『TWINS』

○第6話○ 変化






 あれから一週間。

 鈴音は一度も海藤家に来なくなった。


 沙耶は何度も呼びに行ったが、鈴音は曖昧な返事をするだけで来ようとはしない。
 だが、思い当たる節はあるのだ。

 あの日沙耶が買い物から帰ってきた時、愁の顔が殴られた後のように酷い有様だったので、何かがあったとは察している。
 しかし、それは本人達で解決する問題だと首を突っ込むことはしていない。


 一方、智は鈴音が心配で、毎日様子を見に彼女の家に出向く。

 鈴音は、最初の方こそビクビクとして少しでも触れるのを嫌がったものだが、ちょっとずつ笑うようになってきた。



「リン、まだ夏休みもたくさん残ってるし、近いうちにどこか遊びに行こうか」
「どこに?」
「温泉とか」
「え〜、智くんオジサンくさいよ」
「温泉嫌い?」
「わかんない、行ったことないから。ウチって家族旅行とか今までなかったし」
「そっか・・・そう言えば、琴絵さん今日も仕事?」
「ウン、仕事に命賭けちゃってるからね。でも、沙耶さんにいつもわたしがお世話になってるから頭あがらないの」
「そうなんだ」

 鈴音の母親は、女性ながら大手出版会社の編集長を努めるキャリアウーマンだ。本当にその仕事が好きらしく、年齢よりもずっと若々しく凛々しい。

 ただ、多忙なためにあまり家にいることがなく、海藤家の人々に鈴音を任せっきりだった。
 その為、沙耶には全く頭があがらないらしい。

「じゃあ、どこ行きたいか考えといて。温泉でも海でもなんでも」
「泊まりなの?」

 少し不安そうな顔の鈴音。
 智は苦笑して彼女の頭を撫でた。
 これくらいならば、触れるのも平気なようだった。


「朝から行けば日帰りも可能なんじゃない?」
「・・・そか。智くん、生徒会のお仕事大丈夫なの?」
「ん〜、あんまり大丈夫とは言えないけど、何とかなるよ。ウチの学校生徒会に任せる仕事が多すぎるからなぁ」
「会長だもんねぇ、智くんってスゴイ」
「凄くなんかないよ。リンは大袈裟だな」

 微笑む智の顔にいつしか鈴音の笑顔が戻っていた。
 だがすぐに、表情を硬くして智を見つめる。

「・・・・・・あの、ね」
「ん?」
「愁くん・・・どうしてる?」

 愁の名前を口にした鈴音はあれ以来初めてだ。
 智は、少し眉を寄せ視線を逸らす。

「部屋でぼ〜っとしてるけど、多少は反省してるのかもね。女遊びは最近はしてないみたいだし・・・・・・まさか、アイツがああ言うことをするなんて迂闊だったよ。ごめん、リン」
「え、謝らないで、わたしもう平気だから」

 首を振り笑っていたが、本当のことを言えば鈴音の頭の中は愁のことでいっぱいだった。

 あの時最後に見せた泣きそうな顔がとても気になっている。
 とても傷つけられたような顔をしていた。

 彼の見せた男の部分が何度も頭の中で再生される。熱っぽく見つめ、甘く囁き、何度も口づけられた。
 思い出すたび、胸が苦しくてしかたがない。


『リン、大好きだよ』


 彼の声が頭の中に鳴り響いてとまらない・・・

 智は、そんな彼女の微妙な変化を黙って見つめていた。










▽  ▽  ▽  ▽


「あぁ〜ダルイ」

 クーラーをつけっぱなしにして愁は一日中部屋に籠もっていた。
 沙耶が時折来ては小言を言って去っていくが、そんなものは殆ど耳に入ってこなかった。
 彼は、もう何日も鈴音に会うどころか見ることもない。

 けれど、智が毎日のように彼女の家に行っていることは知っている。



 リンは、アイツと二人きりの時どんな顔をするんだろう?

 そんなことばかりをここ数日ずっと考えている。

 部屋に籠もりっきりだから、考えることも暗くなるんだろうけど、もう他の女でどうこうする気にもなれない。
 ひっきりなしにかかってくるメールや電話が五月蠅くて電源は切った。
 すると、今度は家の方にかかってきたりしたが、それも母親に頼んで切ってもらっている。
 アンタはあと何十人とつき合ってるの? という嫌みを何度聞いたことか・・・


「ちくしょ〜、リンに会いてぇ〜〜」

 けれど、あんな事をした自分になど会ってくれるだろうか?

 彼女には完全に拒絶された。
 なのに、無理矢理しようとするなんて。
 つくづく感情だけで行動してしまう自分の性格に嫌気がさす。

 智だったらきっとこんなヘマはしないんだろうな・・・・・・

 そんなことを考えて、一気に頭に血が上る。
 彼にとって鈴音を手に入れている智など、気に入らないこと山の如しだ。なのにこんな事を考えるなど血管が切れそうなくらい頭に来る。
 他の誰でも勝手に手に入れればいいと思うが、鈴音だけは別問題だ。

 智の腕の中に彼女がいると思うだけで全身を掻きむしりたくなるほど苛立つ。

 彼女を見ていると、本当に智に恋をしているのか疑わしかったし、それでも智には簡単に体をひらいて、好きなようにさせるに違いない。

 そう思うと、今この瞬間さえ二人は何をしているのかと、気になってどうしようもない。


 ───あれほど拒絶されても、まだ諦められない。


 女々しいと思いつつも、自分の中のこの感情だけはずっと変わらなかった想いだ。








「くそっ」

 小さく叫び、枕を壁に投げつける。
 壁にあたり、床に転がる様子をじっと見つめ、愁は暫くそのままで動かなかった。







第7話につづく


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