『呪縛』

○第4話○ 奪われた代償(その1)









 多摩の生まれ育った神子の里というのは、決して派手さは無いものの、誰一人として衣食住に困る者などいない、一見恵まれた場所だった。

 その里の一番奥まった場所に多摩の生家がある。
 他の家の建物とは何ら変わりはない、普通の家である。

 しかし、多摩が他者と違う点があるとすれば、生後間もなく親から引き離されたという点だろう。
 類稀なるその才能は生まれ出る以前から注目され、神子としての絶大な能力を備えて誕生した。

 また神子の里で生まれた者全てにその能力が備わっているわけではなく、稀に神託を授ける事の出来る能力者が生まれてくる、それだけの話だ。
 かといってその能力者が都で生まれるかと言われればそうではない。
 何故かこの神子の里でしか神子が生まれる事はなく、それ故彼らはこの土地に固執していた。

 現存する神子は多摩を入れて3人。
 里全体の人数からすればあまりに少ないが、その3人が神子としての役割を果たしているからこそ、その莫大な報酬によってここでの生活が成り立っているとも言えた。


 そして、3人の神子たちの中で一番若い多摩こそが、過去類を見ないほどの実力者であり、・・・・・・同時に、悲しすぎる存在だった。





 乾は多摩に着いて丁度10日後の朝方に里に入った。
 都からここまで一体どれだけ山を越えたのか・・・それを徒歩で殆ど休憩らしい休憩もせず10日間。
 体力に自信があった大人の乾でもうんざりしたものを、多摩は涼しげな顔で全く歩を乱す気配もない。細いあの身体のどこにそんな体力があるのかと信じられない思いだった。


 そして、ヘトヘトの乾が里に到着しての感想。
 『普通』。


 神子の里というから、もっとこう・・・そこら中に多摩みたいなのがうじゃうじゃいるのかと思ったが・・・あまりにも普通で拍子抜けしたと同時に物足りなさを感じる程だった。


 そうこうしているうちに、一人の老婆が二人の前にやってきた。

「おかえりなさいませ、多摩様。そちらの方は・・・・・・護衛の方ですか、それはそれは遠いところを・・・・・・何も無いところではございますが、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 小さな背を更に小さくして深々と頭を下げる。
 乾もつられるように挨拶をしたが、多摩は返事すらしない。
 それから二人は老婆に連れられ、多摩の住む館まで数十分、彼に気づいた里の者がどれほど跪こうが多摩は全くの無反応で表情ひとつ変える事はなかった。


 ・・・愛想が無いのはどこでも同じなんだな〜


 宮殿での多摩の態度を思いだし、まだあっちでの方が受け答えをしていた分マシだったかもしれない・・・と思った。
 コレが普段の多摩だとしたら・・・もしかして宮殿では多少は気を遣っていたのだろうか・・・アレでも随分失礼な態度だったけど。横柄と言うか偉そうというか・・・

 一人笑いをかみ殺すのに苦労していると、多摩の館へ到着した。
 これが・・・と感慨に耽るような建物でもなく、他の建物より多少大きめなのかもしれないという程度。



 だが、乾が驚いたのは館の中だった。

 何もかもが白い。
 壁も天井も、床も、調度品も、全部だ。


「・・・・・・すごいな・・・」

 思わずもらした感想に多摩が僅かに反応を返す。

「あ、 いや・・・全部白って・・・意味あるのか?」

「さぁな。俺には興味の無い事だったが・・・そう言えば最初から白かったかもしれぬ」

「・・・・・・興味が無くたって、こんだけ白ければ気づくだろうよ・・・」

 半ば呆れたように多摩を見るが、彼は「そうか」と気のない返事をしただけでさっさと一人で奥へ入っていく。

 取り残された乾はその後を追おうとしたが、

「今回の神託は終わったのでしょうか・・・?」

 老婆がポツリと呟いたので足を止めた。

「あぁ、宮殿に来てたった8日でね。・・・俺、神託は初めて見たけど、凄かったよ。多摩って何か他のヤツとは全然ちがうのな」
「・・・・・・そう・・・ですね。ありがとうございます。安心しました、多摩様は無事神託を終えられたのですね」
「・・・だって、その為に来たんじゃないか」

 何を言っているんだと首を傾げると、老婆はまたしても深く頭を下げる。

「多摩様はあの通りのお方なので、我々の言葉にお応えになられることは殆ど無いのです」
「え? だって・・・神託しに里から離れたんだろ? ちゃんと言うこと聞いてるじゃん」
「・・・それは・・・・・・いえ・・・では私はこれで失礼いたします。ごゆっくり・・・」

 老婆は何かを言いかけて口を噤んだ。
 乾は不審に思ったが、そのまま背を向けて去られてしまったので、敢えて追いかけるまでもないかと後で誰かに聞くつもりで老婆を見送った。


 普通の所だと思ったのだが・・・

 何か・・・多摩に対してだけなのか、違和感を感じる。
 多摩が特別だからか、それとも、もっと重大な何かが隠されているのか。

 乾はひとまず、多摩が入っていった奥の部屋へと足を踏み入れることにした。


「なぁ、多摩〜、ここにだってカワイイ女の子いるよなぁ?」

 本気で心配して聞いてみた。
 ここまで歩いてくる間見たの女は老人やふくよかな中年女性、他は幼子ばかり・・・よくよく思い出してみると若い女を見かけなかった。
 乾にしてみれば、むちむちだったりぴちぴちだったりぷりぷりだったり、とにかく若い女性がもっと沢山いて欲しかったのだが。勿論後々の楽しみのために、である。


「女・・・? さっきいただろう」

「は?」

 しかめ面で言われ、『さっき』を考えてみるが・・・あの老婆しか思い出せない。
 だが、多摩のこの顔・・・きっとそうなのだ。


「・・・・・・それってここまで案内してくれたばーさんの事を言ってるか?」
「他に誰かいたか?」
「・・・・・・・・・」


 ───誰かコイツに『カワイイ』という形容詞の意味を教えてやってくれ・・・と本気で考えてしまう。


「ほ・・・ほかにだよッ! 女くらい・・・いるよな?」
「・・・・・・知らない」
「なんで!? 自分の里だろっ!」
「・・・馬鹿だな乾は。俺は神子だ、里の事など知るはずもない」
「・・・・・・は? どういう意味だ?」


 自分の生まれ育った場所だろう?
 何故知るはずもないのか、多摩の言葉の意味が理解できない。

 多摩は困惑する乾の顔を見て、僅かに笑った。


「俺は一端館に入ると、 次に神子としての役割を与えられるまで外に出ることはない。・・・恐らくこの館も既に外から鍵がかけられているだろう」

「・・・なんだって!?」

 驚き、咄嗟に入口まで駆け出す。
 ドアを開こうと手をかけるが・・・どんなに力をこめてもビクともしなかった。


「・・・・・・うそだろ」


 これって・・・閉じこめられていると言わないか?
 っていうか、俺まで閉じこめられた!?


 愕然とする乾が可笑しかったのか、多摩は乾の後ろに立ち、笑う。
 彼がこれほど笑うのは珍しいことだった。

「別に鍵など・・・外に出たければ俺が後で外してやる。ただ神子とはそういうものだと言っているだけだ」

 ・・・そう言えば、と乾は思い出す事があった。
 初めて会った夜、部屋に鍵を掛けていたにも関わらず、多摩は平然と侵入していた。
 あれはやはり多摩の仕業だったのだな、と。

 しかし、まだ少年の多摩が世の中を悟ったかのように、神子とはそういうものだなど・・・

「・・・でもさ・・・外、出たいだろ? こんな所にずっと一人って息が詰まらないか? 第一つまんないだろ?」
「・・・」

 多摩は暫し沈黙し、考えた。

 外に出たい?
 息が詰まる?
 つまらない?

 どれも考えたことはなかった。

 本当はいつでも外に出ることは出来た。
 だが、それは禁じられているから行動に移したことはない。
 禁を犯そうという気も無かったが、外に対する知識は皆無で興味もなかった。
 多摩は里に対しても、誰かに対しても、自分に対しても、生きることさえも興味が無かったのだ。

 唯一の興味は・・・・・・あの良く笑って怒って泣いた美濃だった。
 多摩が好きだと、行かないで欲しいと幼い手で縋り付いた光景が瞼の裏に焼き付いて離れない。

 真実を言えば、もう少し長く見ていたいと思っていた。
 だが、永遠に見ていられる訳ではなく、たったのひと月・・・そんなものに意味を見いだすことは出来なかったのだ。

 それに・・・もし美濃を見ていたいと願ったところで、今の多摩には不可能だった。
 だから言ったのだ。
 多摩が宮殿に住めば嬉しいと答えた美濃に、その方法を考えると。


「なぁ・・・変だぞ。こんなのまるで監禁だ。自分たちに都合の良いときだけ多摩を利用してるみたいだ・・・」
「・・・・・・そうか・・・」

 考えたことはなかったが、そうかもしれないと思う。

「そうか、じゃないだろ!? もっと楽しく生きようぜ!? 外はもっともっと楽しいんだっ、俺が沢山教えてやるっっ」

「・・・・・・・・・」


 外は楽しい?

 よくわからない。
 だが、少なくとも宮殿での生活は里より遙かに開放感に満ちていた気がする。


 ・・・・・・しかし、


「決め事を破ると罰が下る」

「はぁ!?」

「一度だけ・・・破ってもいないのに身体に覚えさせるためだとやられたことがある。アレはもう二度と経験したくないと思った」

「・・・・・・なに、ソレ?」

 多摩が嫌がる程の・・・
 一体どれだけキツイお仕置きなのかと、乾はゴクリと唾をのみこんだ。


「俺のココとココは生後直ぐに奪われているのだ」

 そう言って頭と胸を指差す。
 訳が分からなくて黙っていると、多摩は不敵に笑った。

「心臓と脳だ。どちらも無くては生きられないが、どちらも俺の中には無い」

「・・・・・・っっ」

「どこかに保管してあるらしいが、俺にはわからない。・・・決め事を破ると罰として心臓を痛めつけられるようだ。かなり苦しい」


 一度やられた時は、心臓を強く握られた。
 握りつぶす限界まで。

 痛くて苦しくて息が出来なくて、冷たい汗が身体から吹き出した。


「三日ほど身動き一つとれなかった。もうあんなものは経験したくない。だが、脳への罰が無いからそれでもきっと軽いのだろう」


 乾は無表情で淡々と語られた内容に、顔を顰めざるを得なかった。
 何となく、多摩がどうしてこんな性格なのか理解出来た気がして・・・


 きっと、この館と食事以外、多摩に与えられるものは何一つ無いのだ。
 それに対して悲観したり怒りを覚えたりしないのは、何も知らないからだ。
 欲しいと思うなら何であろうと自分のものにすればいいと言った彼に欲しいものが無いのは、世の中の何も知らないからなのだ。

 本当は望めば己の手で何でも我がものに出来るに違いないのに・・・










その2へつづく


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