優吾は車を走らせていた。
家に帰っても誰もいない、暫く華が帰ってくるのを待ってみたが、結局いつまで経っても帰ってくる気配はなかったのだ。
華には、携帯を持たせていなかった。
こんなことなら、携帯の一つや二つ持たせておくんだったと後悔する。
そして、華を捜しにまず学校へ行き、そこにはもう生徒は一人もいなかったことを確認した。
他に思いつく場所といったら優吾の実家だ。
自分のマンションからはさほど離れていないあの家ならば、華が行っていても不思議ではない。
連絡も無いというのは、今までではちょっと考えられないが・・・
チャイムを押した後、返事も待たずに玄関に合い鍵を差し込み、中へと入ろうとすると、ドアが開いた。
「優吾様っ!?」
「あぁ、中川、久しぶりだね。家の者、誰かいる?」
「は、はい、怜二様がおります」
「そう、ありがとう」
飯島の家に古くからいる使用人に挨拶を済ませ、リビングへと急ぐ。
それにしても無駄に広い家だと思った。
リビングには、テレビを見てくつろぐ怜二がいて、優吾の存在に気が付くとにっこりと微笑んだが、それはどこか不自然な笑いのように見えた。
「どうしたの?」
「あ・・・あぁ、華ちゃんが来てないかと思ったんだけど・・・」
「いないよ」
「・・・そう、か・・・」
「どっか行っちゃった?」
「・・・わからない」
それを聞いて怜二はくすり、と笑う。
冷ややかな、冷笑と呼ぶに相応しい笑いだった。
「捜索願なんて無駄だよ」
「えっ!? 怜クン、華ちゃんの居場所知ってるの!?」
「答える前にさ、オレの質問にも正直に答えてくれる?」
「なに?」
「あの、アッタマ悪そーな女、ダレ?」
華にはスタイルの良い美人と見えていた女性が、怜二にはそう映ったようだった。
こればかりは個人の主観だから文句をつけても仕方がないかもしれないが。
だが、優吾はその言葉の意味が分からなかったようで、ただ首を傾げるだけだ。
「・・・なに、それ?」
「あの女が、優兄が見合いした相手?」
「っ!?」
「父さん喜んでたよ? やっとその気になってくれたって。何? 見合いして、気に入っちゃったの?」
「・・・どういう意味?」
「そういう意味」
それ以上怜二は答えようとはせず、むっつりと黙り込んでしまう。
ただ、瞳だけは優吾を射抜くような鋭さをもって・・・
「・・・もしかしてさ、昨日の・・・見たの?」
「さぁ?」
「・・・・・・見たんだ」
「優兄、華ってまりえさんの従姉妹なんだってさ」
「っ!?」
「飯島の人間じゃないって言うのは、中学に入った頃に父さんが華に話したらしいよ。華はずっと悩んでたけど、オレには話してくれた。
優兄への気持ちにもずっと苦しんでたよ。
・・・華は、あの湯河の人間だって知って、戸惑ってたけど優兄が好きだからそれでも側にいたんだ。
陰で女とコソコソやってんのも知らずにね!」
「華ちゃんは・・・」
「わかんないの? 湯河宗一郎の所に行ったに決まってるじゃないか!!」
怜二は、それを聞いて、直ぐに玄関へ向かおうとする優吾の腕をつかみ、静止させる。
「連れ戻してどうするの!? また華を苦しませるのか!?」
「怜クン・・・・・・」
優吾は、怜二を見つめた後、苦しそうに眉を寄せ、掴まれた腕の力を抜いた。
「百合絵さんがね、湯河宗一郎の娘って知ったのは・・・もう随分前だったよ・・・」
「・・・・えっ・・・!?」
「・・・・・・本当は・・・ちゃんと、知ってた・・・・・・。だけど、その事実は誰にも言わなかった・・・・・・」
「何で・・・」
優吾は、寂しそうに瞳を揺らしながら微笑む。
「華ちゃんが取られちゃうって思ったから・・・」
「・・・・・・」
「行くね」
自分の腕を掴む怜二の手を優しく外し、そのまま玄関へと向かう。
だが、怜二には分からなかった。
それって、どういう意味で?
父親としてか? それとも・・・・・・
「優兄っ、華のこと、女としては見れないの?」
優吾は、その問いには、答えなかった。
▽ ▽ ▽ ▽
「わぁ、スゴイお部屋〜」
花柄で統一された少女らしい部屋。
色も淡いピンクを使った生地が多く、それも華を喜ばせた。
まるで、お姫様だ
「嬉しいわ、華ちゃんがいつ来てもいいようにって、部屋の改装をしておいたの。気に入ってもらえて良かった」
華が喜んでいる様子を見て、部屋を案内したジュリアがニコニコと嬉しそうに言う。
「ありがとう、・・・えと、あの・・・」
もじもじと何かを言いたそうな、言いずらそうな華を見てジュリアが首を傾げる。
「どうしたの? 他に欲しい物がある?」
「ううん、もう、充分すぎるくらいっ・・・ええと、そうじゃなくて・・・あのぅ、・・・」
「?」
「おばあちゃん」
言った後で華は照れくさそうにして俯いてしまう。
言われた方のジュリアは目を見開き、両手で頬を押さえた後華を抱きしめた。
「嬉しいっ」
「あ、あのね、でもホントは何て呼んだらいいかわからないの。だって、若くて、とってもキレイなんだもの」
「まぁ」
「・・・年齢聞いたら失礼? ・・・失礼だよね」
ジュリアはにっこりと微笑んだ後、華の耳に口を当てて囁いた。
その年齢は驚くほど若くて、ビックリしてしまう。
「亜利沙を産んだとき15歳だったの」
し、信じられない
今の私の年齢で、赤ちゃん産んだの?
「宗一郎さんと初めて会ったのはパリに住んでいた頃で、まだ14歳だったわ。その時彼は23歳で・・・とても素敵な男性だったの」
うそぉ!?
昔のヒトって、結婚するの早いって聞くけど・・・
・・・スゴイ
そもそも、その年齢じゃまだ結婚は出来ないんじゃ・・・
というか、おじいちゃん、凄すぎ。
でも、おばあちゃんて、年齢も確かに若いけどスゴイのは見た目かも。異常に若いんだもん。
それにしても、そんなに若い頃から日本にいるんじゃ日本語も上手なわけだよね。
びっくりだなぁ・・・
「さぁ、昔話はまたいつでも出来るわ。今日はもうおやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
ジュリアは華のおでこに軽くキスをして、優しく微笑んだ後、部屋から出ていった。
残された華は、自分に与えられた部屋をもう一度見回す。
インテリアの本だってここまで綺麗な部屋はそんなにない。
ジュリアのセンスに思わず溜息が漏れてしまう。
「・・・でも・・・・・・一人には、大きすぎるよねぇ・・・」
小さく呟き、ふかふかのベッドに寝転がる。
気持ちイイ・・・このまま、直ぐに眠りに落ちてしまいそう・・・
パパ、どうしてるかな・・・?
怜くんに言ってあるけど、ちゃんと説明してくれたかな
怒ってるよね・・・
最低だよね・・・
ごめんね、でも・・・パパには幸せになって欲しいの
でも、その幸せを見たくないの
華は、そんな事を考えているうちに、いつの間にか、そのままの体勢で深い眠りへと落ちていった。
▽ ▽ ▽ ▽
華が寝てしまった丁度その頃、湯河邸の門前に優吾が到着した。
大きな門構えは飯島本宅の比ではない。
チャイムを押して、少しすると使用人らしき人間の声が答える。
「どなた様でいらっしゃいますでしょうか」
「飯島優吾という者です。宗一郎氏にお会いしたいのですが」
「・・・少々お待ち下さいませ」
声の主は宗一郎本人に問い合わせに行ったのか、それからプッツリと声が途絶えてしまった。
2分ほど経過したとき、
「お会いになられるそうです。お入り下さい」
そう聞こえた直後、巨大な門が静かに動き、優吾は車に戻って湯河邸へと入っていった。
普段の優吾ならば、その敷地の広大さや、見えてくる建物の壮観に目を奪われていたかもしれない。
だが、今の彼はそんなものを見ている余裕などない。
むしろ、建物まで辿り着くまでの時間の長さに、イライラしていたくらいだった。
車を降り、玄関の前まで来ると、宗一郎本人が彼を出迎えた。
「初めまして、父がいつもお世話になっています。息子の優吾です」
「君のことは、浩介くんから話を聞いて知っていたよ」
優吾を見る目は、まるで品定めをするようなものだった。
だが、一歩も退かない優吾を見て、頷いた後、
「・・・とにかく入りなさい」
中へと促したのだった。
「・・・はい」
応接室に通され、その部屋に佇む女性を見て優吾は少なからず動揺した。
百合絵の面影のある女性。
彼女の母親、ジュリア。
「華ちゃんは、今眠ったところなの」
「・・・・・・そう、ですか」
「君は、何をしにここへ来たのかね?」
宗一郎はそんな事を質問する。
分かりきった事なのに。
「華ちゃ・・・華を、僕にかえしてください」
だが、その言葉は宗一郎の言葉で即却下される。
「それはできない」
「な、なぜです!?」
「・・・君が百合絵を幸せにしてくれたことは感謝する。言葉では足りないくらいだ。だが、華は自分の意志でここに来たのだ」
「・・・っ」
「私たちは、二度と華を手放す気などない」
宗一郎の隣では、『ごめんなさい』と言って目を伏せるジュリア。
彼らは本当に、華を返す気がない。
その意志が伝わってきても、優吾は諦めるわけにはいかなかった。
「華ちゃんっ! 華ちゃんどこ!?」
大きな声でどこにいるのか分からない華を呼ぶ。
部屋を飛び出し、屋敷の中を歩き回り、必死で華を探すが返事はなく、やがて使用人達に取り押さえられ屋敷から引きずり出されそうになる。
「僕はっ、絶対諦めない!!」
その言葉に、瞳を揺らしながら見つめるジュリアが妙に印象的だったが、抵抗虚しく完全に建物から閉め出されてしまった。
「諦めない」
呟いた言葉は、風にかき消された。
第9話へ続く
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