『ラブリィ・ダーリン2』
○第7話○ 暴挙(その2) ───頭が痛い。 ガンガンする・・・ 「・・・・・・ぅ・・・」 混沌とした眠りの世界から、現実へと覚醒したのは、華が連れ去られてどれ程経過した頃だったのか・・・ 華は重い瞼を少しずつ持ち上げ、人の気配を辿る。 その先にいる人が優吾であって欲しいと心から願っていた。 「起きたか?」 しかし、聞こえた声と目にした人物への落胆は隠せない。 「そんな顔するなよ、傷つくじゃん」 「・・・・・・」 そうは言われても、彼のしたことを思い出すと気分が暗くもなる。 車に押し込められて、何か嗅がされて眠らされたんだ・・・・・・ 頭・・・いたい・・・ 華は起きる気力もなく、やや顔を顰めると、ヒカルを見上げた。 「ここ・・・どこ?」 「教えない」 首を傾げながらニヤリと笑い、どうやら答える意志はないらしい。 華は辺りを見回して様子を窺うが、別段変わったところもない、普通の部屋に見える。 その何の変哲もない部屋のベッドに華は横たわっていた。 「・・・家に帰して」 「だめ」 「・・・ヒドイよ」 「どっちが? あんな事聞かされて、普通でなんかいられるかよ」 「・・・」 だって・・・アレが本当の自分だから。 真実を明かすことで、自分なりの誠意を見せたつもりだった。 「・・・なぁ、ホントに?」 「?」 「あの人とどこまでの関係?」 「・・・っ・・・どこまでって・・・」 そんなの聞いてどうするんだろう? 知ったところで事実は少しも変わらないのに。 「キス・・・とかしたのか?」 「・・・・・・」 「・・・それとも・・・・・・それ以上とか・・・?」 言葉にしながら、ヒカルはどうしても信じることが出来なかった。 目の前の華はまだまだ幼く見えて、この天然の愛らしさは滅多にお目にかかれるものではないと思っていたが、あんな風に告白するほど誰かを・・・父親を好きだなんて。 「・・・・・・だったら?」 「え?」 「パパと・・・そういうの、してたら悪いの?」 ”そういうの” それって、つまり・・・ 「認める・・・のか?」 「だって、今更ウソついたって意味がないよ」 「・・・・・・」 「ヒカルくん、もうやめようよ、こんなの無意味だ」 咄嗟に華の手首を掴む。 キスをしたことがあったとしても・・・軽いものしか知らないのではないかと。 そう思っていた。 それすらも、裏切るのか? 「・・・ぃた・・・っ」 「初めてだったのか? あの男としたとき。だからだろう? だから、余計に他の男が見えないんだ。アイツが、全部華の周囲を見渡す目を奪ってるんだ!」 「なに・・・っ、いたいよ、ヒカルくん」 「離れてみればわかる、オマエが今までどれだけ狭い空間で物を見ていたのか」 「そんなことない・・・っ!」 「・・・じゃあ、オレに抱かれてみればわかる。あの人にされるみたいになるから」 「・・・っ!!??」 言っている内容に目を見開き、本気で暴れる。 だが、彼との圧倒的な力の差を前にしては虚しいだけだった。 それでも、近づいてくる顔から逃れようと必死で顔を背き、出来うる限りジタバタと藻掻いてみる。 「やだやだやだぁ!」 「観念しな」 「やだぁ〜っ!」 顎を掴まれ、背けていた顔がヒカルに向いてしまった。 こんな風に恐怖を感じて男の人を見るのは初めてだ。 何もかも力ずくで、華の気持ちなんてどうでも良いように見える。 ガタガタと全身が震えだし、両の瞳からは抑えきれぬ恐怖から来る涙が流れ落ちた。 「───っ、泣くなよ・・・っ」 「・・・・・・っ・・・」 溢れ出す涙を彼の唇が吸い込んだ。 それはいつも優吾がしてくれること・・・ こうしているのがヒカルであるはずがない。 夢なら覚めて。 「・・・ひぅ・・・・・・っく・・・うぐぅ・・・っ」 彼のしていること全てが優吾を強烈に思い出す。 それだけだった。 「・・・泣くなって・・・・・・頼むから・・・・・・っ」 絞り出すようにか細い声で。 ヒカルは苦しそうに眉根を寄せた。 こんな顔をさせるつもりじゃなかった。 でも、父親となんて・・・・・・っ そんなの黙っておけない。 だから、無理矢理でもあの男から離して、もっと周りをよく見るべきなんだ。 そして、気付けばいい、自分が間違っていたと。 そうすれば、他の男にも目を向けられる。 『他の男』がオレならいい・・・そう思った。 「オレを・・・受け入れろよ、華」 ヒカルは華を抱きしめ、彼女の耳元で囁いた。 彼の息がかかり、ビクッと身を奮わせる。 「・・・できっ・・・、ないよ・・・・・・無理だよ・・・っ」 「どうして?」 「パパが・・・好きなの、ホントに・・・どうしようもないくらい好きなの」 「でも、それは間違ってる」 囁きながら、華の首筋にキスをする。 華は身を捩りながら、ヒカルから逃れようと儚い抵抗を試みた。 「オマエやっぱりそそられる。カワイイ・・・」 「・・・いっ、やめてってば」 突如、華の両手を頭の上に片手で固定して、空いた手で顎を掴まれる。 そして・・・ヒカルの顔が近づいて。 やわらかいものが・・・・・・口に触れる。 涙がまた溢れた。 ───ヒカルの事は嫌いじゃない。 でも、イヤなのだ。 身体も心も拒絶する。 何もかも、他の人では受け入れがたい行為。 ならば、いっそこの身も心も、全部壊れてしまえばいい。 そう思うほど、華には優吾しかいなかった・・・ だって、何が悪いの? 好きになって何が悪いの? 「・・・・・・血の繋がりなんかないのに・・・?」 ヒカルの唇が一端離れ、再び触れようと近づいたとき、小さな呟きが彼女から聞こえてきたような気がした。 「?」 突然何か様子の変わった彼女の言葉に、ヒカルはよく分からないといった風に眉を寄せた。 そんなヒカルを見ても、もう心が動くことはなかった。 「間違ってるなんて、そんなのどうでもいいよ」 だって、私の中のパパは、 こんなに、鮮やかに存在してる。 「・・・ずっと・・・他人の私を育てて、愛してくれた。でも、そんなパパを私が勝手に好きになって・・・告白までして沢山パパを困らせて。受け入れてくれる筈なんてなかった。パパにとっては普通より溺愛してるけど、私は娘でしかなかったから。それほど、自分の子供として愛してくれたの」 「何、・・・言ってるんだ?」 「───2年前、私はパパに恋人がいるって勘違いして、家出をしたんだ。・・・・・でも、パパは・・・連れ戻そうとして・・・追い返されても何度も何度も会いに来てくれた。終いには家出先の部屋まで忍び込んで、『帰っておいで』って。 その時、パパの気持ちを初めて聞けた。 父親としての部分も大きいけど、そうじゃない気持ちもあるんだって。 私がいなくなった事によってパパにどんな変化が起こったのか、正直言うとホントはよく分からなかった。 もしかしたらパパも分からなくて、混乱したんじゃないかって思う。それに、今だって父親として私を見てる部分って大きいと思うし、そう考えれば、私たちの関係は『普通』じゃないのかもしれない。 でも、私はパパに赦されたんだって、それだけは分かる。好きになってもいいよって。私にはそれで充分なの。」 怯えたりしない。 理解してくれないんだったら、それでもいい。 この気持ちだけは誰にも曲げられないんだから。 嘘偽りのない、自分を語るだけ。 「私はね・・・ママが昔つき合ってたっていう男の人の子供なんだよ」 「・・・・・・なんだよ・・・それ」 震えがかったようなヒカルの声。 とても静かな気持ちだった。 「教えてあげる・・・・・・・・・『由比』はね・・・」 もう隠さない。 真実を話すだけだ。 「・・・・・・・・・私の、本当のパパだよ」 その3へつづく Copyright 2004 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |