『ラブリィ・ダーリン2』
○第6話○ 真実と傷(その5) ヒカルは暫し固まっていた。 華が言っていることがよく分からなかったのだ。 「・・・・・あのなぁ、こんな時に冗談は」 「こんなの冗談なんかじゃ言えないよ」 やっと出てきた言葉をあっさりと遮られ、またも固まりかけたが、彼は絞り出すように口を開いた。 「・・・だったら・・・冗談じゃなきゃ、なんだっていうんだ? そんなの凄い不自然じゃないか、お前ら・・・親子だろう!?」 最後の方は語尾が少し震えていて、華にはそれが動揺しているのか、怒っているのかよくわからなかった。 こういう反応は当然だと思っていた。 だけど、想像していたのと実際に言われるのとでは大違いで、感情の方が先に出てしまいそうだ。 「・・・親子、だよ・・・・・・だけど、好きなんだもん。どうしようもないくらいなんだもん!」 「何言ってんだよ! 全然理解できないよ、オレは!! おい、アンタ父親だろう!? 華の気持ちを知ってるのか!?」 激昂したヒカルは優吾に感情をぶつける。 だが、優吾の方は対照的に静寂を保っていた。 「知ってるよ」 「・・・・・・なっ!?」 ───何、言ってんだ? 全然分からない。 簡単に認めてしまうその言葉も態度も。 目の前のこの男は一体何を言っているんだ!? 「僕の気持ちも華ちゃんと同じだから」 「ふざけんなよっ!」 「ごめんね」 「・・・・・・っっ・・・!!!」 全くやり場のないこの感情。 優吾までが認めるというこの現実は、あまりに受け入れがたい。 「・・・・・・っ、・・・なんなんだよ・・・っ」 なんなんだ。 一体何なんだよっ。 突如荒れ狂い始めた胸の内。 それらは優吾の全てに怒りをぶつけることでしか解決出来ないような気がした。 「アンタと一緒にいて、それで華が幸せになれんのかよ!? こんな人に言えないような関係のくせして、それなのに続けていくって言うのか? 不自然だよっ、頭が狂ってる! こんなの冗談じゃない、オレは認めない! 華の好きな相手がアンタだって言うのなら、オレは絶対に諦めないからな!!!」 責めるような眼差しで、一気に言葉を吐き出す。 彼から感じたもの、それは完全なる拒絶反応だった。 華はグッと唇を噛み締め、テーブルに視線を落とした。 何て感情をストレートにぶつけてくる人だろう。 驚くほどに彼の心の内が読みとれる。 きっとすぐには分かってもらえないと思ってた。 だけど、 ここまで拒絶されるものだったんだ・・・・・・ それ程までに彼の目には、自分たちの関係が不自然に見えるのだろう。 ヒカルが吐き出した言葉で、華の心に棘が刺さり、抜けない痛みに苦しみが広がっていく。 「・・・・・・オマエ、いい加減にしろよ」 突如放たれた、限りなく低い声。 それは抑えているが、怒りに満ちたものだとすぐに分かる。 凍り付くほど冷えた瞳でヒカルに視線を注ぎ、声を発したのは、他ならないあおいだった。 「華が幸せとか不幸せだとか・・・そんな評価は他人が決める事じゃないだろう。オマエは何様のつもりでそんな偉そうなことが言えるんだ?」 「そんな言葉はきれい事にすぎない。誰が見たって不自然な関係なら、近い将来誰かが傷つくのは目に見えてる。一時の感情で間違いを正せないような男が華を幸せに出来るわけ無いだろうっ!? だから、いずれ傷つくのは華だって言ってるんだよ!!」 「どうして断言できる? オマエが華の何を知ってるって言うんだよ。オレは当事者じゃないが、ずっとこの二人を見てきたからよく分かるよ、めちゃくちゃお互いを大事にしてる。いつも、ちょっとしたことだって幸せだって、顔に書いてあるみたいな二人だよ。大体そんな言葉を投げつけて、傷つけているのは一体誰だよっ!?」 あおいもヒカルも一歩も退くことはない。 しかし、華はヒカルの言葉に衝撃を受け、先程あおいとヒカルが喧嘩になりそうになって仲裁に入った時とは違い、全く口が挟めなかった。 むしろ、そんな余裕など微塵もなかった。 優吾はそんな華を心配そうに見つめている。 ヒカルは、皆を一瞥し、苛立たしげに荒く深く息を吐き出した。 「・・・・・・こんなの間違ってる」 唸るように一言だけ残し、彼は無言で部屋から出ていった。 パタン、と玄関の方でドアが閉まる音が聞こえ、彼が帰ったのだと言うことが分かった。 静まりかえった部屋の中、優吾は静かに立ち上がり、華の座っている椅子の横まで来ると、その場にしゃがみ、俯いた華の顔を覗き込んだ。 「・・・・・・華ちゃん」 思った通り、目に涙をいっぱい溜めている。 泣かないように頑張っているその姿が痛々しい。 優吾は華の頭をポンポン、と撫でた後、あおいに顔を向けて微笑みかけた。 「あおいくん、今日はアリガトね」 「あ〜・・・何か、あんまり役にたってないけど」 「ううん、あおいくんの言葉にいっぱい勇気もらったよ」 ふんわり微笑まれて、あおいは恥ずかしげに頬を掻いた。 裏表のない優吾の言動は、素直に受け止められる一方照れが伴う。 だが、その分嬉しくもあった。 「思ってること言っただけだし」 「ウン」 「・・・あんま気にすんなよ」 「ありがとう」 あおいは、俯いたままの華に視線を移し、少しだけ眉を寄せた。 アイツ、好き勝手なこと言いやがって。 だが、これは自分の出る幕ではない。 何かしてやりたいとは思うが、きっとそれは逆効果になるだろう。 「・・・・・・じゃあ、オレはこれで帰るよ」 「うん、気をつけてね」 あおいは軽く手をあげ、自分の荷物を持って立ち上がった。 何となく、優吾が、この先どうしようと考えているのか気になった。 人の気持ちなんてそんな簡単じゃない。 そう思うけど、 彼はヒカルに聞かれたとき、言葉を濁すことなく真実を告げた。 華と同じだと・・・ それって、とても凄いことなんじゃないだろうか。 夕暮れの中、車体の軽くなった自転車を軽快に漕ぎながら、あおいは二人の行く末が明るいものであることを、密かに願った。 ▽ ▽ ▽ ▽ あおいが帰ってから、優吾はずっと華を抱きしめていた。 何も言うことはなく、静かに頭を撫でながら。 しかし、華の頭の中に駆け巡るヒカルの言葉は決して解放してくれない。 『人に言えないような関係』 『不自然だ』 『こんなの間違ってる』 激しく拒絶された自分たち。 「私たち、・・・間違ってるのかな・・・」 傷ついて今にも泣きそうな声を胸に感じ、優吾は抱きしめる腕に力を込めた。 「パパと私が親子だから・・・だからあんな風に言われるの?」 ほんの少しの隙もないくらい一方的に言われた。 だけど、 「・・・華ちゃん」 今まで何も言わなかった優吾が小さく呼びかけた。 華は優吾に抱きしめられたまま、彼の言葉を黙って待った。 「・・・・・・普通の親子に戻りたい?」 「・・・えっ」 穏やかすぎる、彼の声。 けれど、それに反応するには、それはあまりにも・・・・・・ 「僕たちを知っている人から見たら、親子にしか見えないんだよ。ずっとね」 それは・・・・・・ 「僕は・・・一生華ちゃんをお嫁さんにすることが出来ない」 優吾は、ぎゅうっと苦しくなるほど抱きしめて。 華の肩に顔を埋めた。 僕には赦されないんだよ。 苦しそうなその言葉が痛くて。 恐くて仕方なくて、力いっぱいしがみついた。 「そんな・・・の、やだぁ・・・っ!」 どうして突然そんな事を言い出すの? そんなの聞きたくないよ。 「やだよ、パパがこんなに好きなのにっ。結婚とか・・・ちょっとは憧れるけど、興味ないって言ったらウソだけど・・・・・・でも、一緒にいてパパが私のこと見てくれてるって、そう思えることの方が大事なのにっ」 「・・・華ちゃん」 「ヒカルくんの言葉は凄くショックだったよ。けど、パパにそんなこと言われる方が何倍も苦しいよ! イヤだよ、前みたいに普通になんて出来るわけ無いよ!!! どうしてそんなヒドイこと言うのぉ・・・っ!?」 華にとっては、優吾にそれを言われることが何よりも残酷なことだった。 他の人間に何を言われたとしても、この手の温もりさえあればいい。 相手が彼だから、何があっても離れたくないと思うのに。 震えながらしがみついた華に、優吾は軽く息を吐き出して抱きしめ返した。 「ごめん」 ・・・もしかしたら。 負担をかけているのかもしれない。 パパだって親子でいた方が楽に決まってる。 だけど、今更どうやってこの手を離せばいいの? 消えてしまうようなちっぽけな気持ちなら、最初からパパを好きになるわけないのに─── その6へつづく Copyright 2004 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |