■hao-chi 06

「いや〜昨日はすまなんだな。すっかり酔いがまわっての」
「いえ」
「やっぱ歳には勝てんのう」
「どうかお大事に」
「お前も息災でな」
「はい」
「おー、そうそう、あのめんこいスライムの子はまだおるかえ」
「いいえ、つい先ほどチェックアウトしました」
「そりゃ惜しい。朝げの前にきいぷしておくんだったの〜」
「……」
 歳には勝てないとか、さっき幻聴を聞いたのか。
 朝から悦しそうだ。
「いかにも甘露な卵、分けてもらえんかと思っておったのじゃが……どうした?」
「いま、何と仰せで?」
「ん? はっかあのお前に覗きを咎めだてされる謂われはないぞ〜」
「あー……」
「とゆーかお前、何故あの好機に観なんだ、据え膳あれば喰らうて当然じゃろ。まーお前は妙なトコロで義理堅いからの〜」
「いやー、まあ、あっしがヘタレなのはわかっておりやすが、バレたらどうするんですか」
「分かりゃあせんよ。儂を何と心得る。あ〜んなおぼこいオタマジャクシちゃんたちに気付かれるような網は張らん」
 と胸を張ってから御老体はまたニヤついた。
「しかし、ひとつでいいから喰ろうてみたかった……あー、そりゃもう滋味溢れて、寿命が100年はのびそうじゃった」
 それ以上のばしてどうするつもりなのかと呆れる。元々数え切れない程永いでしょ、とか。
「なに引いた顔しとる。中に独立した命は入っとらん」
「イヤ……でもホラ……場所が場所ですから」
「何を人間みたいな些細なコト気にしとる。そんなものニワトリの卵でも同じ事じゃとて」
 そりゃアンタはカエルだからキニシナイかもしれませんが、と巨大な蟾の姿を思い出す。ミイラのように縮んで年を経た小さな御隠居が仮の体だが、薬水神とも呼ばれる深遠な妖だ。
「生きた腹仔を寄越せと言っているでなし」
 そこまで悪趣味ではないと御老体がうそぶく。
「確か……トロロちゃんの群体が入ってるんですよね」
「そうじゃ。孵っても融合して本体に戻る。でなければだんだん揮発して大気中に拡散する。聖属性を帯びとるのに自然消滅はあまりにも勿体無い。温度を下げて孵化を止めても賞味期限はあるからの〜。大らかそうな子だから頼んだらおっけーしてくれそうじゃろ?」
 簡単に想像できてしまうトコロが悲しい。
「あの子はエエ子じゃ。今時珍しい純真無垢、見た目もぷにょぷにょと愛らしいしな。それでいてあのSっぷりがたまらんの〜」
 ハァハァ、と熱い息がかかりそうだ。両生類なのに茹だるんじゃないかと思う。
「是非、本腰いれて種付けするときはうちでやって貰いたいもんじゃて」
 どこが歳だ、ていうか歳を捻りつぶさんばかりのハッスルだ。
「トカゲっ子はトカゲっ子っで、お堅いトコロがこうキュンとくるんじゃよー。禁欲的になり切れず、四苦八苦しとるところがかわええ。アレが無ければ真にまつろわぬ兵でいられるのにの。何でも無いような顔しとったが、夕べ出掛けに泥朽を2秒で捌きおった……戯れでけしかけたんじゃないぞ」
「わかってます」
「いやー焼酎に漬けてやろうと取り寄せたらな〜、うっかり手が滑って、それから2年は経つかの。ソロソロなんとかせんとイカンと思っておったところでな〜」
 ダメじゃん、とうなだれる。
「あんなやわこいカラダで腕っ節はなかなか、管理局なんか辞めてうちの私兵にならんかの」
 そしたらセクハラし放題なのに、などとのたまう。
「しかしあのメイド姿は良かった……ワシが孕ませたい……あの子はMっ気があるでな、押したら落ちそうだと思わんか? 何か売る恩があれば真面目な質じゃから請けそうだしあー誰かてろでも起こさんかの〜」
「翁!」
「なーんてな。カルーイめりけん冗句じゃ。そんな戦事の渦中にあってはかわいこちゃんをナニする夢想も出来んでな」
「程々にしてくださいよホント」


「で、どうだったんだよ」
「何が」
 白手袋の手がカードを通す。
「休み前の夜だよ」
「どうって別に」
 なんでもなかった、と言いつつ何でもない素振りでCランチのボタンを押す。どっちかというと女性向けの可愛らしいメニューだ。今日はショートパスタとサラダ、ミニパフェのセットだ。うまそうだが食いでがない。
「酒の材料に血をくれって言われただけだった」
 Bランチのスープ皿にミネストローネが入っていたのを思い出す。メインは香草焼きの魚だった。悪くないかも。刑事はタフな生き物だ。
「なら良かったじゃねえか」
 ショウは自分のポケットからカードを探る。相棒が妙な顔をするので、次の人に場所を譲ってのぞき込む。目をそらされた。
「なんだよ」
「何も」
 妙な場所に包帯や絆創膏があったりもしない。まあ、あったのかもしれないが1日あれば消えるだろう。下世話だが、ないわけない。微妙に色気を感じるのはソレのせいか。思いついて気にしないことにする。もう一度券売機の前に立つ。
「ひょっとして……」
 やっぱり気になってささやく。損なメニューを選ぶなんて変だ。食欲がないのか。それは深刻な問題かもしれないし。
「酔った勢いで何かされたのか」
 背中を向けられた。
「大丈夫か」
 魔物の世界では罪にならないのかもしれないが、それでも無理矢理は感心しない。一言言ってやるか、場合によっては──効くかどうかは兎も角──2、3発撃ち込んでやってもいい。コイツの人がいいのに付け込んで、数にあかせて強姦とか。
「調子に乗り過ぎだ」
 思わず口に出してしまう。真剣な響きに、相棒が慌てて振り返った。
「いや、別にあいつら何もしてないから」
「はあ?」
「何か……怒ってもらって悪いけど」
 耐え切れなくなったのか、赤面して目をそらす。不気味な筈だが可愛い。こういう無駄に人を誘惑するときは間違いなく何かあった後だ。エロ方面で何か。
「プライベートなことだから」
「……なら、いいけどよ」
「前みたいに仲悪い? とかでもないし」
 そんな子供みたいな顔しなくていいって、と思いながら今度こそカードを持つ。
「愛されスギてお疲れなんだろ」
 そりゃ食う前から腹一杯だろ、と軽口を叩こうとする。
「……」
 ショウは一瞬固まって、カードを通した。しあわせそうなお子様の顔と夢がフラッシュバックする。
 人の気もしらないで、相棒はほんのり照れた顔で、多分無意識に腹に手を置いている。
 Cランチのボタンを押す。
 植えたって芽が出るってコトもないんだろうけど。まあ今のところは。
「さ、呼ばれる前にさっさと食っちまおうぜ」
 ランチメニューのカフェ看板とサンプルをチラリとみて歩き出す。
 香草焼きの脇にはレタスの上にポテトサラダとミニオムレツ。因みに和風なAランチはほうれん草が巣ごもりにされている。
 確かに、今アレが食える程タフにはなれないとショウは思った。

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◇注釈的なもの◇

 04月30日〜05月01日はヴァルプルギスの夜
 因みに2010年04月30日が満月だった為ざっくり19年周期説によると2200年04月30日に満月が回ってくるらしいリアル理科年表
 でも世界が違うものに変わってるから多分そのとおりではないと思いま