『ラブリィ・ダーリン』

○第3話○ 好きにならない努力(前編)






「パパさぁ、まりえさんってママに似てると思わない?」

 夕食の後、片づけものをしながらさり気なく聞いてみる。
 ソファの上でゴロゴロしていたパパは、ちょっと考える仕草をして、

「・・・ん〜、そうかなぁ・・・」

 何でもないことのように答えた。
 けど。

 パパは、まりえさんの事、好きになるんじゃないかって・・・思う。


 私も、まりえさんなら、いい。
 ママに似てるから。
 パパの大好きだったママに・・・

 他の女性なんかより、よっぽど、100倍も1000倍もいい・・・



 ちょっとだけ、胸が苦しいけど。

 それは


 気にしちゃだめ。







▽  ▽  ▽  ▽


「おじゃましま〜す♪」

 ニコニコしながらウチに入ってきたまりえさんは、やっぱりとってもキレイで、そこにいるだけでパッと家の中が明るくなったような気がした。
 私はドキドキしながら彼女の仕草一つ一つを見てしまう。



 何故彼女がウチにいるのか、と言うと、私がパパに頼み込んで、今日まりえさんを家に招待したのだ。
 パパの車でお迎えに行って、出てきたまりえさんは上機嫌だった。
 どうして呼ばれたのかはあんまり疑問に思ってないみたい。
 『華ちゃんにまた会えた〜』って抱きつかれて喜ばれちゃった。

「専務ったらねぇ、会う度に華ちゃんのこと会社で沢山自慢するのよ〜」
「え〜!?」
「まりえちゃん、それは当たり前だよ? 華ちゃんはけなすトコが全く無いんだから!」

 パパは真剣な顔でそんなことを言ってて、でも、私は別の所でドキッとしてしまった。

『まりえちゃん』

 この前は”湯河サン”って呼んでたのに?

「私、ここまでメロメロの専務って初めてかも・・・そんなだと、華ちゃんのお嫁に行っちゃう時なんて大変そうッ!!」

 まりえさんは楽しそうに笑ってパパをからかってる。
 パパは一気に表情が険しくなって、『むぅ〜』と一瞬沈黙。

「お嫁には、やりたくないなぁ・・・どこの馬の骨かワカラン奴に華ちゃんはやれないよ。”パパ、今までお世話になりました”なんてセリフ絶対聞きたくないッ!!」
「あっははは」
「・・・ん? もしかして、僕をいじめてるの!?」
「そんな事ないですよ? もぅ、専務ってカワイイですね〜」
「カワイイって言われても嬉しくないなぁ」

 二人は何だかスッゴイ仲良しで、とってもいい雰囲気に見えた。
 パパは誰にでも優しくて、誰にでも好かれるヒト。
 一回会えば、次にはもう友達になってる。



 だから、そんなノリで会社のまりえさんとも仲良くなったんだろうな。


 私は意を決して席を立った。


「どうしたの? 華ちゃん」
「ん、ちょっとまりえさんに見せたいモノがあるから、待っててね」

 自分の部屋へ行き、あらかじめ用意していたママの写真を見つめる。
 片っ端からアルバムに目を通して、やっと見つけたママの写真は数えるほどしかなくて・・・でも、私の記憶の通り、ママはまりえさんによく似ていた。

 私はその数枚の写真を持って、リビングへと戻っていった。

「ね、まりえさん、これ見て」
「え?」

 写真を渡し、受け取ったまりえさんはそれを見て、目を見開いている。

「何? 華ちゃん、ソレ、何の写真?」

 パパは首を傾げながら聞いてくる。

「ママの写真。まりえさんに似てるから見せてあげようと思って」


「・・・・・・ふぅん・・・」

 そう言うと、パパはそれきり、そっぽを向いて黙ってしまった。
 でも、私の計画はこれからなのよ、パパ!

 ドキドキしながらまりえさんの様子を窺う。



「・・・・・・華ちゃん、ホント、これ・・・」
「私のママだよ? 似てるでしょ?」
「・・・ウン・・・・へぇ、こういう事ってあるんだね〜」

 まりえさんは感心したみたいに頷いて、写真に魅入っていた。

「まりえさんがママだったらいいのに・・・」
「華ちゃん!」

 パパはビックリしたような大きな声で椅子から立ち上がって、ちょっと私をたしなめるみたいに言った。

 だって・・・

 まりえさんなら、いいと思ったんだもん。

 ダ、ダメ、コレくらいで怯んでちゃ何もはじまらないんだからっ!



「ねぇ、まりえさん、怜くんよりパパの方がいいと思うんだけどなぁ、ダメかなぁ」

「え・・・?」

 戸惑っているまりえさんに構わず、尚も続ける。

「怜くんならきっとすぐに恋人ができるよ! でも、パパにはまりえさんしかいないと思う!! 私、ママになるならまりえさんじゃなきゃイヤだもの!」

「華ちゃんッ!!!!」

 いきなりパパが私の両肩を掴んで、怒鳴った。
 こんな大きな声を出したパパは初めてだったから、驚いてパパを見ると、とっても険しい表情で・・・

「だ、だってぇ・・・・・・」


 おじいちゃんが、パパにお見合いの話を持ってってるって・・・

 好きな人が出来たら認めてあげてって・・・


 そう言うからっ


 目から涙がボロボロとこぼれ落ちていくのを、パパは凄く困った顔で見てて、私も必死でとめようとしたけど、全然止まらない。


「ぅぐ〜〜〜・・・・・・」


 泣いちゃダメ

 パパ、益々困った顔してる





 そしたら、

「華ちゃん、泣かないで」

 まりえさんが、私の涙を拭きながら、優しく話しかけてきた。




 最初は、全然涙がとまらなかったんだけど、

 まりえさんに触れられているうちに、不思議となんだか気持ちが落ち着いてきて。
 それがわかったのか、まりえさんは小さく頷いてから、ゆっくりと、私に言い聞かせるみたいにして話しだした。


「もしかしたら、彼には他にピッタリの女の子がいるのかもしれないね・・・」


「・・・・・・」


「でも、私はね、他の人を考えるなんて、ちっとも思いつかないくらい怜二しかいなくて・・・ビックリするくらい彼が好きなの」


「・・・・・・・・・」


「私ね、いつか、怜二のお嫁さんにしてもらいたいんだ」


「・・・・・・・・・・・・ぅ・・・」



「だから、華ちゃんの望みは叶えられない」



 ごめんね、と言いながら微笑むまりえさん。
 怜くんの事を話す姿は、今日見た中で一番キレイで。
 二人は真剣で、純粋に好きあってて・・・そんなこと、分かってたはずなのに。



 だって、怜くんがまりえさんだけをずっと見てきたの知ってた・・・

 そんな怜くんを好きなまりえさんだって、同じだったのに・・・




 私、最低だ。




「それにね? 専務、再婚する気なんか爪の先ほどにも思ってないと思うよ? だって、華ちゃん一筋だもの、ねぇ、専務」
「そうだよ? 気持ちは嬉しいけど、僕はね、華ちゃんがいればそれで充分なんだから。それに、まりえちゃんは怜クンの彼女なのに、こんなコト知ったら仕返しがコワイよ?」

「・・・あ・・・」

 それを聞いて私は青ざめた。
 怜くんは一見優しそうなんだけど、怒るととってもコワイ。
 何か特別な、オーラを発するのだ。
 アレを見ると、蛇に睨まれたカエルのような・・・つまり身動き一つとれないくらいの怖さを味わうことになる。

 どうしよう・・・

「大丈夫、今日のことは秘密にしておいてあげるからね、私に任せておいて」

 優しく笑って言ってくれるまりえさんに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「・・・・・・・・・・・ごめんなさい、まりえさん・・・パパ・・・」




 ごめんなさい


 全部、私のワガママで


 誰の気持ちも考えてなかった



 ・・・ごめんなさい








 ───こうして、


 私の安易な計画はアッサリと失敗に終わってしまった。








 この後、私がこんなバカなことをしちゃったのに、パパもまりえさんも、何も起こらなかったみたいにしてくれて・・・

 私って、つくづく考えることもやることも子供で恥ずかしい。




 まりえさんは、夕方までいてくれたけど、夕食だからそろそろ帰ると言いだしたので、パパが車のキーを手に取りながら、玄関まで歩いていった。

「まりえさん、私も送っていきたい」

 そう言った私を、まりえさんはギュウって抱きしめてくれた。
 何だか、とっても懐かしいような、そんな不思議な気分になった・・・




 車の中でも、楽しい会話が繰り広げられてて、ちょっとだけ残念な気持ちになる。


 だって、きっとまりえさんだけだもん。

 パパのお嫁さんでもいいなんて思えるの。


 ママに似てるからってだけかもしれないけど、それ以外の人はきっと、我慢できないよ





 ・・・・・・・・・ううん


 ホントはパパが好きになった人に我慢なんて、出来るわけがない。



 今日だってずっと、胸が、チクチクして痛いのに。




 だけど、

 パパは、どこまでいってもパパで。

 私がどんなに想っても、それは届かないキモチ・・・・・・
 ソレがわかってるから。



 私は、せめてこのキモチがこれ以上大きくならないことを祈るだけ。





中編へ続く


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