○番外編2○ キミニトドクマデ







さわらないで!!!

その口で私の名前を呼ばないでッ!!

・・・もう、二度と、顔も見たくないッ!!!!






 有無を言わせぬほどの拒絶の言葉。

 それを聞いた瞬間から、何だか記憶が途切れ途切れで・・・

 気がつくと、まりえさんと出逢った公園のブランコに座っていた。一体どうやってここまで辿り着いたんだかよく分からない。

 遠くの方で話し声が聞こえる。
 聞き覚えのある声だ。

 けど、何を言っているか聞き取れない。


「はい、・・・まりえ・・・ッ!?」


 その言葉で一気に目が覚めた気がした。
 目の前を見ると、まりえさんの昔の男、久保田千里がいて。
 どうやら遠くの方の話し声というのは、この男のものだったらしい。
 携帯電話で話していたのだ。

「・・・あぁ、今、飯島怜二と一緒にいる。・・・公園に・・・なんて名前だろ?」

 久保田千里の電話相手はまりえさんなんだろう。

 何でこの男がオレと一緒にいるのかはわからない。
 けれど、はやくこの場を立ち去らなければならない、と言うことくらいは分かる。

 静かにブランコの椅子から立ち上がり、公園の出口へと進んでいく。
 だが、出口まで来たところで勢いよく肩を掴まれた。

「どこいくんだよっ、もうすぐまりえがここに来るから、待ってろよ」


 なんだそれは?

 さっきの会話を聞いていた癖によくそんなことが言えるものだ。
 そう思うとくっくっと、喉の奥から妙な笑い声が聞こえてくる。

「待ってろ? 面白いこと言うね。どうしてオレがアンタと一緒に彼女を待てるの?」

「どうしてもなにも、まりえは真相を知らないじゃないか! オレは元々、まりえに話すつもりで待ち合わせてたんだからッ」

「真相? そんなもの知らなくていい、大体、言っていいなんて誰が許可したんだ?」

 つくづく馬鹿な男だ。
 まりえさんに話すなんて、そんなことが起きてはいけないに決まってる。
 そんなことも分からないなんて・・・

 そのまま立ち去ろうとするが、今度は腕を掴んで離そうとしない。
 何なんだこの男は。
 苛々する、どうしようもなく。
 どうにも出来ない自分にも。

「これ以上、何を壊したいんだ?」

 そう、これ以上、オレに何がある?
 もう何も残ってない、みんな、この手からすり抜けてしまったじゃないか。
 全部オレがしたことだ。だから、それが自分に返ってきただけの話・・・
 ゼロに戻っただけのこと、それだけ。

 掴まれた腕を思い切り振り上げて、拘束を解く。
 そして、オレは公園から逃げるように駆けだし、そのままタクシーに乗りこんだ。




▽  ▽  ▽  ▽


 それから、暫く色々な所へ車を走らせたけど、そのどこにも降りる気がしなくて、結局ホテルに戻った。

 もう永遠にあの人が来ることのない空間。



 もしかしたら、ここにいたと思ったのも夢なのかもしれない。

 ベッドの中でキスしたのも、セックスをしたことも、全部、全部。



 誰もいないこの空間は、実家とは比べられないほど狭いのに、寂しくて、虚しくてどうしようもない。

 もう、本当に何もなくなってしまった・・・
 もう、何もかもが許されない。

 触ることも

 名前を呼ぶことも

 見ることも


 オレの全てが拒絶されたんだ───






「・・・・・・くっ、・・・っくっく・・・・・・、あっはっはっっはっは・・・」


 彼女さえいれば何も要らない。
 そう思ってきたのに、これはなんだ?
 自分が滑稽で、可笑しくて堪らない。

 こんな簡単に、無くなっちゃったじゃないか。


 なのに、涙もでない。
 こんな時でさえ、オレは涙も出ないのか・・・







▽  ▽  ▽  ▽


 ソファに横たわり、時計の音だけが聞こえる程の静寂。

 眠ることも出来ず、目も開いているものの、何を見ると言うわけでもなく、ただ無意味に宙を彷徨っていた。






 どれくらいの時間が流れたんだろう・・・





 突然、部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
 けど、今は体を動かすのも億劫だ。
 何もかもが面倒くさい。



 暫く鳴っていた音を無視し続けると、女の人の声がした。




「・・・ッ・・・怜二・・・お願い、怜二、いるなら開けて!!」



 ?



「怜二・・・私よ、・・・・怜二!!!」


 どういうことだ?




 意味が理解できずに、何となく声を潜めてドアの前まで歩いていく。
 すると、声が止んでドアを叩く音も聞こえなくなった。



 ・・・・・・なんだったんだろう?

 もしかして、オレの頭おかしくなっちゃったのかな?
 幻聴を聞くなんて。








「・・・う・・・・・・ッ・・・・・・っく・・・」





 ・・・・・・・・・・・・



 違う、これは、泣き声。

 オレは半信半疑でドアを開ける。



 すると、

 そこには座り込んで泣いているまりえさんがいた。

 けど、なんで彼女がここにいるのか理解できない。


 一体どういうことなんだろうか・・・・・・


 それから、
 気がつくといつの間にかオレは抱きしめられてて。

 その事に呆然としていると、彼女の唇がオレの頬に触れたかと思ったら、オレの口にも重なってきて、益々ワケが分からなくなってくる。



「・・・千里くんに全部聞いたの。ホントのこと」

「えっ」


 アイツ・・・ッ、どこまで無神経でいられるんだよ!!!

 こぶしをグッと握りしめ、アイツのしたことに苛立ちを抑えきれない。

 なのに・・・


「私ね、ショックだったけど、大丈夫だよ?」

「・・・・・・そんなわけ・・・ない」

 あんなコトを知って大丈夫なワケがない。
 傷つかないわけあるもんか・・・

 そう思うと苦しくて仕方がなかった。




 だけど、

 再び彼女の唇が重なってきて、しかも・・・・・・


「怜二が、好き。誰よりも大事だよ・・・」






 ・・・・・・すき?



 誰よりも?


 彼女を見ると、スゴク真剣な表情でウソを言っているようにはとても見えない。


 ほんとうに?
 何で?
 どうして?


 でも、まさか、

 もしかして・・・・・・・・・




「・・・・・・触れても、いいの・・・?」

「うん」




「・・・・・・名前を、呼んでもいいの・・・?」

「うん」



 あの話を聞いて、オレがしたことも知ってしまったのに、どうしてそんな結論に至ったのかは正直に言って、分からなかった。

 だけど、彼女の瞳は何故かとても嬉しそうで。

 オレは、ゆっくりと彼女の背中に腕をまわして、包み込むみたいにして抱きしめる。
 すると、まりえさんの腕がギュってオレの背中に巻き付いてきて、そこでやっと実感することが出来た。


 あぁ、本物なんだ・・・って




「・・・まりえさん、あいしてる」

 精一杯の気持ちを込めて言う。
 彼女の心の隅まで届きますように、と祈りながら・・・



「あいしてるよ、怜二」


 彼女から聞いた初めてのその言葉。

 オレは一生忘れないでおこうと思った。






 そのあと、

 彼女と抱き合い、全てが終わったとき、
 俺の目からは涙が零れていたらしい。

 泣いた、と言うのは、彼女と初めて会った時以来だった。
 昔はともかく、今のオレはどうやら、嬉しいと泣けるようらしい。
 絶望感に打ちひしがれても、一滴も出なかったものがこうも簡単にでてくるんだから・・・



 オレの心をここまで幸せに出来る存在が他にいるだろうか?


 彼女の笑顔一つでおつりがくるくらいの幸福




 だから欲しくて仕方なかったんだ


 キミといると幸せだから





 だからさ、

 ずっとずっと、




 これからも夢をみさせて?


 二人で───



2003.4.4 了

番外編3 二人だけの空間

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