■helleborus 03

 その次は、前よりも日があかないうちに届いた。白い花が、2日か、3日おきに家に来る。駐在さんは、全部捨てて欲しいって、ぼくに頼んだ。
 いつ見ても綺麗な花、ごめんねって話しかけたとき、ドアが開いた。
「……ただいま」
 駐在さんは肩に掛けたバッグを下ろしながらぼくを追い越した。
 きっと、意味があって避けてる。でも、ちょっと心が痛いんだ。だってやっぱり、あなたに似てる。
「そういえばさ、クリスマスローズって冬の花じゃなかったっけ」
 僕はセロファンと淡い和紙にくるまれた花を見つめた。レースの付いた、白い服。豪奢すぎない控え目なデザインの方が駐在さんには似合うだろう。お人形さんみたいで、きっと可愛い。女装とかにはあんまり興味ないけれど、ついそんな、邪な想像をしてしまう。
 あやしい夢を押しやって、話を続ける。
「こんな時期にも咲くんだ」
「コストは余分に掛かるけど、あるところにはあるんだよ」
 駐在さんはそう言って、リモコンを手に取り、TVを点けた。
「それじゃ、ポイしちゃうね」
 いつもどおりに、ぱさりと音がして、白いカードがみえる。ぼくはソレに蓋をする。
 閉じ終えて顔を上げると、駐在さんが興味なさそうに画面の向こうの試合を眺めていた。でも多分、サッカーなんてあの目には映ってない。


「ちょっと散歩に行かないか」
「行く」
 晩ご飯が済んで、あとはお風呂に入って寝ようかな、という時間。ぼくがお茶を飲んでると駐在さんが肩に手を置いた。
 外はもうすぐ満月で、明るかった。
「じゃあコレ」
 駐在さんは玄関から戻って来ると、ぼくに靴を渡した。
「??」
 何だかよくわからないまま、追いかける。何故かベランダで待っている駐在さんに、首をかしげながら、靴を履いた。
 こうやってみると、雰囲気あるかな。周りを見下ろすような高層マンションとかじゃないけど、夜のベランダは不思議で静かだった。山の中の静かと違ってノイズがいっぱいなんだけど、聴こえなくて、見えなくて、誰もいない。
 こういうのは散歩とはちょっと違うと思う。でもこんなのもいいかも。
「鍵、掛けてくれるか」
「え?」
「不用心だし、一応な」
 簡単な魔法鍵[ロック]なら出来るけど、そこまでしなくてもいいような。
「ソレが終わったらステルスかけてくれ」
「え〜!?」
「当たり前だろ、見えてちゃ飛べないだろ」
 ソレって、散歩ってそういう散歩?
「嫌だったらやめとくけど」
「やらせていただきます!」
 ぼくは張り切って鍵を掛けて、ワクワクと呪装ステルスのスペルを紡いだ。ぼくの得意な――って他のはあんまり使えないんだけど――コーティング魔法。
 これで、ぼくと駐在さんの姿は大体人目に触れなくなった。例えば人混みでチューしても誰にも見えないし、もっとすごいコトしても大丈夫。
 空を飛んだって騒ぎにはならない。
「疲れた?」
「ううん、大丈夫だよ」
「何なら、後で好きなだけ補充してくれていいから」
 そんな事を言って、駐在さんは姿を変えた。ホントなら、変身を解くっていうんだけど、この人にとっては、馴染みのある人間の身体の方が本体みたいだ。
 この姿は、あくまで変身した、ものだと感じてるみたい。
 トカゲの体にコウモリの翼。かなり小さい方だけど、それでもドラゴンにはベランダが少し窮屈そうだった。
 何だか可愛い仕草でよじよじと柵を越えると、その上に立って翼を広げる。桜みたいな色の皮膜からは、少し欠けた月が透けて見えた。
 何度か軽く羽ばたいてから、ぼくに背中を向ける。
「しっかりつかまっとけよ」
 ソレも、ぼくの得意分野。とろりと形を変えて、ベランダの縁から白いウロコの背中に這い上る。長い首に触手を1周させると、ぴったりくっついた。
「いつでもどうぞ」
 そう言うと、硬い爪に覆われた足が柵から離れた。


 風が強くて、雲が早かった。月も顔を隠したり見せたり忙しそう。明日は雨かな、と思う。気圧が下がる時は、上昇気流が強くなるとか。だったら、飛ぶにはちょうどいいのかも。
「ねえねえ」
「何だ」
 疲れたのか、と聞かれる。バイクみたいに、後ろに乗る方が疲れる事もある。増してや、ユイはまだあまり上手く飛べない。だから、背中にいる自分を気にかけてる。
「そろそろ戻るか?」
「ううん、あともうちょっと。あっそうだ、あそこ、あのビルの屋上まで飛べる?」
「無理」
 そんなに高くは飛べないよ、と苦笑いされた。表情ははっきり識別できないけど、そんな顔だと思った。もしかして、いつもぼくのこと、こんな風にどんな顔してるか想像してるんだろうか、ルナは嬉しくなった。
 知らない姿でも、わかることいっぱいある。
「ねえねえ」
「なに」
「えとね」
 ルナはひんやりしたウロコに頬なつもりのトコロをくっ付けた。
「もっとぎゅって、掴まって良い?」
「……いいよ」
 今度は、ちょっとだけ照れた。トカゲ顔なんだけど、どうしてもかわいい。
「あとね」
 所々緑がかった淡いウロコは、やっぱり、花みたいだと思う。
「おうち帰ったら、一緒にお風呂入ろ」
 一瞬がくっと落ちてから、ユイはまた羽ばたいた。


 ドアの隙間から、不定形の物体が染み出してくる。
 名状しがたい、ハズのソレには、名前がある。
「おまたせー」
 顔だってある、というか作れるし、笑いもするし、他にもイロイロ、したりされたり。
「普通に入ってこれんのか」
「いひひひひ。なんちゃって。きゃあ怖いっとかって驚かないかなーって期待してたんだけど」
 まあいつ見てもあんまり気持ちの良い光景ではない。とは言え、毎度の事。
「それよりお前のバカさ加減が怖いわ」
「うわー、かわいくないー」
 見た目は乙女? ココロはオヤジなんだからもう、とルナが頬を膨らませた。


「ねえねえ、羽根出して、尻尾も」
「イキナリ何だよ」
「角とかも、生やせるんだよね」
「出来るけど、どれか1つだけとかは無理。そういう細かいのはまだ出来ない」
「じゃあ、全部出ちゃうんだ。別にいいよん。最初からソレ見たかったし」
 みせて、とにじり寄る。
「嫌じゃ。風呂が狭くなるだろ」
 大人2人で、既にかなり圧迫感がある。翼なんか出したら、あちこちつかえてしまう。
「えー。だってみーたーいー」
 くねくね騒いで、まとわりつく。
「やめれ、定員オーバーだ」
 不定形とはいえ、体積は変わらない。狭い浴槽を浸食すれば、張った湯が溢れてしまう。
「勿体ないだろ、しっし」
 嫌な顔をして追い払うユイ。
「きゃ、ひどい。そんなにつれなくしたら悪いコトしちゃうよ」
 ルナは伸ばした触手を殊更にうねうね動かした。
「くすぐるよ」
「やめろあっち行け」
「うひひひひ」
「やめろって」
「じゃあ、みせてくれる?」
「わかった……」
 ユイは観念した顔でうなずいた。


「折角だから、羽根洗ってあげるよ。角も磨いてあげる」
「そんなのいいよ」
「だめー。アトで好きにしていいって言ったでしょ」
「何か過大解釈してないか……うわ、止めろって、自分で出来るから」
 嬉しそうに泡だらけの触手を絡めるルナを押し留めて、ボディタオルを手に取る。左腕から肩、肩から背中に手を廻す。
「えー。全然届いてなーい」
「こうするんだよ」
 ユイはタオルを尻尾に巻き付けた。
「か、かーわーいーい〜!」


「ね、お布団まで抱っこしてあげる」
「やめろくっ付くな折角身体拭いたのに」
 余計な出っ張りがある分、手間だった。ユイはぼやきながら着替えを手に取った。
「服着て脱ぐ時間がもったいなーい」
 子供っぽい仕草と、言っている中身の生々しさがそぐわない。と、げんなりため息をつくユイ。その頭からルナがバスタオルを被せる。
 ぷは、と顔を出すと、体が浮いている。
「このエロスライム」
「最高の褒め言葉です」
 呆れるユイを抱き上げたまま、ルナは涼しい顔で微笑んだ。


 濡れた髪を拭いて、うなじに顔を埋める。優しい石鹸の香りと、もっと別の甘いナニカ。こうしてると、幸せだなと思う。
「何かさー、この姿ってお得だよね」
「ナニがだよ」
「だって何にも着てなくてもコスプレ気分、みたいな」
 黒い髪の間から飛び出した角も、耳の代わりに伸びてるヒレ? も何か可愛い。時折ぱたぱたする翼とか、何よりも尻尾がいい。
 おこったり、照れたりするのと一緒に横になったり縦になったりしてる。
「それに、本物だから、痛かったり、気持ち良かったりするんでしょ」
 ぼくはにんまりして、翼の縁に噛み付いた。
「やっ……やめろバカ」
「やっぱり結構感じるんだ」
 そのまま覆い被さって、角を指で辿った。ヒレの間に張った膜をぺろりと舐めてみた。
 構えてたせいか、悲鳴は上げなかったけど、手応えは十分ある。閉じた目尻には涙がにじんでたし、頬は赤く染まっていた。ぴったり触れた部分から、しっとり上がった体温が伝わった。
 両手じゃ足りないかな、とぼくはほくそ笑みながら普段触れないトコロに舌と指を這わせた。
「ねえねえ」
「な、なに」
 じわじわいたぶられて涙ぐんだ顔をあげて、駐在さんがぼくをみた。
「こういうの、どうかなあ」
 ふるふる揺れてた尻尾をぐっと掴む。
 身体がびくっと震えるのがわかった。
「ご主人様、尻尾は弱いんです、とか?」
「ふ、ふざけんなお前っ! ひゃ、やめろって、は………放」
 はなして、と駐在さんは弱々しく抗った。
「ね、ココいれていい?」
 狭いトコロに粘液を垂らす。尻尾を掴んで近付ける。
「な、ナニ言ってんだ、うく……っ……やめろって! 駄目……嫌……」


「ね……どう? 何か、ぼくの出番、ないってカンジ?」
「や……だ……いや……ぁ」
 懸命に抜こうとするんだけど、手が震えて出来ないでいる。
「……こんな、こと」
 くすぐったり脅かしたりすると、感情に合わせて尻尾の先が揺れてた。だから、こんな風にしたら、怖くて恥ずかしくて、ぱたぱたすると思う。止めたくても出来なくて、自分で自分に、身体の奥を突付かれる。
「っ……嫌だ……」
 ぼくは尻尾を優しく撫でながら、弱いトコロにキスをした。首筋とか、脇腹とか、胸とか。あと唇。
 ぼくとしてるとき、こうすると、ぎゅって絡み付いてくるよね。エッチな感触を思うと、背中がざわざわする。
「ん……っ……だめ」
 締め付けられて、尻尾が悲鳴を上げるみたいに震えた。
「ぁ……や」
 ダメだって思っても、どうにも出来ないんだよね。
 コレがホントの入り込む余地なしってやつ? なんて思いつつ、約束どおり、たっぷりと甘い精気を味わった。


「今度は、ぼくがたべさせてあげる」
 びくびく震える身体から、可愛い尻尾を抜く。代わりに、硬く、太くした触手を滑らせる。
「いっぱいたべてね」


「あ……も、お腹、はいらない……もう、や」
 構わずに、ぼくは熱く激しく流し込んだ。
「ぅくっ……! ……あっ……あっ……や……」
「だめだよ、しっかりたべないと、大きくなれないよ」
「いや……嫌だ……」
「そんなに」
 ぼくはにこりと笑って言った。
「イヤイヤ言う子は縛っちゃうよ」


「は……ぁ……ん」
 紅いリボンで括られた両腕を軋ませて、駐在さんはぐったりと喘いだ。
「さっきより、気持ち良さそう」
「ん、あ」
「もっと、出してあげるね」
「っ……ぁ……」
「気持ち良い?」
 ぼくは細い腰を掴むと、優しく微笑んだ。
「もっともっと、よくしてあげる」
 強く突き上げて、動かした。
 気持ちいい? ぼくも、すごく気持ちいい。イイコト、どんなことでも、してあげる。
 声にならない悲鳴を聞きながら、ぼくは愛しい人の身体を啜った。


 さすがにちょっと、やりすぎちゃったかなあ。
 死んだように眠るユイの姿をみて、ルナはちょっと反省した。
 尻尾も羽根も、ぴくりとも動かない。
 桜色に染まっていた肌も、今は蒼白だ。
 でも、あれだけ騒いで転がり回って、最後はメロメロに溶けたら、少しはなんにもナシになれたんじゃないかと、ルナは思った。


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