『約束』
○第2話○ 予想外の出来事(その2) しかし、それから暫くの間、なぜか二人の間には沈黙しか流れなかった・・・・・・。 目を見開いて固まったままレイが動かないのだ。 それは予期しない唐突な美久の告白が原因なのだが、美久にはそれが分からなかった。 「・・・・・・・・・あの・・・」 やけに長い沈黙に居たたまれなくなり、美久はおずおずとレイを見上げる。 だが、やはりレイは何の反応も返してくれず、美久は彼の制服の袖口を皺になるほど握りしめて困り切った顔で見上げる事しかできなかった。 もしかして、言い方を間違えたんだろうか。 何が足りないんだろう。 「・・・・・レイ?」 美久がおそるおそる声をかけると、レイはハッとして、そこで漸く我に返ったようだった。 二人の視線が合い、彼は途端に頬を染めて忘れていた瞬きを何度も繰り返す。 「・・・・美久・・・それ・・・本気で言ってる?」 「う、・・・うん」 美久の返事に、また暫しの沈黙が流れる。 レイは少し考えるように瞬きを何度か繰り返し、ふと、何かを思いついたのか、少しだけ口角を引き上げた。 「じゃあ・・・、キスしてもいい?」 「えっ?」 「だってオレの事好きなんでしょ・・・? 好きならキスするのは当たり前だよね。それとも今のはウソ? オレをからかってる?」 「ウソじゃないよ!」 「ふぅん、じゃあ本気なんだ。やっと両思いになれてウレシイよ、だからキスしたいんだけど。平気だよね?」 ニッコリ笑いながら「いいよね? ね?」と言ってじりじりとレイが近づいてくる。 先程までの固まっていた時間を全速力で取り戻すみたいな笑顔、しかしその目は笑っておらず、美久は僅かに後ずさった。 「さぁ、目を瞑って」 「・・・で、でも、その・・・心の準備が・・・」 少しだけ逃げ腰になりながら、思わず顔を背けた。 ・・・が、 「絶対するからな!」 笑顔を消したレイが迫り、顎を掴まれて強引に顔を上に向けられる。 「まっ、まって!!!」 「待たない!」 「・・・ひゃぅ・・・っ」 間髪入れずに唇が重なる。 そして同時に・・・口の中で何かが・・・ぬるっと・・・・・ぬるっと・・・・・・・舌に絡み付いている。 「・・・・・・っ、っっ!?」 逃げてもソレは追いかけてきて、執拗に舌を吸い上げ自由を奪おうとする。 こ・・・こ・・・、・・・っっ、・・・・・・これって・・・まさか・・・っ 「・・・っっ、〜〜〜〜〜っっ、ん〜〜っ!!」 レイの胸をぽかぽかと叩き、必死で抵抗する。 しかし彼はその抵抗を聞く気は無いらしく、何度も角度を変えては深いキスを繰り返してきた。 や、やだ・・・うそだ。 最初の日以来こんなふうにされることなんてなかったのに、こんなのいきなりすぎる。 苦しい、・・・どうやって息をしたらいいのかわからないよ。 足の力が抜けて・・・まともに立っていられない。 ・・・・・・おまけに・・・おまけに・・・段々と頭の中がじんじんして・・・・・・ 「・・・っ、ん・・・ふぁ・・・っ」 ゆっくりと唇が離れ、名残惜しそうにレイの舌が美久の唇をなぞる。 それだけで電流が走ったかのように背筋がゾクゾクとして、身体の奥から熱い何かが沸き上がってくるような気がした。 「こんな場所で煽るような眼をして・・・オレを挑発してるの?」 「・・・ちが・・・ぅ・・・っ」 また唇が重なった。 最初の時のキスとは比べようもない、深く執拗なキスに頭が巧く回らない。 「・・・ん・・・ん・・・っ」 頭の奥が痺れる。 唇が離れると熱に浮かされたような顔のまま、力が入らなくて彼の胸に倒れかかってしまう。 「・・・・・・キスくらいでこんなになって・・・なんて可愛いんだろうね」 耳元で色っぽく囁かれてカクンと膝が折れた。 どうやら完全に力が抜けてしまったらしい。 腰にくるって、たぶんこういう事なんだ・・・・・・ 「家まで送るよ」 レイは濡れた唇で笑みを作ると、動けない美久を軽々と抱き上げて彼女の家へ足を進める。 そんな彼の顔を見上げ、美久はぼーっとしながら少しだけ胸が痛んだ。 ・・・レイって・・・・・こういうの慣れてるのかな・・・・ だが、次第にゆらゆら揺れる彼の腕の中が心地よくなって、レイの胸に擦り寄り目を閉じる。 レイは美久のその動きに応えるように少しだけ抱きしめる腕に力を込めて深く息を吐き出し、理性を抑え込んでいるようだった。 ▽ ▽ ▽ ▽ レイは彼女の家の門前に険しい表情で立っていた。 そんな顔をしている原因は腕の中の美久に他ならない。 彼は美久を抱えた状態で、もう何十分もの間、こうして立ったままなのだ。 屋上で会話した日から今日までは、ほぼ毎日強制的に送り迎えを続けているので、ここまで来るのには何の問題もなかった。 最初の頃は強引な送り迎えに戸惑っていた彼女も、聞かない振りをしていたら諦めたのか何も言わなくなり、帰りは一方的に家まで送って、朝は少しだけ門から離れたところで美久を待っている。 だから家の中にはまだ入ったことはないというだけで、彼女の家に行く事自体は既に日常となっている。 けれど、今日はここでいつものように帰るわけにはいかず、それが彼を困らせていた。 レイは少々困惑した様子で美久を見つめた。 抱きついたまま、彼女は腕の中で何とも気持ちよさそうに眠っている。 その無防備な顔に、レイはもうずっと起こす事が出来ずにいた。 しかし、このまま彼女が目覚めるまで、下手すると何時間もお姫様抱っこをしながら門前に突っ立っているというのはどうなのだろう。 既にこうしている間にも、通り過ぎていった何人かに不審な顔つきでジロジロと見られた。 レイが睨み返すと彼らは一様に慌てて目を逸らして去っていったが、多分今の自分達は相当怪しい・・・下手したら警察に通報されかねない。 ・・・・・・部屋まで運ぶか。 レイはあれこれ考えを巡らせた揚げ句、漸く思考を切り換えたらしい。 そして門をあけて中へ入るべく、一歩足を踏み込んだ。 ───だが、 ・・・・・・・・・ビリッ 「・・・・・・・・・?」 どういうわけか、一歩踏み入れた途端、不快な電流が彼の身体を駆け抜けたのだ。 無視して更に進もうとするが、バチバチと音を立て、明らかに何かが自分を弾き返そうと拒む。 それは一歩足を進めるごとに強まっていった。 ・・・・・・・・・何だ、この家・・・ 美久に変化は特に見られない。 ということは、彼女には何の影響もないものなのだろう。 つまり・・・これは、特定の何かに対して作用している力ということか? 「・・・・・・・・・・・・」 だとすると・・・ターゲットがいるということだろう。 例えば"オレみたいな存在"を・・・ 玄関の扉に手を掛けるとバチバチと強烈な力に弾かれ、レイの手のひらがジュワッと音をたてて煙をあげた。 彼は僅かに頬を引きつらせ、自分の手のひらを無感動に眺める。 酷くただれて醜い。 それに、玄関に辿り着くだけで制服もあちこち解れ、煤けてしまっていた。 「おもしろいじゃないか」 レイはクッと唇の端を吊り上げ笑いを浮かべる。 その瞬間、彼の瞳は金色に瞬いた。 髪の毛が重力に逆らい波打って、爛れた手を気にすることなくもう一度ドアノブに手をかける。 ジュウウウウゥゥ・・・、肉を焼く音と共に、中の錠がカチャンと音を立てて勝手に外れ、扉が開く。 彼の手元からは焼けこげた臭いが異様なまでに放たれていた。 レイはそのまま玄関に入り、中の様子を窺う。 人の気配はないようだ。 自分の靴を脱ぎ、美久の靴まで脱がしてやると、彼は"最初からこの家の間取りを全て知っていた"かのように躊躇なく二階へと上り、迷うことなく彼女の部屋に足を踏み入れてすぐに美久をベッドに寝かせた。 レイは彼女の傍に立ち、焼けこげた異臭を放つ自分の手のひらを無感動に見つめる。 「・・・・・・・・・くだらない事をしてくれたな・・・」 吐き捨てるように呟き、無傷なままのもう片方の自分の手を重ねた。 すると、見る間に重なり合った手の隙間から柔らかな光が放たれ、光の粒が彼の手の周辺をくるくると回りだす。 その光は少しの間だけ力強く放たれていたが、やがて小さく完全に失われてしまうと、まるで何事もなかったかのように異臭までもが消え失せていく。 そして、重ねた手を離した彼の手のひらには、先程の爛れ具合がまるで嘘のように傷が消えていたのだ。 しかし、ここでレイの身に僅かな変化が起こり始める。 金色に瞬いた瞳が紅色へと変化を遂げ、その変化に同調するかのように、彼の周りを包む空気もどことなく不穏なものへと変わり始めていく。 ・・・・・・まずいな・・・ 予期しない身体の変調に小さく舌打ちをする。 レイは自分の中に突如芽生え始めるある衝動に、ぶる・・・と背筋を粟立たせた。 それを押さえ込もうと血が滲むほど唇を噛みしめるが、どうやらあまり役には立ちそうにはない。 美久の無防備な姿が紅い瞳に映り、押さえ込んでもすぐに新たな衝動を作り出してしまう。 滅茶苦茶にしたい・・・ 頭の隅で必死で抑えようとする一方で、紅く瞬いた瞳が異常なまでの興奮を掻き立てていた。 その3へつづく Copyright 2005 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. |