『ラブリィ・ダーリン』

○第3話○ 好きにならない努力(中編)






 まりえさんの家は、西洋風の、綺麗な建物。
 迎えに行ったときも思ったんだけど、庭も綺麗に手入れが行き届いてて、思わず溜息がでちゃうくらい。
 聞けば、ガーデニングが好きで、全部自分で手入れをしているのだという。
 それを聞いて、パパも私も感心してしまった。




「華ちゃん、またね♪」

 そう言って、まりえさんが車から降りた、

 その時、

「アレ? まりえ、もう帰ってきたの?」

 って声が後ろの方から聞こえてきた。
 どっかで聞いたことのあるようなその声に、首を傾げつつ、ウィンドゥを開けて、覗いてみると、

「あぁっ!!」

 私服姿の”湯河先輩”がブラブラ歩いてくる。
 コンビニにでも行っていたのか、ビニールの袋をぶら下げて。

「ん? お前どこかで・・・」

 向こうも私に気づいて、首を傾げてるけど、ちゃんと思い出せないみたい。

「飯島華ちゃんって言うのよ? 運転席にいらっしゃるのが、怜二の真ん中のお兄さんなの、華ちゃんのパパよ」
「げぇっ! アイツのアニキ!? ・・・・・・って、まぁ、顔は似てるけど・・・なんか、エラく違わないか? ・・・それに、二人とも平和そうな顔して」
「あおいッ!! 何て失礼な事言うのッ!? のどかでいいじゃないっ」


 まりえさん・・・ソレってあんまり先輩の言ってることと変わんないと思う。
 確かに、私とパパってのほほんとしてるけどさ・・・


「まりえちゃんの弟? 何年生なの?」

 パパもウィンドゥを開けて、話に参加してきた。
 それにしても、
 ・・・・・・・・・パパの言い方って、相変わらずだ。

 まるで近所の小学生に聞くみたいな聞き方。
 でも、先輩は別に気にするでもなく、普通に答える。

「高校3年だよ、・・・そうか! お前この前ぶつかってきたヤツだろ!」
「ウン、でもぶつかってきたのは先輩もだよ? 廊下は走っちゃいけないんだよ?」

 私が注意すると、ビックリしたような顔をして、ちょっと考えてから、

「そういや、そうか」

 って、以外にも素直でこっちが驚いちゃった。
 パパもまりえさんも、私たちが知りあいだった事に感心してて、けど、嬉しそうにしてる。


「じゃあね、華ちゃん、あおいと仲良くしてあげてね〜」
「ハ〜イ」

 パパと二人で手を振って、車が発車するとき、先輩は何かまりえさんに文句を言ってたみたいだけど、よく聞こえなかったな。





「あおいくんとまりえちゃんってソックリだねぇ」

 パパが感心したように頷きながら言う。

「ねぇっ、でも、性格大違いだね〜」

 ホントにあの二人、姉弟だったんだ。
 先輩に初めて会ってから、もしかしたらってずっと思ってたんだけど、本当にそうだったなんて世の中結構狭い・・・

 私は、何だか楽しくなってきてくすくすと一人で笑っていた。



 だけど、

 暫く車を運転してたパパが、急に車を路肩にとめた。

 ビックリした私は、何かあったのかとパパを見ると・・・
 悲しそうな顔で私を見てて。

 さっきまではあんなにニコニコしてたのにどうしたんだろう。


「パパ?」


 何も答えず、沈黙したままじっと見つめられて。
 でも、私を見る目はとっても何か言いたそう・・・・・・


 やがて、落ち込んだような声色でパパがしゃべり出した。



「華ちゃん、僕はね、誰とも結婚する気ないよ? 誰に何と言われようと、華ちゃんといられれば良いと思ってる。・・・・・・それとも、華ちゃんはママが欲しい?」



 ホントに、悲しそうに言う・・・


 私は、

 ちょっと沈黙した後、首を横に振ってそれを否定した。


「・・・・・・欲しい、わけじゃなかったの・・・パパに幸せになって欲しかったの・・・」


 パパは、

 それを聞いた途端、とっても嬉しそうに笑って。
 片手で私の頭、フワッと撫でてから、





「今が、一番幸せ」











 パパ・・・




 パパ・・・私、泣きそうだよ。
 嬉しくて。


 苦しくて・・・



 どうしよう、どんどん好きになっちゃうよ


 そんな顔して、見ないで・・・










▽  ▽  ▽  ▽


「ねぇ、沙耶、例えばだよ? 好きになっちゃいけないヒトを、好きになったとしたらどうする?」

 沙耶は持参してるお弁当を口にしながら、首をひねる。
 口の中にモノを詰め込みすぎているせいか、とても変な表情だ。

「まはひまっふぁふぁめー、ぱんぱふ」

「??? 何言ってるか全然わかんない・・・飲み込んでからでイイよ」
「まぱっは」

 多分、今の言葉は『わかった』なんだろうな・・・

 どうやら聞くタイミングが良くなかったらしい。
 沙耶は一生懸命口の中のモノを胃に流し込もうと四苦八苦している。

 やがて、変形した顔からいつもの沙耶に戻り、自分を落ち着かせるためにお茶を一杯すする。
 このお茶は、わざわざ京都から取り寄せた最高級の物だそうで、毎日水筒に入れて持ってくるのだが、この学校にそんな事をしてくる生徒は一人もいない。

 ここは、親が会社を経営しているとか、管理職、政治家など、とにかく金持ちと呼ばれる人間の子供が多く通っている。
 皆、ブランド物を当然のように所持し、親から与えられたゴールドカードで好きなだけ買い物をする。
 そんな人間達が、幼稚園から大学までエスカレーター式で育っていくのだ。

 華の家も、本来はそう言うことが十分出来る家庭である。
 しかし、優吾は割と質素な生活が好きらしく、最低限の物があれば良しとしていた。
 華も、そんな優吾の影響で同じような考えを持っている。
 だから、幼い頃から周囲の人間と思考が合わず、それなりにつき合うが、親友と呼べる人間はいなかった。

 沙耶は、中学の時に引っ越してきて、この学校を受験して入ってきた生徒だ。
 家は茶道の家元らしいのだが、とても落ち着きがあるようには見えない。

 黙っていれば、美人の類に入るのに・・・

 だが、華にとって沙耶との出会いは、新鮮且つ、嬉しい出来事の連続だった。
 こんな風に自分を全開にして接してくる人間はとても珍しいから・・・
 それに、祖父に事実を打ち明けられた時だったから、沙耶の存在にはとても助けられた。


「私だったら、がんばる、って言ったの」
「え? がんばる? なんでっ!?」

「そりゃあ、相手がどんなのかによるんだろうけどさ、けど、好きなキモチはどんなに頑張ったって消せるもんじゃないし、やるだけやってみるかなぁ。・・・でも、禁断の恋なんて、逆に萌えそうッ」


 また自分の世界に入り始めたし・・・

 でも、
 言ってることはわかる

 好きなキモチはどんなに頑張ったって消せない
 自分の意志じゃどうにもならない・・・





 私は、これまで”好きにならない努力”ならたくさんしてきた。
 けれど、それだって笑いかけてもらうだけで、努力も虚しいほどで。




 いっそ、言えたら・・・・・・




 そんなこと、どれだけ考えたかわからない───





後編へ続く


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