『ラブリィ・ダーリン2』

○第3話○ ライバル出現(前編)






「華、次の授業移動教室だよっ!」
「えっ」

 ぼうっとしたまま眠そうにしていると、親友の沙耶が近くにやってきて華を急かす。
 いつもぽわぽわとしているような印象の華と、チャキチャキしている沙耶とでは性格が正反対だったが、二人は中学で初めて会ったときから友人関係が続き、今に至っている。


「いつもそうだけど、今日は特にポ〜っとしてる。なんかあった?」
「ん〜、昨日出かけてて・・・帰るの遅かったからちょっと眠い、かな」
「へぇ、華が帰るの遅いって珍しい。噂のパパには怒られないの?」
「怒らないよ〜、パパと一緒に出かけてたんだもん」

 その言葉に『はぁ〜』と溜息をわざとらしく吐いて、沙耶は遠くを見つめている。

「ファザコンにつける薬って無いのかしらねぇ」

「・・・ぐっ」


 ファザコン。

 確かにそうなんだけど、そう言われるとちょっとグサリときたりして。

 沙耶には優吾とのことをいつか話そうと思いつつ、未だに言えないでいた。
 『話があるの』と沙耶を呼び出すのもどうかと思うし、日常の会話の流れでそんなことを言うなんてもっと無理な気がして、結局言えないままズルズルと時だけが過ぎてしまった。

 普通の恋人同士なら、何の問題も無かったかもしれない。

 だが、理解してもらえるかもわからない事を言うというのは、とても勇気のいることで、あと一歩が踏み出せずにいた。


「そんなことより、早いとこ行こっ! 授業始まっちゃうよ!」
「あっ、うんっ!」


 言いたい、
 でも、コワイ。

 言ってしまった後にどうなってしまうのか・・・

 この不安は優吾に自分の気持ちを打ち明ける前と、なんとなく似ていると思った。



 ───あの時もそうだった。

 そうだ。

 だけど、はじめて告白したとき、パパは私の気持ちを受け入れなかった。

 それが当然の事なんだっていうのは分かる。
 例え血が繋がっていなくても、パパは私を娘としてしか見てなかったんだから───


 もしも、沙耶がこの事を知ったとしたら・・・


 華は浮かんでしまった悪い考えを打ち消すように、ふるふると小さく首を振る。


 沙耶が好きだから、失いたくないから、言うのがコワイ。



 私は、

 弱虫だ・・・・・・・・・・・・










▽  ▽  ▽  ▽


 その日は、ぼうっとしているうちに一日の授業が終わってしまい、あっという間に放課後になっていた。


 今日は本当に頭が働かないみたいだ。

 他の生徒達が運転手付きの車で下校する姿を横目で見ながら、華はその足で校門に向かっていく。

 ふと、

 短期間だったものの、湯河宗一郎の所で自分も運転手付きのお出迎えの経験がある事を思い出した。


 どうしてみんな平気なんだろう?
 ああいうの、私はもういいや・・・

 ・・・っていうか、ウチは学校から近いし、車なんて元々必要ないんだけど。


 華の住んでいるマンションは、徒歩で約15分程度の所にある。
 そういう環境でも、運転手付きのお出迎えで登下校する生徒はいるのだが、華にとってはどう考えても不必要なものだった。



 と、

 校門に近づくに従って、門に寄りかかり、腕組みをしている男の人が目に入ってきた。

 誰かと待ち合わせをしているのだろうか。
 だが、こんな所に私服で立っている人間など滅多にいないので、華は何となく彼のことを観察するように見入ってしまった。

 西日で顔が分からないが、陽にあたったサラサラの髪が茶色にも金色にも見える。
 細身だけど背が高く、頭が小さいせいか等身が高い。

 要するに、凄く目立つ、と思った。
 とても目を惹くのだ。

 などと勝手にそんな分析をしていると、次第に男性の輪郭がハッキリしてきた。
 と、同時に彼の顔がこちらを向いて、カチリと視線があった。



 ・・・・・・ん?


 ・・・・・・・・・・・・あれ?




「よう、華」

「・・・・・・・・・ヒ、ヒカル、くんッッ!!!???」


 えぇっ!?


 驚いて口をパクパクさせることしかできない。
 何故彼がこんな所にいるんだろう。


 昨日の今日で、

 しかも今日は学校の前にいて・・・????



「ど、どうして?」
「オレ大学こっちの学校だから」
「・・・えっ!?」

 大学・・・・・・?

 ・・・あぁ、ヒカルくんて19歳だっけ。


「大学生だったっけ・・・」
「ま〜ね」
「でも、じゃあ昨日はどうして・・・?」
「言ったろ? 『由比』の命日には必ず墓参りだって。だから昨日は実家に帰ってたんだよ。華たちが帰った後、オレも直ぐにこっち戻ってきたんだけど」
「・・・・・・そうだったんだ」

 そういえば、色々と忙しいとか言ってたっけ。
 あれって、自分も帰らなくちゃいけないからだったのかな。

 でも、これには驚きがなかなかおさまらない。
 彼には悪いが、もう二度と会うことがないかもしれないと思っていたから。


「それにしても・・・何この学校? オマエが来るまでにベンツとかリムジンとかバンバン通ったぞ? あんなんで生徒が毎日送り迎えされてるわけ? 金持ち学校って話は知ってるけど、ちょっと驚きだな」
「ん〜、私もそう思う」
「華は違うんだ?」
「あんなのされたら緊張しちゃって絶対ダメだよ」

 苦笑しながら首を振る華に、ヒカルはホッと息を吐き出し、安心したように笑う。

「そっか。正直、あの車の出入りを見て帰ろうと思ったんだ。何か世界が違うっていうか、もしかして華も車だったらって考えると・・・」
「そうなんだ〜」

 ヒカルの気持ちはよく分かる。
 自分が他校生だったら、間違いなく帰っているだろう。


「なぁ、どっか行かないか?」
「ん?」
「車で来たんだ、ベンツとはいかないけど」
「へ?」

 ヒカルが指さした先には、スポーツタイプの車が路駐している。

「・・・運転出来るんだぁ」
「来いよ」
「えっ」

 グッと腕を掴まれ、彼は助手席のドアを開けると、半ば強引に彼女をシートに座らせた。
 何秒もしないうちにヒカルも運転席に着き、車が発車する。
 華は一連の動きに全く気持ちがついていっていなかったが、少しして今の現状をやっと把握出来た。

「ヒ、ヒカルくん! 私行くって返事してないっ!」
「オマエ反応遅いなぁ」

 楽しそうにニヤつくヒカルに、華の頬が真っ赤に染まる。

「・・・ふっ、普通だもん! ヒカルくんの動きが速すぎるだけなんだからねっ!」
「オレも普通だよ。決断力は人並み以上だって思ってるけどな」
「何よ決断力って」
「今に分かるよ」
「ふ〜んだ!」

 ぷうっと膨れながらそっぽを向く華を横目で見ながら、ヒカルは左手で彼女の頬に触れ優しく撫でる。
 驚いて彼に顔を向けると、ヒカルは驚くほど真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

「・・・・・・ヒカルくん?」
「オマエさ・・・、なんでそんな無防備なの?」
「?」


 無防備?

 よくわからないといったように首を傾げたところで、華は何かに気付き、ハッとしたように前を向いた。

「ヒカルくん!! 前!! 脇見運転してるっ!!!」
「あぁ・・・大丈夫だよ」
「だいじょぶくない!!! 私まだ死にたくないもんっ!」
「わかったって」
「・・・うぅ〜、一体どこに行くのぉ? 私夕飯の支度しなきゃいけないんだけど」
「オマエが作るの? ウソだろ?」

 ヒカルの反応を見て、華はちょっとだけ自慢げになる。
 彼女にとっては、ソレだけが唯一自慢できる事だったりするから。

「パパはおいしいねっていつも言ってくれるよ?」
「・・・あ〜、あの人なら何作っても言うんじゃねぇの?」
「ひど〜い! パパは本気で言ってくれるんだからねッ! 『華ちゃん最高だね、世界一だよ』って!!!」

 何よ何よッ!
 パパのことなんにも知らない癖にッ!

 ・・・そ、そりゃ、パパ以外の人に殆ど食べてもらうことは無いけどさ・・・


「オマエたちってさ、ホントの親子?」
「えぇぇっ!?」

「イヤ、あの人、随分若そうに見えるから」

「・・・あぁ」


 そう言うことか。
 他の人に聞かれても何とも思わないのに、何となくヒカルに聞かれるとドキッとする。

 それは多分、彼が『由比』と繋がりのある人間で、自分とも従兄弟という関係にあたる人物だからなのかもしれない。
 勿論そのことをヒカルが知っているわけはないけれど。


「パパは35歳だよ」
「ゲッ、・・・じゃあ・・・・・・・・・え〜と? ・・・うわ、18の時の子かよ・・・・・・にしてもあの顔は年相応じゃねぇな。どう見たって20代中盤までが限度だぞ?」
「そうだよねぇ? 私が小さいときから変わらないんだよ〜?」
「母親は?」
「ん〜、私を産んだと同時にね、死んじゃった」
「じゃあ、二人暮らしなんだ」
「ウン」

 ヒカルは一瞬考えるような様子で黙り込み、前方を見据えた。


 そして、

「・・・なんか、段々わかってきた」
「なにが?」

 何かを納得したようなヒカルは、ちょっとだけ険しい表情を浮かべている。


 更に暫くの沈黙の後、


「よし、予定変更」

「はぁ?」

 言うと同時に車をUターンさせ、あっという間に元の道へと戻っていく。
 彼の中で何を納得して、何を決めているのかサッパリわからなかった。

「オマエんちドコ? 送ってく」
「へ? う、うん・・・どこか行くんじゃなかったの?」
「それは今度な。とりあえずオレの今の行動で後々までなんか言われたくないしな」
「??? ふぅん・・・?」

 結局彼が何を言いたいのかわからなかったが、家に帰れるんなら別にいいか、と思った華はそれ以上疑問にする気も起きず、素直にマンションまでの道のりを彼に指示していくことにした。


 学校からは徒歩15分程度の場所だ。
 多少回り道をしてしまったとは言っても、車だったらたいした距離ではない。
 案の定、マンションまではそれ程の時間を要することなく到着してしまった。

 しかも、彼は華が車から降りると、エンジンを切って、自分も車から降りてしまう。

 何となくこのまま別れるのが悪いような気が・・・


「・・・あの・・・、ウチでお茶でも飲んでく?」

「ん」


 成り行きで家に上がってもらうことになり、彼はそのまま当然のように華の後についてきたのだった。







中編につづく


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