■hao-chi 03

 ──一度でいいから、もう一生のお願い!
「つか命3つあるじゃんオマエ」
「こんなトキにくだらねー茶々いれるでね! ジャンピング土下座de拝み倒してる最中なんじゃぞ!」
「駐在ちゃ〜ん、あいしてる〜」

 か わ い い カ ッ コ し て く だ さ い !!

 ──それでそれで、もうもう、あーもうどーしてもどーしてもして奉仕じゃなくて欲しい!!!
「今夜だけ、そそ、今夜だけでいいんですぅ〜(はあと」

 や さ し く し て く だ さ い !!


 アレはあんな力いっぱいみんなで叫ぶようなセリフだったか? いやいやいや、言葉どおりにとればいいのかまあそうか。
 但し、性的な意味で、だったとしたら……今なら不可能でもなさげなこの腹のモヤモヤ感はなんだろう。ムリムリムリインもアウトもそんないっぱい出来ません、とユイは首を振った。
 そんなことしながら奥まった──オーナーが好意で提供してくれているから銭金の心配はないそうだ──別棟に案内され、ルナに付いて歩く。多分、表側の店舗とは別の空間に存在している。全く別の場所の入口から入っても、ここに辿り着く仕組みだ。こういう構造の建物は、大抵恐ろしく年月を経た魔物の棲家になっている。恐らく、この建物のある路地一帯がそいつの巣≠セろう。
 それにしても、かなりの投資がされてそうな造りだ。ゲストルームだときいたが、どんなおVIP妖怪がお招きされているのか。いいけど、街にいる間はおとなしくしていてもらいたいもんだ。
 先を歩くルナが開けた扉の向こうは、本当に大丈夫なんだろうな主に経済的に、というようなレイアウト。謎の薄布がそよぐ後宮風、水音が聞こえるのできっとアレな装飾のプチ温泉もあるだろう。別の方向にも心配だ。少しだけど。
「バルコニーがあるのに、あったかいでしょ」
 ルナは不安げなユイの瞳をのぞき込んだ。
「結界とナノテクで遮蔽も完備」
 いつものキラキラしたサクランボだ。
「本当はすごーくお得意さんにしか使わせてもらえないんだけど、みんながね、ココにあのお酒、ボトルキープの形で保管させてってお願いして、OKしてくれたからお礼に完成したら分けますって。そしたら逆に喜ばれちゃって、こうなったの」
「そんな……レアものなのか……」
 こんな絢爛な巣に在る御大にコレクションされてしまうのか。アレが。
 もしかしたら軽い気持ちでとんでもない約束をしてしまったのかもしれない、と少し。
「うん。あ、でも、みんなそんな何回も作ってって考えてないから、そんなおびえないで」
 はっきり言われて目を逸らす。こういうときはあまり、こっちを見ないで欲しい。
 でもルナはやさしくて、柔らかな視線の温度まで感じてしまいそうだ。
 それにこれは、なんかさっきのお願い≠ニ違わないか。
 どうみても、いろんなものに溺れる部屋だ。さり気なく置かれているがあやしげなアイテムが、美しい布に覆われて棚にしまわれてあったり、何枚もの透けた布の向こうには、上から何か下がってる。気のせいだと思いたいが、あの輪になったものは首を括る為のロープなんかではないだろう。しかもあの場所はベッドだ。
 どうみてもどこかのお大尽様(人外)がニエだかヨメだかを存分に愛でまくる為の機能に特化している。
「今日はすごく疲れると思うから、折角だし、泊まらしてもらお」
 ルナが嬉しそうに布をかき分ける。中からは強く香が香る。だけどソレはくどく感じる種類の刺激ではなかった。一方で解かれて、一方で締められる様な、不思議な感触だった。
 じゃあ、かわいい格好って、ココで気持ちよくなれってコトなのか、今夜だけって、一晩感覚を共有しようとでも? それかもっとあからさまにみせてくれとでも。
 トンズラするなら今しかない。
 なのにどうして。
「駐在さん」
 不思議そうなルナと目があう。血のような可愛いさくらんぼに、心臓をくわれたような気がした。
「どうしたの」
「いや」
「大丈夫? ちょっと休む?」
 なんて肩を抱かれて顔を上げる。ゆっくり一緒に、ベッドというか、寝台に寄る。


「でもさあ……チョット、冷たい目で見下されたいともおもわない?」
「あーソレイイ。鞭でぴしぱしっていうか、むしろアノ服で峰打ちされたいカモカモ」
「えー、俺は太腿のエロイガーターに仕込んだナイフでザックリイッチャッテ欲しい……ハァハァ」
 そんなもん仕込んでネーヨ、と呆れる。高校生魔女みたいなアクションは期待されても無理だ。
 第一飛んだり跳ねたりする気になれない。
 コレだけは死んでも譲れるかと男物のままだけど、だからといってスカートの下からパンツなんか見せたくない。ペチコートがあるから思ったよりスースーしないが足元が頼りない。気を利かせたつもりなのか、靴は自分のと同じメーカーのブーツだったが、履き慣れてないからしっくりこない。ワークタイプじゃないからか。コレはコレで作業着なんだからおかしいだろ、とユイは心の中で文句を言った。
 よくこんな格好で掃除が出来るな、と着る度に思う。ていうか、本当ならもうこんなもの似合っていてはいけない年齢の筈だ。ウカツな奴なら騙せるか? と自分で思ってしまうのもどうなんだ。ダメ過ぎる。コレは鑑賞(他人が着てるのを)するものだ。
 全くメイド服なんて着るもんじゃない。


 ベッドの上には服が置いてあった。
 黒いワンピースに対照的な白いエプロン、古風な一揃えだ。
 コレで萌えない男がいたらナマコ野郎と罵ってやる。とかぐっとくるくらい激しく好みだが、使い方に問題がある。


 ルナと不毛な問答をして、キラキラした視線に耐えながら着替える。
 ここまで追い詰めておいてこの程度で済ませるくらいだから、痛いことはしてこない。善人でなくても、悪い奴らじゃない。わかってはいるが、プレートを外す時は手が震えてしまった。
「だーいじょうぶだって。もし、今夜の間に怖いひとが駐在さんを喰べにきたら、みんなで守るからって」
 ぼくも、なんて抱き付いてくるから余計なお世話と押しのけた。
「ソレは俺の仕事」
 何と今の姿に合わないセリフだろうか。格好つけて翼を広げてみたがサマにならない。尻尾の先のリボン──ここまでやったら引くかとふざけてみたがルナに感動されて凹み中──が情けなく揺れるだけだ。心なしか角がしおれてみえる。
 姿見に映った自分は人間寄りのドラゴン娘でメイドさん……こんな時でも萌え記号は忘れない。
 但し自分以外に限る! 萌えにチンコついた人はいりません!
 ていうかナニ言い訳してる自分、一瞬でも、見とれてとかないから、脈も速くないし。ユイは自分の姿から目を逸らして背筋を伸ばした。
「どうかな……」
 顔を赤くしてルナが言った。恥ずかしげにクネクネとしている。
 きくなそんなこと。あとお前が盛大に照れるな。ユイはそんなルナからも目を逸らした。
「どうって」
 これが……私? とでも言えというのか。むしろ予想どおりで凹んだ。少しは劣化しててもらいたい。あと100年くらいしたら似合わなくなるだろうか。
「ぼくが選んだんだけど……可愛い?」
「そんなこと、自分でわかるわけないだろ」
 だからいちいちクネクネするなって、ユイは襟元に手をやってぼやいた。
「コレもお前の趣味か」
「うん」
 チョーカーというよりはどうみても。
「……」
 嵌めるとピッタリだったのがムカつく。
「チョットだけ、背徳感があるのがチャームポイントなの」
「ちょっとじゃないだろ、最近益々変態じみてないかお前」
 また悪い娯楽を習得したんじゃないだろうな、と睨みを利かせる。
「はいせんせいせっとくりょくがありません(はあと」
「お前ね」
 立てかけた刀に手をのばしかけて止める。
「もういいよ……」
「駐在さん」
「なに」
「かわいい」
 ルナはユイの手をかわして軽く抱き付いた。
「たべちゃいたいくらい」
 首筋に触れそうな距離で囁く。革のベルトがくすぐったい。繋がれてもいないのに身体が軋んだ。
「……やっぱり叩き斬ってやる!」
「ホラホラ、おこっちゃイヤ。そろそろ行こ。みんな待ってるよ〜」
 鏡の向こうの自分が、倒れそうな顔をした。今回のが一番似違和感ないか。そんな気持ち悪い趣味はないけど、自分に合ってるような気がした。ルナが選んだんならそうなるだろうけど、本当に倒れてしまいたい。


 何度試しても、自分の血じゃ酔えなかった。
 なのにどうしてこんなにぼんやりするんだろうか。
 ありがたそうに奉られた器にはどこか禍々しく優しげな金色をした蜂蜜酒が湛えている。
 自分の手には、そこから汲み分けたガラスのカラフェがある。シンプルで、慣れていなくても注ぎ易いデザインだ。魔物ども──自分もその一人だけど──の差し出すグラスに注ぐ度、甘く香る。正直、自分の血が入っているなんて気持ち悪い。だけど、なんていまにも倒れそうに目を輝かせているんだろうか。そんなに、その酒が、欲しいと願っているのか。そんなに求められるなら、きっと、総てをとろかすような味なんだろう。考えると、まともな神経が怠惰に目を閉じた。
 俗な頼み方をしてきたが、それなりに神妙な雰囲気だ。
 ロウソクの灯りの中で、仕上がりを祝って、この夜に乾杯する。
 かわいいカッコがメイド服なら、やさしくしてっていうのはこうして一人一人に酒を注ぐことか。
 ここまできて確認することもできないが、ほぼ間違いないだろう。
 15のガキじゃあるまいし、ナニ照れてるんだコイツら。とユイは内心毒づいた。恥ずかしいのはこっちなのに、なんでそんな熱そうにしてるんだ。他のヤツじゃダメなのかよ。
 だめなんだけど。わかってる。
 本当はバカどもの期待を裏切って、少々雑になってもさっさと済ませてしまおうと思っていたのに出来なかった。動きにくいせいだ。長いスカートと少し膨らんだ袖のせい。あと、ちょくちょく天井がチェックしているが、触ろうとしてくるヤツがいるし。割れ物持ってるからダメだって、そんな注意事項があった。
 いい加減はやくしろよとか野次が飛ぶかと思ったのに、誰も焦った顔をしない。甘い匂いに目を輝かせながら、少しずつ注がれる金色を観賞している。むしろこのままずっと夜がおわらなくてもいいかのように、時間の流れが緩く感じる。
 誰かが祝福の言葉を紡いだが、だれだったのかおぼろげにしかわからない。
 気が付いたら、断るつもりだった自分の分の杯を、傾けていて、甘くて壊れそうだと思ったりした。
「嗚呼……やっぱ若い子の肌はええのう……スーパー舐め舐めタイムといきたいのう……」
「ちょ、踊り子さんには触れないでくださいよ〜」
 舐め舐めはあっしの専売特許ですぜなんて小声で言っている。館のオーナーだという御老体──あんなに飲ませて大丈夫なのか──を諌めながら自分も随分嬉しそうだ。
 恨めしそうな顔をしてやると、天井は逆さに滑って来てこそっと耳打ちした。あまり近くで話さないで欲しい。
「ダンナ……見違えました。まさかこれ程Lv高いなんて……うーん……コレでしゃべらなければパーフェクトなんですが……ねえ」
 くだらないことを言ってからかう。軽いジョークに、少し溶けた魔物の目。
「その首輪がたまりません。隙間をべろんとやりたいですマジで」
 なんていうので、逆さまの顔を手の平で押してやった。


「ダンナ今日はなんかしおらしいですね」
「そうかな〜」
 このトロロちゃんが何を考えているのかは、正直天井にはよくわからない。
「いやね、あんまり可愛かったんでチョット茶化してみたんですよ」
「え」
 ルナは少し驚いて天井をみた。
「そうです。でもこのとおり無傷です」
「へえ〜」
 普段ならもう少々、しばかれていてもおかしくない。
「それにしても、あの服、ホント可愛いですね」
「ホント? よかった気に入ってもらえて嬉しいです」
「あのほっそい脚みてみたい気がしてたんですが、ストイックな長いスカートもいいもんですね。長袖も、ちらりと見える手首がまた手袋の時と違う風情のフェチズムを刺激するし、そんな露出度押さえ系なのにアレが」
 天井はうっとりと口に出した。
「お堅い襟元に首輪があるなんて、正直犯したくなりました」
 イヤ、命惜しいからやりませんけど、と天井は苦笑した。


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