『ラブリィ・ダーリン』

○第10話○ 一人だけの存在






 優吾は、もう日課になってしまった、放課後に華に会いに行くという行為を済ませると、自分の車に乗り込み、校門を出ていった。
 仕事は、兄に頼み込んでこの時間だけいつも抜けさせて貰っていたから、直ぐに会社に戻らなければならない。

 だが、1、2分車を走らせたところで、自転車を軽快に漕ぐ生徒が目に入った。

 あの学校で、自転車通学をしている子もいるのか

 珍しいなと思いながら、その自転車を追い抜かす時、ちらり、と顔を見る。

「あっ!」

 優吾は、ウィンドゥを開けて、自転車の主に声をかけた。


「あおいくん」
「ん?」

 呼ばれた方も、車の中からにこにことした穏やかな顔が自分を呼んでいる事に気づく。

「あんた、華の父親じゃん」
「元気ぃ?」

 片手でハンドルを持ちながら顔をあおいの方へ向けて、手を振っている、そんな姿にあおいは冷や冷やする。

「元気だよ。・・・・・・なぁ、危ねぇよ・・・停めて話さないか?」
「うんっ」

 二人は結局、近くのファミレスに入ることにして、そこで落ち合うことにした。
 駐車場に先に入ったのは優吾だったが、駐車して店に入ると、既にあおいが席について待っていた。
 あんなに勢い良く自転車を漕いでいたのに、涼しい顔をして座っている彼を見て、優吾は感心した。

「やっぱ、若いねぇ、自転車漕ぐのも勢いが違うもんねぇ」
「安全運転だけどね」

 ウェイトレスに一通りの注文を済ませると、あおいは優吾に疑問をぶつけた。

「なぁ、何で華と別々に暮らしてんの?」
「・・・・・・う〜ん・・・何か、嫌われちゃったのかな・・・出て行っちゃって・・・」
「それなのに、迎えに来てんの?」
「うん」

 困ったような顔をして笑う優吾を見て、まるで奥さんに出て行かれて途方に暮れる夫のようだと思い、あおいは苦笑した。
 それに何だか、妙に憎めない男だと思った。

「何で華があんな性格なのか、分かる気がする」
「?」

 喋り方なんて、そっくりじゃないか
 こういう人に育てられたから、あの学校に染まらないでいられたんだろうな・・・

「なんでもない」
「・・・華ちゃんと、学校で何か話してる?」
「んや? 何か、最近避けられてるっぽい」
「なんで?」
「さぁ? そんなことより、自分の心配しなよ」
「どうして?」

 この前優吾に会ったときに比べて、彼は確実に痩せていた。
 表情などを見れば、相変わらずとても穏やかなのだが、痩せて前より顎が尖り、少しシャープになった気がする。
 ちゃんと食事を摂っているんだろうか・・・

 あおいは、そんな事を心配している自分に驚き思わず苦笑した。

「顔はともかく、性格弟と全然似てないね、弟あんなにワガママ独占欲の塊なのに。もぅ、まりえといる時なんてムカツクくらいベタベタしてるし」

 あおいが忌々しそうな顔をして怜二の事を話すのを、優吾はにこにこと頷きながら聞いている。

「怜クンはねぇ、小さいときから一人だったからね〜。3人兄弟だけど、真ん中の僕でさえ怜クンとは14歳離れてるし、あの子が3歳の時には僕なんかもう、家を出ちゃったし・・・まりえちゃんみたいな存在が出来て、嬉しいんだろうね」
「・・・ふ〜ん・・・」

「ホントにね、あの子は悪ガキでさ、華ちゃん使っていっぱいイタズラしたんだよ? だから、悪いことしたらあおいくんが怒ってやってね」

 それを聞いて、あおいは今度こそ噴き出してしまった。
 どうも、目の前のこの人間を、好ましく思ってしまう。
 笑っているあおいを不思議そうに、楽しそうに見つめるこの人間に彼は興味をもった。

「・・・でも・・・あんたさ、何で他人の子を育てる気になったの?」

 本当に疑問だった。
 自分の子供じゃないのに、ここまで深く愛情を持って育てられるものなのだろうか?
 それとも、好きな女性の子供だったらできることなんだろうか。

「・・・・・ナイショ」

 優吾は、何かを思い出しているのか、微笑みながら嬉しそうにしている。
 本当に華のことを愛しているんだろう。
 華のことを話すとき、彼の目尻は下がり、何とも言えない幸せそうな表情をする。
 だけど・・・

「華のこと、女性としては見れないのか?」

 それを聞いた優吾は、目を見開き、次に困ったように笑う。

「それって・・・怜クンにも同じ事聞かれたなぁ・・・」
「・・・アイツと同レベルかよ・・・」

 ウンザリしたような顔で、あおいは顔をしかめた。
 だが、もしも自分が優吾と同じ立場だったらどうだろう。
 その子供を女性として見るなんて事ができるだろうか。
 実の姉を女として見てしまうような自分がそんなことを考えても埒は明かないのだが、それでも難しいことだと思った。
 けれど、華が優吾を一生懸命想ってきた気持ちは、あおいにだって分かる。
 痛すぎるくらい、理解してやれる。

 だったらいっそのこと・・・


「あのさ・・・あんたが華を欲しいと思えないなら、オレ、結構気に入ってるし、貰ってもいい?」
「えっ」

「オレ達結構仲がいいんだ。ナカナカお似合いだと思うんだけど。それに・・・イトコだし、問題ないだろ?」

 涼しい顔でそんなことを言うあおいの心は読みとれない。
 優吾はそんな彼の顔を瞬きひとつせず見ていた。


「あおいくん───」







▽  ▽  ▽  ▽


「華ちゃん、こっちも着てみて♪」
「う、うん・・・」

 はふ、疲れたなぁ・・・

 今日は、学校から帰るや否や、ジュリアが大量の洋服を用意して待っていた。
 全て百合絵が着ていたもので、捨てることが出来ず、とっておいたらしい。
 そういうわけで、一つ一つ試着しては、ジュリアの嬉しそうな歓声につき合っていたのだ。

 百合絵は背が高かったようで、裾の長いスカートだと、引きずりそうになり、華にはとても着ることが出来なかった。
 だが、流石と言うべきか、百合絵の着ていたものはどれもセンスが良く、時代を問わないものばかりだった。
 少しばかり、華には大人っぽすぎると言う難点はあるのだが・・・
 何せ華は、背も小さく、顔も幼い。
 美人と言う言葉が相応しい百合絵とは大違いなのだ。

 ホントに、ママの子供なのかってくらい私って・・・・・・


「まぁ、カワイイっ。華ちゃんにはこっちの方が似合うと思ったのよっ」
「・・・・・・でも、コレってママが小学生の時着てた服でしょ・・・?」
「細かいことはいいじゃないのっ、さぁ、クルッと回ってハイポーズッ」
「・・・はぁい」

 クルッと回ってポーズをとった自分を鏡で見てみる。
 悲しいくらいその洋服が似合っている。

 ふと、隣のジュリアが大人しくなったので不思議に思っていると、彼女は涙を滲ませながら華の姿を目を細めて見ていた。

「・・・・・・本当に・・・あの子が帰ってきたみたい・・・素直で、優しくて・・・百合絵にそっくり・・・」


 どこをどうやって見たら、自分が百合絵と似ていると思えるのか?
 華にはさっぱりわからなかった。

 ただ、ジュリアは華を見て、百合絵と重ね合わせているだけではないのだろうか・・・





 この家に来て分かったことが一つある。


 それは、宗一郎もジュリアも目の前の華を見て、死んだ百合絵を見ているということ。
 この家にいた頃の彼女の話も毎日のように聞かされる。

 それは、別に良いのだ。
 仕方のないことだと思う。

 だけど、じゃあ、華はなんなのだ、と思うのだ。


 見た目も違う。
 おしとやかだったという百合絵の性格ともかけ離れている。

 なのに、自分に百合絵を重ねられる。


 優吾と一緒にいたときはこんなことを思いもしなかった。

 離れてみて初めて気が付いた、
 こうなってみてやっとわかった。


 優吾は、自分を”華”という一人だけの存在として見てくれていた。
 百合絵がどうだったではなく、華そのものを見て微笑んでくれる。

 一人の人間として、ちゃんと見てくれていた。


 それを思い知る度、優吾の存在がどんどん大きくなる。

 あんなに想ってくれてたのに・・・
 今だって、毎日会いに来てくれる。



 パパの温もりを感じることが出来るなら、それで充分だったんじゃないの?

 親子だっていいじゃない。
 ずっとずっと、そうだったんだんだから、それがこの先一生続くだけの話。
 パパだって結婚しないって言ってたんだから。
 きっとずっと側にいてくれる。

 近くにいれば・・・それで・・・それで・・・・・・


 ああ、いやだ。
 私はなんてイヤな女の子なんだろう。



 本当は独り占めしたくて仕方がないくせに。
 到底諦めきれる想いじゃないのに。

 また困らせちゃうのはわかりきってることなのに。


 きっと触れたらもっと好きになってしまう。

 だけど、


 パパに触れたい・・・
 それが本音。






第11話へ続く


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