『あなたの鼓動が聞こえる』

○第7話○ 目覚め







 日向由比という生徒は、不思議な雰囲気を持っていた。

 細身の身体は病弱からくるものだろうが、その割には身長が高く、顔の輪郭はシャープなのに何故か少女のような初々しさをもっていた。
 瞳はぱっちりとして色が白く、唇は咲きかけの薔薇の花びらのように可憐で、髪の色や目の色は普通よりやや色素が薄く、全体的に中性的な印象をもたらした。

 それだけではなく、彼から発せられる独特のオーラは人の視線を引き寄せるものがある。
 彼に近づきたい人間はたくさんいるのに、それが許されるのは友人の飯島優吾ただ一人だけだった。


 そして、飯島優吾という人間も不思議な生徒だった。

 限りなく柔和な微笑みで、誰に対しても分け隔てなく優しく接する彼には、特別な存在になりたいと思わせる何かがあるようで、いつも周囲に人が集まっていく。
 極めて整った容姿をしているのに、まるでそれに気がつかないかのような彼の性格は、非常に好感が持てるものだった。
 一つ上の学年に彼の兄がいて、生徒会長を務めているが兄の方はどちらかというと冷静沈着で、物事を端的にこなし無駄がなく、誰からも一目置かれる存在だった。
 飯島兄弟は、この辺では大変有名な資産家の息子と言うこともあり、色んな意味でも有名で、さらに優吾と由比は仲が良く、どうしても周囲の注目の的になってしまう。

 由比は他人の視線に曝されるのが大嫌いな人間だったが、優吾といるときだけはそれが何故か気にならない。
 けれど、そんな時は優吾の方がさり気なく気をつかって、なるべく他人の目の届かないところで二人で過ごしていた。




 いつものように屋上で二人仲良く昼食をとっていると、優吾は心配そうに由比の顔を覗き込む。

「ねぇ、最近顔色良くないね。また痩せた?」
「さぁ、めんどくさいから体重なんて測ってないよ」
「・・・病気の方は・・・・・・」

 俯きながら発した優吾の言葉には、由比は答えなかった。
 かわりに、珍しく含んだ笑いをして優吾を見つめる。

「優吾、オレ今好きな人がいるんだ」
「えっ! 由比が!? ウソぉっ、どんな人なの!?」

 二人は小学生の時からのつき合いだったが、由比のこういう話は初めて聞いたので優吾は非常に驚いた。
 恋なんてくらだない、などと思っているのではないかと、密かに心配していたのだが。

「まだ教えない」
「え〜〜っ、ケチ〜!!」
「あははっ、でももう彼女を手に入れたよ」
「・・・えっ」

 手に入れた、と言う言葉に優吾の顔が真っ赤になった。

「・・・ね、由比・・・それって・・・・・・あの・・・」
「セックスしたって事」
「っ!!!???」

 そんな直接的な言葉で返してくるとは思わなかったので、優吾は更に顔を真っ赤に紅潮させて、俯いてしまう。
 そんな優吾に苦笑しながら、由比は菓子パンを頬張った。


「今手に入れなきゃ、一生後悔するもんなぁ・・・」


 空を眺めながら穏やかに微笑む由比の綺麗な横顔を、優吾は眩しいものでも見るかのように目を細めた。








▽  ▽  ▽  ▽


「百合絵先生、もうお帰りですか?」

 帰りの身支度をしていると、慣れた足取りで保健室に入ってくる男性教師。
 彼は、一日に一度はこうやって保健室に入り、百合絵と話をしていく。
 周囲から見れば、彼が百合絵に思いを寄せていることなど分かりすぎる事実だったが、当の百合絵だけは、全く気づく気配がなかった。

「えぇ、真宮先生は今日は部活動ないんですか?」
「あぁ、すぐ行きます」

 真宮と呼ばれた男性教師は、サッカー部の顧問をしていて、部活動の間は非常に厳しく、だが普段は優しい理解ある体育教師として慕われていた。

「今日は・・・あの・・・大事な話がありまして」
「・・・どうかしましたか?」
「・・・えぇ・・・あの・・・」
「?」

 どうも煮え切らない態度の真宮。

 だが、そんな人間の話をきいてあげることも自分の仕事の一部だと思っている百合絵は、微笑みを讃えながら彼の言葉を待っていた。
 彼女の表情に自信を持ったのか、真宮は思いきって口を開く。

「百合絵先生は、今おつき合いされている男性はいますか!?」
「・・・え?」

 つき合っている男性、と聞いて一瞬ではあるが由比の顔が頭に浮かんでしまった。
 だけど、彼とは別につき合っているわけではない。
 それに自分が彼をどう思っているかもよく分からないのだから。

「そういう人はいません」

 ハッキリと答えた百合絵に真宮は破顔した。
 そして、顔を赤らめながら百合絵を真っ直ぐ見つめる。とは言っても、日に焼けた肌の色の変化はあまりないのだが。

「俺と結婚を前提としたおつき合いをしていただけないでしょうか」

 結婚を前提とした、と言うことで彼にとっては、この気持ちがそれだけ本気であることを証明したかったのだが、百合絵にとっては思いもよらぬ事で何の言葉も出てこない。
 何も言わない彼女に対して不安になったのか、次第に真宮は焦りだした。

「あっ、いや・・・っ、あの・・・とりあえずは気持ちを伝えたかっただけなので・・・っ、その〜・・・考えておいてもらえませんか」

「・・・あ、・・・・・・は、い・・・・・・」

 小さく答え、少し頬を赤らめる百合絵の表情を見て、真宮は彼女を抱きしめたくなったが、その気持ちはぐっと堪えた。

「では、部活動にいってきます。また明日!」
「・・・はい、がんばってくださいね」

 百合絵の言葉に後押しされて、にこやかに去っていく真宮の後ろ姿を見ながら、一体どうしたものかと途方に暮れた。


 自分は鈍いのだろうか?

 全く彼の気持ちに気がつかなかった。
 好感の持てる人間だとは思う・・・けれど、結婚とかつき合うとか、そういう対象で見るとなると・・・・・・

 そこまで考えたとき、カチャン、という音が背後から聞こえ、ほぼ同時に後ろから誰かに強く抱きしめられた。

「っ!!?」

 耳元にかかる吐息は、身に覚えのあるもので、一気に顔を紅潮させる。

「ねぇ、まだオレのこと認めないの? あれから何度オレに抱かれたと思ってるの?」
「・・・やぁ・・・」
「そんな声だしてまたオレを挑発するんだ」
「・・・ちがっ」
「違わない。百合絵がまだそんな気持ちでいるんだったら分かるまで教え込むだけだ」

 由比は百合絵の耳たぶを優しくあま噛みし、首筋にキスをした。
 後ろから回された両手で服の上から胸を揉みしだかれ、ガクガクと足を震わせる。

「・・・・・・由比・・・やめ、て・・・誰か来たら・・・」
「鍵くらい掛けたに決まってるでしょう? どっちにしても誰か来たって知らないけどね。どうせ大した用事もないくせに百合絵に会いに来るヤローばっかりじゃない。大体オレが入ってくるのにも気付かないで、そんなに真宮が気になったの?」
「・・・や、ちが、う・・・っ」
「ねぇ、真宮にこんなコトされている自分が想像できる? キスされて、胸を触られて、百合絵の中をアイツのでぐちゃぐちゃに掻き回されるの、想像できる?」

 由比の言葉によって、真宮にそうされている自分を想像させられ、急激に身体の奥が冷たくなり、百合絵はいやいやと首を横に振った。
 由比はそれに少しだけ満足したようで、彼女の後ろで微笑みを浮かべた。

「でしょう? じゃあ、他の男は? 例えば、何でもないのに保健室にやってくる男子生徒達。アイツらにこんなことされたらどうする?」

 スカートの中に手を入れ、彼女の中心を直接触ってくる。
 既にうるおいを帯びていた彼女の中は、あっさりと彼の指をのみ込んだ。

「ン・・・んぅ・・・由比・・・やぁ」
「いやだよね? なのに、オレにされているときはどうなの? この指はオレのだよ? イヤじゃないの? こんなになっててイヤな筈がないよね」
「由比・・・っ」
「一言だよ。簡単だよね。一言オレに言えば楽になれるんだよ?」

 お尻のあたりに由比の硬い感触が伝わってくる。
 百合絵はそれを感じただけで、ドキドキしてとまらなくなってしまう。


 私は・・・由比を・・・

 由比を、由比のことを・・・・・・・・・




 あれから何度こんな事をされただろう?

 その度に心の中で否定する自分と、肯定する自分とで闘ってきた。
 廊下で彼を見かけるたびに、胸が苦しくなる。

 保健室に来るたびに、舞い上がるほど嬉しくなってしまう。





 私は・・・・・・


 あなたが・・・・・・・・・














「・・・由比が・・・す・・・き・・・・・・っ・・・」




 言葉に出した瞬間、彼は待ちかまえていたかのように百合絵の顎に手を伸ばし、彼女の顔を後ろに向けると、キスをした。
 息をつかせぬようなキスは、百合絵を更に溺れさせる。
 彼女のショーツを膝まで引き下ろし、一気に彼が自分の中に入ってくる。
 後ろから抱きしめられながら彼を受け止め、激しい動きに翻弄されている間、百合絵は頭の中でぼんやりと自分の気持ちについて考えていた。



 他の人間じゃ、だめなんだ・・・・・・
 由比以外の人間には、触れられたくない


 そうなんだ、そういうことなんだ・・・・・・



 私は

 もう・・・戻れないところまでとっくに来ていたんだ・・・・・・



 由比にだったら、どんなふうにされても、きっと許せてしまう





 私は、彼を愛してる





 その気持ちを認めた瞬間、もう彼に対する思いは溢れるばかりで、止めることなど出来そうもなかった。
 彼が囁く言葉を、素直にかえす彼女の姿しかそこには存在しなかった。







第8話へ続く

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