『ラブリィ・ダーリン2』

○第8話○ 告白3〜親友・沙耶の場合〜(その3)







 華と沙耶は仲良くくっついて二人で一つのベッドに寝ていた。
 といっても、まだまだ眠る気配など微塵もなく、ちょっとしたお泊まり会になってしまった夜は直ぐに終わるはずもない。


「あ、考えてみたら友達が家に泊まりに来たのってはじめてだ」
「へぇ〜、意外だね。でも、そう言えば私もかな。前はそんな事もあったけど」
「今はないんだ」
「ここ何年も無いなぁ、人が泊まりに来るのも私が行くのも」

 そう言った沙耶の顔がちょっと翳ったような気がして、華はじっと見つめる。

「何? そんな見たら恥ずかしいじゃん」
「沙耶ってさ、恥ずかしがり屋だよね、実は」
「なっ、何言ってるのよ、そんなわけないじゃない・・・」
「・・・そう? 自分を見せるの結構苦手なのかなって時々思ってたんだけど・・・」
「・・・・・・」

 核心をついた言葉だった。
 ぽ〜っとしてるように見えて、ちゃんと人のことを見ている。

「・・・ね、華」
「なぁに?」
「アンタの体温、あったかくて気持ちイイ。華って小さくてフワフワしてて、ホントカワイイと思う。私が男だったら絶対ほっとかない」
「もぅ、なに言ってるの〜っ」
「だから、なんて言うか・・・私は華のこと好きだし、変な意味じゃなくて。何があっても味方でいようと思う」
「・・・う、ん? ありがとう・・・」

 言葉の真意を掴めなくて首を傾げる華に、沙耶はチラッと視線を向け、再び天井を見つめる。


「ごめん」

「? 沙耶、意味不明・・・なんだけど・・・」


 突然謝罪されても・・・
 沙耶、どうしちゃったんだろう。



「えっと、ウン、ハハ、そうだよね。でもさ、まずはイイワケさせて欲しいっていうか・・・いくら私でもああいうの、聞く趣味はないのよ? 髪ゴム忘れちゃって取りに戻ろうって思っただけなんだから。まさか、あんな時にいきなり私が部屋に入るなんて無神経な事出来ないじゃない・・・・・・どうしようか迷ったけど、ああいう内容だから余計に耳に入ってしまうと言うか何というか、むしろ聞き耳を立てちゃったりして」

「・・・・・・・・・・・・?」

「とにかくそういう事だから・・・さ」

 沙耶が何を言っているのか分からなかった。
 何に対してそんなに動揺して、しかも謝っているのか・・・


「あ、落ち込まないでよね〜、私、あれ聞いて、もっと素直にならなきゃダメだって思ったんだよ? いつも意地張ってる自分がイヤだなって」
「・・・そう・・・?」
「そうよっ! だって華ってば滅茶苦茶カワイイんだもの! 実際目の前にしてた優吾さんなんて堪らない気持ちだったと思うわ!! なのに、あんな中途半端なトコロでやめられるなんて、スッゴイ忍耐力!」

「・・・・・・・・・」




 ・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇっっ!!!!!!!!!!!!





「まぁねぇ・・・確かに親子っていうのは私の人生の中で一番の大スクープではあったけど」

「・・・っっ!!???」


「あんな父親なら色々されたいかも・・・な〜んて」

「・・・・・・・ッ・・・・・ッ・・・」



 ・・・・・・な、な・・・・・・っ


 バレ・・・てる・・・っ!?



「さ、さっき・・・あれ・・・沙耶・・・聞いて・・・っ!?」
「・・・『僕としては今日はどうしても一緒が良かったんだけど』なんて言われたら、私だったら腰が砕けちゃうかも」
「・・・っっ」


 ───完璧に・・・・・・聞かれた・・・
 しかも、はじめから・・・

 こんな形で知られるつもりなんて無かったのにっ

 華はガバッと身体を起こして、

「沙耶っっ、き、聞いてっ! これにはワケが・・・っ、というか、もうどこから話したらいいのかっ・・・っ、あぁん、うそぉ!? あんなの聞かれちゃったのぉ!?」

 混乱してどう話したらいいのか分からない。
 沙耶もそれを分かっているようで、無理に話の先を促すような事はしなかった。
 代わりに今度は華をジッと見つめながら静かに口を開く。


「私も人のこと、とやかく言えるような恋愛してないし」


「・・・・・・え?」



 沙耶の・・・・・・恋愛・・・?

 突然、話の流れが変わったので、一瞬で動揺していたものも止まってしまった。
 まるで沙耶にのしかかる姿勢のまま、華は不思議なものでも見るかのように沙耶を凝視した。


「私の家、茶道の家元だって前に言ったよね?」
「う、うん。聞いた」
「ああいう世界ってね、家柄とか世間体とかさ、そういうのが何よりも大事なの。だから、私も上の姉さん達と同じように婚約者がいて、そのまま結婚するのが当然の成り行き」
「・・・・・・」
「でも、それは私自身が黙ってられないからさ。家出も滅茶苦茶繰り返して、抵抗して・・・その結果待ってたのがなんだと思う?」
「・・・わかんない」
「規律を乱すはみ出し者ってカンジでさ、みんな冷たい目で私を見たりして、完全な孤立。でも、それによって私はあるモノを手に入れたから後悔してない」

 静かに話す沙耶の声は凛として、強い意志が感じられる。

「実は今は私、親と暮らしてないんだ」
「えっ」
「家を出る事を許すかわりにボディガードと一緒に暮らしてる。それが私の手に入れたモノ。親がソイツを信頼しきっているから許されたことなんだけど。今はまだ欠片みたいなもので、直ぐに消えてしまうかもしれないちっぽけなものでも、ソイツといられることが堪らなく幸せに思えるんだ」
「沙耶」
「世間体や体裁第一だからさ、私たちのこと、認められるなんてほぼ不可能。でも、アイツは私のこと、ちゃんと幸せにするって言ってくれたから・・・」


 大人びて見える沙耶の横顔を見つめながら、どうして彼女がこんな事を急に話し出したのだろうと考えた。
 恐らく沙耶にとってこれを話すことはとても勇気のいること。

 そして、華にとっても優吾との事を話すことも同様だった。


 そこまで考え、華は一つの結論に至った。


 ・・・あぁ、そうか・・・・・・

 沙耶、もしかして自分だけが人の秘密を知ってしまうのはズルイって思ったのかもしれないね。
 それに、自分の事を話すことによって、パパとのことを誰にも言うつもりはないって言ってくれてるのかも知れない。



 ・・・どうして今まで真実を言わなかったんだろう。

 言ったところで失う筈なんて無かったのに・・・もっと信頼すべきだったのに。

 もっとしっかり向き合わなければいけない。
 多くの人と。


「そのヒト・・・と、ケンカしちゃったから家出したの?」

「・・・そ、私も相当ガキよね。アイツったらいっつも感情の無いような顔でいるからイライラする時があって。たまに爆発しても私だけギャーギャー言ってるだけなんだから、ヤになっちゃうわよ」
「大人の男の人なんだ」
「う〜ん、それは違うと思うわ。アレは感情表現が欠落してるのよ。思っててもそれを現す能力がが皆無なの」
「ふぅん・・・」


 沙耶がその人の事を話しているのを初めて見るが、とても可愛く見えた。
 ちょっと怒ったようにして、そのどの表情も彼を好きで堪らないから見せるものだと思う。


「きっと今頃慌てて探し回ってると思うけど、たまには動揺した姿も見せて欲しいもんだわ」
「沙耶の彼って鉄人みたい。面白いね」
「鉄人・・・まぁ、そんなカンジよ」
「あははっ」

 この雰囲気を作ってくれた沙耶に感謝すべきだろう。
 こんなにも心が軽くいられるなんて・・・


「あのね、沙耶・・・」


 華の踏み出せなかった一歩をこうも易々と踏み出させてくれる。

 一つ一つ、辿々しくても、自分の言葉で、

 優吾とのこと、
 昔のこと、


 とにかく多くのことを沙耶に知ってもらいたかった。






 二人が思う存分の事をぶちまけた頃にはすっかり朝日が差し込んでいて、殆ど気を失うような状態で眠りについていった。
 その朝、完全に爆睡している二人は優吾が一度起こしに来たのにも関わらず、一向に目を覚ます気配などなく、昏々と眠り続けた挙げ句、ようやく起床しだしたのは午後の四時をまわっていた。












▽  ▽  ▽  ▽


「いやぁ〜、もうホントに長居しちゃってスミマセン〜!!!」
「もっとゆっくりしてっていいんだよ。夕飯も食べてけばいいのに」

 夕方近くになってしまい、沙耶は帰り支度をしながら優吾に挨拶をしていた。
 夕飯まで促されて、すっかり居心地の良い飯島家にこのまま居候しちゃいたい、なんて思ってしまう反面、流石に二日連続で家を空けるわけにはいかないだろうと考え直す。

「イエ、これ以上は迷惑かけられないです。でも、こんなにゆっくりしたのなんて久々ですよ〜。優吾さん、また来ても良いですか?」
「モチロン、いつでもおいで」
「沙耶、月曜日学校でね〜」
「うん、色々アリガトね☆ じゃ、おじゃましました〜♪」

 沙耶はペコリとお辞儀をして、上機嫌で帰っていった。
 彼女がいなくなり、ドアが閉まると、どちらともなく顔を見合わせ、二人はくすくすと笑い出す。

「沙耶ちゃん、面白かったね」
「だね〜」

 華が頷くと、優吾は嬉しそうにしながら抱きついてくる。

「なぁに、パパ」
「ん〜、この感触が懐かしくって」
「昨日もギュってしてたよ」
「うん、それでも懐かしい」

 一晩一緒に寝れなかっただけなのに・・・
 だけど、こうやってお日様みたいな温もりを感じるのはとても心地のいいこと。


「・・・・・・そうだね」


 どうやったって離れられないな、と今更ながら思う華だった。











▽  ▽  ▽  ▽


 沙耶は華の家を後にすると、そのまま下に降りるべくエレベータに乗り込んでいた。
 寝過ぎた所為なのか、頭がまだはっきりしない。

 だがその間、不思議な経験をした一日を少しだけ振り返った。
 父親と娘という構図は、極めて驚くべきものではあったが、優吾の容姿が相当彼女の好みだったという事と、普段からの華のファザコンぶりを目にしていた所為か、妙に納得してしまったのだ。
 それに、華のことをとても見直している自分がいた。

 好きな人に真っ直ぐで、誰よりもその人を考えて想ってる。
 例えどんな関係だろうと逃げないで一生懸命だ。


 私もそんな風にできたら・・・
 そう思った。


 エレベータを降り、マンションから出ていくと夕焼けが広がっている。
 アイツ、どうしてるかな? と考えるとちょっとだけ胸が痛んだ。


「・・・・・・あっ・・・」


 手入れの行き届いた植木の向こうには、見知った影が。

 その人物は直立したまま、どこを見るでもなく一点を見つめたまま微動だにもしない。
 夕日に染まった横顔が、彼の表情のない顔をどことなく寂しげに演出している。

 暫しその様子を眺めて、沙耶は小さく微笑んだ。

 そして・・・


「暁(あかつき)、私がここにいるのに気付かないなんてイイ度胸してるじゃない」

「えっ」

 沙耶の声に振り向いた彼は、彼女の姿を目に留めると少し安心したように目を細めた。

「いつからここに?」
「・・・昨晩からです・・・・・・沙耶様の居場所は携帯の探知機でわかりますので・・・」
「あっそ、アンタってどうしてそういう事務的な表現しか出来ないのかしらね。ウソでも『あなたが行くところならどこだってわかる』くらいの事言いなさいよ」
「・・・すみません」
「悪いと思うならもっと感情的になってよね、家出してもこれじゃ甲斐がないじゃない」

 沙耶が溜息を吐くと、彼は眼鏡の奥の瞳を揺らしながら口を開いた。

「・・・心配でした。もう、戻られないかと・・・・・・」

「・・・・・・」

「沙耶様の満足出来るような事を何一つ出来ず、不甲斐なく思います」


 自分を責めるような言葉を吐き出す彼、暁はこんな時でも表情に乏しいが、彼なりに懸命に紡ぎだしたものだと理解できた。


「バカね」
「はい・・・」
「アンタのそんな性格なんて百も承知で一緒にいたいって言ってるの」
「はい・・・」
「ただ、私だってたまにはアンタから色々言って欲しいって思ったりするのよ・・・」
「はい・・・」

 ひたすら頷く暁に苦笑する。
 だが次の瞬間には、逸らすことなく見つめてくるその瞳にドキリとした。

「・・・ねぇ、ちょっと、コレ貸して」
「え?」

 沙耶は彼の眼鏡を奪い取ると、自分に掛けてみた。
 極度の近眼の彼の眼鏡は思ったよりも・・・スゴイ・・・


「暁の見えるものと私の見えるものが同じだったらいいのに。そしたら同じ感動が味わえるかもしれない」
「目がいいというのは素晴らしいことだと思いますが」
「そうじゃなくて、心の問題を言ってるの」
「・・・はぁ・・・」

 言ってることを理解してるのかしてないのか、よく分からない返事。
 可笑しくなって思わず笑ってしまった。


「私は、・・・沙耶様が何よりも大事に思います」


 キラキラ光る彼の瞳。
 彼は嘘は言わない。

 だから、時折聞ける大事な言葉は何よりも私を元気づける。


「そんなの、当たり前だわ」

「はい」


 ・・・う、やっぱり私って素直じゃない。
 華、アンタってすごいわ・・・

 どうしたらそんなにカワイくなれるの?

 アンタみたいに素直に出来たら、暁だって色々言ってくれるかもしれないのに・・・


 今度じっくりご教授願いたいものだわね。






その4へつづく


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