■helleborus 04

 満月の夜は、血がたぎる。魔物にとっては、甘かったり、苦かったり。
 生き物を殺したくなるのは、苦い気持ちかな。特には気にせずお食事しちゃう人もいるけど、駐在さんは辛そう。いつも部屋の隅でじっとして堪えてる。そんな日はとても無口で、甘かった。
 甘いのは、妖しい気配の味。情欲、そういうコト、したくなる気持ち。
 ぼくは月の光が好き。抑えられないほど酔ったことはない。だからかな。何となく身体がふわふわする。苦しくなる程引きずられたら、やっぱり嫌いになっちゃうかも。
 ちょっとお酒に似てるかな。弱い人も、強い人もいるし。
 ナニカが外れちゃってるトコロを見られたら、気まずいのも同じ? そうかも。でも、ぼくは平気だよ。いつもと違う姿も、好き。
 言ったら絶対おこられるから黙ってるけど、ちょっぴり期待してる。積極的だったり、泣いちゃったり──ソレは、いつもかな──何よりも、ぼくまでメタメタに溶けてしまいそうなくらい色っぽい。ちょっと怖い程。


 ヘッドホンを放り出して、窓際でぼんやりしてる所を抱き締めた。
 待ってたんでしょ。そう囁いて口付ける。半開きの目が、舌と一緒に絡みついた。ぼくの背中に手を廻して、力を抜く。時折こぼれる小さな呻きでも、ぼくは溶けそうになった。
 唇を離すと、唾液の透明な線が落ちた。床に出来た小さな水玉も、月明かりで少し光ってる。駐在さんは、口元も拭えないまま肩で息をして、ぼくを見上げた。その瞳の色は、いつもと違う。星辰に引きずられた、魔物の目。でも、そんなに酷い酔い方じゃない。少しほっとして、抱き寄せて、背中をさする。
 それだけで気持ちいいのか、ぎゅっとしがみ付かれた。いいよ。もっと甘えていいよ。ぼく、驚かないから。
 音も匂いもない筈の、光を背中に感じる。ホントにお酒みたいだな、と思う。いつも同じように酔わされるわけじゃない。同じだけ浴びたって、そんなにふわふわしない日もある。気持ちとか、体の調子とか、そんなのにも左右されるんだ。
 まあ、ぼくのことより、こんなトキに、変な星辰が揃わなくて良かった。
 折角なんだから、いい酔い方、させてあげたい。甘やかして、キスして、ぼくが溶かすんだ。それでいいよね。
「部屋、行く?」
 聞くと、小さくうなずいて、素直にぼくに抱っこされた。
 かわいい。これでぼくは幸せなんだ。


「そっちの身体、いや……」
 ボタンを外す手を掴んで、駐在さんはそんな事を言った。
 ぼくはとろんと姿を戻して、優しく巻き付いた。
「これでいい?」
 駐在さんは潤んだ瞳で見つめると、何も言わずにゼリーみたいな身体を抱き締めた。
 胸元を探る触手の1本を、愛しげに手に取る。吸い付かれると、どこがってはっきりしないけど、頭みたいなトコロがぼうっとした。言ったら泣かれそうだけど、すごく上手い。どうしてなんて聞けないけど、こんな清楚で儚い人がって、考えずにいられない。優しい舌。柔らかくてあったかい。酔ってしまえてない、あの目も忘れそうになるくらい。
 えっちで素敵だけど、違うんだよね。
 月に壊れただけじゃないんだよね。


 細い足が無形の身体を締め付ける。ぼくに形があったら、人間の姿になってたら、少し痛いかもしれなかった。
 そうしながら、壊れそうに喘いで、腰を動かす。何度も何度もぼくの名前を呼んで、最初は躊躇いがちに、だんだん深く、ぼくに迫る。
「ん……」
 目の前が霞むくらい心地良くて、ぼくにすがりつく姿が可愛すぎて、強く絡んで抱き締める。好きだ。すきだよ、ユイ。
「なんか………すごい」
 やっぱり、いつもと少し、違うかも。熱くて、砕けてしまいそう。触ったら切れそうに、華奢な身体は熱かった。
 ぼくの名前を途切れず紡ぐ唇は、少し冷たい。だから、ちょっと心配になった。身体はこんなに熱いのに、空っぽで、凍り付いてるみたいだ。
「駐在さん……」
 そっと呼びかけて、気が付いた。駐在さんの身体には、力が入ってない。ぼくが夢中になってる間に、絡みついてた腰も、ぐったり滑り落ちそうだった。
「ルナ……」
「え」
「ルナ……」
 名前だけは繰り返し、虚ろにぼくを呼ぶ。
「なあに」
 不安になりながらも、優しく返事をした。
「……ル……ナ」
 呼んでるって、それはわかったから。
 ぼくはここにいるよ。
 気持ちを込めて、返事する。
 心細さを斬り刻むみたいに、ぼくの身体に廻した腕から力が抜けた。そのままぼくに埋もれそうになるので、慌てて身体を作る。
 人間の形の腕の中で、ぐったりもたれてぼくの名前が繰り返される。その声は聞き取れないくらい小さくなってしまっていた。
「駐在さん、駐在さん!」
 どうすればいいのかわからなくなって、ぼくは細い肩を優しく掴んで揺り起こした。動かさない方が良かったかもしれないけど、そうしないと、どこかに行ってしまいそうだったから。
「俺……じゃない」
 ぼくを見上げて何か言う。
「あ……」
 強烈に言いたいナニカを感じたけど、瞳にはぼくが映っていなかった。
「……いや」
「しっかりして」
「……ルナ?」
 ぼくの腕の中で、駐在さんはぼんやりと、だけどいつもの調子でつぶやいた。
「えと、大丈夫?」
「ご免、ちょっと寝てた」
 ちがう、あんなの寝てたっていわない。
「身体、何ともない?」
「ないよ」
 ないって、変だ。
 途中で気絶しちゃうくらい、自分から滅茶苦茶になるなんて、変だ。
「何か、無理してない?」
「いや、ちょっと疲れてるみたいだ。最近……ええと、書類が溜まってたから、一気に処理してしまおうと思って根詰めすぎた」
「そ……そうなの?」
「うん……ごめんな」
 萎えた? と恥ずかしそうに聞かれて、ぼくは慌てて答えた。
「そんなコトないよ」
 それはウソじゃない。いつだって、ぼくはこの人に触れたいって思う。
「だったら、最後まで付き合うよ」
「そんなのダメだよ」
 照れくさそうに少し視線を外す仕草は、可愛くて、たべたらきっとおいしいだろうって思った。だけどダメ。
「今日はもう寝た方がいいよ。疲れてるんでしょ」
 ぼくは元の姿に戻って、布団に潜り込んだ。
「わかった」
「どこ行くの」
 コンビニならぼくが行ってきてあげると言うと、駐在さんは苦笑した。
「違うよ、風呂入ってくるだけだよ。何で今頃そんなコト考えたんだ?」
「そっか。そうだよね〜」
 変だなって自分でも思ったけど、何かそんな気がしたんだ。どこか、行くんじゃないかって思った。
「それじゃ、後は自分の部屋戻るから、気にせず先に寝ててくれ」
「はあい」
 ぼくが手を振る代わりににょろりと触手を持ち上げると、駐在さんはぷよんぷよんの身体にキスしてくれた。
 ごめんねって言ってすごく優しく触れられたけど、幸せな気持ちにはならなかった。


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