『ラブリィ・ダーリン2』

○最終話○ Dear darling(後編)







「・・・なぁ、優兄、・・・今の父さんの・・・アレ、どういう意味?」


 浩介が部屋から出ていった直後、怜二がポカンとした顔で優吾に尋ねた。

「・・・・・・うん・・・」
「うん、じゃないって。オレにはアレが・・・」

 怜二は信じられないと言ったように、手で口元を押さえている。


「父さんの精一杯の・・・認めるって言葉に聞こえた。優兄はっ!?」

 嬉しそうに優吾の肩を叩き、だが当の優吾は未だに実感が沸かないようで反応があまりない。

「なんだよっ、もっと何かあるだろうっ!?」
「・・・そう、だね、・・・、でも・・・ホントかなって気持ちの方が大きくて・・・そっか・・・怜クンもそう見えたんだ、・・・やっぱり、許してくれたのかな」
「そうだよっ、スッゴイ遠回しだったけど!」
「うん、ありがとう。・・・でも怜クン、あんなこと言って、ドキドキしちゃったよ」
「あんなこと? ・・・あぁ、妊娠のこと? 嘘も方便って言うだろ? そんなのホントにしちゃえばいいんだから」


「嘘・・・?」


「「・・・ッ」」


 明日香の呟きが後方から聞こえた・・・
 彼女の存在をすっかり忘れ去って気を抜いていた二人のハッと息をのむ音がする。


「・・・嘘って・・・?」

「あっ、・・・イヤ、ホラ、アレだよ・・・なぁ、優兄っ」
「・・・・・・う、うん。・・・・・・赤ちゃんは・・・いずれ出来るって思うんだけど・・・・・・」
「・・・いずれ」
「・・・エ〜ト、だから・・・今の段階では・・・願望だけで、まだ・・・なんだ」

 二人で焦りながら弁解しようと試みたものの所詮は嘘。
 直ぐにばれるものだ、まして三度の出産経験のある明日香に嘘を突き通すなど。
 結局、優吾は正直に白状するしかなかった。

「・・・・・・」
「ごめんなさい」

「じゃあ、それ以外は本当なのね?」
「うん」

 明日香は視線を宙に泳がせ、目をパチパチさせている。
 考えているときの彼女の癖だった。

「早いところ本当にしちゃいなさい? 今更浩介さんには私でも言えないわ。きっと赤ちゃんが産まれてきてからの事まで、もう考え始めてるでしょうし、今頃頭の中はフル回転よ」

「・・・えぇ!?」

 サラッとそんな事を言われ、皆絶句してしまった。

 先程まで誰よりも抵抗を見せていたあの浩介が・・・?
 まさか、それはないだろうと皆で顔を見合わせる。


「信じる信じないはこれから目で見て確かめなさい。さぁ、この話はこれでお終いよ。ホントにあなた達ってこう言う時団結力があるんだから可笑しくなっちゃうわね」
「そうかな?」
「そう思うわ」

 くすくす楽しそうに笑っている明日香を見て、この結果はこの人の助力があったからこそのものだったのだと改めて思った。

「みんな今日は帰りなさい。明日があるでしょう? この様子じゃ近々また集まる機会がありそうだし」
「・・・そうだね、じゃあ華ちゃん、帰ろっか」
「うん」

 優吾が促し、華が立ち上がる。
 だが、華は直ぐに帰ろうとはせずに明日香の元へと歩いていった。
 そして、真っ直ぐな眼を向け、

「おばあちゃん、ありがとう」

 ぎゅうっと抱きついた。
 明日香もそれに応えるように、華を抱きしめ返し、彼女を慈しむようにポンポンと背中を何度も撫でた。

 優しい明日香の温もりは、どことなく優吾と似ていて・・・
 すっと胸のつかえが取れていくような気がした。












▽  ▽  ▽  ▽


 ───優吾と華と怜二の三人が帰った後。


 明日香は玄関で彼らを見送った体勢で、ドアを見つめたまま暫く動かなかった。
 それと全く同じように玄関のドアを眺めていた秀一は、ややすると、横目で明日香を見やる。
 彼も直ぐに自分のマンションへ帰ろうと思ったのだが、やはり今日の明日香の言動が気になって残っていたのだ。


「何で助け船をだしたんだ?」

 実に率直な疑問だった。
 だが、浩介にあのような物言いをした彼女など、初めてお目にかかったのだ、聞けるものなら聞いてみたいと思った。


 明日香は秀一の言葉を受け、懐かしそうに目を細めて微笑み、少しだけ目尻に涙をためて小さく頷いた。


「昔・・・高校生のあの子が百合絵さんを連れてきたときも驚いたものだった。だけど、直ぐに彼女は亡くなって、華ちゃんも優吾の子じゃないと分かって・・・・・・それなのにあの子は周りが見ていて驚くくらいの愛情を持って育てたわ。・・・でも、時折あの子の人生って何なんだろうって考えてしまう瞬間があった。・・・・・・だから、今日、その答えをもらったのかもしれないって思ったのよ」




 ───実は今日、優吾に聞いたような質問を百合絵にも一度だけしたことがある。


”どうして優吾と結婚しようと思ったの?”


 彼女はこう言った。


”・・・私、優吾さんといると、とても幸せなんです”




 あの時、同じ質問を優吾にもしていたら、彼はどんな答えを返しただろうか。
 無意味な考えとは知りつつも、そんな思いに囚われた。

 だけど、一つだけはっきりしていることがある。
 二人の顔を見ていればわかる。



「優吾は、幸せにしてくれる唯一の存在をやっと見つけることが出来たのね」












▽  ▽  ▽  ▽


 華と優吾は怜二と分かれた後、車で飯島邸から出ていくと、家に向かって走り始めた。
 優吾は助手席に座った華を横目でちらりと見る。
 彼女はどことなく放心したような様子だ。


「疲れちゃった?」

 華は首を横に振り、ハンドルを握っている優吾の手を見つめた。

「・・・何かね、ちょっとまだ信じられなくて」
「そっか」
「パパは?」

 優吾はう〜ん・・・と唸って苦笑いを浮かべる。

「僕も、かな?」
「だよね。それに私・・・自分の事なのに全然たいしたこと言えなくて・・・」
「そんなことないでしょ? 僕は嬉しかった」
「・・・う、・・・ん」

 それでもちょっと不満そうな顔をした華は、こんな時非力な自分がイヤだなと思った。
 優吾はあんなにも真っ直ぐに気持ちを伝えていたのに。


「ねぇ、華ちゃん、さっき言ってた事だけど」
「・・・ん?」

 さっき?

「華ちゃんが僕を好きになったのは、血が繋がってないから?」
「?」
「血が繋がってるって思ってるままだったら、どうだったろうね・・・」

 ・・・どうなんだろう。

 本当の親子じゃないって知った後から、パパが男の人に見えてしまったのは確かだ。
 それ以前からパパの事は大好きだったけど・・・

 その気持ちが単なる父親を慕うだけのものだったらここまで思いつめただろうか?

 きっかけに過ぎなかったのだと思いたい。
 どんなに遠回りしても、行き着く先は・・・


「多分、パパの事好きだって気付くのは時間の問題だよ」


 結果は同じ。
 だって、今聞かれたって、それ以外なんて思いつかないから。


 優吾は車を路肩に寄せ、ハザードランプを点滅させて停車する。
 隣の華を見つめ、やわらかく微笑んで、彼女の頬に手を伸ばした。

 温かい手が頬に触れられて、華は瞳を閉じる。
 そうすることで余計に温もりが伝わってくるような気がした。


「一生、パパの隣にいさせてね」


 優吾はその言葉に瞳を揺らし、華の唇にゆっくりと自分のそれを重ね合わせた。
 彼の気持ちが伝わってくるようなキスだと思った。


「・・・とても、言葉に出来ないね」
「・・・・・・ん」

「・・・色んな事あるかもしれないけど、僕たちはずっと一緒にいよう」

「うん」


 先の事は確かに大事。
 でも、今を考えることの方がきっともっと大事。

 それが先に繋がっていくんだから───


「ねぇ、お腹空かない? 何だか急に空腹感が襲って来ちゃった」
「私も・・・ファミレスでも寄る?」
「よし、じゃあ行き先変更〜!」

 ハザードランプを消し、近くのファミレスに寄るべく上機嫌で発車する。


「華ちゃん」

 運転しながら前方を見つめ、優吾が話しかける。
 華は彼の横顔を見ながら次の言葉を待った。

「・・・色んな事、もっと頼ってイイからね」
「うん? もう充分過ぎるくらいだよ?」
「もっともっと甘えて」
「もっと〜?」

 これ以上甘えたらどうなっちゃうんだろう?
 別に寂しいとかって気持ち、パパといる限りないから、今のままで充分なんだけどな。

「例えばね、この先とか」
「この先・・・」
「もう1人家族が増えたら・・・勿論2人でも3人でも大歓迎だけど」
「うん」
「子育てなら任せて? 経験あるんだ」

 得意気に横目でチラリと華を見やるその姿は実に茶目っ気たっぷりだが、今のは彼が言うからこそ頷ける言葉でもあった。

「そうだね、頼りにしちゃう」

 でも、パパってばかなりの極甘だから、超甘えんぼの子供になっちゃう気がするけど。

 密かにそんなことを思う華だったが、それは心の中に留めておくことにした。


「さって、着いたよ〜」
「わ〜い、ハンバーグ!」
「僕はドリアにしよっ」

 車から降りると、華は優吾に駆け寄って彼の腕にしがみついた。
 それだけで心が温かくなったような気がする。


 不安が直ぐに飛んでっちゃうのは、
 相手がパパだからなんだろうな───



 ただ、思うとおりに進んでいこう。

 一緒にね。


 華は優吾に抱きつく腕にキュッと力を込めて、寄り添った。



 この先、家族が増えても、
 おじいちゃんおばあちゃんになっても、

 変わらずにこうしている自分たちがいることを信じて───









2005.3.7 了
あとがきと番外編はこちらから


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