「パパさぁ、まりえさんってママに似てると思わない?」
夕食の後、片づけものをしながらさり気なく聞いてみる。
ソファの上でゴロゴロしていたパパは、ちょっと考える仕草をして、
「・・・ん〜、そうかなぁ・・・」
何でもないことのように答えた。
けど。
パパは、まりえさんの事、好きになるんじゃないかって・・・思う。
私も、まりえさんなら、いい。
ママに似てるから。
パパの大好きだったママに・・・
他の女性なんかより、よっぽど、100倍も1000倍もいい・・・
ちょっとだけ、胸が苦しいけど。
それは
気にしちゃだめ。
▽ ▽ ▽ ▽
「おじゃましま〜す♪」
ニコニコしながらウチに入ってきたまりえさんは、やっぱりとってもキレイで、そこにいるだけでパッと家の中が明るくなったような気がした。
私はドキドキしながら彼女の仕草一つ一つを見てしまう。
何故彼女がウチにいるのか、と言うと、私がパパに頼み込んで、今日まりえさんを家に招待したのだ。
パパの車でお迎えに行って、出てきたまりえさんは上機嫌だった。
どうして呼ばれたのかはあんまり疑問に思ってないみたい。
『華ちゃんにまた会えた〜』って抱きつかれて喜ばれちゃった。
「専務ったらねぇ、会う度に華ちゃんのこと会社で沢山自慢するのよ〜」
「え〜!?」
「まりえちゃん、それは当たり前だよ? 華ちゃんはけなすトコが全く無いんだから!」
パパは真剣な顔でそんなことを言ってて、でも、私は別の所でドキッとしてしまった。
『まりえちゃん』
この前は”湯河サン”って呼んでたのに?
「私、ここまでメロメロの専務って初めてかも・・・そんなだと、華ちゃんのお嫁に行っちゃう時なんて大変そうッ!!」
まりえさんは楽しそうに笑ってパパをからかってる。
パパは一気に表情が険しくなって、『むぅ〜』と一瞬沈黙。
「お嫁には、やりたくないなぁ・・・どこの馬の骨かワカラン奴に華ちゃんはやれないよ。”パパ、今までお世話になりました”なんてセリフ絶対聞きたくないッ!!」
「あっははは」
「・・・ん? もしかして、僕をいじめてるの!?」
「そんな事ないですよ? もぅ、専務ってカワイイですね〜」
「カワイイって言われても嬉しくないなぁ」
二人は何だかスッゴイ仲良しで、とってもいい雰囲気に見えた。
パパは誰にでも優しくて、誰にでも好かれるヒト。
一回会えば、次にはもう友達になってる。
だから、そんなノリで会社のまりえさんとも仲良くなったんだろうな。
私は意を決して席を立った。
「どうしたの? 華ちゃん」
「ん、ちょっとまりえさんに見せたいモノがあるから、待っててね」
自分の部屋へ行き、あらかじめ用意していたママの写真を見つめる。
片っ端からアルバムに目を通して、やっと見つけたママの写真は数えるほどしかなくて・・・でも、私の記憶の通り、ママはまりえさんによく似ていた。
私はその数枚の写真を持って、リビングへと戻っていった。
「ね、まりえさん、これ見て」
「え?」
写真を渡し、受け取ったまりえさんはそれを見て、目を見開いている。
「何? 華ちゃん、ソレ、何の写真?」
パパは首を傾げながら聞いてくる。
「ママの写真。まりえさんに似てるから見せてあげようと思って」
「・・・・・・ふぅん・・・」
そう言うと、パパはそれきり、そっぽを向いて黙ってしまった。
でも、私の計画はこれからなのよ、パパ!
ドキドキしながらまりえさんの様子を窺う。
「・・・・・・華ちゃん、ホント、これ・・・」
「私のママだよ? 似てるでしょ?」
「・・・ウン・・・・へぇ、こういう事ってあるんだね〜」
まりえさんは感心したみたいに頷いて、写真に魅入っていた。
「まりえさんがママだったらいいのに・・・」
「華ちゃん!」
パパはビックリしたような大きな声で椅子から立ち上がって、ちょっと私をたしなめるみたいに言った。
だって・・・
まりえさんなら、いいと思ったんだもん。
ダ、ダメ、コレくらいで怯んでちゃ何もはじまらないんだからっ!
「ねぇ、まりえさん、怜くんよりパパの方がいいと思うんだけどなぁ、ダメかなぁ」
「え・・・?」
戸惑っているまりえさんに構わず、尚も続ける。
「怜くんならきっとすぐに恋人ができるよ! でも、パパにはまりえさんしかいないと思う!! 私、ママになるならまりえさんじゃなきゃイヤだもの!」
「華ちゃんッ!!!!」
いきなりパパが私の両肩を掴んで、怒鳴った。
こんな大きな声を出したパパは初めてだったから、驚いてパパを見ると、とっても険しい表情で・・・
「だ、だってぇ・・・・・・」
おじいちゃんが、パパにお見合いの話を持ってってるって・・・
好きな人が出来たら認めてあげてって・・・
そう言うからっ
目から涙がボロボロとこぼれ落ちていくのを、パパは凄く困った顔で見てて、私も必死でとめようとしたけど、全然止まらない。
「ぅぐ〜〜〜・・・・・・」
泣いちゃダメ
パパ、益々困った顔してる
そしたら、
「華ちゃん、泣かないで」
まりえさんが、私の涙を拭きながら、優しく話しかけてきた。
最初は、全然涙がとまらなかったんだけど、
まりえさんに触れられているうちに、不思議となんだか気持ちが落ち着いてきて。
それがわかったのか、まりえさんは小さく頷いてから、ゆっくりと、私に言い聞かせるみたいにして話しだした。
「もしかしたら、彼には他にピッタリの女の子がいるのかもしれないね・・・」
「・・・・・・」
「でも、私はね、他の人を考えるなんて、ちっとも思いつかないくらい怜二しかいなくて・・・ビックリするくらい彼が好きなの」
「・・・・・・・・・」
「私ね、いつか、怜二のお嫁さんにしてもらいたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・ぅ・・・」
「だから、華ちゃんの望みは叶えられない」
ごめんね、と言いながら微笑むまりえさん。
怜くんの事を話す姿は、今日見た中で一番キレイで。
二人は真剣で、純粋に好きあってて・・・そんなこと、分かってたはずなのに。
だって、怜くんがまりえさんだけをずっと見てきたの知ってた・・・
そんな怜くんを好きなまりえさんだって、同じだったのに・・・
私、最低だ。
「それにね? 専務、再婚する気なんか爪の先ほどにも思ってないと思うよ? だって、華ちゃん一筋だもの、ねぇ、専務」
「そうだよ? 気持ちは嬉しいけど、僕はね、華ちゃんがいればそれで充分なんだから。それに、まりえちゃんは怜クンの彼女なのに、こんなコト知ったら仕返しがコワイよ?」
「・・・あ・・・」
それを聞いて私は青ざめた。
怜くんは一見優しそうなんだけど、怒るととってもコワイ。
何か特別な、オーラを発するのだ。
アレを見ると、蛇に睨まれたカエルのような・・・つまり身動き一つとれないくらいの怖さを味わうことになる。
どうしよう・・・
「大丈夫、今日のことは秘密にしておいてあげるからね、私に任せておいて」
優しく笑って言ってくれるまりえさんに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「・・・・・・・・・・・ごめんなさい、まりえさん・・・パパ・・・」
ごめんなさい
全部、私のワガママで
誰の気持ちも考えてなかった
・・・ごめんなさい
───こうして、
私の安易な計画はアッサリと失敗に終わってしまった。
この後、私がこんなバカなことをしちゃったのに、パパもまりえさんも、何も起こらなかったみたいにしてくれて・・・
私って、つくづく考えることもやることも子供で恥ずかしい。
まりえさんは、夕方までいてくれたけど、夕食だからそろそろ帰ると言いだしたので、パパが車のキーを手に取りながら、玄関まで歩いていった。
「まりえさん、私も送っていきたい」
そう言った私を、まりえさんはギュウって抱きしめてくれた。
何だか、とっても懐かしいような、そんな不思議な気分になった・・・
車の中でも、楽しい会話が繰り広げられてて、ちょっとだけ残念な気持ちになる。
だって、きっとまりえさんだけだもん。
パパのお嫁さんでもいいなんて思えるの。
ママに似てるからってだけかもしれないけど、それ以外の人はきっと、我慢できないよ
・・・・・・・・・ううん
ホントはパパが好きになった人に我慢なんて、出来るわけがない。
今日だってずっと、胸が、チクチクして痛いのに。
だけど、
パパは、どこまでいってもパパで。
私がどんなに想っても、それは届かないキモチ・・・・・・
ソレがわかってるから。
私は、せめてこのキモチがこれ以上大きくならないことを祈るだけ。
中編へ続く
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