■helleborus 05

 それで、ぼくは言ってみた。
「あの、これって、受け取り拒否とか、出来ますか」
 言ったそばから、手が伸びて、花を受け取った。雰囲気に固まるお兄さんに、乱暴にサインして伝票を渡す。
「構わず配達して下さい」
 駐在さんは仕事の時みたいな心の見えない顔で言った。
 お兄さんは少し戸惑いつつも、わかりました、と帰っていった。
「ごめんね」
「なに」
「ホントにごめんなさい」
「何で謝るんだ」
「だって余計な事言ったし、すごく怒ってる」
「別にお前に怒ることなんかないよ」
「そんなの」
「何だよ」
 これなら、ぼくは怒られた方がよかったかも。
 ──どうして、なんて言いたくない。
 困らせたくない。でも、もう困ってる。
 受け取らなければ、いいんじゃないかって、そう思ったけど、間違えちゃった。
「だって、駐在さんみたいな花、捨てるのかわいそうだもん」
「お前も、そういうこと言うのか」


 お前もって、花をくれた人が、そう言ってたって事だろうか。ルナは考えてしまったが、口に出すのをためらう一瞬で、ユイの言葉が覆いかぶさった。
「そうだな」
「え? なに」
「まあ、俺向きの植物かもな。クリスマスローズのHelleborusって、由来は地獄らしいし。あと食い物とかな。こんだけ近いと、ソレでいいやって思うよ」
「……」
「なに」
「……」
「何でそんな顔するんだ」
「泣いてるんだもん」
 悲しくなってうつむくルナ。
「ご免。もうつまらん事は言わない。それに花も、お前に捨てさせて悪かった。生き物捨てるって寝覚め悪いもんな」
「いいの?」
「何が?」
 見てると、苦しいから蓋をしてしまったということ。それなら、側には置いておきたくない筈だ。
「あの、お花、また来たらぼくが貰う」
 そうすれば違う花になるっていうのは、屁理屈だろうか。
「だめかな」
「……まあ、花に罪はないしな」
「それでね、普通のお花なら危なくないし、お店に持ってって使うね」
「お前はそれでいいのか」
「良いも悪いも、お花はお花だもん」
 花が好きな男だっているんだよん、とルナはうふふと笑った。
「いつもカウンタに飾るお花買ってるから、皆喜ぶと思うよ」
「そうか。それじゃ、口に入れないように気を付けてな」
「苦いの?」
「ちょっと毒がある。昔は食ったら死んだりしたらしいけど、今は構造に手が入ってるからそんな物騒なシロモノじゃない。でも吐き気がするとか、息苦しいとかはたまにあるらしいから」
「へえ、そうだったんだー。まあ大人ばっかりだからダイジョウブかな」
 それにしても、ルナは感心して言った。
「駐在さんって何でもよく知ってるよね。お花にも詳しいのは意外だったけど」
「……何か引っ掛かるがまあいいか。前に毒関連の事件で調べてて目に入ったんだよ」
 雑多なソレをいちいち覚えている辺りがすごいと思うんだが、それはさて置き。
「じゃあ、花言葉とかは知らない?」
「全然」
「えとね」
 胸を張って、咳払いして、思い出す。
 追憶、って言おうとしてやめた。
「えへへ、ぼくも忘れちゃった。えと、じゃあクリスマスローズが多年草だっていうのは、知ってた?」
「そうなのか?」
「うん。だからね、同じ体からまた次の年も、その次の年も、花が咲くんだよ」
 でもね、とルナは言った。
「前の花は前の花。色も形も毎年同じでも、今と同じ花じゃないって思うんだ」
「……」
「去年の花も、一昨年の花も、前の前の花もぼくはしらないから、いいんだ」
「……ありがとう」
 ユイが背中を向けながら小さく言ったので、顔は覗き込まない方がいいかなと思った。キスしたかったけど、それは、いつだって出来る。


 アレして、あれとこれとそれと、ルナは久しぶりに楽しくメニューを考えた。考えながら、材料を取り出して、並べて、手を加える。おいしいものを食べて、抱っこして、あったかくなって眠ればそれでいいんじゃないかと思う。
 コッソリ振り返ると、ユイは新聞を片手に、テーブルを拭いていた。今日はルナの当番だからじっとしてればいいのに、手伝おうとしてくれる。嬉しくなって、向き直る。
 鼻歌混じりで皮をむきながら、魔導の講義を思い出した。世界でたった一つだけ、魔法で出来ないことがあった。それが、ジャガイモの皮をむくこと。いつ聞いても、なんてナンセンスな、と思うんだけど、本当に出来ない。誰もが密かに試してみるように、興味半分にルナも何とかしようとしたことがある。変だけど、これがホントウだ。
 リンゴでもイチジクでもザクロでもなくて、どうしてジャガイモなんだろうか。どこにでもあるこの食べ物に、虚を実に、実を虚に塗り替える法則を弾く、ナニがあるというのか。考えてもわからない。まあ、今までエラい人が考えて分からない事、自分がわかるはずもないとルナは思った。分かるのは、おいしくて、栄養があるっていうことくらいかな、とか。
 ただ、ルナは魔法には、他にも出来ないことがあると思っている。ハートだって、きっと魔法ではくるっと皮を取ったり出来ない。
 そんなことを考えていると、傍らに人影が立った。ルナよりも少し低い目線から、流しを覗き込む。
「カレーか?」
「ぶぶー。ポテトサラダです」
 流しには多めのジャガイモが浮いている。ユイは背伸びして吊戸棚を開いて、スライサーを取り出した。
「キュウリ切るんなら、刃はこれでいいか」
 フラットになった刃を取り付ける。利き手が逆だから、少し嵌め難そうだ。
「うん。ありがとう」
 言いながら、ユイの手から優しく取り上げた。
「駐在さん、お腹空いてない? ごはんはぼくが作るから、冷蔵庫のプリンでも食べてて」
「俺は子供か」
「うん、甘いもの好きだからお子様かなー」


 と思ったけど、やっぱりオヤジかも。可愛く食べてたプリンの容器を置いて、新聞を広げて、片手にはコップを持ってる。これで熱いお茶の入った湯のみだったら、どこのお父さん? とルナは苦笑した。でも、そうするとお母さんはぼく? ルナは自分のベタすぎる発想に呆れつつも、ひっそり赤くなった。ラブラブだよ、ラブラブ? ワクワクしながら、ボウルの中身を器に分ける。多分姿は変わらないけど、エビみたいに丸くなるまで、髪みたいに白くなるまで、一緒にいるんだ。
 ルナは一人でユルユル笑ってた顔をしまって、慌てて振り向いた。
 割れたコップと、凍りついた空気。駆け寄っても、ユイは動かなかった。何も言わないで、紙面の一点で視線を止めている。
「駐在さん?」
 呼ぶと、はっとして、取り落としたコップに気が付いた。素早くしゃがんで、拾い集める。
「!」
 手が止まると、床にぽたぽたと赤い点が出来た。
「いた……」
「だめだよ、素手で拾っちゃ」
 続きをしようとする手を掴んで、指先を口に運ぶ。目に入った傷は、結構深かった。多分、加減せず、力任せに触れたからだ。
 飲み込んだ血で、魔力を紡いで癒す。傷を塞ぐ間、ユイは何も言わずにどこか知らないところをみていた。
「治ったよ」
「……ありがとう」
 声を掛けると戻ってきた。そして、濡れたままの手をルナの頬に這わせると、小さく笑った。
「足りなかったら、もっとたべていいよ」
「え?」
「血とか、もっと別のものでも。あとで、いっぱい返してくれたらいいから」
「……」
 滅茶苦茶にして欲しい、そんなところか。虚ろな目が、そう言っていた。
「ダメだよ」
「なんで? 俺、甘いものもっと欲しい」
「しっかりして」
 冷たい手を振り解いて、握り直す。痛いくらい、強く指を絡めて、顔を近付ける。キスするんじゃなくて、目を閉じて、額をぴたりとくっ付けた。


 とりあえず、床を片付けるのは後回し。
 まずはこっちが大事。
 テーブルはダメだから、床に座る。座布団を置いて、肩を抱く。
「ごめん」
 ぼくだって、謝られることなんにもないよ。
 ぼくは細い肩を更に自分の方に引き寄せて言った。
「泣く?」
 駐在さんはされるがままにぼくにもたれると、空いてる手に、指を絡めた。握ったり、緩めたり、何度か繰り返す。
「涙とかは、出ないな」
 暫くそうやって、2人で何にも映ってないTVを眺めてた。


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