で、誰かとは違って常識的なライル博士ならば、苦言を呈するかも、しれない。であれば、乱暴な結果なら既に消されているかもしれないし、穏やかであれば軟禁なりされているかもしれない。だがそれも、行方不明者を本当に、山の集落がどうにかしている場合の話だ。
異形の村であるという人々の敬遠からすると事実ではないかもしれない。よくよく慎重に調査しなければならないとユイは考えた。
ライル博士は無事か。
集落の謂われは是であるか非であるか。
思ったより時間が掛かりそうだと考えながらライル博士の下宿へ歩く。
そしてその答えにすぐ辿り着いた。
下宿には、先客がいた。
下宿の持ち主によると、ライル博士の助手。
彼自身もそう名乗った。
但し、下宿の持ち主は全く疑っていなかったが、彼には秘匿していたことがあった。
「じゃ、終わったら声かけてね」
部屋に彼とユイとエストリタだけになってから、ソレを訥々と話し始めた。
彼は、山の集落の住人でもあったのだ。
「私のように見て判る歪みのないものも、少ないですがおります」
そういう者は、素性を隠して働きに出たりもするという。ライル博士に出会ったのもその縁。
ライル博士の姿が見えなくなって、彼も不安そうである。
「この部屋に誰かが立ち入ると、私の端末に知らせが入るようにしていました。博士は管理局の方が、もしもの力になって下さると、いつも仰っていました。だから、こうして、お会い出来て、本当に、よかった」
笑顔が、笑顔になっていなかった。彼は大きな苦悩を背負っていたからだ。
集落についての流言は是だった。
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