■party-night 04

「どうぞ」
 しばらく使ってないって言ってたが、埃っぽい感じはしない。案外几帳面なタイプなのかも、とユイは思った。まあ、細かいところに気が廻らないと情報屋なんてやってられないか。とりあえず、自分には無理だ。セーフハウスなんて押さえるとか、正直めんどくさい。駐在になってから、更にこの身体が人間でなくなりかけてからは、益々頓着しなくなってしまった。良くはない。
「お邪魔します」
 鍵を掛けながら、天井が変な顔をした。そんなにおかしいか。人の家に入るなら言う事だ。
「靴は」
「そのままで」
 念の為聞いたが、上がり口などはない。こういう床の方が安上がりだしな、と思い出す。こんな小綺麗じゃなかったけど、自分が使ってた部屋もそうだった。正規の身元を持ち、企業警察の社員だった頃は、逃げ込める場所を作っていた。仮に一時追われても、職務に戻りたかったからだ。捕まって叩かれたら埃どころじゃ済まないし、抗って傷を広げたら本当の意味でお尋ね者になってしまう。
 今は法的には何者でもない代わりに、咎められ剥奪される権限もない。管理局の規定の中にあれば、自分は果てしなく咎人を狩り続けられる。
 首輪つきだと笑う奴もいるが、他の生き方なんか考えられない。
 たぎるままに振るい、啜るなんて絶対にダメだ。爪も牙も、使い途は決めている。血の甘さに負けてしまうくらいなら、少々括られてる方がいい。
「ダンナ」
「なに」
「聞いてます?」
 冷蔵庫を開けて、天井が手を出している。ユイは握っていたコンビニ袋を渡した。よく落とさなかったなと我ながら呆れる。持ってたのも買ったことすら忘れていた……いや、買ってないかも。まあいいか。


 袋を置き、冷蔵庫の扉を閉めて、天井は話を続けた。
「コンロはないですがポットとレンジはあるんで食えるものは適当に食って下さい」
 暫く籠城出来るように、保存のきくお手軽食品を買い込んである。美味いものではないが、味に文句は言わないだろう。好き嫌いはないみたいだし。というか、悪食だ。いろんな意味で。
「代金は今回の依頼料に込みでいいですよ」
 と足しておく。
「……ありがとう……」
 気のない返事をききながら思う。多分一口も食べないだろう。重症だがその方がマシか。この状況で足りない≠ネどと言われたくない。怖い。
 欲しいものがあれば買ってきてあげます、なんて声をかけたがマズいミントのタブレットと玄米茶と言われた。やっぱり悪食だ。玄米茶はいいとして。食べた方が回復は速い筈だが、嫌なら仕方ないか。余計なお世話だろう。ほっといて欲しいからわざわざこんな所を頼ってきたんだ。
 それに、今の状態で、人間の食い物を食ったところで美味しくはないだろう。体力は多少戻るとして、その割に合わない餓えが募るだけだ。
「風呂はありません。シャワーは使います?」
「いや」
「まあ気が向いたらいつでも使ってくれていいですから」
 ユイは部屋に入って来た時のまま、いつもの帽子とコート姿で立っている。目はいつもより霞んでいて、多分どこもみていない。
「うん……いや、ごめん」
 かなりの間があってから、頼りない返事をして天井を見る。今のところ落ち着いてはいるようだ。危なっかしいが青緑の瞳は裂けてない。
「上着預かりましょうか」
「ありがとう」
 天井は小さくため息をついた。苦笑いしてしまう。
「冗談ですよ……」
 言いながら、ベッドの側に椅子を置く。
「服はここ置いて下さい」
 多分手の届く所にあった方がいいだろう。戦闘系の連中の事情など良くはしらないが、考えてみた。
 しっかりしてください。
 と言おうとしてやめる。しっかりしていてもらわない方が、動き易い立場なんだ。いなくなられて無法状態になったら、力のない自分など一瞬で餌かもしれないから困るが。厳しく取り締まられるのも困る。損得で成り立ってる関係だ。
 そう、こんな風に、自分の前で武装を解いてしまうなんて、一度もなかったことだ。
 気まずくなって目をそらすが、期待した程色気のある過程は無かった。ただなんとなく、コートを畳んで手袋を外す仕草で、育ちが良さそうだな、と感じた。
 目に見える武器はトンファーとあの恐ろしい刀、銃が一丁。抜いたところは見たことがないが、そのFNは手入れが行き届いていて、綺麗だった。上から帽子を置いておわり。あとは、ベッドに腰掛けて、ブーツの紐を緩める。
 ああ、でもネクタイを抜くところはみたからいい。大変にご馳走さまでした。
 なんて心中でふざけるが、何故か味気ない。


「結構いいトコ押さえてるんだな」
 冷蔵庫の玄米茶を渡してやると、一口飲んで、ユイは小さく息をつき、ベッドに深く腰掛け直した。
「まあ、蛇の道はヘビです」
 そう格の高い自分ではないから、大仰なものは用意できない。が、電脳系なら機材が必要だ。ソレを維持し、適切に走らせるにはそれなりの物件が必要になる。投資を惜しむべきトコロではない。必要な装備の違いが、隠れ家としての住居の質にも出てくる次第だ。
「スタンドアロンのPCも置きたいし、イロイロ遮断できると便利ですからね。因みに防音も完璧なので、ソロプレイにももってこい」
 何なら買い取りますよ、とケーブルをチラつかせてみる。
「無理」
「は?」
「俺そういうの無理」
 しばくぞ、と言われるべきところで妙な感触。天井は思わず固まった。
「上手くできないっていうか、何か自分でしてると空しくならないか」
「それって……」
 とんでもない告白だ。しかも、自分で変なことをいってると気付けてない。
「もしかして、自分で抜いたことないんですかい!?」
「いや、やってはみたんだが……余計苦しくなるっていうか、あんな風になるならもう」
 嫌なのか。むしろ相手がいる方が良いって? この人に言われると萌えてしまいそうだが、ダメだ。
「ダンナ……ソレ外でゼッタイ言っちゃダメですぜ」
「なんだよ」
 前後の背景を知らなければタダのモテアピールだ。しかも果てしなく軽薄。いつでも適当な相手を見繕い、好きに吐き出せるんだととれてしまう。
「下手したら殴られますよ」
「……何ソレ、俺……なんか変なこと言ったか? ていうか頼まれても言うか」
 ユイは薄く赤くなり、天井を睨んだ。
 なんでこんなエロ話になってるんだ、とその目が責めているが、滑らせたのはあんたです。と天井は肩を竦める。
 あーあ。自分好みの恥じらいなのに、どうもいただけない。
 どこにも帰らないというので、来ないかと言ってみた。
 その時はそこはかとなく、下心もまだあったのに。


 事後処理を済ませ、管理局へ最後の報告を入れ、ユイはツールを切った。モニタがあったのに、音声のみで、管理局のスタッフにさえ、姿をみせたくなかったようだ。
 そのときはまだおぼつかない足取りで、コートを羽織り、間借りしていたギルド出張所から退出しようとしていた。
「トロロちゃんにチャージしてもらうんですかい」
 逢いたくてもどかしいだろうなんて、からかおうと思ったのだ。
「まさか」
「……? 帰らねえんですかい」
「そのつもりだ」
「てか、働き者ですね」
 だったら市警に顔を出すのかと思い茶化した。
「何が」
「何がって、署にも戻らないおつもりで?」
「そうだよ」
「どうするつもりなんですか」
 その身体で、と思う。
 これ以上何を狩ろうというのか。
「なにもしない」
 落ち着かないから、適当にどこかで時間を潰してくる、といわれた。
 だから何となく背中がざわざわした。
「最悪、外≠ナ風にでも当たってるよ」
 そしてそういわれて、少し寒気がした。倒れかけでフラフラなのに、奥の方は甘く、あつく、壊れそうなのがわかったからだ。
 ここで、壊れたら意味がないんじゃないか。
 賭けには勝ったからいいのか。
 だけどあんまりじゃないかと、天井はウェットなルートを選択してしまった。
「だったら、セーフハウス貸しますよ」
 下心下心。思うことにしたが、本当はこの時点で既にこわかった。


「散々世話になってアレだけど、俺隠し財宝も自分ダンジョンも持ってないし、最初に提示した報酬しか払えないぞ。それでいいのか」
 ユイは気だるげな顔を上げて天井をみた。ぞんざいな口振りだが無理をしている感がある。実際、顔色なんかはあからさまに悪い。
「この前の4月にイイモノ拝ませてもらったお礼ですよ」
 恐らく、あの男を回帰させる為に使ったんだろう。かのホーリーファクターを以てしても、壊し尽くしたアレを無傷に戻すなら相当な量が必要になる。
 まさに、流した血と同じ目方の血潮を、ってヤツだ。
「そもそもアレは捜査協力の駄賃にお前等がやれって……」
 礼の礼ってお母んかよ、とつぶやく。
「まあ〜いいじゃないですかー。アレ今でも結構な小遣いに」
 そこまでで天井は自分の口を塞いだ。


 アレはいいものだった。
 はっきり言って、天井はユイが怖い。殴られるのも、八つ裂きにされるのも、あと喰われるのも。
 可愛いタイプなら、男の子でもいい。外見的には十分アリだ。おとなしく喰われてくれるなら、奥まで触れてみたい。派手な色香はないが、清楚ともいえる控えめな可愛さはある。
 オヤジだ! 暴力警官だ! ダメ人間だ! わかってはいるが、あんな顔して立たれたら、コッチも別のトコロがたつ≠ニか表現しなければならなくなってしまう。
 ただでさえ、魔物どもをあつくさせてしまうタマシイの持ち主なのだ。絶世の、などとつかなくとも、いかにもおとなしそうで可愛かったら、よだれの一つもたらしたくなるだろう。
 自分程でなくとも、この街で叩けばホコリの出る魔物は大抵、彼を恐れている。殴られたら痛いからだ。だけどうまそうで、チャンスがあれば齧らせて欲しいと思っている。愛や恋などでない欲、人間には理解できない糧への憧れである。友に繋がる好意や、嗜虐心でもない。ただうまそうという感情で、目には視得ないものを啜りたいのだ、彼から。
 だから、真円の月に酔って、心細そうにうつむかれたらたぎってしまうのだ。
 触ってはいけないとわかっていても、どんな男かしっていても、可愛いものは可愛くて、うまそうで、もうハァハァ昂ぶってしまう。触るどころか、あんな服装、それだけでもありえないことだと思ってた。だからもう、あの時はみんないい年こいてあからさまな目でみた。
 可愛いうまそう喰わせてなんて、だから余計に、さすがのこの人も堪らなくなったんだろう。エロい目でみられて、堪えてる姿はジョークでなく、アレだけでプレジャーできそうだった。ていうか、まあ、しばらく世話になったのは、死んでも口を割らない。
 今なら許してくれるかもしれないが、多分明日ならしばき倒される。
 売ったとかダメだろ。言っちゃったけど。
 可愛いからちょうだいって喜ばれてるんだからいいでしょ、なんて言ったら全殺しか。
 コワいです……。


「もういいよ……」
 あんな写真(だと思うが)を大事そうに持ってて、たまにコッチに手を貸してくれるというならナシではないだろう。
「まあ程々にな」
「へい」
 おかげで命拾いまでしたし。どこまでがふざけていてどこからがジョーク、その上で本当にどのくらい精気にあてられていたのかワカラン連中だが、いなかったら、きっと自分は戻れなかった。壊れた人形のように。
 可能性を想像するだけで吐きそうになった。天井がいなければ、無様に震えてしまうだろう。なりたくない晒したくない。自分を失って、啜ることだけに酔って、引き裂いてたぎって、そんな人形遊びが好きな誰かに愛でられる、死んでいるのと同じ未来。絶対にいらない。
 戯れで殺して奪った血なんか欲しくない。殺して楽しくなりたくない。


 どんな複雑な手管よりもたった一滴の血を絡められただけで、狂いそうに、全部ひらいてわからなくなってしまうとか、知られたくない。
 ルナには会いたくない。
 魔物だから、気付いてるかもしれないが、みせたくない。
 苦しそうなそぶりで、顔を合わせたくない。上司や相棒に気遣われるのも、彼らにこの餓えをぶつけてしまいたくなるのも嫌だ。そういう心でみたくない。
 だから、逃げ込めるところか欲しかった。
 抗生生物を駆除する名目で、影の中で狩りに、溺れてしまおうかと思った。都合よく、外≠ノ近い縁にいたし。出れば、一方的に蹂躙する食事にはならない。互角、互角以上のものどもなら、斬り合い刺し合い、牙も刃も削り合い、決着をつけないままに朝が来るかも。
 そうやって、夜明かしすれば身の内でとぐろを巻く忌々しい熱も静まり諦めて眠るだろう。
 長過ぎる夜は嫌いだけど、満月でないだけ、ありがたいと思わなくちゃいけない。
 悲観的にならない努力をしてみた御利益か、ひょっこりと助けられた。
 コイツも甘いが俺も甘い。とユイは内心苦笑いしたが、親切は素直に受け取った。虚勢をはる気力も、余裕も無かったし。


「ダンナ」
「なに」
「一晩で大丈夫なんですかい」
 お節介ですけどね、と天井は口に出した。
「何ならその……胸の傷、塞がるまで潜伏してっても」
「ソレならもう、無理矢理くっつけられた」
 ユイは心臓の辺りに手を置いた。
「マジですか……」
「本当だ。外側からなら判断出来ない程度に修復されてる。止血して中身を再生してくれるだけで十分だって言ったがスルーだった」
「ヤなヤツらですね……」
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのかよ。天井は思わず顔をしかめた。
 魔導による治癒はまさに魔法で、一瞬にして傷を消し去る事が可能だ。しかし頼りっきりにすると、元々持っていた生体の再生力が低下する。余程の理由がなければ、高度な術を展開するべきではない。心共に脆い人間なら兎も角、不死に近いドラゴンに、無闇に施すとか。掛けるなら再生を増幅させるような補助的な回復にするべきた。細かい違いは知らないが、多分、あのトロロみたいなカワイ子ちゃんが使うアレみたいな。
 本来の治癒力を殺すような瞬間再生、強引な上げ底は、果てしないといえど命を削る。
 そりゃないだろと思う。
 多分、刃物で串刺しにされたくらいなら、放っておいても勝手に蘇生する。綺麗な血が欲しいなら、ナイフなり剣なりも清潔だった筈だ。本人の言うとおり、心臓の切れ目だけ塞いでやればよかった筈だ。
 妥協させられたとはいえ、復讐は果たした。なのにコレか。
「何様ってカンジですよねってまあ翼主[ハネヌシ]様なんですがね」
 獣人[ビーストリング]は数が多い。その中で背に翼を持つ彼らは畏敬の念を以て崇められ、自らも高きもの≠ニし真なる地上の王であると振る舞う。彼らにとって猿に似た人様ヒトザマなど、幾万ほど前ぽっと出て露ほどの火をありがたがる哀れなイキモノ、目こぼししていると勝手に増えたので大地を貸し与えているに過ぎない。
 人でもロボでもミュータントでもない何か他のもの達に対してさえ、一族の優性を誇示する。孤高の種族といえば聞こえはいいか。
「ダンナにまでその態度とは恐れ入りますね」
「俺に人間の血が混ざってるから気に入らないんだろうな」
「そんなの黙ってりゃわかんないでしょうが」
 まさか正直に話したのか。変な所で筋を通そうとすることがあるし、なくはない。
「後でバレた方がマズいだろ。大体バレるもんだし。素は人間なんだから隠しようがないんだよ。あと1000年とか2000年とかしたら知らないけど、生まれつき持ってた遺伝子じゃないから」
 そういや、この人って昔は魔物じゃなかったんだと思い出す。同時によく生きてこられたな、とか。酷い目に遭わされたというのも納得できる。アレな性格になったのもソレのせいか。
「しかしなんつーか、ちと短慮だとは思いやせんか」
「思うけど……自分は何で?」
「いやね、その……ダンナが……」
 言い辛い。のでチラりと顔をみる。
「まあその」
 もう一度顔をみる。
「えー……」
「何だよ気持ち悪いな」
「そういいますけどね……あー、まいいや、ダンナが壊、おかしくなって、ソッチの眷族との折り合いとか考えなくて良いもんかと思いましてね」
「ドラゴンのことか?」
「そうですよ。ダンナの前で言うこっちゃないですけど、大概ふんぞり返ってんでしょ」
「いやー……何か適当っていうか……俺も正直よく知らないんだが、そんな結束力ないしイマイチ社会性もなさそうだし」
「言われてみたらそうですかね〜」
 力がありすぎて退廃としてしまっているのか。プライドは高いが厭世的で、自分の趣味以外、些末なことに関わりたがらないか。
「そもそも煎じ薬にするのに根こそぎ狩られて追い立ててっていうんならだけど、仕事でしくじって滅びても自己責任だし。ハマり過ぎてネトゲ廃人になったとかと同じことだろ」
「その例えは大分違うと思いますがね……」
 まあ、禍を狩るものが禍を得るとか珍しい事ではない。
「まあでも」
 ユイは少し目を泳がせ、ペットボトルのキャップを無意味に開け閉めする。落ち着かない様子だ。
「同じやり方で切り刻めって言われたときは正直どうしようかと思った」


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