○番外編2○ トクベツ(後編)







「・・・・・・うぅ・・・・・・けほっ、・・・・・・はぁ・・・はぁっ、み、みず・・・・・・」

 眠りに引きずり込まれてから数時間。
 あおいは強烈な喉の渇きによって目が覚めた。

 体の節々に痛みが走り、朦朧とする意識に加え、咳・くしゃみ・頭痛・吐き気など、薬の箱に書かれているような症状を抱え、悪化の一途を辿っていた。
 喉も荒れているらしくヒリヒリと痛んでいる。

 あおいは荒い息を吐きながら、体を引きずるようにしてベッドを降りた。


 だが・・・・・・

 廊下にでて数歩も歩かないうちに不意に目眩に襲われ、その場にうずくまってしまう。
 ろくに歩くことすら出来ないらしい。




 こんな時、広い家に一人暮らしという状況は最悪極まりない。


 一体どうしたらいいんだろう・・・・・・
 何だか世界でたった独りになったような孤独感に苛まれる。


 いや、実際オレって一人か・・・・・・


 どんどん気持ちが暗くなる。
 自分が一人なんだと思えば思うほど、この風邪も悪化していく気がする。



 あおいは少し投げやりな気持ちになりかけていた。
 しかし、いつまでもここに座っているわけにはいかないと、自分自身を奮い立たせ、もう一度立ち上がった。

「・・・みず・・・・・・」


 彼はフラフラした足取りだったものの、何とか台所にたどり着き、やっとの事でコップ一杯の水を飲むことが出来た。


 ───だが、あおいに出来たのはそこまで。

 再び自分のベッドに戻ることは出来ず、眩暈と共に身体の力が一気に抜け落ちた。


「・・・・・・っ、きもち・・・わる・・・」

 あおいは台所の床に倒れ込み、そのまま動くこともできなかった・・・







 シンと静まりかえった家の中、たった一人。

 動くことすら出来ず、時間だけが経過していく。

 今が何時なのかも、こうして床に寝転がったままどれだけ経ったのかも分からない。




 ・・・・・・・・・あ〜・・・



 ・・・・・・オレ、このまま一人で死ぬのかな





 たいしたこともせずに終わっちゃうのかよ・・・


 くそぅ・・・

 何だか文句の一つでも言いたい気分だ。
 こんな事ってあるかよ。
 誰にも知られずにたった一人で死んでいくなんて。

 ・・・って、看病してくれる人間すらいないんだから当たり前だけど・・・。



 ───でも、せめて最期なら、




 もう一度だけ、

 笑った顔、見たかったな・・・


































「・・・・・・い、・・・大変・・・・・・っ、救・・・・・・ッ!」















▽  ▽  ▽  ▽


 あの後、意識が殆ど無い状態で、かすかに聞こえたのがまりえの声だった事をオレは何となく記憶している。

 何を言っているとか、本当にまりえがその場にいたとか、そんなことは全く分からなかったけど、声と温もりを感じたような気がしていた。


 実際、それは本当だったようで、オレが台所で倒れていたのを発見したのはまりえだったらしい。


 昨夜、携帯電話を持つという話をして、まりえは早速携帯を購入し、その足でオレのいる実家へ寄ったのだ。
 ところが、チャイムを押しても返事がない。
 仕方なく合い鍵で中に入ってみると、台所で倒れてるオレの姿がぽつねんと一つ。
 動転しながらも救急車を呼んで一緒に乗り込み、病院で入院手続きを済ませると、半ば強引にまりえも付添人として泊まりこんだようだった。

 オレは、肺炎を引き起こし、それから3日間意識不明だったようで結構ヤバイ状態だったらしい。
 実はさっき目が覚めたばかり。
 起きたて早々まりえのドアップでラッキーとか思ったんだけど・・・

 目が真っ赤に充血している所を見ると、もしかして殆ど寝てないのかもしれない。
 オレの方は何だか熱もすっかり下がって、いつでも退院出来そうな気分なんだが。




「あのね、あおい。私考えたの」

 まりえが身を乗り出して、何か決意を固めたような顔で話しかける。

「なにを?」

「私、実家に戻る!」


「「ええええっ!?!?!」」


 これにはオレともう1人、声をダブらせて叫んだ人間がいる。

 先程会社帰りに見舞いに来た飯島怜二だ。
 ヤツはとんでもない発言をしたにも関わらず、平気な顔をしているまりえの肩を掴み、必死の形相で詰め寄った。

「まりえさんっ、まっ、まっままま、まさかっ、婚約解消する気なの!?」

 オレにとっては初めて見る飯島怜二の焦った姿。
 普段は全てのことに余裕を持っている気がするが、まりえには相当弱いらしい。

 こういう眺めもいいもんだ


 ・・・・・・じゃなくて。

 まりえが何を考えてさっきの発言をしたのか、そっちの方が重要だよな・・・・・・
 まさか、本当に婚約解消して実家に戻るって言ってるわけじゃないだろうし・・・

 オレとしては大賛成だけど。


「何言ってるの、怜二も一緒に住むのよ!」

「「エエエエッ!?」」


 またしてもハモってしまったオレたち。

 そりゃそうだろう。
 一緒に住むって3人でか!?


「前から考えてたのよ。どうせ毎日のようにあおいが訪ねてくるんだったら一緒に住んじゃえばいいじゃない。大体心配だったの、まだ高校生のあおいをあんな大きな家に一人暮らしさせるなんて。私が側にいれば食事だって身の回りの世話だって何だってできるし、今回みたいな事だってここまで酷い事態にはならなかったはずよ。それに、みんなで住んだ方が楽しいわ、きっと♪」

 まりえは名案でも思いついたかのように嬉しそうに喋っている。

 だけど、オレとしてはちょっと同意できない気分。
 まりえと住むのは結構なことだ。
 むしろ歓迎すべき事だと思う。

 だが、飯島怜二がオプションとしてついてくるなら話は別。

 四六時中いちゃいちゃしている所を見せられたら、何回ぶち壊しに行ってもキリがない。
 オレにとって家の中は戦場と化し、安息の日々は二度と手に入らないということが約束できるだろう・・・


 今のように別々に住んでて、見ていないところで何をしようがオレは心を仏にして目をつぶろう。
 しかし、手の届く範囲でいちゃつくことを見過ごせるほど人間が出来ていない。


 つまり・・・


「却下」

「え〜〜っ、どうしてよぉっ!?」

 まりえは身を乗り出して、オレの目の前に不満そうな顔を近づける。
 どうしてもこうしても、精神衛生上極めて良くないことだと予想されるからこそ頷くことができないのだ。

「オレがいたら邪魔になるだろ。折角二人で住んでるんだからそれでいいじゃん」
「どうしてあおいが邪魔になるのっ!? 3人で楽しく住めばいいじゃないっ」
「とにかくダメ。なぁ、オマエもそう思うだろ?」

 オレにしては珍しく飯島怜二に話を振る。
 恐らくコレについてはヤツも同意見だと思うから。


 ───が、

「オレは別にいいよ」

 なにっ!?

「だってあおいはオレの義弟になるんだし。オレ、三男で一番下だったからそういうのスッゴイ嬉しいんだ♪ 一緒に住んだらお兄ちゃんって呼んでくれる?」

「・・・・・・」




 ・・・だ、ダメだ。

 今回ばかりはコイツも味方だと思ったのに。


 あぁ、そうだよっ、
 オレが馬鹿だったよ!


「オレは嫌だ!! ぜっっったいにっ!!!」

「あおい〜〜〜っ」


 ・・・・・・あ

 泣きそうなまりえの顔。
 つい強い口調で言ってしまった。

 いやいや、こんな事で折れてしまったら後が大変だ。

 オレは心を落ち着け、まりえを諭すように話しかけることにした。

「じゃなくて。・・・つまりさ、オレのことはそんなに心配しなくていいんだよ。だって、まりえ携帯買ってきてくれたんだろ? それで充分。コレでお互いいつでも声が聞けるんだから安心じゃないか。勿論それだけじゃなく今まで通り会いに行くし」

「でも・・・」

「約束する。もうこんな事にならないように体調が悪かったらまりえに真っ先に連絡入れる」
「・・・・・・」
「それで、お粥作ってもらって、ふ〜ふ〜して、食べさせてもらったりしてさ」
「・・・ん」
「ついでに添い寝もしてもらうから」

 最後の方はオレの希望を述べてみたりして。
 けど、まりえは『もちろんよ』なんてニッコリ笑ってくれた。

 その上オレのこと抱きしめてきて・・・。
 何だか大切に想われてるんだと言うことがちゃんと伝わってきて、どうしようもなく幸せな気分になった。

 横にいる飯島怜二の片眉がピクリと動いたのをオレは見逃さなかったけど。

 多分アイツはアイツで、オレのことを多少は脅威に思っているんだと思う。
 それは時折見せるヤツの嫉妬混じりの視線を見ればわかるってもんだ。

 気分がいいからもうちょっとこのままでいよう。





「あおい」
「ん?」

 オレが少しばかり優越感に浸っていると、まりえはニコニコしながら語りかけてきた。


「添い寝が大丈夫って事は私のこと嫌いじゃないわよね」
「嫌いぃ? そんなの思うわけないだろ」
「ほんとう?」
「ああ、オレのどこを見てそんな風に思えるんだよ」
「良かった」

 まりえは益々嬉しそうに微笑み、あまりにもカワイイその顔に思わず赤面してしまう。
 何年一緒にいたってオレはまりえの笑顔に弱いんだ。
 どんなに最悪な気分でも一瞬で幸せになれるくらい、一番好きな顔。

 嫌いなんてそんなのあり得るもんか。
 伝えたいけど絶対伝えられない想いのかわりに、側にいたいって、ひとめでいいから会いたいって、それだけがオレの唯一許されることなんだから───。





「じゃあ、この間のはちょっと恥ずかしがってただけだったのね。私、あおいに嫌われちゃったんだと思ってた」

「ん?」


 この間?
 何の話をしてるんだ?


 オレがまりえの言う『この間』をぐるぐると頭の中で考えていると、彼女はニッコリ微笑んで大きく頷いたのだった。



「退院したら今度こそあおいの身体、洗ってあげるね♪」


「「・・・・・・・・・っっっ!?!??!?」」





 ───オレと飯島怜二が同時に絶句したのは言うまでもない。



 嬉しそうに微笑むまりえを余所に、オレは今度はどうやってソレを断ったらいいのか分からず、目の前の課題のあまりの大きさに呆然とすることしかできなかった。
 オレと同じく言葉を失っている飯島怜二に視線を投げかけたが、ヤツもまりえの発言に反応を示すことができないようだ。



「あおい、はやく元気になってね」

「お、おう」




 ───オレは自分をセーブすることにそろそろ疲れてきたよ・・・


 今回ばかりは飯島怜二、オマエがとめてくれることをひたすら願う。
 ・・・・・・・・・オマエがとめなかったらオレはもう、知らないからな。




2004.4.4 了


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