『呪縛』
○第5話○ 支配者の宴(その3) ───その時、 「・・・ぅわ・・・っ!?」 乾の身体が宙に浮き、後方に引っ張られて倒れ込む。 突然の事で受け身を殆どとれずに背中を強打して激しく咽せる横で、彼を見下ろす双子の姿があった。 「・・・ゲホゲホッ・・・ッ、ってぇ・・・っ」 まだ生きてたのか、と思う一方腕の中に多摩がいないことに気がつく。 マズイ、と焦って目だけで辺りを見回すと、足下に横たわる姿を確認してほんの少しだけ息をついた。 「コイツ結構強いんじゃない? 見ろよ志摩、ぼくの肩ざっくり切れちゃって血が出てる」 「彼は中将なんだよ」 「チュウジョウ・・・? なんだよそれ」 「軍の階級」 「ふ〜ん、それってスゴイの?」 「かなり、ね。それに、将官クラスにしては珍しく自ら前線に立って行動するとかで、乾と巽って守護神みたいに言われてるらしい。ふたりが通った後には何も残らないとか・・・てっきり事実が誇張されただけの良くある作り話だと思っていたんだけど、そうとも限らなかったみたいだ」 志摩が土にまみれた着物を払いながら興味深げに言う。 立ち上がった乾は、ペッと唾を吐き捨て、もう一度剣を片手に構えた。 「あー、うんうん。なかなかイイ線いってるけど、ソレってちょっと事実と違うな。俺は細かいことは嫌いだから、何も考えずに街ごとぶっ飛ばせればそれで満足なんだ。階級なんて後からついてきただけ。それに巽は俺とは違って破壊はしないんだよ。その代わりスッゲェえげつない力使うんだけどな」 クックッと戦闘時の巽を思い出して笑う。 普段紳士な癖して、ある意味最悪なのはアッチの方じゃないかと思いながら。 「ところで一つ聞きたいんだけど」 「なにかな」 「どっちが多摩の父親?」 もうこの際どっちでもよかったが、せめて父親の方にはより強い攻撃で跡形も残らなくしてやろうと思った。 だが・・・ 「あっはははははっ!!!」 返ってきたのは伊勢の笑い声。 「何が可笑しい?」 「だって変なこと聞くんだもん! あははっ、変なヤツーーッ!」 「・・・?」 「どっちって言われても、ねぇ、志摩?」 「そうだな」 「どうせ安芸(あき)から聞いてここに来たんだろうけど、肝心な事聞き忘れたんじゃない?」 「・・・安芸?」 「ホラ、あのしわくちゃババァだよ! 昔はスッゴイ美人だったのに、多摩生んだ途端ミイラみらいになっちゃって。百年の恋も冷めるよね。まぁ誰も恋なんてしちゃいないけど!」 爆笑する伊勢に、頷いて失笑する志摩。 何だコイツら、と不愉快になる。 「安芸はさぁ、元々志摩に捧げられた女の一人だったんだけど、はっきり言って捧げるとか言われてもぼくたちにとっては大きな迷惑だったんだよね。どうして知りもしない女を抱かなきゃいけないわけ? 気持ち悪い」 「まったくだ」 「だから放っておいたんだけどさぁ、みんな必死なわけ。何たって子供を作らないと役目が果たせないからね。・・・ところが、安芸は他の女とは違って志摩に寄ってかないんだ。ソレに気づいたぼくが安芸に問いただしてみたら、好きな男がいるって泣くんだよ。可笑しくってさぁ!! 可笑しくない? 神子への献上物の癖に志摩に捧げられないんだよ!?」 乾は今回多摩に捧げられた女たちを思いだし、皆従順ではあるが中にはそういう女がいたとしても不思議ではないと思った。 想う男がいても神子の子を産まなければならないと言い渡されれば、それに従うしか方法がない。 ここはそういう場所なのだろうから。 「で、ぼくも志摩も興味持っちゃって。・・・安芸の怯える顔、堪んなかったよね」 「ああ」 意味ありげに笑う双子。 とてつもなく最悪な予感がしてきた。 コイツら・・・まさか 「二人で散々犯してやったからさぁ、どっちが父親かわかんないんだよ」 敢えて言うならどっちも父親だけどね そう言って笑う姿に眉を顰める。 「だけど生まれてきたと思ったらあの事件でしょ? 能力だけは馬鹿みたいにある癖にさ。最悪だよ」 「お陰で二人で多摩の身体から心臓と脳を取り出して管理する羽目になった。仕方ないから首飾りに出来るように形を変えて、肌身離さず持っててやっているんだ」 「神子も楽じゃないよなぁ」 ───どっちが最悪だよ。 乾は二人を睨み、奥歯を噛みしめた。 多摩が女たちにしている事だって決して誉められたもんじゃない。 乾自身好みの女ばかりで不満などは無いが、目の前の双子と同様、どうして知りもしない女を抱かなければならないと言って不快に顔を顰め、本来彼がすべき事を放棄して乾にやらせているのだ。 だが多摩と彼らが同じであるとは思えなかった。 多摩は女たちの素性も女たち自身も、自分をどう思っていようが、そんなものは端から興味がないのだ。 触るのも触られるのも気持ちが悪いからしない。それだけだ。 しかしこの双子は、自分たちに服従しないというだけの理由で興味を持ち、怯える姿が愉しくて女を犯した。 それは、彼らにしては共通の玩具で遊んだだけなのかもしれない。 だけど・・・それで生まれてきた多摩は? 好きでもない男の子供を産み、 挙げ句見るも無惨な姿となった母親が母として愛してくれる事もなく・・・ 更には女を愛していたわけでもなく気まぐれで抱いただけの父親は、産まれてきた子供の異様さにうんざりするだけで抱き上げることもなかったのだ。 「・・・まさかとは思うけど・・・多摩を閉じこめたり、真っ白な部屋にしたり、女たちを献上物にしたり・・・そういう事を里の皆に命令したのは・・・」 「ぼくたちに決まってるじゃん。年長の神子の役目だよ。だいたい、そんな権限神子以外にあるわけがないだろう? アイツら全員ぼくらがいないと生きていけない寄生虫なんだから」 いともあっさりと・・・ だって、おまえたちだって捧げられるのは迷惑だって、知りもしない女を抱くのは気持ち悪いって・・・そう言っていたのに? それなのに多摩にその環境を強いるのはどうとも思わないのか? 特別なのは自分たちだけか? 閉じこめたのも本当は面倒な存在だと思ったからじゃないのか? 能力の高い多摩を疎んじたからではないのか? 考えれば考えるほど多摩の今までの人生は、目の前の双子によってぞんざいに扱われただけに過ぎないもののように思えて仕方がなかった。 「もー・・・サイアクだな、おまえら。みんな無くなっちゃえよ」 こんな場所があるからいけない。 いっそ無くなってしまえばスッキリする。 乾はもう一度剣を振り上げた。 多摩にとって悪夢のようなこんな場所は全て消えてしまえばいいと。 ───が、 「・・・二度も食らうと思う? ぼくたちは神子なんだよ」 笑う伊勢と志摩の目が紅く瞬く。 瞬間、乾の全身が金縛りに遭ったかのように、指一本動かすことも出来なくなってしまう。 「・・・・・・っ・・・ぅ・・・っ」 「多摩と同じにしてあげるよ。頭と胸から大事なもの奪って、ぐちゃぐちゃに握りつぶしてあげる」 「どのみち、きみは里の事を知りすぎた。生かして帰す気なんて無かったよ」 何が神子だ・・・ 白でなくてはいけないと多摩には強制した癖に。 乾にはこの双子の神子こそが、暗黒の根元であるようにしか思えなかった。 くそっ・・・、こんな奴らに俺は殺られるのかよ!? 悔しさで噛みしめた唇から血が流れる。 神子たちの手が乾の頭と胸に伸ばされ、その部分が激しく熱を帯びていく。 産まれたばかりの多摩もこうやって奪われたのかと思うと、何ともやるせなかった。 だが、 「クックック・・・・・・ッ・・・、所詮、二人揃わねば何も出来ぬ小者だな・・・」 ───え? 乾の後方で、ジャリ、・・・と地面を踏みしめる音と共に、ゆらりと影が動く。 それは、まさしく多摩が横たわっていた場所だ。 多摩なのか・・・!? 乾は身動き出来ない自分をもどかしく思いながら、目だけでも何とかその姿を捉えられないかと動かした。 どうやら眼球はまともに動くようだ。 しかし、位置が悪すぎて確認するまでに至らない。 だが目の前の双子の顔色は明らかに変わっていた。 信じられないものを見たかのように。 「何だその顔は? まさか俺があれくらいのことで死ぬとでも思ったか? クックッ・・・王との謁見の間でおまえも認めていたではないか、俺は数千年に一度現れるかどうかの神子なのだろう?」 やはり多摩だ。 乾は心の底から歓喜して奮えた。 「教えてやろう。支配とはどういうものか」 多摩の言葉を受けて双子の意識が乾から逸れ、拘束が僅かに緩む。 その隙を見逃す程の愚かさは持ち合わせていない。 剣を握る腕に集中し、殻を破るかの如く思い切り振り下ろした。 「・・・っ、志摩、っ!! コイツ」 叫びも虚しく、時既に遅し。 双子が見たのは乾の腕が振り下ろされている所だった。 ドオォオオオンと、先程より遙かに大きな衝撃と共に双子の身体が吹き飛ぶ。 同時に乾の直ぐ横を“紅く光る何か”が通過し、その異様な気配に寒気が走った。 「・・・なんだ?」 乾の放った力によって二人が吹き飛んだであろう場所は激しく破壊され、大きな土煙となりどうなっているのか目で確認するのは難しい。 だが、そんなことよりも今横を通り過ぎた“紅い光”が気になって仕方がない。 恐らくそれを放ったであろう人物は・・・ まだ確認できてない。 声だけだ。 さっきは、ピクリとも動かなかったのだ。 ゴクリと唾を飲み込み後ろを振り返る。 「・・・・・・あ・・・・・・っ・・・・・・っ、・・・多摩・・・・・・・・っっ」 ゆらりと立つ華奢な姿。 纏う白の着物を赤く染めて。 支配者の目が大きく開かれ笑っていた。 その4へつづく Copyright 2006 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |