■party-night 05
わかってて言ってるだけに意地が悪いと思ったし、難題をふっかけるくらい、相手の怒りは大きいといえる。
そりゃそうだろう。ユイは内心ため息をついた。怪しいからってイキナリ発砲はない。しかも劣化ウランとか銀の銃弾を用意してたって、誰の噂を信じたのか、短慮に過ぎる。だから踊らされたのか。
あげつらう対象があれば木を森に隠すのと同じだ。やりやすかった筈だ。何度も攫われ刻まれて、血眼になって見当違いの方向を探っていれば、その隙に新しい獲物を。最悪なのは奴らだ。派手に引っ掻き回して混沌とした今となっては頂まで手繰ることは出来ないが。実行犯に吐かせたところでトカゲの尻尾は切られた後だ。せめてもっと火が小さなうちに動けたら。愚痴は止めとこう。情報は貰う。吸い上げてでも収集してやる。今更どこまで追えるかはわからないが、警察だって馬鹿じゃない。一度しくじってるなら尚更だ、掴める所まで追う筈だ。
出来れば、例え一欠片でも、家族の元へ返してやりたいが。叶わないかも。渇くなら飲み干すだろうし、餓えているなら余さず食い尽くすだろう。知ってるからこそ、わかってしまう。
ヒトの生体には必要のない滋養だ。自分達とは違うと言いたいが、違うのか。喰われる側からは、同じことだ。
今、そんな事クヨクヨ考えても仕方ないか。食欲が目的じゃなかったら、コレクションとして残ってるかもしれないし。後の調査は引き継ぎ先に任せよう。何でも一人で出来る訳でなし。
何とかしなければならないのは、怒りに我を忘れかけているとはいえ、過分に気難しい彼らを納得させる課題だ。
「ということなんだが頼めるか」
悪くない料金だ。しかし大丈夫なのか。
「本気ですか?」
「これ以上出せって言われてもまあ……もう少しなら」
「額のコトじゃねえです」
不穏過ぎる。天井は慌て上着を掴み、支度しながら益々不安になった。何だ、滅茶苦茶恐ろしい予感しかしないのに、放っておけない。
「わざわざ来なくても」
「いいじゃないですか。滅多にみられないものみられるんですから」
「お前ね……」
気を悪くした顔をちらりとみて、自分のセリフで更に考えをまとめる。
「んで、備品は管理局から出るんですね」
「頼めば転送される。できたら彼らには大人しくしてもらいたいみたいだし」
「警告とかって出来ねえんですかい」
「聞かなかったら手を出さなきゃならんだろ。なったら収まらないからやりたくないんだよ」
「ダンナが野良になっちゃうリスクの方がマシってコトですかい」
「野良っていうな」
「へいへい」
軽口は叩いたが、もう言うまい、一瞬の不安そうな表情が可愛いかったけどかわいそうだ。
「それに警察も管理局も出し抜いて被疑者押さえたんだから強くは出られないだろ」
「殺されちゃなんにもならねえか」
身柄を拘束し、送検しなければならない。私刑で処分されては困るのだ。
渡す渡さないで揉めて、代わりに生贄を寄越せなどと詰られたとか。
何を考えているか計り知れない管理局なら兎も角、人間の警察がそんな交換に応じる筈がない。
「汝」
ライオンの頭が言った。自然には存在しない漆黒の獅子だ。翼を生やした胴体は横たわり、薄いヴェールの向こうに霞んでみえる。
「月は好きか」
「……いいえ」
ユイは彼を見上げて言った。大きなライオンだ。多分、真の姿はもっと大きいだろう。自らの陣中だから人型にはならないのか。周りをみて思う。
自分を案内してきた男も、四つ足に戻っている。やんごとない魔物らしい長衣に2足歩行の白い虎だった。証しを立てろとライオンに言われてユイが姿を変えると、背中の毛を逆立てた。まあそうだろう。
元に戻ってしばらく服が戻らない事を知るとあからさまに馬鹿にした目でみてきた。悔しいけど仕方ない。見下してる顔しながら、人一倍匂いを嗅いでいったのはムカついた。俺もお前が気に入らないって顔したいが堪える。
「満ちた月はかつて欠けた月であり無き月でありまた遡れば満ちた月である。満ちた月こそ月であるというなら欠けゆく月も満ちゆく月もいかな姿であるかなど瑣末。満ちた月は無き月と逢うこともない。ヒトザマはこのような戯れを言う」
「いいだろう」
ライオンは慇懃に言った。
「あの咎モノは返してやろう」
違和感があった。ライオンと、虎の瞳が重なってみえる。同じではないのに。何か魔的な繋がりがあるのか。
思ったところで、両肩が軋んだ。重い。掴み方が乱暴で痛い。虎の顔が正面にある。頭一つ分高い所から見下ろして嘲笑される。睨み返してやる。痛いし。竜虎っていうくらいだ、相性は悪い。知ってて近くに置くとか、どれだけ性格が悪いのか。
いや、こちらを責めているつもりか。非はあるんだし、耐えるべきだ。
顎を持ち上げられると、喉がちくりとした。爪が食い込んだ感触だ。なんてやつだ。無理矢理こじ開けて舌を差し込まれたが、キスっていうより味見をされた気がした。想像していたような獣の匂いなんかはしなかった。
それでも嫌な事に変わりはない。
「許せ。かつてヒトザマの仔であった身に直に触れることは出来ぬ」
頭の中でライオンの声がした。
快感はそれほど酷いものではなかったが、結構な精気を奪われて力が抜けそうになった。体を離しながら、喉の傷も舐められた。
散々蔑んでおいて、やることはしっかりやるのか。ユイは口元を雑に拭って、心の中で毒づいた。
よろめくのだけは何とか堪えて、ヴェールの向こうへ向かう虎を見る。いつの間にか四つ足に戻り、ふらふらと尾を揺らしながらライオンに近付く。ライオンは虎の体を手繰り寄せ、頭をヴェールの側へ引く。影が重なり、虎の尾が横たわる。腹が上下しているので死んだ訳ではなさそうだ。多分苦しいとか痛いとかでもないだろう。
「汝の血潮を以てすれば黄泉の手とて叶わぬであろう」
ライオンはユイを見つめて言った。
「輩を満たしてみよ。狂わせてみよ。恐怖を示し、咎モノを苛み、輩の情を満たしてみせよ。狂わしき宴にて裁きを捌きを」
声は次第に重なり合って、何人かの意志になった。彼が長ではないようだ。用心深いことは悪いことじゃない。
「その上で」
虎の手の感触が蘇った。
「汝が狩り執る者でいられるなら、輩は汝に天秤を委ねよう」
「悪くないが」
さっき言った筈だ。
「そんな金ないって。こんなとこで惜しむつもりないけど……俺一人でそんなには雇えない。足りない分、別の……後日でよかったら、べつのもので補うとか? いや、そんな安直な報酬じゃダメだろ」
安くないから安売りしちゃダメ。って言おうと思ったがやめる。
「そんなコトしなくても大丈夫ですよ」
代わりにニヤニヤ笑って言ってやった。
「ダンナがエロく人斬ってバラバラにするってだけで十分イベントですから」
安直なんて自虐してたが、駆け引きを交え捜査に協力する魔物の中には、精気の交感を報酬にしている者もいる。身体で繋ぎとめてるっていうのは比喩じゃない。ホーリーファクターにはそれだけの価値がある。
こうして集めてみると――乗ってきそうな奴らに声をかけたのもあるが――何なりと力を持っていて、それなりに有能、なのに揃いも揃って、何がしか抜けている。特に、何だかんだ言って人がいいというか、バカばっかりみたいな。
実体のある観客であることに間違いはないから、文句は言われなかった。現在は兎も角、かつてに於いて人の肉の味をを知るものも少なくない。多少の誇張や悪ふざけはあるだろうが、食欲や、彼に抱く情欲みたいなものはホンモノだし。
多分、愛や恋でないふざけた好意だ。ファンみたいなものか。魔物らしく歪んでいるが。
それでいて、思い通りに堕としてしまえないのはワザとだ。ユイは怖い。多分、御せる相手ばかり選っている。並の魔物では喰い尽くせない力だけじゃなくて、連中の性格も読んでる。食えない人だ。
まあ類は友を呼ぶんですけどね、と苦笑する。
お人好しの可愛い魔物にバカなヤツらが寄ってくる。あの子もそうだし自分もそう。
恥ずかしい衣装だが、着心地は悪くない。あつらえたようにぴったりだが、今気にするのは止めておこう。
「ちょ、マジ可愛いんですけど」
「王子様〜抱かせろいや抱いて」
「おおおいしそううまそう」
「今すぐ押し倒したい!!」
ああもううるさいな。
ユイはイライラと帽子に手をやった。
「少しは静かに待機しろ! セリフ忘れるだろ!」
「えー……でもほら〜」
「こんなおもしろいことメッタにないし」
「どうせアドリじゃーん」
「それよりさあ、チョット匂い嗅がせてハァハァ」
「こらー! はなしきけってかこっち来んな! ラインを踏むな! おさわり禁止!!」
もうちょっとこう、エログロっていうか怪奇っていうか。
ブレずにナンセンスではあるんだが、耽美とか、ロマン的な部分はないのか。
こんな猟奇じゃ乱歩が墓場から蘇って全員正座で説教とかってマジギレしそうだ。
「てかムリムリ」
両手を広げて肩をすくめる天井。
類友なんだからまあナシか。ゴシックとか無理だ。
「どないしはったんですか」
管理局の備品だというやけに可愛いサイバーリングがこちらをみる。誰かに似ている気がするが気のせいにしておこう。
「なんでもねえですよ」
目論見どおり金はいらなかった。むしろいい小遣い稼ぎになりそうだ。ソレはソレ。いただけるものは頂戴してしまう。彼はチョットかわいそうで可愛いけど、流されてるばかりじゃ食いっぱぐれる。
スナッフショーごっこをすると聞いて、しかも彼が切り刻む、相手はかなり見た目の良い男だ、ソレで盛り上がらない筈がない。
あれだけカオス状態になっていれば、ジメジメしてる間もないだろう。
殺し尽くした人間を復元できるものなのか。
天井は魔導があまり得意でない。魔力がない訳ではないが、自分で操る興味はない。プログラムを走らせる方が楽しい。
高度な魔導は数学に似ているというが、数学にはあんなテはつかえない。
代償を払えば増幅がきく。赤ん坊とか、処女の生き血とか。特別な星辰の生まれとか、生贄向きの属性を持ってるとか。
翼主は魔導に長けている。傲り高ぶるだけあって勤勉で、霊的に高度な生き物という天恵もある。
優れた触媒があれば、灰からでも死者を蘇生出来るというから、彼の血があれば容易だったのか。
痛々しい話は苦手だ。
「痛……くないんですか」
「死ぬほど痛い。でも死ぬ訳じゃないし」
さらっと言ってくれる。さすが子供でも知ってる魔物の中の魔物か。ラスボスの定番だし。
「治してくれるって言ってるしな」
多分すぐ動けるようになるなんて、事も無げだ。
「とか言って、そのままバラされたらどうするつもりですか」
心臓から流れ出る血を掬うなんて、恋人でもあるまいに、よく大事なものを。
「翼主は偏屈だけど嘘はつかない」
「チョット人が良すぎませんか」
思わず口に出してしまう。
「そんなことはない」
違えるようなことがあれば契約≠ノ反する。万一そうなったら、記録≠総て管理局に上げろと耳打ちされた。
あっけないほど早く、彼は戻ってきた。日が昇って、やかましい魔物達を帰して――編集を楽しみにしていると熱く催促された――撤収を終えた所だった。
「そしたらお先にいにます」
復元が済んだ男は奇妙な訛りのあるロボ子と一緒に管理局が回収していった。
「……隊長のこと、あんじょうしたってください」
とコッソリ告げられたが、相手を間違えている。ロボ子に言って理解できるかどうかわからなかったので黙っておく。
まああの様子なら家に帰ったら甘えまくるだろう。伝えるまでもない。
バカバカしい程スライスされ、捌かれ開きになったあの男を繕う血と魔力はいかほどの量なのか。
どのくらい抜かれたのか、ただでさえ健康そうではない顔色が紙みたいだ。血の気が全然ない。
なのにけだるそうな視線は妖しくて、少し甘くあつい。
例え星辰が揃わなくても、殺して、殺されて、あんなに揺さぶられたら壊れそうになるだろう。
おかしくならないほうがおかしい。
猟犬の執念はやっぱり畏い。
それからちょっと、健気だと思った。
「じゃあっしはこれで」
失礼しやす、と逆さま――彼にとっては正位置――になり、天井へ沈んでいく。
「帰るのか」
「当然でさ」
らしくないですね、天井は丈を延ばし直してユイの顔をのぞき込んだ。
「朝までいるって言ったら蹴り出すつもりなんでげしょ」
貪り喰われるのは御免だ。喰ってるトコロなら一度みてみたい気もするが。
恐い。
「すっからかんになるまで吸い尽くされて干物になりたくはナイです」
コレがホントの一夜干し?
面白くなくて、余計寒い。特に背中とか。
ややこしい心の中が、今だけ触れそうにわかるが、ダイレクトに指摘すれば多分自分がハマる。抜けられなくなる。
残忍なチラリズム。可愛いじゃないか。ソレが奈落だ。引き返す。
一人になりたくて閉じこもって、でも多分心細い。寂しくて怖くて、だけど傷付けたくない。愉悦の為に開くあぎとを、見せたくない。
てな具合か。帰れとかもう帰るの? とか。ああこんなワガママ最初はみえなかった。もっと前は――軽い隙ならみせてたけど――もっとクールだった。こういうのって、ひょっとしてコッチにチョッピリ心許してるとか?
こんなトカゲならもっと懐いて欲しい。
「後で蘇生させてやるって言ったら?」
いいやトンデモナイ。
人形みたいな頬に触れた。役得。
「怖がってくれなきゃイヤですよ」
指先が痺れたような錯覚でついでにありもしない味覚が疼く。そんなトコに素子を張る趣味はない。
一人で置いてきて屋上に立つ。脳をクールダウンしたかった。
丁度いい風だが、指先は甘い。
刺身にされながら劣情を抱く程あの空っぽの瞳はエロスなんだろう。お堅い制服の下の人形みたいな身体想像して死にかけの男が甘美な夢に浸る。
アレはそういう魔物であの清純な匂いで狂わせて獲物を狩る、猟犬――ホントはトカゲだけど――だ。
行くところがあるので、のんびり涼んでいられない。
早急に移動を始める。
どこともいえない通路に胴体を収納しながら、
「″killing-doll″なんてどうですか?」
天井はイカした二つ名を思いつき、ソレ言ったら殴られるだろうな、と苦笑した。
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