■u-ni 03

 で、結果はこうなった。
 ボスは呪文使いらしかった。俺は魔法ってヤツを初めてみたが、聞く程ハデなものじゃなかった。多少の体術は心得ていたようだが、そいつはトモリの敵じゃなかった。
 呪文使いは詠唱中にフトコロに入れば良い──というのはリクツでは分かる。けど、悔しいがトモリがどんな方法でボスを倒したのか、俺にははっきり分からなかった。
 まあ、俺はその間、あの手のデカい男とハデにやりあっていたのだが。
 トモリはESP男に向かう時、初めて刀を抜いた。奴らしい、といえば奴らしい、めちゃくちゃなやり方だった。
 ESPをぶつけてくる相手に、思い切り──あのヒョロい体で、速さがメインじゃなくて重い剣戟だった──斬りかかり、トンファーで殴りつけたのだ。殴る、というより、ちょい、とひっぱたく程度だったのだろうが、バランスを崩した相手をこかして、起き上がりにみぞおちを蹴り上げて昏倒させた。
 ESP男が倒れるのを見て、手のデカい男は素早く俺の側を飛び退き、トモリにその両手を振り下ろした。トモリは捨てた刀を素早く拾い、男の巨大な手を受けた。
 トモリの腕は確かに超一流──ちっとハッタリ入ってるけど──だったが、いくらなんでも無理をし過ぎだ、と思った。力押しの圧力に人形みたいな表情が微かに軋む。
 俺は容易い解決策を見つけ、そいつを実行した。
 俺の引いた引き金に、手のデカい男は膝を崩して倒れた。
 撃ち抜いた箇所から、血の池が拡がる。
「ありがとう」
 トモリは、幾分か疲れた、あと、心のこもった──俺の知る限りで一番──言葉を並べた。
「つか、あれ、作戦だろ」
 なんか背中がかゆくなって、俺はそっぽを向いた。
「ん……でも、まあ……痛い思いせずに済んだし」
 何だかよく分からなかったが、そう言うので、俺は礼を素直に受け取った。
「おー」
 ちっとテレくさかったが。
 どんな形であれ、こいつに頭を下げさせたのだから、何か気分がいい。
 そう息が上がってない様子をみると──何故か寒気がする──奴一人でも転がっている連中を何とか出来たのかもしれない。でも、トモリは俺を数に入れている。ほんのちょっとでも。
 ──今朝会ったばかりの俺を、頼りにしてるってことなんだろーか……。
 そういえば、俺の名前を呼んだとき、奴は何のデータも参照していなかった。
 ──俺のデータを覚えてた。
 こんな事で、多少なりとも喜ぶ自分がおめでたいと呆れながらも、俺は内心ニヤリと笑んだ。
 ──全く、俺ってヤツはおめでたい男だ……。


 まさか、こいつに足蹴にされるとは、思ってなかっただろうな……と、多少──ほんのちょっとだ──気の毒に思いながら、俺はトモリがボスをつま先で転がし、あちこち裏返して眺める様子をみて言った。
「んで、これからどーすんだ?」
 トモリはボスから目を外し、俺の方へ寄りながら言った。
「話を尋く」
「あ?」
 ──ジンモンとかなら、フツー一番エラいヤツにするハズだ。いや……口の軽そうな下っ端か?
 とかアレコレ考える俺のことなど眼中にない様子で、トモリは手のデカい男の前に立ち、すらり、と刀を抜いた。そして男のデカい手を2つ、斬り落とした。
「ちょっ……」
 気絶した人間の腕を落とすなんてどうかしている。止めようとしたが全然間に合わず、転げ回りやがて動かなくなった手の……デカかった男の手のあった所から噴き出す白い液体を、マトモにかぶってしまった。
「どわっ……ぺっぺっ」
 まあ……さっきの一件でどの道クリーニング行きだったが、制服は台無し──そんなに好きでもないからまあいいけど──だし天然の金髪がぐちゃぐちゃだ。トモリはそんな俺をちらり、と見て刀の血糊を掃うと鞘に仕舞った。
「サイバー者には意識が無くても殴り掛かるギミック持ってる奴がいる。接がってないから、痛いけどそれで死んだりしないし」
 白い液体の正体は、人工血液だ。接がってない──どうやらこの男のサイバーアームは自立型らしい。
「……って……そりゃいーけどよ、もしつながってたらどーするつもりだったんだ?」
「まあ、そのときはそのときで」
 トモリはもう、そんな男がいたことすら忘れたかのように背を向けた。
「これじゃ話きけねーだろ」
「何で?」
 振り返ったトモリは、悪魔のように、その首をかしげた。
 たった一拍、跳ね上がった自分の心臓を、俺は呪った。
 その恐ろしく罪の無い仕草をやめると、俺の返事なんか全く期待しない様子で、最後の一人──哀れな犠牲者にみえてきた──に白い手袋の手をのばした。
 ESP男はまあ、貧相な体格だったが、それでもトモリよりは大きかった。
 トモリは男の胸倉を掴むと、そいつの腫れあがった顔を見つめて小さく言った。
「起きろ」
 何の反応も無い。
 ──そりゃそうだろ。
 俺は思ったが、かちゃり、とトモリがアレ──鞘から僅かに刀身を見せる──、鯉口を切る、ってヤツをやると、男はうっすらとまぶたを開けた。
 トモリは掴んでいた手を放した。男がモロ背中から地面にぶつかる。ソレと同じタイミングで、あばらの浮き上がった男の腹を踏み付け、抜き放った刀を喉元に突き付けた。
「何故分かった?」
 吠えていたときとは全く違う声で、男が呻いた。
「魔導師気配無さスギ。何かウソくさい」
 トモリは面倒くさそうに答えた。
「俺の術をやぶるとは……」
 口惜しそうに手をのばす男をつまらなそうに見て、トモリは言った。
「銃」
 俺はそれが自分に対する指示だと気付くとソッコーC09を構え、男に向けた。
「残った力で俺を殺してもあんたは助からない」
 トモリのセリフに、男は悔しげに叫んだ。
「くそっ……何故だーっ!」
「あんたが一番正直だから」
「ちょっと待て、何かよく分からねえ」
 面倒くさそうに男の命を握るトモリに、俺は待ったをかける。
「一体どーなってんだ? 何でそいつがボスなんだ」
「聞く?」
「おーよ! 頭わりーんだよ俺はよー」
「あ、そう」
 奴はまたもや心のこもらない返事をし、男に告げる。
「言え」
 つまりは、こういうことだ。
 ESP男は、下っ端のフリをして、2人の男──性格には手のデカい男だけ──を操っていた。だから、ボス、と思われた魔導師が倒れても何もしなかった手のデカい男が、ESP男がしばき倒されたとき、そっちのフォローにまわった。トモリは、俺とこいつらの会話を聞きつつ、分析していたらしい。
 どんな気色悪いセリフにも顔色一つ変えないトモリよりも、俺の方がよっぽどチョーハツしやすかったにも関わらず、手のデカい男以外の2人は、奴を落とそうと頑張っていた……かもしれないと思い当たった。
 ──に、しても胸クソ悪りーハナシだ。
 ──生きた人間を操るなんざ、何サマ? ってカンジだ。
「貴様ら……こんな事をしてタダで済むと思うなよ」
「その上何かくれんのかよ」
 ツッコみドコロ満載の安セリフに、俺は思わツッコんだ。
「何かくれ」
 トモリが追い討ちをかけるように言う。
「……! そんな事を言っていられるのも今のうちだ! お前らのような企業警察が、マフィアを敵にまわして無事で済むと思うなよ」
 そう言って男は、自分を見下ろすトモリの身体をみた。
「その時に泣こうがわめこうが……」
 男は酔ってでもいるようにぼんやりと沈黙し、続けた。
「お前を……」
 そして、トモリの緩くネクタイの締められた襟元を凝視して、悦しげに笑った。その視線はいかにも糸を引きそうで、俺は自分に向けられたワケでもないのに全身にトリ肌が立った。モチロン、顔には出さない。
 相手にしたら負けだ。無反応でスルー。
 俺はだんだん、トモリ=ユイという奴のやり方が解ってきたような気がした。
 兎に角、そのときはそんな気になっていた。
 トモリは男を無表情に見下ろして、幾分か心のこもった様子で口を開いた。
「あんたは、カミサマがこわくないのか?」
 男は益々、オカシソウニ哂った。
「神? そんなモノがいたら罪人なぞおらんわ!」
 トモリの顔は男がいくらその目を這わせても、人形のように動かなかった。
「銃」
「あ?」
「もーいいよ。下げても」
 いぶかしむ俺を見るワケも無く、トモリは最初にしたように男の胸倉を掴むと、思い切り蹴飛ばした。
 その後はめちゃくちゃだった。
 兎に角、トモリはそいつをボコボコにしばき倒した。ケンカ慣れしている俺にもわかったが、どんなに蹴り飛ばしても踏み付けても、その一撃一撃は決して致命傷ではなかった。
 死なない程度に、殴りつける。
 人形のような美少年が、男を足蹴にして、兎に角殴りつけて、蹴飛ばして、ボコにする。
 なんというか、俺はその光景に圧倒され、何も言えずに見ていた。
 どのくらい経っただろうか。
 俺が我に返ると、トモリはまた、男の胸に足を置き刀を抜いていた。
 惨めな有様だった──が、命に別状はないだろう。男の目にはもう、助平心のカケラもなかった。思想もプライドも、ボロボロに砕けた、ただただ痛めつけられ怯え切った震えだけが、その顔についていた。
「……」
 男が何か言ったっぽいが、俺には聞こえない。
「なあ……」
 声をかけて、続きが言えなくなる。
 トモリが、にやり、と笑ったからだ。
 見た目には、何というかあのどこを見ているのかわからない目を僅かに細めて、儚げな、命の短い花のような笑みだったが。
 アレが当たり前の人間でいうところのつまり、にやり、という類の悪魔じみたシロモノであることを、俺は確信していた。
 そして奴はまた、俺の心臓を跳び上がらせるような声で言った。
「ごめんなさいと言え」
 もう俺は自分の心臓を呪わなかった。
 ──おかしいのは俺じゃない。
「ごめ……な……さ……」
 男は言い終わるか終わらないかのうちに、ぱたりと動かなくなった。勿論、死んではいない。もし今この男が死んでも、トモリは絶対許さないだろう。神サマを誘惑してでも──イヤ、マジで出来そうで怖かった──男をこの世に繋ぎ留めるだろう、と俺は思った。
 そうならないよう、
 ──この俺が
 あろうことか天を仰いだ。シューキョーはやらないので、兎に角、空をみた。


 祈り終わった俺が視線を戻すと、トモリの顔にはもう何の感情も残っていなかった。
 そして、俺は呆れた。奴が男を抱き起こしたからだ。
 ──まだ何かするつもりかよ!?
 俺はそのツッコミをかろうじてせき止めた。
「……」
 そんな俺の気持ちを知ってか知らすが、トモリは男をそっと地面に横たえると、何もせずに立ち上がった。
 トモリの瞳が僅かに動いたが、それがどういった感情によるものなのか、俺がそいつを知るには、出会ってからの時間が少なすぎた。
 トモリは俺のずっと後ろをただ見つめていた。
 俺は自分の迂闊さを今度は本当に呪った。
 これは殺気だ。
 洗練された、こんなショボいストリートには似合わない、鮮やかな斬り口から僅かに零れた血にも似た、殺し屋の気配だ。
 そこには、一人の男がそんな闇を纏った男達を従え、立っていた。
 帽子にも、靴にも、ポケットからのぞくハンカチにすら、スキが一つもなかった。
 華麗にして静謐な、完璧な大人の男だ。
 ここじゃかったら、俺はサインの一つも貰おうと思ったかもしれない。だが、男のずっと後ろの通りに停まる車の光沢と、彼の背後に控える闇の色が、そんなイイモノじゃないことを告げていた。
 俺はC09に手をのばすのを止められなかった。
 が、俺が銃を抜いても、男のガード達はぴくりともしなかった。
 それが、力の差だとでも言いたいのだろうか。
 俺が銃口を向けても、その俳優みたいな男は平然と通り過ぎようとして、ふと思い立ったように足を止めた。
「ふむ」
 しげしげ、と一瞥し口を開いた。
「君とは初めて会うな。名前は?」
「イチヤ=フェイだ」
 その問いに、俺はあっさり答えてしまった。
 相手にする、しないとか考える余裕はなかった。
「元気なことはいいことだ」
 俺の銃をみて、男は微笑んだ。
「失礼、私はアルフォンソ、という。まあ、そういうものは仕舞っておいてもいい」
 男は俺の構えるC09にそっと触れた。
 ──正直に言って、ほっとした。
「いい子じゃないか」
 アルフォンソは嬉しげに話しながら、黙って立っているトモリに歩み寄った。
 トモリの目がアルフォンソを見つめてほんの少し、動いた。肩も僅かに動く。手を、ごく小さく動かしたからだ。
 そして、闇が動いたのも、俺はわかった。
 それでも、彼らは武器を手にしない。
 ただ、トモリを見ている。
 正確には、その左腕を。
「久しぶりだが……元気にしているか」
 トモリは何も言わなかった。
「黙っていては分からんな」
 でも、今までの沈黙とは違うものだった。
「……まあいい。お前に何かあったら例の……そんな顔をするな」
 アルフォンソは一人芝居のように話しているが、実は違う。トモリとこの男はちゃんと会話している。トモリが何を言っているのか、俺には分からなかったが。
 沈黙もまた、答えらしい。
「ふむ……いかんな」
 そうつぶやくと、アルフォンソはトモリの髪に触れた。
 また、闇が動いた。
 アルフォンソは優雅な仕草でポケットのハンカチを取り出すと、漆黒の髪を拭った。壊れ物でも扱うような仕草、稀な細工物に触れる手だ。
 汚れは例の人工血液のカケラだった。ハンカチを仕舞って、アルフォンソは微笑んだ。
「これでいい」
 そして、転がる男3人を眺めて言った。
「さて」
 彼らの処理だが、とつぶやいて続ける。
「まず、撤収してくれ」
 闇の一部が、男どもを持ち上げる。
「まだ、話は終わっていない」
「ユイ、お前の誘いを拒める者は多くない。だが、彼らはいくら招いても今以上のことは知らん」
 肩越しに振り返ってアルフォンソは言った。
「つまり、君と同じだ」
 いきなり話を振られて、俺は戸惑った。
「彼らはこの街へ来て日が浅い。まあ、だからお前の事を知らないのは無理もない」
 言葉の半分で、アルフォンソはまた、トモリを見た。
「まあいい……どの道彼らはファミリーとしては不向きだ」


 車のドアが閉じる音がして、アルフォンソは2人になったガードを従え別れを告げた。
「また会おう」
 車は去り、俺達は2人、汚い路地に残された。
 俺は、さっきの妙に生々しいやり取りが頭を離れず、トモリをまともに見られなかった。華奢な肩だ。朝みたときと同じ、ポッキリいきそうな首だ。何をするというでもなく、ぽつんと立っている。中に何があるのか、ここからじゃわからない。
 みてはいけないだろうが、しりたいとおもうと、妙にざわつく。何で俺こんな考えてる。
「やる」
 そんな俺に、トモリは板ガムを差し出した。
「お……おう」
 ガムでも膨らませれば、気も紛れるかと噛んでみる。フルーツ香料の甘さと、淡い薄荷がただよう。膨らませることはできなかった。刑事ものならココはバブルガムだろう、スカっとするアクション映画みたいに割ってしまいたかったが、文句は言わないでおく。
「何つーかその」
 トモリは自分もガムを噛みながら、そのことを言った。
「ミリオーネのまあチョット上等なチンピラがタイホされて……今ウチにいる……あ、捕まえたのは俺じゃない。アレコレ小突いても黙ってる、命狙われてるっぽいってきいてて……何かあるな……とか、思ってた。んで、さっきのアレ、何か尾けられてウザいしまあ話くらい聞いてもいいかなと……逆だったけど」
「逆?」
「ん。今、とらまってる方が残った連中に都合の悪い何かを握ってたってコトだ。だからこれ以上、とらまってるのをシメても何も……なに?」
 奴はきょとん、と俺をみた。
「ていうか何でイキナリそーゆー話になるんだ」
「聞くと思ったから」
「そりゃ聞くけどよ……でもな」
 このタイミングで白状するのはソッチじゃないだろう。ぼんやりしているのかはぐらかしているのか、微妙に免疫ができた、コイツなら、多分両方だ。
「んだよさっきのは」
「マフィア」
「だからよ」
 イライラと、俺は促した。
「何なんだ、あのダテ男はよー」
「育ての親」
 意外とあっさり、トモリは言った。
「あ゛?」
「みたいなもんかな」
 トモリはまだ何か、相応しい答えを探しているようだった。
「まあ、今は別に俺は特別扱いしてないし」
「ならいいんじゃね」


「んじゃ、帰ろっか」
 トモリはすたすたと歩き出した。
 ナビには一度も目を通さず、行きよりもずっと早く、あのバス停へ戻って来る。
 自転車を押す奴を、俺は歩調を緩めて待った。
 並んでしばらく歩く。
「隊長」
「何?」
「お疲れ」
 トモリの目が、一瞬きょとんと開かれる。ごく小さく、その顔が動いて、言った。
「……お疲れ」
 今のはわかった。照れている。
「まあでも、帰るまでがパトロールだから」
「遠足じゃねーんだからよ」
 まあそんなカンジで、俺のもり$カ活は始まった。
 地味でタイクツだと思ったけど、そうでもないかもな。

 (1stup→170421fri) clap∬


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