『手の中の幸せ』

○第3話○ 願いを叶えし者(その1)










 クラークの告白から数日・・・表面上は何もない日々が続いていた。
 しかし、ビオラが城から出ることは完全に禁じられ、事は確実に彼女の思う方向とは逆に進み始めていたのである。


 正式にビオラを后にする事をクラークが公言したのだ。
 それは宮殿を震撼させ、果ては国中を驚愕させた。



 ───正にその直後。
 怒りを孕んだ様相でビオラがいる部屋にある人物が訪れたのだった。


 礼儀などを全て無視して突然入ってきたのは、贅の限りを尽くしたかのように着飾った女性・・・
 驚きのあまり言葉を無くしていると、ベッドから半身を起こしたビオラを睨みつけたその女は真っ赤な唇を歪ませて言い放った。


「その顔と身体でクラークを誘ったのね。欲しいものは何? 財宝かしら?」

「・・・・・・えっ・・・・・・」

「欲しいだけあげるわ。だからこれ以上クラークを惑わすのはやめてちょうだい」


 この女性が誰なのか、何を言っているのか・・・ビオラには何一つ理解出来なかった。
 ただ、睨みつけた瞳があまりに苛烈で恐怖を感じるだけで・・・


「クラークはずっと私だけを愛してきたの。これからもそうであるべきなのよ。あなたみたいな素性も知れない女が一時でもクラークの心に入り込むなどゆるされる事ではないわ」

「・・・・・・あなた・・・は」


 もしかしたら・・・
 目の前で怒りに震えているのは・・・クラークの・・・


「私はナディア。知らないとは言わせないわ」

「・・・あ・・・・・・っ」


 やはり・・・クラークの正妃だ───

 この人の怒りは尤もだ。
 ビオラが本当に知らなかったとしても、それが彼女に通用するわけがないのだ。


 ナディアは動けないビオラを更に睨みつけ、抑えきれない怒りから唇を震わせた。
 そして、細く白いビオラの首へ静かに両手を置くと、狂気を感じさせる目で微笑みを浮かべた。

 彼女は暫くそのまま静止していたが、ギリリと己の歯を軋ませると、一気に力を込めてビオラごと勢いよくベッドに沈み込ませた。


「・・・・・・っ・・・っは・・・っぁ、・・・っ!?」


 全体重を両手に乗せてビオラの呼吸を奪い、ナディアは顔を歪ませて笑う。


「・・・苦しいのね? けれど、私の痛みに比べたらこんなもの。・・・そうね、自害ということにしましょうか? 自分の犯した罪に堪えきれなくなりました、というのはどうかしら?」

「・・・・・・っ、ぁ・・・、っ・・・・・・っ」

「早く、早く、早く!! 死んでしまいなさい!!!」


 怒りの形相で尚も喉元への圧力を強める。
 弱々しく藻掻く事はナディアの嗜虐心を煽るだけのようで喉に爪が食い込むだけだった。


 くるしい、
 くるしい、

 ・・・私・・・このまま・・・・・・?


 どうして?

 どうしてこんな目に遭わなくちゃならないの?











「・・・っ、きゃあっ!!??」


 突如、ナディアの叫び声とともにビオラの首を押さえ込む手が離され、目の前にいた彼女の姿が視界から消えた。
 だけど、手は離れてもあまりに強く押さえつけられていた所為か、呼吸がうまく出来ない。

 そのまま意識が途絶えそうになった瞬間、別の誰かがビオラにのしかかった。
 一連の出来事に頭が朦朧としていたが、それがクラークだと言う事はぼんやりする意識の中でも認識することは出来た。

 彼は何かを悲痛に叫び、ビオラの唇を塞いで何度も息を吹き込んでくる。
 数えきれない程その行為が繰り返され、漸く自分で呼吸できるようになるとビオラは激しく咳き込み苦しくて涙が零れた。

 クラークは安心したようにビオラを抱きしめ、ぐったりした彼女を腕から離さずに、床に倒れこんで呆然としているナディアを憎悪の眼差しで睨み据えた。


「・・・出て行きなさい」

「・・・・・・クラーク・・・・・・だって私・・・そこの売女が・・・」

 売女、という言葉にクラークの眉がピクリと引きつり、ビオラを抱く腕に力が込められる。


「出て行きなさいと言っているのが分からないのか?」

「・・・っ、クラーク! あなた騙されて・・・」

「ビオラを侮辱するのはゆるさない。私がいつ騙された? 文句があれば直接私に言えばいい! 彼女を妻にすると決めたのはこの私だ。何があっても覆る事は無い!」

「・・・・・・クラーク・・・っ!!」

「バティン! そこにいるんだろう? ナディアを連れて行け!!」

 クラークの怒声で部屋の外で控えていたバティンが静かに姿を現した。
 実は彼がナディアの様子の変化を危ぶみ、クラークを呼んだのだ。
 今までの彼女の性格を考えても、激情からどんな行動に出るか分からなかったからだ。

 バティンは暴れるナディアを後ろから羽交い締めにして、無理矢理立たせて部屋の外へ引きずって行く。


「・・・あぁそうだ、ナディア。君にもう一つ言わなければならなかった」


 愛しいクラークの声に一瞬のうちに大人しくなり、ナディアは彼の言葉を待つように一途に見つめる。



「もう二度と、永遠に私たちが共に過ごす事はないだろう。今までありがとう」

「っ!!? いやっ、クラーク、クラーク!!」


 ナディアは泣き叫び、何度もクラークを呼んだ。
 だが、部屋の外に追い出され、姿が見えなくなり声が聞こえなくなっても、クラークはナディアに目をくれる事も無かった。

 そんなやりとりが行われているのを目の当たりにして、ビオラは朦朧としながらも唇を震わせ、静かに涙を流し続ける。


「・・・・・・すまない・・・ビオラ・・・・・・私の所為だ」
「・・・・・・なん・・・で、・・・あんな・・・ひどいこと・・・言えるの?」


 今まで連れ添った者に対して、あまりに冷たい仕打ち。
 ビオラは自分がされた事など忘れ、哀しくて涙が止まらなかった。

 クラークは小さく首を振り、彼女の涙を自分の唇で吸い取っていく。


「優しい言葉ほど残酷なものはない。相手に期待を持たせてしまうということだからね。非道と言われ憎まれようと、君を側に置くためなら何でもする」


 ・・・やめて・・・・・・っ

 こんな事を望んだんじゃない。
 あなたが思うほど価値のある女じゃないのに。


 おねがい、そんな目をして見ないで・・・・・・っ









その2へつづく


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