『ラブリィ・ダーリン2』番外編・1

【その4】








7.届いた携帯電話


 華が社長室に向かっている頃、当の優吾は未だに社長室でのんびりしていた。
 何となくボ〜っと部屋を眺めていたら、秀一のデスクの上に、意外なものを見つけたのだ。


「・・・秀一くんたらコレ見てどんな顔してるんだろう」


 机の上にあったのは、華と怜二の幼い頃の写真で。

 あの秀一がどんな顔をしてこれを眺めているのだろうか。
 想像したら楽しくてしようがない。

 確かにかわいい二人だ。
 まるで兄妹のように寄り添い、無邪気に笑って。


「・・・こんな時もあったんだよね〜」

 怜二は、我が侭で、実は泣き虫で、そして誰よりも寂しがりやな子供だった。
 だが、今は結婚して随分余裕が見られる大人の男になりつつある。
 華は・・・言うまでもなく優吾言うところの『世界で一番カワイイ!!』、最愛の存在。
 それは今も昔も変わらないと言えば変わらないが、確実にその想いはパワーアップしている。

 優吾と同じくらいとは言わなくとも、秀一が自分のデスクに写真を飾ってしまう程特別に思ってくれている、と思うと頬が緩んでしまってどうしようもなかった。


「・・・さ〜て」


 気分が良くなったところで、そろそろ戻ろうかなと写真を机に戻す。


 すると、



 コンコン


 ドアがノックされ、程なくしてぴょこんと現れた少女に優吾の目が見開かれた。


「華ちゃん!」

「あ、パパ・・・っ、わあっ」


 優吾は嬉しさのあまり華に駆け寄り、いきなりムギュムギュと抱きしめた。
 華は少し苦しそうに身を捩ったが、あまりの抱擁の凄まじさに無駄な抵抗だと思ったのか、じき落ち着くだろうと黙って受け入れることにしたようだ。


「なんでなんで? 僕に会いに来てくれたの?」

「・・・ん〜・・・と、ハイこれ」


 少し落ち着いたところで目的のものを優吾に手渡す。
 一瞬彼はきょとんとした顔を見せたが、『あぁ、忘れてったんだぁ』と納得したらしい。

「あのね、電話掛かってきて驚いちゃった。一回出てみたんだけど、ちゃんと応対できなくて・・・パパに急用だと大変だから持ってきたの」

「そっかぁ、ビックリさせちゃってごめんね。ありがと、華ちゃん♪」


 もういちど抱きしめて、ちゅっと頬にキスを落とす。
 普段会えるはずのない会社という堅苦しい場所で華に会えた事がよっぽどウレシイらしく、優吾のテンションは相当高い・・・


「それで、“クリタマナミ”さんから電話だったんだけど、たいした用じゃないって直ぐに切れちゃった」

「・・・・・・っ・・・っ」


 優吾はその名前を出した途端《ギクッ》としたような顔をした。

 ───ん?

 華は不振な反応に、家で感じた不安が戻ってきたような気がして戸惑った。


「・・・その人、ね、パパの事“優吾くん”って言ってた。取引先の人でもそういう風に呼んだりするんだね」

「・・・・・・っ・・・っっ」



 ───やはり明らかに・・・動揺している。

 だが、その顔色は焦っているというよりも、青ざめているといった感じなのが気になるところではあるのだが。
 優吾は携帯電話を左手でギュッと握り締め、右手で華の手を引き、とりあえず社長室から出ることにした。


 と、

 外で待っていた高辻に気づき、優吾は唇を噛みしめて、

「高辻くん!」
「どうかしましたか?」
「部屋に戻ろう!」

「・・・はい」

 何故そんな切羽詰まったような顔をしているのか分からなかったが、華を連れてズンズン行ってしまうので、高辻も彼らの後に着いていった。


 そして、専務室に戻り、部屋のドアが閉まった途端、


「・・・アート・クォーツの栗田さんから電話があったんだ」

「・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・災難でしたね」


 高辻は一瞬眉をひくつかせて、それだけ述べた。


「何言ってんのさ! 電話を受けたのは華ちゃんだよっ、番号変えたのに何で・・・っ」

「執念からでしょうか」

「冗談じゃないよっ!!」

 優吾は顔を真っ赤にして、・・・どうやら怒っている。
 華は一体何があったんだろう・・・と、珍しいものを見るように優吾を見上げて。

 そんな視線に気づいたのか、彼はハッとして口を噤んだ。


 だが・・・


「・・・クリタマナミさんは電話しちゃいけない人だったの?」

「・・・・・・っ、・・・・・・・・・」


 優吾はどう答えたらいいものか分からず黙り込む。
 華は仕事にあまり口出しちゃいけないかな、とは思うのだが、優吾の態度が気にならないわけもなく・・・
 第一、あんなに親しそうに“優吾くん”なんて色っぽく呼んで。


「差し出がましいとは思いますが、私の意見を述べても良いでしょうか」

 高辻が二人の様子を見ながら、おもむろに口を開く。

「なに?」
「この場で彼女に電話をかけてみては如何でしょう」
「何言ってるの!? 僕はもう・・・っ」

 とんでもないとばかりに首を振る優吾。
 だが、高辻は極めて冷静にそれを窘める。

「専務自らがハッキリキッパリ白黒をつけるべきだと申し上げているだけです。このままでは彼女も引き下がらないでしょうし。第一“あのような事”をやる人ですから、このまま黙っているとは思えません。そうなると、いずれは華さんにも迷惑がかかるのではないでしょうか?」

 華の名前を出されて、優吾がぐっと詰まる。
 彼は華の見上げる瞳を見つめ、小さく溜息を吐き出す。


「・・・パパ?」


「・・・・・・・・・そう・・・だよ・・・ね・・・」


「?」


 何を納得しているんだろう?


 さっぱり分からないけれど、クリタマナミという女の人は優吾にとってあまり好ましい人ではない・・・という事は何となく分かった。
 だけど、二人の間に一体何が・・・


「高辻くん、取引中止になったら?」

「・・・・・・なるべく穏便に・・・と言いたいところですが、彼女の性格を考えると・・・・・・仕事に私情を持ち込まない女性であることを祈るだけです」

「・・・既に私情を持ち込まれてる気がするんだけど?」

「ならば仕方ありません。その時はスッパリ切ってください。私情ばかりで動く会社などトラブルの種です。それに、専務はこういう言い方は好きではないと仰いますが、あの程度の企業でしたら掃いて捨てるほどあります」

「・・・・・・・・・ホント、そういう言い方・・・好きじゃない」

「知ってます」


 優吾はむすっとした顔でふてくされていた。
 だが、


「・・・わかったよ」


 そう言って、人前にも関わらず華をギュッと抱きしめた。


「ぱ、パパ!?」

「誓ってやましい事なんてないからね! 僕は華ちゃんだけだからねっ、それだけは分かって!!!」

「・・・・・・? う、・・・うん・・・?」

 訳の分からない言葉に首を傾げつつも頷く。
 ホントに彼が何を言っているのか少しも理解できないけれど。


 そして、優吾は自分のデスクの受話器を取ると、先程掛かってきた女性、栗田真奈美に電話を掛けた。


「あ、栗田さん? ど〜も、飯島です。さっき電話してくれたみたいで・・・」
『あっ、優吾くん!? ウレシイっ、そうなのよ。お嬢さんが出てね、ビックリしちゃったわ』

 優吾はハンズフリーに切り替えて、受話器を置いた。
 会話の全てを高辻と華に聞かせるつもりらしい。

「あぁ、携帯忘れてっちゃって・・・そういえば、番号、知ってたんだね」
『あなたの会社の担当の子に聞いたのよ。ねぇ、あんな事があったから私の事避けてるの?』
「・・・そんな事ないけど」

 華の肩がぴくっとふるえる。

 あんな事?
 そう言えば高辻も“あのような事”とか言っていた気が・・・


『じゃあ、また会ってくれる?』
「・・・仕事のお話なら担当の子に言ってもらえれば・・・僕、もう担当から離れて随分経つから流れが分からなくて迷惑かけたら悪いし」
『やぁねぇ、仕事の事なら月島くんはちゃんとやってくれてるから大丈夫よ、その点は満足してるの』
「ありがとう」
『個・人・的に会いたいって言ってるのよ』

 どきっとして、目を見開く。
 驚いた華は、訴えかけるように優吾を見たが、彼は困ったように笑うだけで、それ程動じていないようだ。

「今色々立て込んでて中々時間取れなくて」
『つれない事言わないでよ〜』
「実はそろそろ僕も結婚しようかと思って、カノジョの子供も見てみたいし」
『・・・・・・っ』

 優吾の発言で電話の向こうから息をのむ音が聞こえた。
 彼はその反応に手応えを感じたのか、イタズラっぽく笑った。

『彼女なんていたの? そんなの作らないって言ってなかったっけ?』
「ん〜、ソレって随分前の話かもしれないなぁ」
『そうなの? ・・・それなら、私の事も試してみない?』
「あはは、僕は器用じゃないから、試すようなつき合いなんてとても出来ないよ。それに、カノジョは僕にとって特別な人だから、他の人とも、なんて考えたことないし」
『・・・』
「あ、と、そろそろ仕事に戻らなきゃ」
『ちょっと待って』
「はい?」

『一度二人で会って欲しいの』


 やんわりと確実に境界線を引いていた優吾に、ついに彼女の方が痺れを切らしたようだ。
 だが、栗田真奈美とは、あまり関わりたくない理由があった優吾は、仕事以外のつき合いをしたいとは欠片も思っていない。
 一応ここまでは会社の事も考えに入れて、ハッキリとした言葉で彼女を拒絶してこなかったが、流石に重いため息を吐き出した。

「会う理由が見つからないなぁ、栗田さんはどうして僕と二人で会いたいの?」
『だから・・・っ、私は女としてあなたに興味があるの』
「そうなの? それならそうと言ってくれればいいのに、回りくどくて分かんなかったなぁ」

 と、彼はとぼけたような事を言いながら、突然、華に向かって『おいで』と口パクをした。
 華が首を傾げると、ニッコリと笑って今度は手招きをしている。

『・・・言えば誘いに乗ってくれた?』

 おずおずと優吾の側まで寄っていくと、グイッと腕を掴まれて引き寄せられた。

「あっ」

『・・・っ!?』

 思わず出てしまった声。
 慌てて口を押さえたが、聞こえてしまったかもしれない・・・


 優吾は華を腕の中に閉じこめ、
 何故か彼女の耳を塞ぐ。

 ・・・なっ、なに?


『誰か・・・いるの?』

「いるよ、腕の中に僕のカノジョが」

『・・・っ、うそ』

「僕たちが、何をしてるか・・・わかる?」

『・・・・・・・・・っ・・・ッ』


 コレは思い切り栗田真奈美に誤解させてしまうつもりのようだ。
 だが、華は耳を塞がれて何が何だかさっぱりわからず、自分に内緒で秘密の会話をしているのだと思って腹が立ってきた。


「・・・・・・んっ、・・・ん゛〜〜っっ」


 優吾から逃れようと藻掻くが、更に強く胸に掻き抱かれて息をするのも苦しいくらい。
 その様子を彼は嬉しそうに微笑んで。






 そして、



 優吾は電話のスピーカーに口がつきそうなほど屈み、





「だから・・・ね? あなたの誘いにのるわけないでしょ? 過去も現在も、それから未来永劫、僕にとってあなたは女じゃないんだから」






 残酷なほど甘く囁き、



 電話を切った。














その5に続く


<<BACK  HOME  NEXT>>



Copyright 2006 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.