「お〜い、華ぁ〜〜!! 早くしないと次の授業遅れるよ〜」
次の授業の化学が、急遽実験になった為に、化学室へ行くことになった。
華は、もたもたして要領が悪いから、沙耶が急かすと余計に遅くなってしまう。
「あぁん、ごめんねぇ、待ってよぉ」
やっとの事で沙耶の待っている教室のドアまで辿り着き、そのまま二人で、廊下に飛び出した。
「げっ!?」
「へっ?」
振り返る間もなく、
まるで一瞬の出来事。
大きな影が、どかん、とぶつかり、天と地がどっちだかわからなくなり・・・
気づくと、その大きな影は華の上に乗っかっていた。
不幸中の幸いか、地面に頭を打つようなことはなかったが、体はあちこちジンジン痛いし、そのうえ、ソレがあんまりにも重くて目が回りそうになった。
「重たいよぉ〜」
状況が飲み込めず、半泣きになっていると、大きな影がむくっと動き出す。
「・・・・・・ってぇ〜・・・」
その声を聞いて、大きな影の正体が男子生徒で、どうやら教室から勢い良く出てきた華と、走ってきた彼がぶつかってしまったらしいと言うことを何となく理解する。
それにしても、自分の上に乗っている人間がなかなかどかないので、華は少し怒っていた。
一言くらい文句言ってもいいよねっ
そっちが痛いはずないもん、私をクッションにしてるんだからっ!
睨むようにその生徒に目を向ける。
───が、
薄い茶色のサラサラの髪が動き、華に顔を向けたとき、息が止まりそうな程、驚いた。
「・・・・・・・・・・・・マ・・・ママ・・・、だ・・・!」
ウ、ウソ・・・
・・・・・・こんな、事って・・・・・・・・・っ
ママに似ているヒトを、短期間に二人も見つけちゃうなんてっ!
しかも、
今度はママの男バージョンだ!
男性だと言うのに、彼は華の母、百合絵によく似ていた。
この間と言い、今日と言い、この手の顔は世の中によくあるものなのだろうか? と、首を傾げてしまう。
とてもそうは思えないけど・・・
「こんのクソガキ!! だぁ〜れがママだよッ! オレのどこを見たら女に見えるんだッッ!?」
「ひゃッ」
な、何だか、コワイヒトみたい・・・
彼の容姿はそこらの女生徒より、余程キレイだと思えるほどで。
なのに、この口調。
見た目だけじゃ、こんな荒っぽい喋り方はとても想像できない。
だけど、
「お前、頭打ったんじゃねーの?」
顔を覗き込んでくるその顔は、やっぱり現実感がないくらいキレイで、思わず魅入ってしまう。
ぼーっとしていると、一部始終を見ていた沙耶が会話に入ってきた。
「先輩、すみません〜、この子、こういう子なんです、気にしないで下さいね〜! それより、先輩の方こそお怪我はありませんか!?」
「あ? あぁ、オレは別に・・・じゃ、何でもないんなら・・・もう、いきなり廊下飛び出すんじゃねーぞ!!」
急いでいたのか、彼はそう言い捨てて、駆け足で去っていってしまった。
テンポの遅い華にとっては、嵐のような出来事だった。
でも、廊下を走るのもいけないことじゃないのかなぁ・・・?
言いたいことだけ言って去っていってしまったその人物に、ちょっと納得がいかないなぁ、と思っていると、その横で、沙耶がガッツポーズしてる姿が目に入る。
「湯河先輩と話しちゃった〜!! ラァァッッキイィイィイィ!!!」
何だか分からないけど、異常な盛り上がりだ。
「湯河先輩、って言うの? 今のヒト」
「んがぁ!? 華ぁ、アンタ、湯河先輩も知らないの!? あの、湯河先輩をぉぉぉ」
んがぁって・・・
でも、知らないものは知らない、今初めて見たし。
首を振ると、沙耶は口を『んっか〜』って言いながら開けて、驚きを表現している。
それにしても沙耶ってどうしてこう、いちいちやる事がオーバーなんだろう。
「あの人は、湯河あおい先輩って言って、3年生なの。 もうね、とにかくものすっっっっごい人気があるのッ! あの美しい外見からは想像も出来ないクールな性格がいいのよぉッ!! しかも、女性を寄せ付けない硬派なところがまたまた・・・」
そこで沙耶は胸に手を当てて、乙女なポーズをとっている。
こういうときの彼女には、ただ黙って聞いている、それしかない。
「で、去年卒業しちゃった飯島先輩ってヒトがまたねぇ、ヤバイくらい格好良くて〜、あ、何で知ってるかって言うとね、隠し撮りの写真が今でも流通してんのよ〜! それに、今行ってる大学もウチの付属だから同じ敷地内だし、拝もうと思えば今でも拝めちゃうわけ! でもねぇ、彼女付きらしんだ、切ないねぇ〜っっ・・・・・・・・・あ、それでね、湯河先輩と仲良かったんだって。二人でいる姿はメチャ絵になってて、この写真がまた、闇で高く売れるらしいよ〜・・・しかもね・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・はじまった・・・沙耶の爆裂トーク・・・・・・
その後の話の内容はめちゃくちゃになってきて、ウソだか真実だかよく分からない領域だ。
だけど、その話は私を驚かすのに充分だった。
飯島先輩って・・・多分、怜くんのことだもん・・・・・・
怜くんって、人気者だったんだなぁ・・・
それにしても、私も飯島なんだけど、一向に気づく様子もないし。
全然似てないから仕方ないけどね。
沙耶の話では、怜くんの事は殆ど伝説化してるし、あることないことごちゃ混ぜだけど、その湯河先輩が、怜くんと仲が良かったって言うのはまたビックリする話で・・・
・・・・・・・・・え?
湯河?
あれれ?
確か、パパ、まりえさんのこと、『湯河サン』って呼んでなかった?
あれ? も、もしかして・・・・・・
それから、
私は、まりえさんと、湯河先輩の顔が交互に頭の中に浮かんできて、その日の授業は全く頭に入らなかった。
そのままのモヤモヤした気持ちで、家に帰っても二人の顔はちらついて離れなくて。
でも、お風呂上がりにイチゴ牛乳を飲んでいるパパを見ていた私は、あることを思いついた。
そう、
確かにね? 怜くんとまりえさんの二人の姿はとてもお似合いだったよ。それは認める。
でも、まりえさんの隣は、パパの方が似合ってる。
私は、そう思うの
第3話に続く
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