恋の足音 since 2011.11.05 ※TOPへ戻る際は←のサイト名をクリックして下さい。


七夕の夜が明けた。
寮内から願いが叶ったと言う生徒も、目に見えて変化が現れる生徒も居なかった。
窓の外から見える笹の葉は、多くの願いを背負いながら優雅に棚引いている。
全校集会のようなものを開いて大々的に選ばれた者を発表するのか、それとも
大喜利に似た形式のバラエティ演習だったのか。
結局短冊を吊るしに行かなかった聖川には関係の無いことだった。
授業の一環かもしれない、と一応は書いた。無難に世界平和や家内安全などを。
捨てるのも忍びないから本のしおりにでもしようか、と短冊を手に取って聖川は愕然とした。
「な…何故文章が変わっている?!」
震える手に収まってる短冊には、確かに自分の筆跡で、記憶とは全く違う言葉が書いてあった。

【素直になりたい】

指で文字をなぞってみる。印刷ではなく、しっかり紙に墨が滲んだ跡。
誰かが摩り替えておいたのだろうか?わざわざ自分の筆跡を真似て?
短冊は鞄の中にしっかりしまって手元に置いてあったから、誰かが細工する隙は無かったはずだ。
そもそも、自分の短冊に細工をして何の得があるのか。
聖川が思考の海に投げ出されて遭難しかかった時、寮内に設置されたスピーカーから聞き覚えのある声が
飛び込んできた。
「ハーッハッハッハッハ!皆サンおはようございマース!」
ぎょっとして短冊から目を離す。
7時を過ぎても惰眠を貪っていたレンも、この音量には耐え切れなかったようで
もぞもぞとシーツを波打たせている。
「七夕の短冊はしっかり吊るしマシたか〜?ここから一つ、願い事を叶えちゃいマスからね!」
放送を聞いていたせいとたちの怒号に近い歓声が上がる。
うだうだとベッドを転がっていたレンが諦めたように起き上がった。
眠そうな目が棒立ちになっている自分に向けられる。
視線が手に握り締められた短冊に注がれているのに気付いて、聖川は慌てて裏返して机に置いた。
「ほんとの願い事を書いてない短冊はミーがちょちょいのチョイとほんとの願い事に変えておきましたからネ!
 方法は企業秘密デース」
な、と聖川が声を上げるよりも早くレンがベッドから跳ねるように抜け出した。
呆気に取られて視線をやると、制服のポケットから短冊を取り出して、見つめたまま固まっている。
就寝時は何も身につけないという信条があるらしいレンは当然のように裸だ。
美術の時間にデッサンするような均整が取れたしなやかな肉体が晒されている。
レンが起き出す時間には自分は朝食を作るために台所に居るので、こうしてまじまじと見るのは初めてだ。
聖川の無遠慮な視線に気付いたのか、レンが振り返る。

「風邪を引くぞ、レン」
「ぅえっ」
自分の唇から滑り出た言葉に絶句する。
見苦しいものを見せるな、と悪態の一つでも吐いてやろうと思っていたのに。
何のしがらみも確執も無いルームメイトならばこの会話も不自然では無い。
が、顔を合わせればにらみ合い、口を開けばいがみ合ってきた自分たちだ。
レンも斜め上から降ってきた言葉に目を白黒とさせている。
素っ頓狂な声を上げたっきり、口を噤んだまま。
「今回は二人、選んでマース!Because何故なら、二人の願いが同じだったから!」
頭上に降ってきたシャイニング早乙女の声に、二人一緒にびくりと肩を揺らす。
「男同士の織姫と彦星でもいいジャない!仲良くしてチョーダイ!プライバシーなので名前は控えマース!Seeyou!」
さらりと爆弾発言を残して放送が終わった。
悲鳴や怒号が入り混じった歓声が寮をビリビリと震わせている。
やがてそれも波のように引いていき、静かな朝の空気が戻ってきた。
先に我に返ったレンが、素早くバスローブを羽織るのが視界の端に映る。
「レン、俺は朝食を作ってくる」
だから何だと言うんだ。
自分で吐いた言葉に自分で茶々を入れながら、心の中で頭を抱える。
願いを叶えられたのはどうやら自分らしい、といくら鈍い聖川でも気付いていた。
素直になりたい、というのが本心であるのも事実だ。
「…俺も一緒に食べたい」
「なにッ!?」
レンが口を押さえて茹蛸のように真っ赤になっている。
自分で自分の発言が信じられない、と顔に全て浮き出ていた。
まさか、同じ願い事と言うのはお互いに対して素直に接したいという事なのか。
気まずい沈黙が二人を包む。
「出来たら呼ぶ…待っていろ」
「後ろで眺めてるよ、邪魔はしない」
口調こそ普段通りだが、お互いが熱病にでもかかったように顔が赤い。
ぎくしゃくと二人で台所に向かう。冷蔵庫から食材を取り出して、手早く調理して皿に盛る。
朝食の間、二人は一言も話さなかった。
出てくる言葉全てが心の深いところに沈めたはずの本音になってしまう、と気付いたからだ。
お互いにちらちらと視線を送りあっては、時折かち合う視線に頬を染めて目を逸らす。
そんな事をしながらの朝食は随分と時間がかかり、二人ともギリギリで教室に駆け込むはめになった。

「マサ〜今日は遅かったね、珍しい!」
「…………………………………………」
無言でこくりと頷く。
無愛想な態度を音也は気にした様子も無く、聖川の体調の心配、昨日出された宿題の難しさ、一ノ瀬に怒られた愚痴を
マシンガンのように話し続けた。
レンに関する話題以外では本音が勝手に漏れるという事は避けられる。
口が硬そうな翔を捕まえて実験したからまず間違いない。
時折繰り出されるレンへのらしくない発言に翔は「また面倒ごとに巻き込まれた」と肩を落としていたが。
「あっそうそう、今日購買でさおとメロンパンDXが発売されるって噂があるんだよね!」
「あの伝説のか!?」
「うん!丁度昼に焼きあがるらしいし、ダッシュすれば一つくらいはゲット出来るんじゃない?」
「一つ…レンとは半分ずつ分ければいいか」
「えっ」
音也の騒がしさでこちらに注意を向けていた生徒たちがざわざわし始める。
しまったと口を塞いでしまった事で、今の発言が冗談ではなく口走ってしまった本心だと
周りに印象付けてしまった。
見る見るうちに赤く染まりあがった聖川を見て、生徒たちのざわめきが加速してほとんど
悲鳴に近い音量になってくる。
「真斗くん、素直さんになれたんですね!ふふっ」
音也と真斗の会話をにこにこと見守っていた那月が駄目押しの言葉を放った。
教室内からぱらぱらと拍手の音が聞こえ始め、やがて大歓声に包まれる。
生徒の9割はただの悪乗りだったが、中には那月のように素直に二人を祝福してるものがちらほらと居た。
良い例が彼女だ。涙すら浮かべてうんうんと嬉しそうに頷いて微笑んでいる。
「あれ、もしかしてマサが彦星?」
「何だそれは…」
「朝の放送でおっさんが言ってたじゃん、男同士の織姫と彦星って」
「うっ」
「じゃあレンが織姫か〜」
「…そうだな」
あっさり肯定した聖川に女生徒たちが悲鳴を上げた。
音也は完全に楽しんでいるようでにやにやと人の悪い笑みを浮かべてこの空気を楽しんでいる。
那月と彼女は素直に祝福しているようで、お祝いにパーティでも開こうかと話していた。
お祝いムードの高揚した空気の中で、聖川は一人頭を抱える。
散々自分たちの諍いごとに周囲を巻き込んできたのだ。盛り上がるのは理解できる。
差し迫った問題は、この素直になる効果がいつまで続くのかという事だ。
芸能界を渡り歩くためには本心を隠し通す事も必要になってくる。
レンに関連する事柄だけとは言え、巡り巡って大事になる可能性だってある。
自分たちはまだとんでもない爆弾を隠し持っているのだ。
愛し合う恋人同士だからこそ、お互いに素直になりたいという願いを持った。
事が公になれば早乙女学園は退学、一生デビューも望めない。
財閥の御曹司というお互いの立場上マスコミ追われ続ける事も覚悟しなければならない。
もし隠し通せたとしても、アイドルとして芸能界に身を置く以上ファンを第一に考えて行動するのが義務となる。
その時までこの効果が続いていたとしたら、その義務すら果たせなくなってしまう。
「マサ?おーい」
「学園長に直訴してくる」
「何を?」
「俺とレンの交際の許可をもらえるようにだ!」
「ぇえええっ!?ちょ、マサ落ち着いてよ!黙りこくってる間に何が!?」
今にも走り出しそうな聖川の腕を音也が掴んで引き止める。
いつの間にか頭に血が上ったららしい聖川は振り切っていこうと腕を振った。
野次馬と化した生徒たちは聖川を焚きつけたり、音也を応援したりと楽しんでいる。
聖川を死地へと赴かせないために音也が踏ん張っていると、教室の扉がバンッと乱暴に開けられた。
「失礼します」
怒りに染め上がった低い声に、お祭りムードだった教室の空気が一瞬にして凍りつく。
「あっトキヤ!手伝って!」
「レン…」
般若の形相になっているトキヤの後ろ、気まずそうに佇んでいるレンの姿を見て
聖川がふっと力を抜く。
進行方向の逆側に聖川を必至に引っ張っていた音也はそのまま床に尻餅をついてしまった。
トキヤはレンの腕を掴みんで聖川に放り投げ、流れるような動作で音也を助け起こす。
「この後の一般教養と午後の芸能概論の授業、聖川さんにはSクラスで受けてもらいます」
「な…どういう事だ、一ノ瀬」
「レンが貴方と授業を受けたい、本当はSクラスの器だ、ピアノも歌も一級品なのに延々と語り続けてもういい加減鬱陶しいんです」
「うわぁほんとにレンが織姫だったんだ」
寄り添うようにレンのと隣に立った聖川が、視線を伏せて頬を染めた。
レンもトキヤの暴露を否定することも無く、同じように頬を染めて視線を逸らしたまま黙っている。
腕組をしながら指で腕を叩き、足で床を小刻みに叩くトキヤからの全身から苛々とした空気が立ち上る。
「日向さんには生徒交換という事で話をつけました」
「トキヤAクラスに来るの?!やった!」
はしゃぐ音也を無視して、トキヤが聖川の席から鞄を取ってくる。
「さ、どうぞ聖川さん」
乱暴では無いものの、有無を言わせない口調でトキヤが鞄を受け渡す。
聖川はのろのろと鞄を受け取り、レンと顔を見合わせて、お互いにさらに頬の赤みを深くする。
その様子を見たトキヤのこめかみに青筋がびきびきと浮き上がるのを見て、
音也が慌てて二人を締め出して扉を閉めた。

Sクラスに一時的に移ったレンと聖川の様子は、わざわざ見に行かなくとも
生徒たちの噂話で否応無しに耳に飛び込んできた。
事態を重くは見てないが面倒くさがった龍也が二人を隣の席にして放置。
本心が吐露するのを抑えて事務会話しかこなさない二人の間に確かに漂う胸焼けしそうな
甘ったるい空気に、翔が一番先に音を上げた。
口に出さなければ平気だろうと筆談に移った二人が、数回やり取りしただけで撃沈したとか。
文章さえも嘘偽りを混ぜられず、聞き間違いという逃げ道も失ったせいでダメージが大きかったんだろうとか。
「あの二人一緒の部屋で大丈夫かなあ」
「…なら貴方と聖川さんと部屋を交換しますか?」
「やだよ俺トキヤと一緒が良い!」
「そ、そうですか。ならそのまにしましょう」
それと同時に、トキヤの怒り狂った様子が演技だったのではという噂も発生した。
音也の我侭を渋々了承するという形で結局隣同士の席になった二人は休み時間中ずっと
話し続け、授業中はアイコンタクトをしつつ、音也が当てられた問題の答えをトキヤがノートの端に書く、
というベタベタな行為をしていたせいだ。
生徒たちの呆れたような視線に気付いているのかいないのか、二人は相変わらず顔を突き合わせて
話し込んでいる。最初は嫌々音也の話を聞いてやっている、というスタンスを取っていたトキヤも
今は体ごと音也に向き合い、膝が触れ合う距離を保っている。
「俺たちの願い事は叶っちゃったし、マサとレンが選ばれてよかったよ」
「全くです。二人のじれったさには辟易してましたからね」
「寮に戻ったらお楽しみかな」
「下品な事を言うんじゃありません!」
終わらない音也とトキヤの会話から甘ったるい空気に、生徒たちが重く溜息を吐いた。
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次は寮に戻ってお楽しみの二人です(^o^)