■party-night 03

 男がうなだれている。悔恨の情があるわけではない。ひどく疲れてみえる。ボイドのメモリにあるデータとでは、面相が随分変わっている。一気に年老いたような、何かに生命力、活力を吸われたかのような衰え。男の顔は──そういったテクノロジーが栄える世の中ではあるが──外科的に変わったわけではない。表面さえも変えてしまう要因が、何か深い部分で起こったのだ。
 まあ、そうだろう。
 無傷で、或いは起訴可能なLvに於いてなにもしない≠ニ彼らは言った、という。だからこの男は操られたり、精神に変調をきたしたりはしていない筈だ。もっとも、その辺だって、コチラの処理がし易い程度に修復した結果かもしれないが。実践の場を目の当たりにしたことも、見たいとも思わないが、彼らは割とあっさりと復活≠行う。だから奇跡≠ェ高きに限られる信徒から煙たがられるのだが。蘇生℃ゥ体はそれほど複雑な技術──この場合、魔術とでも言うべきか──ではないと、この場にいない部下からきいた。
「いつまでもバケモンの遊びにつきあえるかよ……あいつらは……」
 総てを澱みなく語る男。口調は幾ばくか棘があったが、力は弱い。縄をかけ、檻に押し込まなくても、もうナニも殺せまい。
「何度も弄り殺しにされてたまるか」
 自分の後ろで膨れ上がる気配がする。2秒で粋なスーツに仕舞われる。スマートに襟を正す微かな布の音。飄々と振る舞う分、自分のような古い人間からみれば軽薄。しかし浅はかではない。先を考え賢しく動く。そんな男でも聞き捨てならないか。若い、が急いて擦り減らすものでもない。
 捕らえた男を八つ裂きに、殺しても殺し足りないと、憤り、叫ぶ者が多く出る筈だ。件の被疑者が切り裂き、穿ち、引きずり出し、娯楽に供したニエは、保護者のいるものが大半だった。世界の汚れをしらない雛を強固な守りから奪い去り潰すのが良いと、淡々と。男の語る総てに含まれる記録だ。
 間を持たせる為だけに湯呑みを持ち、虫も殺せなさそうどころか触れることさえためらいそうな顔を浮かべる。作り物めいた姿に反して手の出易い質だ。こじれたフトコロへ、あれに使いをさせるなどナンセンス極まりないが、まあ、成すべきことは堪えても成すと信じておこう。自分が動かせる中で、怪異が提する不条理に応え得る唯一人だ。
 彼ら≠ヘ与えた苦しみの数だけ殺せ、無念の分だけ怨嗟を受けろと咆哮するが、それではこちら側の法が成り立たない。
 自分達がどれほど丁寧に捜査を行い資料を揃え、ソレを使う検察が巧みであっても、司法公社が出す判決に、皆が喜びはしないだろう。みえる世界でも、だいたいそういうものであるが。
 お行儀よく刑に処すなど生温い、と誰かが必ず激する。法的な手段では限りがあっても、理性での理解と感情は違う。
 確かに、被害者の数だけ男に命があり、個々に処刑などにしてみれば、納得の度合いも違うかもしれない、と思ったりもする。勿論それは今の立場で口にしてはならない言葉だ。
 人の法で裁くなら、人の枠でなければならない。
 人間の皮を被ったけだものだと残された者が叫んでも、異形ではない。真に人あらざる者が眉をひそめる非道を尽くしても、この男は怪異ではない。
 世界の闇で利益──この男の場合は趣味と実益を兼ねていたようだが──をあげる、売人であり収集者。好みの獲物でしか仕事≠しない、それだけの我が許される名うて、だったらしい。スナッフビジネスの演出家で、シナリオを考え、自らカメラや観客の前に立つ。演じるのは常に処刑人、しかし罪を持たない者を断ずるのは処刑とは呼べない。殺戮者。誌面によく踊る字を使えば殺人鬼。
 数限りなく殺しても、殺されたくはないという。それだけ、生きた脳に叩き込む死のイメージは強烈ということか。
 死≠視てしまうと、耐性のないものなら崩壊するとは、あるダイバーの言。自然の流れに従ってきえる命でさえ、覗き体感すれば疲弊するとか。
 続く筈のものを無理矢理ちぎれば、
 断末は魔か、言い得て妙で、笑えない。
 温い茶をすする。
 確保した際、男は何度も自分の体を確かめたという。戻ったのか現実なのか投影された世界なのか、何度も問うたと記録されている。
 それでも、強靭というか、しぶとい質なんだろう。頭を下げることなどしないし、こうして時をおけば饒舌に、ふてぶてしさまで感じる。
 嗜好は異常だが、目の浮き上がったサイコではない。狂気もナイフを振るうように精密に仕込み、大金に換える。頭の良い人間だ。理性で御すなら自失はない。悔いるような、赦しを望む人格なら正気でいられない。
 死の味覚は得たようだが。
「このメモリはデリートできないのか」
 虫が良い。背後の部下がまた堪えている。好きに暴れろ、とは口に出来ない。ここで抑えておかなければ、止まらない。制するのが自分の役だ。
「仮に可能であっても、不可能だ」
 不快な記憶を消して欲しいなど、拘束中の被疑者が通せる要求ではない。
「相応に苦しめってか……」
 男はこけた頬を歪めた。みえない苦痛に呻きながらも、コチラを不快にさせようと、持っていこうとする。
「お前に刑を執行するのは我々ではない。判決次第だ」
 好かない奴だが、面に出し口論につきあうつもりはない。
「捜査段階で行き過ぎた尋問などがあれば、無論、司法公社へ上げる。しかし……」
 何だ、と男が促す。
「お前の脳にお前自身が受けた、事件関連を問う虐待、不当な恫喝の記録はない」
 お前が凄惨を尽くして殺した記憶は山のように出てきたがな、と心中で呟く。
「捜査関係者による、電脳的な改竄の痕跡もない」
 ないものを消すことは出来ない。
「狸に化かされたなら管轄外だ。トリを取り締まる法はないからな」
「このままかよ……」
 男は投げ出すように言った。
 このままだ。外傷はないが、男はしきりに、頭骸に穴が開いていると訴える。医療機関からの報告にあった。回線が開きっぱなしで、どこからか投げられれば受けざるを得ないような。塞いでくれ消してくれというが、ないものはどうにもできない。
 ――化け物どもは、いつ入り込んでくるかわからない。いつでも脳に指が届く。
 どこでも、ずっと、この先と、諦めに似る憔悴が絡み付く、乾いた貌を歪めつぶやく。
 男の症状は、違法なプログラムを幾つも積みすぎた、安全面で問題のあるカスタマイズを繰り返した結果による脳の負荷だと診断されている。
 他に書きようがなし。ボイドは読んでいるとそうかなと思ってしまいそうな程詳細に記されたカルテを思い出した。冷えた茶は不味い。
「厄介な相手に、恨みを買ったようだな」


 今時チュウガクセイ雇うなんて限られてるだろ、だから、そのガキ……まあ、少年っていってたからそうしようか。そいつは新聞屋で朝刊配ってた。ニノミヤキンジローの定番っていわれるけどさ、実はあんまワリのいいバイトじゃない。ってまあソレはいいか。
 その少年割と可愛い子だったらしい、余計な枝葉だって? 女子なら大事だけどって俺らにはそうなんだけどイヤでもリア中ならガキだろ。女でも男でもガキはいらん。けどこの話には、可愛い男の子って点が重要。テスト出るよ。
 少年は雨の降りそうな空気をうざったく思いながら、その日も紙抱えて走ってた。
 その日は地球の反対側、ちょっと斜めくらいか、その辺りで何かデケー政権交代があってな、そういう日は印刷ギリギリまで延ばすから、紙が販売店へ着く時間も遅れる。朝起きてポストに入ってりゃいいってなカンジだが、コレがまた年寄りの中にはニワトリよか早起きってかまだ夜だろ、みたいな時間に起きて待ってるのがいるの。マジで。
 少年は真面目だから、そういうありがたい客を待たせまいと走ってる。目撃者の少ない時間帯だから、ひき逃げが多い。だから急でまれな車には気をつけながら、反射たすきを何度も肩にたくし上げて、脇目もふらずに急いでた。
 出会うのは同業者か、牛乳屋、たまにジョギングとか、あとお巡り。
 パトロール中の警官とすれ違う、筈だった。
 その警官はまだ若い男だった。みない顔だ。新しい人か。っていっても顔なんかよく覚えてないけど。
 早口で挨拶して通り過ぎる筈のやりとりが、違うものに変わった。急いでるのに。
 愛想のない男だった。
 止まるように言われて、警官が自転車を停めた道路の脇へ。
 街灯の下に立たされる。
 胸に下げた販売店のカードを、死んだ魚みたいな目でじっと見られる。
 そしてこう言った。
「このカードは、偽造されたものですね」
 そんな筈はない。一体この男は何を言っているんだ。
 急いでる。
 急いでるのに、冷たい言葉に引き止められて、少年のいらだった言葉は何一つ届かない。こいつ、ロボットなのか、少年は思うんだが、サイバーリングの警官はいない。警備員ならいた筈だが、交番の担当にはなれない筈だ。それとも、いつの間にかそういう決まりごとが変わったのか。壊れたロボットって、恐い。
 人間味のない警官が、急に気持ち悪くなる。配達されることを望む紙が、急に重く感じる。とても申し訳ないが、逆らえる気分じゃなかった。仕方なく、彼にいわれるまま、道を歩く。
 頭の中の地図で計ればものの5分も進まなかった。だけど、とてつもなく長い5分と、重い沈黙、重い紙だった。
 顔を上げると明るくて、それが交番の赤いランプだと気が付いた。
 何を尋かれるのか。
 救われる筈の灯りが、とてつもなく不安だ。
 警官が振り向いた。何を裁かれるのか。
「ここまでくれば大丈夫か」
 警官の声は相変わらず何の温かみもなかったが、肩に置かれた手はとても優しかった。
 一瞬だけ厳しい目で来た方向を見詰め、また少年をみる。
 死んだ魚だと思った目は、柔らかく淡くみえた。態度でこんな風に印象がかわるものかと思った。
「驚かせて悪かった」
 警官は帽子を取って頭を下げた。ネクラそうだけど優しそうな、若い男だった。
「あの場で取り押さえて、巻き込んで怪我をさせるわけにはいかなかった」
 急いでいたから気が付かなかった。脇目もふらずに走っていたから気が付かなかった。
 銃とナイフを持った男が後をつけていたなんて、そんなのに狙われていたなんて、自分は気が付かなかった。
「大丈夫か」
 少年はうなずいた。ショックだが、助かった。
 愛想のない警官だが、イイトコもある。
「乗れ」
 なんて言って、少年を自転車に乗っけて走った。それで何とか新聞は届いた。
「あの……」
「なに」
「犯人はいいんですか」
「仲間がどうにかしてる」
 大人はみんな目がみえていない、少年はそんな風に諦めかけて生きてたんだが、こんな人がいるなら、いつかわかってくれる大人にもちゃんと出会えるんじゃないかって、子供らしく感動したわけだ。
 夢をみていたような夜が過ぎて、次の日は普通の夜で普通に配って、日が高くなって落ち着いてから、少年はあの交番へ行った。
 きちんと礼が言いたかったからだ。まったく真面目な男の子だね。
 だけどその先がおかしい。夢じゃないのにな。
 その交番にはそんな担当いないっていわれるんだ。
 そんなはずないって、見た目なんかを出来る限り思い出して言うんだがダメだった。念の為に所轄や更に本社に問合わせても、あの時間あの場所にうちの社員は遣ってないって。
 ならあのお巡りさんは誰だったのか、何だったのか。
「ウシミツに紙入れてりゃ何だってアリになるんだよ」
 店の大将はそう言って笑うだけだ。
 悪いモノでなきゃ気にするな、そういうことなのだろうが、どういうことなのか。
 刃物を持った男は10代前後の少年少女ばかりを狙う通り魔であったと手に馴染んだ紙面が告げている。DNA鑑定の結果それは場所を変え、およそ10年に渡り続けられたとも。この街へはつい、1ヶ月程前にやってきて、新たな獲物──自分のことか、ぞっとする──を張っていたところだった。
 機転を利かせて御用、とはなっていない。でたらめに花壇を傷付けただけの弾痕を晒し、銃は空っぽ。錯乱状態で刃物を振り回しているとの通報で担当が現場へ駆け付け確保、その際は公園の備品を破壊した形跡と、男は刃物こそ握っていたものの、しゃがんだ姿勢で自分からは全く動こうとしなかった。精神鑑定が必要であろうと結ばれている。
 どういうことなのか。
 あのペド野郎は、狂っていたのか。
 それまで誰にも見つからず変態行為にスプラッタを重ねていたのにどういうことなのか。
 正気じゃないやつが、更に正気でなくなるなにかが、あったのか。
 あの夜に自分がみたものは何だったのか。
 あいつがみたものは何だったのか。
 きっと何かに遭った。
 それは知らない方がいい、知ることのできない何かなんだろうと、少年は考えている。


「だとさ」
「ソレってさ」
 小声になる。
「何だよ」
「例の13係ってヤツじゃね?」
「ゴーストコップかよ。てかマジでそーゆーの、どっかの市でモデルケースみたくやってんだっけ」
「ああ……確かここ。結構近くだな」
 浮かんだモニタを弾く。
「うげっ俺そーゆーオカルト系の奴ら嫌いなんだよな〜、なんか前世とか守護霊とかつってキモくね?」
「お前……あんな話すぐするクセによく言えるな」
 祟られるぞ、と呆れる。
「こんなのタダのネットで拾った読み物だからな。創作も混じってるんじゃね? それに女はこういう話スキだからな」
「まーそーだけどさ、幽霊っつうか、なんかそういうヤバいものが警官のフリしてたとかって考えるとコワくね?」
「なコトメッタにあるワケねーべ。見ろよこのデータ、ミュータントだっけか、抗生生物? ああいうのって何言っても喧嘩腰でよ、コッチは手出し難いのわかってて滅茶苦茶やるしよ。そのくせ変に被害者意識持ってやがって」
「あーまーアイタタな奴多いよな」
「あんなバリモンスターなヤツらが警官とか有り得なくね? 人とか食ってんなら割といそうだけどな」
 装備を確かめる。レアな弾倉だ。滅多にない機会だから存分にぶち込んでやろう。
「おうよ。今日のだって……部屋調べたら生肉5kgとかありえなくね?」
「勘弁して欲しいよな。同じフロアの住人の話じゃ、ソイツら入った瞬間に近所の野良猫とかよ、急に集積所漁りに来なくなったっていうだろ」
「しかしやっぱ、食うならきれいめカワイイコとかウマいのかね」
 調書を思い出すだけでムカムカしてくる。
「カラスでも食ってりゃよかったのによ」
 人間サマをゴチソウサマなんて、ソレで悦ぶなんて、二度と街を歩けなくなるべきだ。
「胸糞だけどよ」
 立ち上がる。チェックは終わった。
「あー?」
「こんだけワルいと後腐れなく抜けるし」
「……マジスゲーよな」
 手にした得物をみる。砲身に細かい幾何学模様に似た文字が刻まれている。弾丸にも同じ刻印があった。
「こんなもんどこで調達してきたのか知らんが、俺ら運よくね?」


「管理局の職員って、1回死んだような奴が多いんでしょ。戸籍もないっていうし、駐在みたいな戦闘系なんて、良くて上げ底しまくりなモザイク人間、悪くすりゃ完全に向こう側。ボイド課長さんでしたっけー? アンタも面倒な係押し付けられて大変だね。僕ぁムリだなあんな化け物」
 側にはおけない、か。
「いや、ね、まあ。はははっまあイロイロ、お互い面倒、いや、責任重いよねっ」
 ボイドの沈黙を読んで、まずいことを言っていると気付きフォローする。口の滑りやすい男だ。折角近場に便利な部署があるのだ。せいぜい心証を良くして、面倒を快く被ってもらわなければならない。成果は折半できるように、できるだけ仲良く、とか管理職ならこの間2秒で至らないとやっていけない。その辺りは優秀なようだ。
 中身の薄い会話を流しながらプリントアウトをめくる。確かに、これで綺麗な書類が出来た。
 無残な字さえ目をつぶれば、綺麗に体裁の整った始末書を思い出す。報告書などは、課内の誰よりも簡潔でそれでいて仔細だ。
 いつか、例によって不謹慎にふざけていたときだったか、書類を作るのは得意だと言っていた。なるほどつくる≠ゥ。
 自分で書く以上に、内容を整えるのが、得意なのか。記録を綴る礎にも躊躇いなくなるか。
 手柄に頓着しないのは、恐らく民営警察で、系列の上位企業直々の仕事を受けていたからだ。そういう連中は下請けのC.A.≠ネどと、同じ社員からでも遠巻きにされるとか。企業の殺し屋≠ニ陰口を叩かれることも少なくない。確かに、褒められる役じゃない。
 そんな埃だらけの隙間から、勤勉に積み重ねて、資格を取得し、色んなものと引き換えに権限を掴んだ。あの性格じゃ、冒険を楽しむなんて無理だろう。ただひたすら、追いたいだけなんだろう。世界の果てまで追い詰めて、狩り捕るだけ。
 損な生き方だ。これまでの奴らと同じに。困った奴だが本人なりに真面目。いたさそんな奴。
 不器用な若いのは、老いた刑事の部下にはつきものだ。


「しかし、あの程度でまとまったって思うべきなんでしょうね」
「そうだな」
 人間の街一つ、苛むくらい容易いだろう。誇り高いのは結構だが、復讐の名の下に戦を仕掛けられても難儀だ。もうそんな時代ではない。怪異といえど畏怖ばかりしてはいられない。夜に明かりを灯すようになってから、人間は法を巡らせてきた。混沌の中で怠惰にまみれているだけが猿に似たものの歴史ではないのだ。
「同じ数だけの兵士の命で贖えとか、無茶いいますよね全く」
 この場合兵士というのは、人間の警官にあたる。捜査に誤りがあった。手違いで、たとえ人でないものであろうと、射殺してしまうとなれば、言い訳しようのない非だ。
 罪なき輩を下等な人間などに奪われ、殺され、罪を押し付けられる。それはもう、大変な屈辱であっただろう。日日に、何か狂気を孕む人死にがあれば、妖怪の仕業であると、悪魔の差し金であると、人の口に上ることへの鬱積もあった筈だ。
 もっとも暢気な種類の彼らの一部でさえ、何でもかんでもお化けのせいにされちゃかなわんと、ぼやくご時世だ。
 だからといって、警察組織が時代がかった手打ちなどするわけにはいかない。
 罪を贖う為に、同数の首を差し出すなど、あってはならないことだ。
「ああ、全く厄介な連中だ」
 妥協と譲歩でお互い削り合い、何とか丸く収めた。ボイドとしては、身内の不始末も遺憾であったが、部下を一人使い潰しかけるような案にしかまとまらなかった点が苦々しい。
 奴がそれで潰れても、ソレはソレで溜飲の下がる見世物となるのだろう。魔物め。と悪態もつきたくなる。
「むしろああいうスタンスだからやってもないことやったって睨まれるようなタネ蒔いちまって」
 憎まれるようにしか生きられないのだろうか。そうではないのだろうが。
「だからって早合点していい理由にはなりませんがね。うちみたいな部署、もっと作った方が良いんじゃないですかね」
 たまには殊勝な事を言う。ボイドは苦笑した。年中小言を言わねばならんような困った奴らだが、無能ではないし。
「おまえたちの成果次第だな」
「はいはい、誠意尽力いたします」
 軽口を叩きながら、モニタを閉じ、書き上げた書類を手に取る。相変わらずそんなことでさえ絵になる仕草、伊達男だ。
「ところで課長」
「なんだ」
 やはり茶は淹れたてに限る。
「あいつ大丈夫なんですかね」
 しばらく帰れない、と通信だけで報告をしてくる。携帯の電源まで切ってる、と呆れた顔をしているが軽口にまではしきれていない。
「大丈夫ではないだろうな」
 そこそこ達筆の報告書を受け取りながら、ボイドは呟いた。


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