■出来損ないの聖餐 04

「朽ちたるものの神?」
「そうです」
 彼は悲しげに告げた。
「我々は代々この奥の村に住んできましたが、風土のせいか、近しいものとの交配が祟ったのか、奇妙な病を持っています」
 病の元を、神格化するのは、珍しいことではない。
 その病──荒ぶるナニカを鎮める為に、供物を捧げる事も、よくある。
 収穫したてのニンジンなら、害は無い。大切に育てたニワトリなら、まあ、手放しで喜べないけど、アウトではない。
 でも、生きた人間をバラす、となると完全にレッドカードだ。
 もうそんな時代じゃない。
 安寧を繋ぐ法は、尊守されなければならない。


 彼らは、朽ちたるものの神への供物にする為に、以前から数年に一度のサイクルで人を狩っていた。
 ここに来て、ある星辰の日にその効果を絶大なものにする為、大規模な儀式を行う事に決めたのだという。
 しかし、男にはそんな信仰、意味が無いと思えた。
 もし、意味があったとしても、他者の犠牲の下に得た救済に、何の意味があるというのか。

 
 男は憔悴を滲ませた顔で、とつとつと述べ、ユイに救いを求めた。
 儀式を妨害すれば、男はもう村にはいられないだろう。
 病の種を持つ自分は、外で暮らすことも出来ない。
 もしかしたら、彼らと一緒に、何年もの罪を見逃した事で、裁きを受けるかもしれない。
 それでもいいと、彼は言った。
 ──むしろこんな呪われた生なら、次代に繋ぐ事無く終わればいい。


「ですが、今山へ近付くのは危険です」
 男は悲しげに言った。
「備えはあります」
 余り期待を持たせないよう、言葉を選ぶ。
「大丈夫、仕事ですから」
 と胸を張るエストリタの頭をしばく。
「安請け合いするな」
 全員救出することは出来ないかもしれない。兎に角行って、様子を見ない事には始まらない状態だ。
「出来る限りの事はやってみます」
「そんな、何て言ったら良いか」
 男は言葉を詰まらせ、口元を手で覆った。
「ありがとうございます……ありがとう」
「少し、休んで下さい。準備が済んだら、また伺います」
「ええと、何かまだまわりするんでしたっけ」
「いいから行くぞ」
 まあ、男泣きを見られるのは余り居心地が良くないだろう。カエル柄のタオルハンカチなど取り出したエストリタを回れ右させる。


「そーか。気付けて行けよ」
「了解」
「またな。次の定時連絡で」
 回線を切ろうとして、やめる。
「お前が供えられんようにな〜」
「アホなコト言わんで下さい!」
 この時点ではこんな馬鹿な事も言えた。


 潜入は、そう難しくなかった。
 誰かと戦うのが目的ではないので、彼らから闘争心のようなものは感じられなかった。
 戦闘の場数も、踏んでいない。
 不可思議に病んでいる以外は、ごく当たり前の、住民だった。


 村は祭りの気配に湧いていた。
 それは、少し曇った希望だった。
 彼らの影は少し崩れていた。
 頭と、手足。人の形が、少しずれている。
 それが、呪われた病の姿らしい。


 混ざり合う筈のないものを混ぜ合わせる。無いものが存在すれば不条理である。
 その不条理を彼らは自らの血脈へと引き入れた。
 言ってみれば、生贄みたいなものだ。
 ユイは少し嫌な顔をした。
 ニエ、聞きたくない言葉。
 続けられた話には、古い民話があった。美しい音色の鐘を鋳る為に、るつぼへ身を投げた娘の話。父の手に残された小さな靴。混ざり合う為の犠牲だった話。
 若き乙女の血潮によって、鐘の音はこの世ならざる美しさを得たという。
 この村にもう、かつての[わざ]が無いというのに、人々は不条理な生を受け続ける。旧き世界でもはや失われた鐘の、物語だけが朽ちかけたページに残ったように。


 まずは一刻も早く、捕らえられた人々を救うのが先。
 もう、間に合わない人もいるが、間に合う人もいる。
 そう言われて、ユイは彼と二人(と1体)、古い古い神殿へ忍び込んだ。


 潰してしまうなら兎も角、捕らわれた人間を保護するとなれば、自分一人では難しい。
 ユイが応援を呼ぼうとすると、彼はそれには及ばないと言った。
 自分にも、味方はいる。
 この咎多き円環を断ち切りたいのは、彼だけではなかった。
 数がいれば、希望はあるだろうか。
 確かに、時間は無かった。
 彼らの言う星辰は、あと数時間で揃う。
 管理局といえど、僻地ではそう簡単に人員が揃わない。


「ここに来て何ですが……覚悟は」
 よろしいですか、とやけに改まった態度の男。
「この先では、物理的なものも、そうでないものも、一切の通信は遮断されます」
「わかった」
 一歩踏み入れて、ウソでないことが分かった。
 だとすれば、彼らの信仰の大元はなんなのか。
 電波が通じない理屈は付けられても、魔力や心の流れが通らないのは、何か他のものの影響があるということだ。
 カミサマでなかったとしても、何か、あるのは確かだ。


 しかし、とユイは思った。
 そのナニカってヤツは余程のケチか、意地が悪いか、まあ、無関心か。
 多分、性格は悪い。
 何だかんだと貢がれて、これといった御利益を示さないんだから、ろくでもなさそうだ。
 自分達には理解できない、本当にカミサマだったとしたら、そういうコトがあってもおかしくはないが、ただちょっと個性的な生態を持った理不尽な生物なら、多少の罪悪感は持つ筈。
 それが無いんだから、大した御仁が鎮座ましましているんだろう。


 何手かに分かれた彼らは、あらかじめ決めた場所に向かった。
 ユイと男は神殿の機能を維持する法陣を破壊する為に奥まった場所まで来た。
 あなたになら破れるはずだと言われて、ユイは刀を抜いた。
 覆う力を斬り裂くと、床を覆う文字が崩れた。
 まるで腐り落ちるような動きで、法陣は溶け、姿を変えた。
 寒気がした。
 エストリタの悲鳴に、手を伸ばすが遅かった。
「隊長!」
 アカンよ、にげてー、と、機械の少女は溢れる文字に飲み込まれる。
 そして、彼女の瞳の中の自分も、同じ姿をしていた。
 ソレを眺める男だけ、笑っていた。


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