『呪縛』
○第4話○ 奪われた代償(その3) 深夜、乾は伊予を連れて多摩の館へ戻った。 何も言わず女を連れてきたにも関わらず、殆ど反応を見せない多摩だったが、伊予の表情は明らかに変化を見せた。 「彼女、伊予って言うんだ」 「そうか」 無感動に返事をして、僅かに伊予に視線を移す。 見られた伊予は真っ赤になって涙目で俯いた。 「あのっ、あの・・・私・・・っ、多摩様にお目にかかれて・・・っ、幸せですっ!」 「・・・俺に・・・? ・・・・・・なぜ?」 「だって多摩様は里の皆の憧れでっ・・・っ、時折外を通る姿を見て・・・っ、綺麗な方だって皆で話したりして・・・っ」 「・・・・・・」 多摩は眉を寄せて黙り込む。 恐らく伊与の発した言葉の意味が分からなくて考えているのだろうが、それが分からない伊予は怒らせたと思い慌てた。 「ご、ごめんなさいっ! 私・・・何か失礼なことを・・・っ、申し訳ありません!」 「そんなに畏まんなくたって大丈夫だよ、多摩は怒ってるわけじゃないからさぁ」 「えっ、・・・ほ、本当・・・ですか?」 乾に苦笑され、潤んだ瞳で多摩を見つめてみると、それに気づいた彼は静かに頷く。 伊予はホッとして笑みを浮かべた。 「ところでさぁ、昼間言ってた事なんだけど・・・続き、聞かせてくれないかな?」 乾はニッコリと愛嬌たっぷりに微笑む。 続きとは「神託が終わったから、そろそろ・・・」で彼女が止めてしまった先の言葉のことである。 妙に引っかかっていた。 多摩は乾の言う内容がわからず、僅かに眉を顰めている。 それを見た乾は、内心ニヤリと笑った。 こんな回りくどいことをしているのも、多摩が興味を持てば聞き出しやすいと思っていたからだ。 「あぁ、そっか。多摩は知らないんだよな。昼間伊予と話してたんだ。多摩が外にいる時は若い女は家の中に入らなきゃいけなかったんだってさ」 「・・・意味がわからぬな。何のためだ?」 「神子が穢れぬように、だって」 「・・・・・・?」 益々意味が分からないらしい、不愉快そうに目を細める。 会話を聞いていた伊予は慌てて間に入った。 「あ、あのっ、でも多摩様は都の姫様の神託を終えられたのでっ、後少ししたらこんな事は無くなるはずです! 今、里の中でも選りすぐりの女たちを選んでいて、もうすぐ多摩様に差し出せるって・・・それで・・・っ、私も・・・、選ばれていて・・・っ」 「・・・・・・」 多摩には伊予の言葉を何一つ理解できなかった。 元々何も知らないのだ。 突然訪れた女に選ぶとか、差し出すとか、そんなものを説明をされたところでそれが何を意味するのかなど、彼に理解させようとしても無駄だった。 だが、乾はもの凄い反応を示した。 その手のことは誰よりも敏感に理解出来てしまう質らしい。 「すごいじゃん、ソレってハーレムっ!!?」 「・・・はーれむ」 「つ〜ま〜り、俺と初めて会った夜憶えてるだろ?」 「ああ」 「俺がヤッてた事を複数の女と・・・ってわけ。俺が多摩くらいの時はとっくに経験済みだったし丁度いいんじゃないか?」 「・・・・・・」 多摩は、乾と女が激しくもつれ合い結合している姿を思いだした。 イヤそうに眉を寄せる。 ・・・何故俺があんな事を・・・ この女と? 他にもいるというのか・・・? もしこれが里の決まりだとすれば、不快極まりない。 「あの行為の意味するところは何だ?」 「え〜? 愛を確認する、とか・・・欲望を満たすとか、本来は子作りの為だけどな♪」 「・・・・・・愛・・・欲望・・・子・・・」 「まぁ、深く考えないで。気持ちイイからいいんじゃない?」 「乾さんっ、そんな・・・」 伊予は顔を真っ赤にして乾を睨む。 当然だ、こんな話は女を交えてするものではない。 だがこれはわざとやっていることだった。 「・・・気持ちいい? あの行為がか?」 疑惑の目で多摩が問いかける。 「そうそうっ、だから男は女が欲しいって思うんだよ。多摩だって同じさ」 「・・・・・・」 更に疑惑の目を向けられ、乾は吹き出した。 「ヤッてみれば分かるって。これからイヤでもヤらざるを得なくなるんだろうけど?」 多摩は不快そうに眉を寄せ、伊予を見つめる。 伊予は頬を染め、恥じらうように瞼を伏せた。 「・・・・・・おい、女」 「は、はいっ」 「俺に触れてみろ」 「えっ」 多摩の突然の命令に弾いたように顔を上げ、伊予は益々顔を赤らめた。 「・・・あの・・・いいの・・・ですか・・・?」 「構わぬ。どこでもいいから、触れてみろ」 「・・・は、はい」 伊予は頷くと、戸惑いながらおずおずと手を伸ばし、真っ赤になりながら多摩の右手に触れる。 長く綺麗な指にほぅ・・・と見惚れ溜息が漏れた。 多摩の眉がピクリとふるえる。 「・・・もういい、離せ」 「えっ」 「離せ」 ぴしゃりと言われ、伊予は慌てて手を離した。 多摩は乾をひと睨みし、怒りを露わにする。 「お? どうした?」 「・・・手を触れただけでこれ程不快なのに、裸で触れ合うなど・・・」 「でも、これは決まりだ。それが今後の神子としての多摩の仕事だ、子供を作って次の神子を産ませるための、な。そういう事なんだろ? 伊予」 「・・・・・・は・・・い」 乾の台詞、そして当然の如く頷く伊予を見て多摩の目が見開かれる。 初めて神子というものに嫌悪を抱いた瞬間だった。 ───これが・・・神子の役目だというのか? 次なる神子を産ませるために!? 伊予が触れた瞬間、違う、と思った。 触れることを自分から許したとは言え、不快だと・・・ 「・・・・・・乾・・・早く約束のものを持ってこい・・・俺は・・・堪えられぬ・・・」 唸るように絞り出された声には訴えるものが含んでいた。 正直これ程までに拒絶反応を示すとは思っていなかった。 女を知らない多摩はまだ少年で、それ故に伊予に対して軽く狼狽える程度で、自分の狼狽を隠すための拒絶ならばあるかもしれない・・・とは思っていたが。 ・・・明らかに伊予を嫌悪している。 まるで汚れたものに触れてしまったかのように。 乾にとってこういうのは不思議な光景だった。 伊予は綺麗だ。 里の中でも上玉の部類に間違いなく入るだろう。 普通の男だったら疼くのではないか? と思うのだ。 多摩って・・・やっぱ変な奴。 ・・・でも、早く持ってこいって言われても・・・俺今日ここに来たばかりだぜ? 手がかりはまだ無いし。 「う〜ん、努力はする」 「なんだ、その中途半端な返事は。断言出来ぬのか?」 「下手に動いたら怪しまれるっしょ? 余計手に入らなくなる」 「・・・・・・」 多摩はそれを聞いて納得したのだろう、それきり押し黙ってしまった。 かといって、伊予の他複数の女と絡み合う事など想像するだけでおぞましかった。 今まで女と触れ合ったことは無いが、どうして男が女を欲しいと思えるのか理解に苦しむ。 ───触れ合ったことがない? 「・・・・・・っ」 多摩はハッとした。 違う。 美濃は? あれ程側にいて、同じベッドで寝て、抱きつかれるのは最後の方では日常茶飯事だったではないか。 初めて会った日は、なかなか寝付けない様子の美濃に口移しで術を吹き込んでやり、自らあの子に触れたのだ。 不快ではなかった。 ・・・行かないでと泣く美濃を抱きしめ、あまりのやわらかさに驚いた。 自分とは違う生き物なのだと思って、壊れないように力を緩めたが、気を抜くと力が入って美濃を壊してしまうのではないかと柄にもなく気を遣った。 そして、あの子を・・・ 美濃が欲しいと、思ったのだ。 『だから男は女が欲しいって思うんだよ』 乾の言葉が頭の中を反芻する。 意味が少し分かったような気がした。 身体を繋げたいと言うのは分からないが、多摩はあの時、確かに美濃を欲しいと切望したのだ。 「お、おい? どうした?」 黙り込んだまま動かない多摩を覗き込むようにして乾が話しかける。 伊予も先程からの会話で、自分が拒絶されたのだろうかと不安の眼差しを向けていた。 「簡単なことだったな・・・そんなものの相手など、俺がする必要がどこにある?」 「へ?」 多摩はクッと笑い、乾を逆に覗き返す。 「お前がやれ」 「・・・っ」 「複数の女と快楽を貪りあえばいい。お前はあの行為が好きなのだろう?」 「・・・え、まぁ・・・・・・」 「なら決まりだ」 満足そうに頷き、もう用は無いとばかりに立ち去ろうとする。 だが、一つ言い忘れたらしく、奥の部屋に入る前に一度だけ振り返った。 「女。お前の相手はそこの乾だ・・・・依存はないな? ・・・・・他言した場合は・・・死より重い苦しみを与えてやろう」 「・・・・・・・・・っ」 「これは命令だ」 紅い瞳を一層紅く瞬かせ、口端を吊り上げて残酷に笑う。 彼の声には静かな中にも相手を萎縮させる響きがあった。 逆らうことなど許されないという絶対命令が脳髄まで染みこんでくる。 パタン、と奥の部屋の扉が閉じて、同時に伊予の身体がフルフルと震えだした。 「ま、ご主人様の命令だから仕方ないか。伊予も・・・諦めるんだな」 「・・・・・・っ」 「わかるよな? 多摩は君を抱きたくないんだってさ。こ〜んなにカワイイのにね」 乾の声が悪夢のように響く。 腕を掴まれ、身体が引き寄せられた。 「・・・・・・っっ、・・・や・・・ぁ」 「命令には従おうね?」 「・・・・・・っ」 「大丈夫、俺巧いからさ、楽しもうよ♪」 抱きたくない・・・? そんな・・・そんな・・・・・・っ 頭の中で最後の多摩の表情が浮かび上がる。 恐怖だった・・・でも、美しいと、・・・思った。 「・・・・・・あっ・・・やっ、・・・多摩・・・さま・・・・・・ぁ・・・っっ」 だが、次第に伊予の声には甘いものが混じり始めていった。 乾の巧みな愛撫に身体が反応せずにはいられなくなり、間もなく思考能力も奪われた。 やがて、吐息は悲鳴から嬌声に変わり、衣擦れの音が律動に変わり、その行為は飽くことなく繰り返され朝方まで続いたのである。 ───多摩はその夜、一晩中月を見ていた。 その顔は穏やかで口元が僅かに綻び、まるで微笑んでいるよう・・・ 隣の部屋での出来事など、彼はとうに忘れていた。 美濃は、もう寝ているのだろうな・・・ 思い出すのは美濃の事ばかり。 他の事などどうでも良かった。 翌朝、解放された伊予がフラフラと家路に向かう姿があった。 幸い誰にも目撃されることなく、家人にも気づかれることなく疲れた身体を休めるために寝床に就く。 命令通り、彼女がこの日のことを他言することは無かった。 その4へつづく Copyright 2006 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |