「遅刻なんてカッコイ〜とか思ってたのに、何よその変な動きは〜!?」
午後から登校して、息つく暇もなく沙耶につかまってしまった。
「・・・普通だもん」
「どこが、どう見たって変じゃない」
否定できない・・・
華の動きは、油の足りないオモチャのようにガクガクして、何かをしようとする度に苦痛に歪む顔も普通とは到底言えないものだった。
それもこれも、昨日の夜の出来事の所為。
「・・・だって、筋肉痛がヒドくてまともに動けないんだもん」
コレにはホントに驚いた。
優吾が会社に行ってしまった後に、モソモソと起きあがった時、初めてこんな状態になっていることに気がついたのだ。
どうしてあんなに動いてたパパが平気そうで、私がこんな目に・・・
「筋肉痛・・・って。何かスポーツでもやったわけ?」
「そう、じゃないけど・・・いたたた・・・っ」
「・・・はぁ、そんなんじゃ来た意味無いと思うんだけど」
「・・・だよねぇ。休めば良かったかな」
ふぅ、と溜息を吐き、何となく目の前にあった沙耶の顔を見つめる。
と同時に、一つだけ、聞いてみたいことが頭に浮かんだ。
「沙耶」
「なに」
「ん〜・・・」
「なによ」
「一つ、聞いてイイかな」
「何でもござれよ」
どうしようかな。
聞いたら変に思われるかも。
でも、沙耶ならこの答え、分かるかな。
答えてくれるかな・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・好きになっちゃいけない人・・・なんて、いると思う・・・?」
ずっとわからなかった。
最初はいけないと思ってた。
だけど、パパと私は親子だけど、血の繋がりはなくて。
そういうのでも、世間はきっと変な目で見る。
それは何となくわかるんだけど。
誰にでも言うことじゃないっていうのは分かるんだけど。
だって。
好きになっちゃいけないなんて誰が言ったの?
世間? それとも法律?
───だとしたら、それは違うような気がする。
パパが・・・パパが好きになっていいって、
私の気持ちを認めてくれた瞬間から、許されたんじゃないかって、頭の端っこで思っちゃう自分がいるから。
沙耶は、突然の問いかけに驚いた様子だったが、珍しく真顔になり、天井を見上げるように瞬いた後、華に抱きついてきた。
ここは教室。
周りには沢山人がいる。
そうでなくたって、この行動はとっても変だ。
「・・・さ、や?」
「いやん、フワフワで抱き心地サイコウ♪」
「なにソレ、もぉっ。恥ずかしいからやめてよぉっ」
ジタバタしながら沙耶の腕から逃れようとするが、楽しそうにギュウギュウ抱きついて離れない。
クラス中の視線を集めてしまい、華は顔を真っ赤にして尚も藻掻く。
すると、沙耶は華の耳元に顔を埋め、
「・・・好きになっちゃいけない人なんて、いるわけないって・・・私は信じてるけど?」
「・・・・・・・・・」
彼女の口から紡ぎ出された言葉は、何故か重みがあって、普段と全然違う一面を垣間見た気がした。
沙耶は目が合うとニッコリ笑って。
その顔がいつもよりもずっと大人っぽく見えて綺麗だと思った。
同時に彼女にはとても好きな人がいるんじゃないだろうかと、初めて気がついた。
「・・・・」
「華?」
「私、沙耶を応援しちゃう」
「・・・・・・・・・・・・は? 何でそうなるわけ?」
「だって」
「え、演技よエンギっ! 私女優になろうかしらっ、素質あるかも〜」
おちゃらけて、いつも通りに振る舞おうとしている沙耶。
でも、私は知ってる。
沙耶って実は凄い照れ屋さんなんだ。
だから、今のってウッカリでちゃった本音じゃないのかな?
本気で言ったの気がついて、『しまった』って思ったんでしょ?
絶対そう思うんだけどな。
「ま、そういうことにしとこっか」
「何よ〜、演技だってば」
「そうだね〜、沙耶カワイイ」
「何言ってんの、カワイイのは華でしょ。ちゅ〜したげる、んちゅ〜っ!」
「や〜〜ん」
ほっぺにキスの嵐を受けて逃げる華と、それを楽しそうに追いかける沙耶。
間違いなく不審な目で見られている事は確か。
でも、何となくこの日は沙耶と一歩近づけたような気がして嬉しかった。
だけど、
沙耶って誰が好きなんだろ?
それだけが唯一残った疑問ではあった。
▽ ▽ ▽ ▽
結局、午後の授業はたいして集中することも出来ず、沙耶の言う通り、あまり来た意味が無いと思えるような時間を過ごしてしまった。
下校時刻になり、沙耶もクラスの生徒も殆ど帰り、薄暗い教室の中で華は一人、自分の席にポツンと座っていた。
生徒達が自分の家の車で下校する様子を、初めて羨むような気持ちで教室から眺めながら。
───今日もヒカルが校門前で待っているような気がして、教室から出るのを躊躇してしまう。
ヒカルくんは、イヤじゃない。
むしろ不思議な気持ちになるくらいで。
だけど、どうやって接して良いのかわからない。
・・・・・・このまま帰らないってわけにはいかないのは分かってるけど・・・・・・
「・・・あ、そうだ」
華は急に何かを思いつき、携帯電話を取り出した。
アドレス帳で『ら』行を検索し、目的の人物にカーソルをあわせ、通話ボタンを押す。
程なくして、相手が電話に出たようで、華の顔がパッと明るくなった。
「もしもし? 私、華だけど、・・・うん。あのね、まだ学校残ってる? そっか、じゃあ今からそっちに行ってもいいかなぁ」
その2へつづく
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