『呪縛』

○第2話○ 神子(後編)








 翌朝、多摩が起きた時には美濃は既に起床していて、随分と怒っている様子だった。
 勿論昨夜強引に唇を奪われたことに対しての怒りだったのだが、加害者となる筈の多摩本人は、相変わらず涼しげな顔で悪びれた様子は微塵もない。

 最初は多摩を睨んでみたり、視線が合ってもそっぽを向いたりしていた美濃だったが、一向に彼が気づく様子はなく段々と焦りのようなものが芽生えてくる。

 普段なら機嫌が悪ければ誰かが優しく声を掛けてくれる。
 それなのに、多摩はそんな彼女の機嫌云々に構ってくれない。

 しかし、悪いのは彼なのだと自分を励まし、多摩の前に立ちはだかった。


「ちょっと多摩!!」

 大きな声で幾分偉そうに言ってみる。

「・・・・・・なんだ」

 漸く多摩がこっちに顔を向けた。
 相手をしてもらったのが妙に嬉しくて思わず顔が笑ってしまいそうになったが、ハッとして顔をふるふると横に振る。

「あっ、あやまって!」

「・・・・・・?」

 やっぱりわかってない!
 そう思い、美濃はむぅと頬を膨らませた。

「昨日の夜、私の口に多摩の口をくっつけたでしょ! いくら私でも知ってるんだからっ、ああいうことは好きな人とだけするのよっ! 初めてだったんだからっ、謝ってよねっ、たくさんっ!!!」

 ゼエハアと息を弾ませて多摩を睨みつける。
 言ってやったと内心満足感でいっぱいだった。



「・・・美濃」

「なあにっ!?」




 すまなかった。


 謝罪の言葉が聞ける。
 確信をもって期待していた美濃だった。

 が、

 多摩から出てきたのは・・・




「そんな事よりも、ここを案内してくれないか」


「・・・・・・なっ、・・・ッ」

 そんな事って言った!?
 ・・・・・・し、信じられないっ、ヒドイヒドイヒドイッッ!!!

「美濃」

「勝手に行けばいいでしょっ!!」

「だが、おまえと離れてはならぬと言われている」


「〜〜〜〜っ、・・・・・・・〜〜・・っっ!!」



 ───自分の思い通りにならないことがあると、初めて知った瞬間だった。










▽  ▽  ▽  ▽


「ねぇ、神子ってみんな多摩みたいなの?」

 昨日から今日にかけて多摩に振り回されっぱなしの美濃は、宮殿内を案内しながら隣を歩く多摩本人に質問した。
 ・・・勿論少しの嫌味は込めている。

「ふん、神子が皆俺のような奴だったら世界は終わりだ」

 鼻で笑い、己を嘲笑うかのように空を仰ぐ。
 この国の者全てが持つ真紅の瞳。
 それが多摩のものは他の誰よりも紅く鮮やかな色をして綺麗だと思った。

「多摩は他の神子とは違うの? どうして神子になったの?」
「昨日も同じ事を聞いたな。そんなことに興味があるのか?」
「うん、知りたい」

 興味津々といった様子で目をきらきらさせている。
 多摩は幾分呆れたように溜息を吐き、静かに口を開いた。

「・・・・・・神子の力を持って生まれたから、それだけだ。その所為で半ば強制的に俺の意志とは無関係の場所で神子になることが決定された」
「それって・・・多摩はイヤじゃないの?」
「神子だろうが他の何者だろうが俺が俺であることに変わりはないだろう。おまえだってこの国を継ぐことは生まれた時から決まっていた、それと同じだ」

 それでも・・・美濃は腑に落ちない。

 国を継ぐのはきっと大変なこと・・・よく分からないけれどそう思う。
 だけど今は父も母も健在で、先のことを考えると言うことも殆ど無い守られるだけの存在の美濃にとって、形は違えど自分と多摩が一緒などとは到底思えず、どうしたらこのように運命を受け入れられるのかと不思議でならなかった。

「多摩って・・・スゴイんだ」

 思わず漏れた感嘆の言葉に多摩の目が見開かれる。
 そんな言葉が返ってくる事は全くの予想外だった。

「ホントだよ? だって、考えてみたら初めて会った私の為に暫くはずっと一緒にいなきゃいけないんだし・・・ホントに偉いよ」

「・・・・・・」

「・・・口をくっつけたのはちょっと怒ってるけど」

 どうやら・・・先程までの怒りはないが随分根に持っているらしい。
 多摩はククッと笑い、壁に凭れた。

「おまえは何か思い違いをしているんじゃないのか? あれは美濃が眠れぬと言うから口移しで術を吹き込んだだけのこと。あんなもの接吻とは言わない」
「えっ!?」


 ───そういえば・・・

 唇が重なる前、彼の口は何かを呟いていた。
 そして、唇が重なった直後、強烈な睡魔に襲われて・・・眠ってしまったのだ・・・

 確かに・・・・・・・・・言われてみれば・・・・・・



「で、でもっ、術でも何でも初めてだったんだもん! ・・・やっぱり」

 初めてするのは好きな人だと思っていたから。
 こんなに簡単に終わってしまうものだなんて・・・ちょっと悲しい。


「好きな男でもいるのか?」

「えっ」

 弾いたように顔を上げ、一気に頬を染め上げる。
 それを見て多摩は僅かに眉を寄せ、怪訝な顔つきを見せたのだが、美濃は気づかないまま素直に小さく頷いたのだった。

「・・・ほぅ・・・どんな男だ。城の者か?」
「う・・・うん。巽っていうの」
「タツミ・・・」
「す、すごく・・・優しくてね、大人でね、カッコイイの」
「そうか」

 多摩は忘れぬよう口の中で何度もタツミと繰り返した。
 何故そうしたかは分からない、全てが無意識で自覚は皆無だった。

 姫君に近づける男とあらばきっと階級の高い貴族か軍人・・・恐らく会う機会があるだろう・・・

 ぐるぐると思考を巡らせて。

 いまだ頬を染めたまま俯く美濃を目の端に留め、多摩の瞳は一層紅く瞬き、彼の拳は強く握り締められ手の平に血が滲んだ。








第3話へつづく


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